守田です(20180314 23:30)

2011年3月11日からまる7年間が過ぎました。
この8回目になる3月11日を前後してさまざまなことが起こりました。
僕なりに注目すべきものをピックアップすると第一にあげなければと思うのが3月6日の霧島連山・新燃岳の爆発的噴火です。
この噴火、まだ継続中で、場合によっては数か月にも及ぶと予測されています。

ちなみに新燃岳の前回の爆発的噴火は2011年1月26日でした。その1月半後に起こったのが東日本大震災でした。
霧島連山の噴火は歴史的にも日本列島各地の大地震と連動しています。
僕には因果関係などは把握できていませんが、しかし東日本大震災など、歴史上、実際に霧島連山と大地震が近接して起こっていることには注意が必要です。
これに関して論じているHPを紹介しておきます。

【緊急警告】新燃岳噴火→数カ月以内にM8巨大地震や富士山噴火の法則! 11のデータが証明する“恐怖の連鎖”、3.11とも完全一致!
http://tocana.jp/2018/03/post_16226_entry_2.html

これ以外にももちろん本日14日の大飯原発3号機の再稼働強行も大きな問題です。
同時にこの時期に森友問題が再度燃え上がり、安倍政権が末期を迎えようとしていることが重なっています。あるいは何かの因果かもしれないなどとも思えます。

さて今回、問題にしたいのは7年前の2011年3月の大震災の被害です。今一度振り返りたいと思います。
まず人的被害は以下の通りでした。(2018年3月9日時点)
死亡15,895人 行方不明2,539人 負傷6,156人。
都道府県での内訳は、宮城県9,540人、岩手県4,674人、福島県1,614人、茨城県24人、千葉県21人、東京都7人、栃木・神奈川県4人、青森県3人、山形県2人、群馬県・北海道1人でした。
亡くなられた方の90.64%は溺死でした。津波被害が圧倒的だったことが分かります。

一方で震災関連死も起こっています。津波の時は命からがら避難できたけれども、その後に亡くなった事例です。(2017年9月末)
総数で3,647人。内訳は福島県2,202人、宮城県926人、岩手県464人など。
大震災の被害と逆転して福島県が最も被害が多いのは、福島県では津波被害と無関係に、原発事故からの避難の途中で亡くなった方が多かったことです。
これに対して「無理な避難をしたからいけなかった」というとんでもない言い方がまかり通っていますが、そうではありません。
大事故の起こる可能性を否定したまま原発の無謀な運転を続けた東電と、それを認めてきた歴代政府のためにこれらの人々は命を奪われたのです。

あらためて、この圧倒的な数の方が亡くなられたことを前に、ひたすら手を合わせ、鎮魂の祈りを捧げたいと思います。
またご家族や大切な方を亡くされた方の痛みが少しでも和らぐ日の来ることを心から願ってやみません。
同時にあの大災害はたとえ犠牲者に近親者や知人がいない方でも心に多くの傷をもたらました。そのすべての傷が癒されることもまた心から願います。

一方で建造物の損壊では全壊121,176戸、半壊280,923戸でした。
全壊は宮城県83,003戸、岩手県19,508戸、福島県15,224戸などでここでも最も過酷な津波の被害を受けたのが県別であれば宮城県であったことが分かります。
「壊滅的」とも言えるこれらの被害はいまなお十分にカバーされていません。僕は東京オリンピックなど今からでもやめてその予算のすべてを東北・関東の被害の癒しに使うべきだと思います。

さて福島原発事故に対してはその責任をめぐってまだしも裁判が起こされていることに対し、多くの方が津波にさらわれ、溺死した津波被害は「天災」の言葉でくくられたまま、十分な問題の捉え返しがなされていないように思えます。
しかしそんなことはけしてありません。私たちはこの点でも津波対策を怠り、実効性のある避難計画を作ってこなかった政府に大きな責任があることをしっかりと認識する必要性があります。

にもかかわらずこの点はいわば福島原発事故の背後に隠れてしまってきたのではないでしょうか。そしてそうであるがゆえに同じ過ちが繰り返されようとしているのではないでしょうか。
あれほどの災害に見舞われながらこの国は、有効な対策を重ねないままにまた次の自然災害や、それと連動した人工災害に見舞われようとしているのではないか。いや「そんなことがあってはいけない」という思いでこの一文を書いています。

こう書くのは2010年12月17日に初版が出されている岩波新書『津波被害』河田惠昭著の「はじめに」を読んで大きな衝撃を受けたからです。
多くの方に知っていただきたいので引用したいと思います。

「この本の出版は、2010年2月27日に発生したチリ沖地震津波がきっかけとなっている。わが国では、約16万人に達する住民を対象に、避難指示・避難勧告が出されたが、実際に避難した人は3.8パーセントの約6.4万人に過ぎなかった。
とくに、津波常襲地帯の北海道、青森、岩手、宮城、三重、和歌山、徳島、高知の各県の沿岸市町村でも、対象人口74万人中、5.1パーセントの約3.8万人が避難したに過ぎない。
このように極めて低い避難率であった。近年の津波被害では、住民の避難率が大変低いことはすでに問題となっていた。しかも、年々これが低くなっているのである。
『こんなことではとんでもないことになる』というのが長年、津波防災・減災を研究してきた私の正直な感想であり、一気に危機感を募らせてしまった。
沿岸の住民がすぐに避難しなければ、近い将来確実に起こると予想されている、東海・東南海・南海地震津波や三陸津波の来襲に際して、万を超える犠牲者を出しかねない、という心配である」(pⅰ)

いかがでしょうか。
僕にはこの時の河田さんの訴えが社会に浸透していればと悔やまれてなりません。「こんなことではとんでもないことになる」「万を超える犠牲者を出しかねない」という河田さんの思いは残念ながらまったく正確に的中してしまったからです。
そしていま、同じことが進行中なのではないでしょうか?いや確かに進行していると僕は思います。
その元凶が政府が原発にしがみつき、いままた再稼働しようとしていることにあると僕は考えています。

これは原発そのものの危険性のことだけを指しているのではありません。原発の再稼働のために、実は再度の地震や津波がこの国を襲うリアリティからも目をそらそうとするさまざまなことがらが繰り返されてきているからです。
なぜかと言えば、地震や津波の被害の可能性をしかるべく強調し、人々に備えを訴えれば、おのずから原発の再稼働などとんでもないことが鮮明化してしまうからです。

この間はその上にJアラートでのミサイル発射情報の伝達という愚行が繰り返されてきました。
もともとJアラートは自然災害などの情報を瞬時に流すためのものでもありますが、これに朝鮮からの弾道ミサイルが日本に落下する可能性が付け加えられ、この間、何度となく鳴らされました。
そのいずれも日本の上空かなたの通過であって、落ちてくる心配などまったくなかったことが事後的に明らかになりましたが、これは災害対策上の最悪の行いなのです。
なぜならこうしたことを一回でも行うと、それでもう本当に避難しなければならないようなアラートのときに、それを信じず、退避行動に移らない人々が出てきてしまうからです。
ようするに河田さんがあの3月11日の直前に「これではたいへんなことになる」と胸を痛められていたことが何ら継承されていないばかりか、むしろこうした犯罪的な愚行によって危険性が拡大されてしまっているのです。

原発の再稼働にあたっても、火山の動きや地震の影響の過小評価ばかりが繰り返されています。
中でもひどいのは火山の噴火が何年も前に予知できるというあまりに非科学的な暴言が横行していることです。これは活火山に囲まれた川内原発を稼働させるために飛び出してきたものですが、それは火山噴火の危険性の過小評価と密接に絡まっています。
そんな中で2016年に起こった熊本を震源として大分県や鹿児島県までもが著しく揺れた地震に際しても、政府はけして「九州地震」とは言わずに「熊本地震」と言い続けました。
「九州地震」と呼ぶと、鹿児島県にある川内原発や、大分県から海を隔ててすぐの佐多岬にある伊方原発が危険地域にあることが際立ってしまうからでした。

このようにそもそも2011年3月の大津波による犠牲も、災害への備え、とくに「とっとと逃げる」意識の形成が不十分であったことによって拡大したわけですがそのあやまりは何ら克服されていません。
原発の危険性から目をそらしたい政府のもとで、災害全体の捉え返しもまた十分に深められず、おざなりなままなのです。いまなお「このままではたいへんなことになる」状態が放置されているのです。

もちろん何もなされてきていないわけではありません。民間での必死の捉え返しや、地方行政による災害対策の積み上げなどはなされてはきているのです。
しかし肝心の政府がちっとも災害対策に本気になっていないのがこの国の現状なのです。この点では僕はどの野党もまた十分な災害対策指針を打ち出せていないように思えます。

私たちはこの状態をただし、原発だけでなく中央構造線という巨大な断層帯の揺れや、いずれも30年内に7割以上の確率で起こると予測されている東南海トラフ地震や関東大震災などに備えなくてはなりません。
そもそも南海トラフ地震については政府の地震調査委員会は、30年内の確率を7割から7~8割にあらためています。にもかかわらず意識喚起がなされていない。
いや地震だけでなくて、富士山を初めとする活火山の大規模噴火にも備えなくてはいけない。やらなければならないことは本当にたくさんあります。

そのリアリティを突き詰めるならば、自衛隊を災害救助隊へと抜本的に改編することこそもっとも合理的であることも見えてくると僕は思います。
「とっとと逃げる」意識づけの強化だけでなく、本格的な救助隊の創出まで進まなければ、この国を襲う巨大災害への備えをなせたとは言えない。こうした意識改革こそがいまこそ必要なのです。

2011年3月11日から7年を越え、亡くなられた多くの命に手を合わせて、私たちはいまある命、これから生まれてくる命を守ることにもっともっと心を傾けましょう。
そのことを僕はこの日、この時に誓わなければならないと思うのです。