守田です。(20140612 23:00)

「集団的自衛権」をめぐって、自民党が強権的な姿勢を強める中で、公明党が妥協的姿勢に傾きだしています。
与党決議によって、国会での討論すら経ずに事実上の憲法改悪、9条の解体が行われようとしています。まったくもって許しがたいことです。
安倍首相は繰り返しありもしない抽象的な論議を並べ立てては「国民を守る」と連呼していますが、現実の福島原発事故に対しては嘘ばかりついて、実際の危機を見ようともしないこの首相に、「国民」を守る意志などまったくないことは明らかです。
むしろ集団自衛権の行使は、世界中で嫌われ者になっているアメリカ軍を擁護し、軍事行動をともにすることですから、私たちの国の民が、世界の中でこれまで保ってきた安全な地位を失うことに直結します。

とくにアメリカは、イギリスと共に、イラクになんの大義もなく攻め込んだ国です。イラクが大量破壊兵器を持っているというのが口実でしたが、攻め込んで、ものすごくたくさんの人々を殺して、イラクをめちゃくちゃにしたあとになってから大量破壊兵器などなかったことがはっきりしました。
このとき日本政府も、このひどい侵攻を支持しました。小泉首相が全面的に支持したのです。安倍首相はそのとき内閣官房副長官をしていました。小泉氏とともにイラク戦争を賛美し、アメリカによる理由なき人殺しを肯定したのでした。
今回、国会でこのことを正された安倍首相は「イラクが大量破壊兵器がないことを証明できなかったのが悪いのだ」と居直りました。まさに「盗人猛々しい」とはこのことです。
実際にはイラクは何度も国連の査察などを受け、そのたびに嫌がらせも受けながらもじっと我慢して大量破壊兵器などないことを訴え続けました。アメリカの軍事力で攻撃などされたらたまらないから命がけで弁明していたのです。しかしアメリカはイラクの声を無視して攻撃に踏み切ってしまったのでした。

安倍首相はこのあまりの理不尽さを突きつけられて「逆切れ」したわけですが、しかし大切なのは、安倍首相が屁理屈にもならないような屁理屈と大嘘で真実を否定しても、実際に起こってしまったことそのものを消し去ることはできないのだとうことです。「原発はコントロールされている」と嘘をついても、放射能の脅威がまったく去らないのと同じです。
何よりもこの歴史的事実は、ものすごい被害を受けたイラクの人々、その周りの人々の胸の中に深く刻み込まれている。多くの人々があまりに理不尽なアメリカの姿に今も深い怒りを感じているのです。
イラク戦争に先んじたアフガニスタン戦争でも同じです。あのときアメリカはタリバン政権に対して「オサマ・ビンラディン」を差し出せと迫った。タリバン政権はそれに対して「ならば証拠を見せてくれ」と返答した。
するとアメリカは問答無用でアフガニスタンに攻め込んだのでした。ここにもまったく大義などなかった。このためアメリカはイスラム圏を中心に多くの国々で痛く信用を失い、怒りを買い続けているのです。

それだけではありません。理不尽な戦争の遂行は、ただでさえ殺し合いの中に投入されて心が崩れていく兵士に、破滅的な影響をもたらします。心の奥深くに沁み渡っていく罪の意識からものすごいトラウマが作られ、それが破局的な形で爆発してしまうのです。
どうなるのか。とにかく暴力的になってしまう。平和な通常の生活に戻れなくなってしまう。家族や友人に暴力を振るってしまい、やがて孤立し、自殺したり、アルコールやドラックにはまったりし、果ては暴力事件を起こしてしまったことがたくさん報告されています。
こうした兵士たちの姿は、社会全体に深刻な影を作り出してきました。安易な暴力賛美がはびこるとともに、人への恨み、つらみ、疎外感などを銃を使った暴力ではらそうとする事件が後を絶たない。それが若者による学校での銃乱射などに繰り返し結びついている。
肝心なことは繰り返し戦争をする中で、アメリカは今、町を歩いている人殺しの数が、一番、多い国になっているのだということです。それがアメリカの社会生活上の安全性をも著しく壊してしまっている。

これに対して私たちの国は、アジア諸国との間では、侵略戦争を中途半端にしか謝罪せず、必要な補償も行ってこなかったために、摩擦も起こしてきていますが、その一歩外に出ると、平和的な国として高い信用を得てきました。
これは日本が東南アジアの外まで攻め込まなかったこととも関連しています。戦後も一貫して軍事的暴力を振るうことがなかった。だからこそ、多くの国で日本は評判が良かったのです。
アメリカに怒りを抱いている国からも、日本はアメリカに原爆を投下され、すべての都市を焼け野原にされながら、平和産業を中心に懸命に復興してきた国としての共感を集めてきたのでした。
このため、かのオサマ・ビンラディンでさえ、アメリカの非道性を説くときに、「いいか。みんな。アメリカがどんなにひどい国か知っているか。アメリカは女性と子どもばかりの日本の二つの都市に原爆を落としたんだぞ」と語っていたと言われています。

こうしたエピソードは他にもたくさんあります。例えば革命後にイラクとの長い戦いに突入したイランで、NHKの朝ドラの『おしん』がメガヒット。視聴率は最高で90%を記録し、尊敬する人物としてかのホメイニ師すら抜き、おしんが1位を獲得するなどということさえありました。
おしんは中国でもメガヒットを記録し、アジアの多くの国々で大変なブームを作り出しました。戦前から戦後へと日本女性が貧しさの中から懸命に生きて抜いていった話が、日本の象徴として深い共感を誘ったのです。
あるいは「イランの子どもたちと仲良くする会」の方に聞いた話では、1990年代に入ったころのイランで、子どもに最も人気があるアニメは『一休さん』だったそうです。子どもたちは日本人が来ると「一休さんは元気にしてますか」と聞いてくるのだとか。
「一休さんは昔の人だから、もう今は生きてないのよ」と答えると「えー、一休さん、子どもなのにもう死んじゃったんですか」という答えが返ってきたとか。

ここには大切なことがたくさんあります。私たちの国の戦後の歩みが、中国を含めて多くの国々の民衆レベルで深い共感を得てきたのだということです。そしてまさにそれこそが、海外での私たちの国の民の安全性を圧倒的に保障してきたのです。
そのことは戦後もさまざまな紛争を繰り返してきた世界の中にあって、日本が武力介入をしたことが一度もないために、反感や恨みを買うことがなかったことともセットになっていることです。
同時に国内でも私たちの国は、世界の中で「人殺し」が歩いている確率が極めて低い国です。OECDのデータでも、町を歩いていて殺される確率がダントツに低いのです。自衛隊が一度も他国人を殺していないというのはそういうことを意味するのです。
自衛隊の存在そのものは憲法9条への明らかな違反で矛盾ですが、私たちの国の民はこの軍隊に一度も他国の人を殺させなかった。ものすごい努力で軍隊を軍隊をたらしめてこなかったのです。それが私たちの国の中の幸せをも作り出してきたのです。

この溢れるほどの平和を、「平和ボケ」という人がいます。何をおっしゃいますやら。ボケていられるほどに平和なことがどんなに幸せなのか。紛争の中の人々の視座に寄り添って世界を観れば理解できるはずです。ボケていても襲われることなどない国こそがもっとも平和な国なのです。
これに対してアメリカは常に他者に怯え、身構えていなければならない国です。だからハローウィーンの仮装パーティーがあることが分かっているときにも、何者かが変な格好で家に近づいてくると、不安になって銃を向けざるを得ない。それで「フリーズ(とまれ!)」と叫ぶ。
ところがある青年がその叫びを「プリーズ(どうぞ)」と聞き違えて接近してしまった。そうして撃たれて亡くなってしまった。撃たれたのは日本の若者でした。人が人を殺すことなど想像もできなかった若者でした。
ここにある矛盾は何でしょうか。日本の若者が平和ボケだったからいけないのでしょうか。そうではありません。常に銃を持って他者に怯えなければならないアメリカ社会が歪んでいるのです。平和が壊れているのです。

ところがこれほどに世界の多くの国、地域の人々、中国などからも共感を得てきた平和国家としてに日本の位置が、この10年間、大きく揺らいできています。理由はアメリカのあまりに理不尽な戦争への加担を一歩ずつ強めてきてしまったからです。
このことで私たちが得ていた世界の中での信用は日増しに低下しています。そしてその分、私たちの安全性は日増しに悪化してしまっているのです。
安倍首相はアジアの中でも周辺国との無意味な軋轢を拡大することでさらに私たちの安全性を壊している。靖国参拝の強行では、アジアのみならず欧米の国々からも、安倍首相はファシズムに寛容なのではないかという懸念を呼び起こしている。
その総体が私たち日本に住まう人々への共感をどんどん後退させているのです。アメリカの理不尽な暴力に加担すればするだけ私たちの平和は崩れていく。その意味で安倍首相は日本人を守るどころか、安全地帯から危険地帯に駆り立てているのです。

そうして自衛隊が戦闘に参加したら、自衛隊員の心も壊れていく。そうして私たちの国には人殺しが増えていき、必ず社会に悪弊をもたらすようになります。
暴力は外側から振るわれるだけが怖いのではない。暴力は人を内側からも壊すのです。いやより激しく精神を壊すのは理不尽な暴力に加担したことでの心の葛藤です。平和な心を持てなくなる。優しい心を持てなくなる。だから人を愛せなくなってしまう。
私たちの国の自衛隊はどう屁理屈を言おうが明確に軍隊です。しかしまだ人殺しという重大経験を経ていない。鬼のように人を殺す「殺人機械」としての体験がない。だから自衛隊は世界の中で一番弱い軍隊です。
それでいいし、その段階で早く解体した方がいい。解体して兵士に人殺しは間違ったことだという再教育をしたのちに、災害救助隊に抜本的に改変をすると良い。そうして積極的に世界に派遣すればいい。その方が私たちの国の安全保障は圧倒的に強まるでしょう。

安倍首相はこうした平和の根本原理をまったく理解していない。暴力への浅はかなあこがれで突き進んでしまっている。
そんな安倍首相は軍事アナリストの間で「タカ派の平和ボケ」と言われているのだそうです。実は国防を真剣に考えたときも、避けるべき戦闘は避けた方が良いに決まっている。
とくに国土が狭く、海岸線が長い日本は、軍事的には防衛するのに非常に困難な国なのです。だから戦前においても軍部は植民地を広げ、防衛圏を拡大しようとしたと言われています。列島を守ることは困難というのは軍事的常識なのです。
しかも今は私たちの国の海岸線には、攻撃されたら最も弱い原発がたくさん並んでいる。過疎地にあって防衛などとてもできない位置にです。

これらを見たときに明確に分かるのは、実は歴代の自民党政権は北朝鮮をはじめ、諸外国のことを深く信頼していたということです。絶対に原発を襲われることなどないと思っていた。だから無防備なところに次々建てた。事実、北朝鮮はそのような兆候すら示したことがありません。
いわんや中国は、日本軍に攻め込まれて大変な被害を受けたにも関わらず、これまで日本のどこにも攻撃的な野心を示したことなどありません。
にもかかわらず安倍首相は、もともとは石原慎太郎氏による東京都への領有宣言から端を発した尖閣諸島などをめぐる問題などでの軋轢をどんどん広げ、韓国とも喧嘩ばかりをしている。
平和ボケしているので、軍事的緊張がもたらす危険性にあまりにも鈍感だと軍事アナリストたちが批判しているとおりです。こうしたタカ派の「平和ボケ」は大変な迷惑です。相手は本気に攻撃してこないだろうと甘えていながら、軍事的挑発だけは繰り返しているからです。

こんな甘い意識のもとに、理不尽な戦争ばかり繰り返しているアメリカに軍事的についていけば、日本は世界の人々の共感をますます失い、危険性がますだけです。
さらにアメリカは実は自国兵士の疲弊、心身の破壊に疲れている。だから代替できる軍隊を求めているのであって、そうなれば、理不尽な人殺しをさせられてボロボロになっていくことが自衛隊にまわってきます。
もちろん彼ら、彼女らの命も危険にさらされる。それと相即的に、日本が戦後に築きあげてきた尊いものが壊れていくのです。
安倍首相はその意味で外からも内からも、日本を危険に晒そうとしている。こんなこととてもではいけれども許せません。戦争に突き進む「タカ派の平和ボケ」の安倍政権を食い止めましょう!