守田です。(20201227 14:00)

連載「国際放射線防護委員会(ICRP)の考察」の5回目をお送りします。なおこの記事は中川保雄著『放射線被曝の歴史』に多くを依っています。

● 加害者であるアメリカ軍が被害者である被爆者を「調査」

前回の最後に、結成直後のICRPが出した「1950年勧告」では「被曝を可能な最低レベルまで引き下げるあらゆる努力を払うべきである」と述べていたことをご紹介しました。
アメリカ放射線防護委員会=NCRPが提唱する、放射線被曝の「リスクを受忍せよ」という考えを受け入れなかったのですが、その理由にあるのは被曝による遺伝的影響への恐れであり、それが人々に広がることでした。
このため当時、核開発を独占的にリードしていたアメリカは、いかに人々の遺伝的影響への恐れをおさえていくのかに力を注いでいきました。この過程を少し見ていきましょう。

当時、アメリカが行っていた主要な研究は次の二つでした。一つは原爆投下後の広島・長崎で行った被爆者調査。もう一つはマンハッタン計画の下で放射線研究を担ってきたオークリッジ国立研究所での動物実験でした。
アメリカは日本占領直後に米軍に「日米合同調査団」を組織させ、広島・長崎に9月に入らせて調査をはじめました。
狙いは二つでした。一つは原爆の殺傷力を知り今後の核戦略の基礎データとすること。もう一つは原爆をアメリカ軍が受けたときに兵士たちがどれだけ生き残り、反撃できるかを調べること。

この初期調査を受けて、後に原爆傷害調査委員会(Atomic Bomb Casualty Commission、ABCC)が作られ、遺伝的影響を軸に、後障害といわれる急性障害後の影響や、一定の年月を得て現れる「晩発的影響」の調査を進めました。
ABCCの設置を命令したのはトルーマン大統領。彼は初期調査に参加したアメリカ陸海軍の軍医総監の意を受けて、1946年11月26日に全米科学アカデミー・学術会議に設置を指令。同組織が翌年1月に作られました。
いずれにせよ加害者が被害者を調べたもので、とても正当で公平な調査機関とは言えませんでした。なおABCC(のちの放射線影響研究所)を題材にした貴重な映像を見つけましたのでご紹介しておきます。

報道特集 知られざる放射線研究機関 ABCC/放影研
https://www.dailymotion.com/video/xsgr38


1950年に比治山に移されたABCCとこれへの怒りを語る中沢啓二さん 同番組から なおABCCは1947年に広島赤十字病院内に設置され50年に比治山に完成した建物に移った

● 最初に被爆被害を調査したのは日本陸軍

このように被曝影響調査は、米軍のイニシアチブのもとに進められましたが、最初期に調査を行ったのは実は日本陸軍でした。
陸軍は原爆が落とされてすぐに被害調査を始め、それをただちに英語に翻訳。アメリカ占領軍が来るやいなや差し出したのでした。石井731部隊の犯罪をはじめ、あまたの戦争犯罪の訴追を免れたり、少しでも軽くするためでした。
原爆の殺傷能力を知りたかったアメリカ軍はこれを「革命的リポート」などと名付けています。この点については以下の番組の紹介記事をご覧下さい。


NHK「封印された原爆報告書」より

明日に向けて(1914)日本陸軍は原爆被害をすぐに調査しアメリカに差し出していた-(NHK「封印された原爆報告書」より―1)
https://toshikyoto.com/press/5555.html

明日に向けて(1915)アメリカは広島の子どもたちの死の記録からソヴィエト攻撃をシミュレートした-(NHK「封印された原爆報告書」より―2)
https://toshikyoto.com/press/5565.html

明日に向けて(1919)国は「入市被爆」の記録を黙殺し被曝影響を否定し原爆の本当の恐ろしさを隠してきた(NHK「封印された原爆報告書」より―3)
https://toshikyoto.com/press/5597.html

● 遺伝的影響がもっとも着目されていた

それにしてもABCCが最も関心を寄せたのが遺伝的影響だったこと。より正確には遺伝的影響への人々の恐れを払拭するのがABCCの役割であったことは重要です。遺伝的影響をないものとすることで、核戦略を維持しようとしたのだからです。
ABCCは7万人の妊娠例を追跡調査し以下を調べました。(1)致死、突然変異による流産、(2)新生児死亡、(3)低体重児の増加、(4)異常や奇形の増加、(5)性比の増加(母親の被ばくでは男子数減少、父親の被ばくでは男子数が増加)。
調査は1948年から1953年にかけて行われましたが、(5)をのぞいては統計的に有意な事実は確認されず、その(5)も1954年から58年の再調査でやはり有意であるとは確認されませんでした。

しかし当のABCCの中でも、もともとこの調査では有意な値は出ないのではないかと疑問視されていました。理由は次の点にありました。
ABCCが追跡調査した妊娠例はおよそ7万例でしたが、遺伝的影響が現れると推測された100レントゲン(約1シーベルト)以上をあびたと推定される父親数は約1400人、母親数も約2500人で、大部分が低い線量の被爆例だったのです。
調査人口が少なく、しかもABCCが実際に追跡できたのは7万人の3分の1に過ぎませんでした。このため調査の結論は「遺伝的影響があるともないとも言えない」でしたが、ABCCは「遺伝的影響はなかった」と大々的に宣伝しました。

一方でオークリッジ国立研究所では、マウスを使った実験で高線量で遺伝的影響が現れることが確認されるとともに、自然状態での突然変異発生率の倍になる被曝線量=倍化線量が探られました。
得られた値は30~80レム(300~800ミリシーベルト)でした。このためアメリカの遺伝学者の多くは、80レム(800ミリシーベルト)を倍化線量の上限値と捉えるようになりました。
これらから人体における遺伝的影響は確認されないとされたものの、動物においては明確に倍化線量があることを踏まえた上で、公衆の被曝量限度をどの値に設定するのかということが論議されていくようになりました。


日本原子力研究開発機構(JAEA)が運営する原子力百科事典(ATOMICA)から。国連科学委員会は1000ミリシーベルト以上の被曝で遺伝的影響が現れるとしており、二世三世だけでなく「その後の世代に徐々に遺伝的障害が蓄積し、発現する」としている。 

続く

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