守田です。(20140613 14:00)

集団的自衛権行使に向けた憲法解釈が閣議決定で強行されようとしています。公明党が安倍首相の強硬姿勢に押しつぶされようとしています。

そうまでして集団的自衛権なるものを行使して、アメリカ軍と自衛隊が戦場で行動を共にするとどういうことが起こるでしょうか。
「国民を守る」どころか、私たちの国が戦後に営々と築き上げてきた平和国家としての信頼を私たちは自ら捨てさってしまうことになります。理不尽な暴力を振るってきた米軍の味方として世界中で嫌われるようになる。そのことで日本に住まう民衆も危険に晒されるようになります。
集団的自衛権の行使はあまりの愚行です。福島原発の現にある危機から住民を守る気概などまったく持ち合わせず、事故を直視できなばかりか大嘘をついてオリンピックまで招いてしまった安倍首相のもとで進められるのですから、最悪のコースを進むのは明らかです。何としても止める必要があります。

ただしここでぜひとも強調したいのは、集団的自衛権だけでなく、そもそも「自衛権」なるものの軍事力による行使そのものが、明らかなる憲法違反であることです。集団的自衛権など論外なのです。
集団的自衛権の行使への踏み込みがなされようとしている今、むしろ私たちはこの大本に戻らなくてはいけない。憲法はすでに踏みにじられてきているのです。このことに「覚醒」し、今こそ、憲法の真の精神にこの国が立ち戻ることを訴えて行動すべきです。

憲法の重要箇所を読んでみましょう。日本の国の憲法には前文でこう記されています。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」

一点だけのぞいて素晴らしい名文だと思います。一点とは主語が「日本国民」になっていること。もともと英文で作られた原案は「日本人民」になっていました。基本的人権条項にも、国籍を問わずに人権が保障されると書かれていたのでした。
僕はここは改正する必要があると思っていますが、それ以降の精神は実に素晴らしい。
「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」
そうなのです。私たちの国は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」戦後の歩みを進めてきたのです。

その際、私たちの国の世界に対する接し方を格調高く示したものこそ憲法九条です。これも読みましょう。

「1  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない!国の交戦権は、これを認めない」・・・まったくもって素晴らしい!これが憲法に書かれている文言です。
したがって自衛隊は存在そのものが憲法違反なのです。なぜって当たり前ではないですか。「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と明記されているのですから。軍隊を持たないと明言しているのですから。
自民党は長年「いやそんなことはない。憲法は自衛権を否定していない」と言ってきた。確かに人にも国にも自衛する権利はあります。しかし日本はそのために軍隊を持つことを憲法で禁じた国なのです。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」「われらの安全と生存を保持しようと決意した」のだからです。
「自衛」を信頼の醸成によってこそ達成させる。そのために「諸国民の公正と信義に信頼」する。どう読んだってここにはそう明確に書いてある。これほど読み変え不可能な文章はありません。

実はこのように、憲法の精神が「いかなる軍隊をも持たないことであること」を、戦後直後に政府自身が明確に宣言しているのです。それも子どもたちにあてた「新しい憲法のはなし」という冊子の中でです。編纂したのは当時の文部省です。これも読んでみましょう。

「こんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、いっさいもたないということです。
これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といいます。『放棄』とは『すててしまう』ということです。
しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。」

素晴らしい!全くその通り。「日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。」・・・。
このことが学校で一生懸命に教えられたのです。教えたのは、かつて教え子たちを悲惨な戦争に次々と送り出していった教員たちです。
戦後に結成された日本教員組合は「二度と戦場に教え子をおくらまじ」を合言葉にした。戦前に国のために犠牲になることを教え込み、戦争推進の柱となってしまった学校教育の場が、深い反省の中から、平和を紡ぎ出す場に変えられ、平和の心を育てる教育が連綿と続けられてきたのです。

このもとで育っていった私たちの国の民は、実際にその後に憲法九条の精神を世界各地で実現していきました。軍隊などなくとも、いやないからこそ、世界の人々と積極的に信頼関係を結ぼうとし、その中で貴重なたくさんの資源を世界の国々から売ってもらうことができた。そうして私たちの国は加工貿易立国として復興し、発展したのでした。
この戦後の発展の中で、一度でも自衛隊を必要としたことがあったでしょうか。そもそもかつて自衛隊は海外になどいけなかった。だから人々は軍隊なしで身を守ったのでした。信頼関係を大事にすることを通じてです。相手に嫌われないこと、好かれること、仲良くなること。そのことで互恵的な発展の道を作り出し、自らの安全も確保したのです。
もちろん、憲法の精神に反していることもたくさんありました。朝鮮戦争にもベトナム戦争にもアメリカ軍に基地を貸して加担し経済的にずいぶん儲けたことです。しかしこのとき私たちの国の中でも若者を中心にたくさんデモが起こりました。アメリカの戦争に多くの人々が反対し続けました。

だから自衛隊は成立しても、軍隊としての自由な活動ができなかったのです。明らかな憲法違反として存在しているこの軍隊を、私たちの国の民は解体することはできなかったけれども、しかし一度も自分たちを「敵」から守るために使ったことなどなかった。自衛隊を使う必要などない名誉ある地位を確立してきたのです。
私たちは今、この大本に変えるべきなのです。最も大事なのは「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」することです。まずはこちらから信頼を投げることです。そのために相手について学ぶ、理解する、心情をくみ取る。そうした思いやり、洞察力、人間的な愛の力こそが、軍隊を持たない民に必要になるものなのです。
僕はそれこそが21世紀に人類が全体として歩んでいくべき方向性だと確信しています。たとえ相手が悪でこちらが正義であろうと軍事を使った解決を拒否する。軍事を使わずに解決する道をこそ模索し続ける。そうでなければ人類はいつまでたっても互いに正義を掲げて殺しあうばかりです。

こう書くと「そんな考えは甘い。世界には悪い奴らがいるのだ」と言われる方がいるかもしれません。何をおっしゃるやら。僕は「まずあなたがその世界への一方的な不信を解くべきではないですか」と言いたいです。
同時にこうした論理を使う時、発話者は自分を前提的に正義の側におきがちです。でも待ってください。確かに世界に「悪い奴」はいると思います。どんな輩でしょうか。まず自分の主張を通すためには平気で人を殺す。しかも女性も子どもも見境なく殺す。間違えて殺したって謝らない。その上、殺すための兵器をたくさん作って、試してばかりいる。
この定義に一番ぴったり当てはまる国は実はアメリカです。だって実際に戦後世界で一番たくさんの人々を殺してきたのだからです。しかしアメリカ国民が悪人ばかりなのかといえばそれはまったく違う。むしろ大半は誠実で心優しい人々だと僕は確信しています。
そしてそれは世界のどこでも言えることではないでしょうか。どこの国、どこの民族、地域にもごく少数の本当に悪い人々と、大多数の誠実で心優しいけれども、時に戦闘に巻き込まれ、あるいは担ってもしまう人々がいる。そうして戦闘では、本当の悪漢たちは表に出てこずに、主要には貧しい若者たちが戦場に駆り出されてくるのです。

そんな構造の中で、これ以上、正義を掲げあって軍事的に対立して何が生まれるのでしょうか。何も生まれはしない。正義と正義の衝突による戦闘が繰り返され、人々の悲しみは続き、ただ武器商人だけが繁盛し続けるのです。
まったくもって愚かなスパイラルです。そろそろ私たち人類は、こんな野蛮な状態を脱しても良いのではないでしょうか。そろそろ私たちは、対立と殺戮を繰り返してきた人類の前史を閉じ、全世界で歴史的な和解を進め、恒久平和、軍隊のいらない世の中を目指しても良いのではないでしょうか。
そのためにも大事なのは、軍事に変えて、信頼、そして友愛を、最も強い「武器」とする新しい国を登場させることです。その意味で私たちは今こそ、憲法九条を本当に実現すべき時なのです。

軍隊を持たなければこそ、私たちは世界に大きな声で「争いを止めましょう。殺し合いを止めましょう。相互理解を深めましょう」と言うことができる。争いの中に入って仲介をすることもできる。
まだ自衛隊が1人の海外の人をも殺してないからこそ、ぎりぎりそれを行う可能性が私たちの国は持っています。
そうすると私たちは世界中から「甘いやつらだ。世界は悪者でみちているのだ」と言われるかの知れない。でも私たちは「正しいことを、ほかの国の人々よりさきに行うのだ。世の中に、正しいことぐらい強く、素晴らしいものはないのだ」と自問自答しながら歩めば良いのではないのではないでしょうか。
そしてまた、人類から争いを無くすことができると信じ、実際に軍隊を捨てて歩む国々が増えていくことが、人類の明日への希望たりえるのではないでしょうか。

みなさん。今こそ憲法九条の精神を本当に発揮する「九条革命」に向かって歩みましょう!