守田です。(20120808 15:00)

前回に続いて、放影研との日本語やりとりの後半部分の報告を行いたいと思います。この部分は僕の発話から成り立っています。放影研で配布されている『わかりやすい放射線と健康の科学』というパンフレットに載せられている、「放射線は物質を通りぬける」と題した項目についてです。まずは以下から同パンフレットの2ページ目にある当該の図と説明をご覧ください。
http://www.rerf.or.jp/shared/basicg/basicg_j.pdf

僕が指摘したのは、このように「物質の中を通りぬける」ことだけ書くと、原発から飛び出した放射性物質から発せられている放射線のうち、ガンマー線が一番強く見えてしまい、最も危険なアルファ線、それに続くベータ線の恐ろしさがあいまいになってしまう点です。なぜそうなのかとういとこのパンフレットに次のような説明が書かれているからです。

「アルファ線は、ウランやプルトニウムのように大きくて不安定な原子核が分裂した際に生じます。その粒子は、原子核をつくる陽子と中性子がそれぞれ2個くっついたものです。これは、大きな粒子なので紙1枚で止めることができます。ベータ線も粒子線であり、その粒子は1個の電子です。アルファ線ほど簡単には防げませんが、1cmのプラスチック板があれば十分に止めることができます。」(同パンフレット2ページ下段の説明より)

アルファ線は簡単に防げる・・・。しかしこれは外部被曝に限った場合のことです。またアルファ線が「紙1枚で止まる」というのは、粒子の大きなアルファ線が紙の分子と激しく衝突し、分子切断を行い、そこでエネルギーを使い果たすためにそれ以上は飛ばないからです。紙の分子が激しく切断されているのです。これに対して、ベータ線やガンマ線は、その多くが紙の分子の中の原子核と電子の間をすり抜けていきます。つまり紙の分子との相互作用が非常に少ないから、エネルギーをほとんど失わずに通り抜けていくのす。物質への作用の力が、アルファ線より弱いから通り抜けるのだとも言えます。

そもそも原子の世界は私たちの日常感覚で言えば、「スカスカ」です。原子核が米粒ぐらいだったら、電子は野球場の周りを回っているぐらいだなどと表現されます。その「スカスカ」のところを放射線はすり抜けていく。それが「放射線が物質を通りぬける」ことの実相です。物質にあたらないから通りぬけるのであって、例えばリンゴにナイフを突き刺すのとはまったくワケが違うのです。

ところがこの点をきちんと説明しないで、つまり日常の感覚と、原子の世界のあり方との違いが明らかにされないまま、こうした説明がなされると、物理的世界に馴染んでいる人ならともかく、通常の感覚では、「物質を通りぬける」のは、その放射線がそれだけ力があるからだとあやまって捉えられてしまいがちです。それはこの放射線の性質が「透過力」と言われていることからも生じることがらです。「力」とつけると、どうしても「力」の強いものがより強力に見える。つまりガンマ線が強力に見えてしまうのです。

放影研のこのパンフレットでは、このミスリーディングを誘いやすい「透過力」という言葉は使われていませんが、それでも内部被曝の危険性をきちんと訴えようとするならば、この図の説明だけで終わらすのはではあまりに不十分です。このように外部被曝モデルでの説明に終始せずに、内部被曝の危険性について、もっときちんと解説して欲しいというのが僕が要望したことでした。

これに対して放影研の方たちは、少なくとも僕が受けた印象では、きちんとした応答を返してはくださいませんでした。むしろ、外部被曝と内部被曝の大きな違いを問題とせず、従来の「被曝を線量で測る」という考えを保持したままだという印象を受けました。その点で放影研がこの間、HNKの番組で紹介されたような、内部被曝の研究に踏み切った・・・という感じはまったく伝わってきませんでした。それは放影研のパンフレット全体からも感じることです。

この「放射線を線量で測る」という答えに対して、沢田さんが、外部被曝と内部被曝の違いに触れ、それを線量でひとくくりにしてはならない点を指摘してくださいました。物質との相互作用が強いアルファ線は、そのためにごく短い距離しか飛ばない。正確にはごく短い距離にある物質の分子を激しく切断し、そこでエネルギーを使い果たして止まるのです。

そのためアルファ線による被曝は、ある密集した地点に行われることになる。これに比べるとガンマ線による被曝はまばらに行われるのです。そのため例えば被曝した細胞がアルファ線の方が強いダメージを受けてしまう。生物には驚異の自己修復能力が宿っていて、被曝に対してもそれが働きますが、密集した被曝ではそれができなくなってしまう可能性が高くなります。この点が、体内からごく密集した地点に激しい被曝をもたらす内部被曝と、主にガンマ線により、まばらな被曝がおこる外部被曝との大きな違いなのです。にもかかわらず、放影研の方たちは、これに何ら実りある応接をしてくださらなかった。内部被曝研究が実際には埒外におかれ続けているからだと僕は思いました。

以上より、僕は、放影研にすべてのデータの開示と、内部被曝研究への真摯な取り組みの真の開始、またそれの前提となる被爆者への真摯な謝罪を求め続ける必要があるとの思いをあらたにしました。以上を放影研訪問報告のまとめとしたいと思います。

以下、やりとりの詳細をご紹介しておきます。

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守田 ぜひお願いしたいと思うのですが、このきれいに作られている(放影研)のパンフレットの2ページのところをみますと、放射線の物質に対する透過力の図が書いてあります。今、福島のことで、多くの方が内部被曝のことを心配しているわけですけれども、この図だけみるとアルファ線は紙1枚で止まって、ベータ線は金属版1枚で止まって、あたかもガンマ線が一番強いかのように受け止められてしまいやすい。

しかし実際には内部被曝しえるのはほとんどもうベータ線とアルファ線です。もちろんガンマ線からもしますけれども、逆に言うとアルファ線やベータ線ではほとんど外部被曝することがない。ベータ線はほんの少ししか入ってこない。でも内部被曝の場合は、このアルファ線とベータ線をもっとも気をつけなければならないわけです。

そういう今の現実性から言うと、食料品の中から内部被曝する可能性が最も深刻なのに、その内部被曝のことがここには何も書かれていません。何も書かないでこれだけ(透過力だけ)書くと、あたかも、・・・もちろんそういう意図で書いていると考えているわけではありませんが、・・・ガンマ線が一番怖いように見えてしまう。

しかし今、国民・住民が一番気にしなければいけないのは食べ物での内部被曝です。にもかかわらず、その危険性がこの図を見ていても出てこないのですね。危険性が非常に弱くみえます。やはりそうではなくて、放射線影響研究所が、私たちの実生活に関する影響という面での内部被曝のことを、ぜひもっと、国民・住民に対して説明していただきたい。このパンフレットをみたときにそこで非常に不安を感じるというか、これでは内部被曝の危険性が伝わらないのではないかと強く感じるのです。

寺本 放射線の実態影響は、線量に応じての話だと思いますので・・・。

沢田 内部被曝では、微粒子のサイズもすごく違うのですよね。原子の種類によっても体の中に取り込んだときに影響が違いますよね。だから内部被曝と外部被曝はぜんぜん違ったものなのです。複雑なのですね、内部被曝は。

寺本 その複雑さとか形態の違いは分かりますが・・・。

沢田 だから線量だけでひとくくりにすると、その辺が分からなくなるのです。ローカルにいろいろな影響を与えるわけです。内部被曝の場合は。だから線量ではなくて、線量では1キログラムあたり何ジュールということになるわけですよね。そうではない影響が、つまりDNAの損傷などを考えると、それは線量だけではなしに、どれだけ近距離から集中して被曝するのかが問題になるわけです。

例えばベータ線で、微粒子からの距離によってどう変わるかを計算すると、近距離はものすごい、何十グレイとかになってしまうし、距離が変わればすごく変わりますよね。それらは線量では表せないです。

吉木 数値では表せないけれども、実際に起こっていることについて、われわれは非常に重要視しているわけです。それを数値化できないからあまり公言できないのだというのは逃げだと私は思うのです。われわれが一番心配しているのはそういうことなのです。これはただちには問題ないはずですよね。よく言われることですが。しかし将来どうなるのかということが分かってないところがあるし内部被曝問題研のリサーチャーは一所懸命そこを研究しているのです。

寺本 福島の事故が起こってから、ホームページで情報提供を行うようにしました。汚染の度合いと被曝の形態、内部被曝を含めてですね、いろいろな形態で被曝があるのだと。その場合にどういうことに気をつけなければいけないのかと、それをかなり早くから情報提供をしました。

沢田 もうちょっと内部被曝の複雑さということがあるのです。

守田 線量について、臓器ごとで測っておられますよね。しかしベータ線だったら、臓器全体が被曝するのではなくて、それこそ1センチ球ぐらいのところに、全部、被曝したエネルギーがいってしまうわけですよね。それを臓器全体で考えると、それを薄めたようになってしまうと思うのです。しかし現実の被曝の実態というのは、ベータ線だったらそれが飛んでいくところにしか起こらないわけですから、せいぜい1センチ、あるいは数ミリの球状に被曝が生じるわけですよ。そしてご存知のように、臓器というのは、一箇所だけ集中的にやられても、それが臓器全体に作用していくわけです。

ところがその線量の考え方というのは、臓器全体にどれぐらいあたったのかということが臓器への影響として考えられているから、臓器の部分に対して密集してあたる内部被曝の影響ということが十分に解かれていないのではないかと、そこが気になるわけです。

寺本 まあ、放影研だけで、すべてのことに情報を提供できるわけではありませんので。しかしうちはエビデンスに基づく研究成果を、完全中立性のもとに提供するということに徹してやっておりますので、あとはまあ、関連のあるところの情報をリンクさせていただくというかたちでやっております。

吉木 まだまだ分かってないことがいっぱいあるのだということを、十分にひとつ考慮していただきたいと思います。

沢田 これまでのDS86の6章には残留放射線について書かれていますよね。そこには気象的に流れていたりするから、すべてとは言えないとちゃんと科学者だからそういう可能性については書いています。でも国とかがDS86を利用するときには、そういうことを全部すっとばして、フォールアウト、雨でもたらされたもの、それは残っていて、台風でも流されて、広島の場合は火災の雨でもすごく流されているのです。一番、北東方向に大量の放射性の雨があったことが分かっているのです。池とかでたくさん蛙や魚があがってきたというたくさんの被爆者の証言があります。北西の方向に大量に降ったのです。

しかしそこに残っているものを測定すると放射線は少ないのですよね。それで広島では己斐・高須地域に残っているということになってしまって、己斐・高須地域は強い放射性降雨があったところのはずれなのですよね。だけど火災の雨を受けなかったから残っている。また己斐・高須地域は台風の洪水の影響もあまり受けない地域なのです。川が入ってないものだから。

8月9日に政府の命令で原爆であることを確かめるために仁科芳雄さんたちが土壌を採取して測定した最大の放射線であった場所が、今はもうないのですけれども、西大橋の東詰め(現在の観音本町)なのです。そこは己斐・高須地域の20倍ということが分かっているわけです。仁科資料を静間さんたちが測定したものがあって20倍なのです。当時は天満川と福島川が合流するその向かい側のところですが今は太田川が改修されてないですし、当時の大洪水のあとは強い放射線量は見つかっていないのです。ようするに枕崎台風で広島中、橋が流される大洪水になってしまったので、それが被爆者にとっては逆にラッキーだったのです。残留放射線の影響は急速に減りましたから。

ということで、そういう結果だけで、降下物の影響だと言っているわけですが、しかし、被曝影響から求めると、それよりもはるかに大量の被曝をしているわけです。これは線量という概念よりも、外部被曝を受けたと同じ急性症状を発症させる影響と言ったほうがいいのかも分からないですね。生物学的な効果から調べるやつは。

でもそれでいくと、6キロさきでも0.8シーベルトということになってくるわけです。ということでそういう効果は無視できないということがあるので、そこにいろいろな研究をした経過を説明しておきましたので、そういうことがあるということを知ってください。

放射線影響研究所は、初期放射線の影響を研究するという方針がABCC以来、ずっと続いていますよね。そういう目的でここはスタートしているので、そこから変わるのはなかなか難しいし、Stramさんと水野さんも、そういうデータがあるのに、初期放射線の影響だけを引き出すことをすごく努力してやられています。それはそれなりの目的に沿ったものだと思いますけど、将来は、今の人類が抱えているような、内部被曝とかそういったことを明らかにする上では、そういう残留放射線の影響はすごく大事なのです。

インゲさんは1980年代の論文で、もし放射線影響研究所がそういうことをちゃんとやってくれれば、人類には内部被曝とか低線量被曝の影響がもっといろいろと明らかになるであろうにと、論文で書いています。(インゲさんの英文を読む)

記録はここまで