守田です。(20130629 22:00)

ひどいことを報じた記事を目にしました。朝日新聞の一面に掲載されたもので、政府がなんと福島で「被曝量の自己管理」を言い出したというです。
具体的には、避難指示解除準備区域に指定された福島県田村市の除染作業「完了」後の説明会で、空間線量を0.23μSv以下にする目標を達成できず、「平均毎時0.32~0.54μ(住宅地)」にとどまった政府が、再除染を求める住民に「一人ひとりが線量計を身につけ、実際に浴びる「個人線量」が年1ミリを超えないように自己管理しながら自宅で暮らす提案」をしたというのです。

記事は次のように続いています。
「説明会を主催した復興庁の責任者の秀田智彦統括官付参事官は取材に「無尽蔵に予算があれば納得してもらうまで除染できるが、とてもやりきれない。希望者には線量計で一人ひとり判断してもらうという提案が(政府側から)あった」と述べた。」
「除染で線量を下げて住民が帰る環境を整える従来の方針から、目標に届かなくても自宅へ帰り被曝(ひばく)線量を自己管理して暮らすことを促す方向へ、政策転換が進む可能性がある。」

政府が住民に対して被曝量の自己管理を言い出すなどとんでもないことです。そもそもなぜそんなことを「管理」などさせられなくてはならないのでしょうか。・・・実際にはすでに非常に多くの地域で人々がこうした「管理」を強いられているわけですが、それには大変なストレスがつきまといます。それ自身が放射能被害の大きな一部です。
にもかかわらず、予算がないから自分で「管理」しろなどと平気で言い出すのは、放射能汚染に対して、あまりに責任感が希薄であるからにほかなりません。それは私たち国民・住民・市民の側の追求の声の弱さを反映する傲慢さでもあり、とても悔しくも思います。

朝日新聞はこの1面の記事に続く3面の解説面で次のように政府を批判しています。
「被曝線量「年1ミリシーベルト以下」という除染目標は平常時の国際基準と同じ値で、政府は「1ミリ以上地域の国の責任で除染する」としてきた。住民が再除染を求めるのは当然の心情だ。」
「説明会では、除染目標に届かなくても帰還をなし崩し的に進める政府の本音がにじんだ。線量計を希望者に無償配布して被曝量を抑える生活を工夫してもらい、帰宅者を増やして避難区域解除の環境を整える狙いが垣間見えた。
解除後には賠償が打ち切られる。自宅に戻らずに暮らしていけるのかという不安も広がる。除染に責任を持つと言いつつ、再除染を拒んだまま住民に責任を転嫁する形で帰還を進めるのは、国の責任の放棄だ。」

その通りだと思います。国の責任を放棄し、住民に転嫁しようとする「被曝量の自己管理化」を認めてはなりません。
しかしこの記事は批判と分析がここまでで中途半端に終わってしまっているとも言わざるをえない。いつもながらの朝日新聞の分析・批判の弱さがあらわれていて残念に思います。

さらに問題とすべきことは、こうした「被曝量の自己管理化」に現れているものが、政府の除染政策そのものの破綻なのだということです。なぜなら田村市だけでなく、非常に広範な地域で、除染は思うようには進まず、0.23μSvというそれ自身でも年間1ミリ+バックグラウンドの値よりもかなり高めの目標ですら達成できずにいるからです。
しかも多くの地域で、いったん除染したにもかかわらず、再び線量が上がりだしてしまっています。大気中に放射性物質が舞っている・・・当然人々が吸引しているという恐ろしい事態を示すものですが、この点からも除染政策の破綻は明らかなのです。
重要なことは、このことをはっきりと認めさせ、現在の避難区域にとどまらず、多くの地域が除染不可能ないし困難であることをこそ、もっと鮮明にさせなければならないということです。当然にも除染が困難な地域では、住民に避難・移住の権利が補償されなければならない。このことこそが除染政策の破綻から導きだされなければなりません。

さらにもう一歩進んで明らかにしなければならないのは、現在のさまざまな核種による汚染の中で、空間線量を危険性の目安にすることはできない、またしてはならないのだという点です。
とくに福島県内の原発に近い地域は、プルトニウムやストロンチウムをはじめ、たくさんの核種がこれまでも飛び散っていることが把握されてきた地域です。またセシウムだけをとっても、東京などを含む広範な地域でそこかしこにものすごい線量のマイクロホットスポットが作られてしまっています。こうした地域に現にある危険性のすべてを、γ線だけでの平均値である「空間線量」で把握することなどできないのです。
そもそもこの空間線量による危険の捉え方そのものは、原発や放射性物質を取り扱う施設内部での安全管理そのために生み出されてきたものであり、何がどれぐらい漏れたか、どのように汚染があるかが、もっと高い精度で把握されている状態の中でのものなのです。とてもではありませんが、現在のような非常に広域の汚染に対応できるものではありません。

この点について、先日来日した『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』の著者、アレクセイ・ヤブロコフ博士が、講演の中で端的に指摘してくださいましたので、以下、京都講演の記録の中からその点をご紹介したいと思います。なお引用は以下の記事からです。

明日に向けて(690)『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』に学ぶ!・・・3
http://toshikyoto.com/press/833

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前提条件として申し上げたいのは、線量がいくらかということを、ミリシーベルトでは基準にならないということです。まあ20ミリシーベルトであれば、状況は大変良くないと私は思います。1ミリシーベルトというのも、私自身は良くない数字だと思っています。
しかしいずれにせよミリシーベルトで表示される線量は、相当ルーズに、平均的な状況をただ表しているだけであって、個人個人についての条件はどうなのかということは、一切、語ってくれないのです。
このミリシーベルトで測られる線量が意味を持つのは、企業の中で、あらゆる条件がきちんと確立されている中でのみです。核爆弾を作る工場、電力を作るための原子力発電所といった屋内であり、放射線核種の数も少なく、その量もコントロールされている、しかも定期的にチェックがされているところです。あくまでも企業のための条件であります。
一方でチェルノブイリの事故や福島の事故では、何百種類の放射性核種が、どれだけのものがどれだけ散ってしまったのかわからない状況で、ばら撒かれてしまっているのです。

私がみなさんに呼びかけたいのは平均的な数値、どこどこの地域の平均的な数値というものを基準にして欲しくないということです。一人ひとりがどれだけ現実に放射性核種によって、負担を受けてしまったのか、それを判断する必要があります。
ではどういうものをサンプルにして計測ができるかというと、歯のエナメル質をサンプルにすることで、どれだけの放射性物質が体内を通過していったのかということが分かります。また血液、骨髄の染色体を調べてもらう、眼の水晶体のチェックもできます。
またホールボディーカウンターで、どれだけ体内に取り込んでいるかを、ガンマ線のチェックで調べます。
ということで、「この病院の平均気温は何度ですよ」ということで、全般の人々に当てはめる数字で安心をしないで、ひとりひとりの数値を調べるということをしてもらいたいと思います。

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とてもわかりやすい指摘だと思いますが、空間線量は「平均値」でしかありません。それが十分に低くとも、近くにホットスポットがあれば、そこから飛散したものを吸い込んでしまう可能性があります。実際に除染後に再度、線量があがるようなところにいれば、吸引は明らかなので、そこでは外部被曝とは比較にならない危険性の内部被曝が発生していますが、空間線量はこの重大な危険性を反映していません。もちろんたくさんの核種がある状況も反映していません。
そのため個々人の被曝線量の管理については、線量などに頼っていてはならず、博士が述べているように、それぞれの身体の検査そのものから行うべきであり、そのすべての予算が、政府と東電により補償されるべきです。
「そんな莫大なお金はどこにあるのか」という人がいるかもしれません。しかし実際に国と電力会社がそれだけのことをしでかしてしまったのだから、また国民・住民がそれを止められなかったのだからどうしようもないのです。さらに膨大な危険性を作り出す原発再稼働、そのための対策などすべてやめて、被曝した全ての人々の徹底した身体調査をこそ進めるべきです。

地域の危険性をどう見積もればよいのかという点では、空間線量よりもより汚染実態をより反映している土壌の汚染度によって見ていくべきです。そのためにはチェルノブイリ事故後に行われてきたような、細かいメッシュ調査によって成り立つ汚染マップを作る必要が絶対にあります。
しかしそれでも平均化を完全に脱することはできません。だからこそ土壌調査と地域の人々の健康調査を重ね合わせ、被曝の実態を浮き彫りにしつつ、必要な手当を行っていくことが問われているのです。これから長い間、膨大な数の人々が健康被害と格闘することを考えれば、今のうちにこうしたことにたくさんの予算をつぎ込み、被害の拡大を少しでも軽くした方が、人々の幸せはかならず増します。予算的にもずっと安上がりです。

ここから私たちは、政府に対し、当然にも「被曝量の自己管理化」などという酷い政策を押し戻しつつ、より進んで、除染の不可能性を明らかにし、避難の権利を拡大すべきこと。空間線量で地域の危険性を測る=平均化し、かつ内部被曝を過小評価してごまかすことをやめて、精度の高い土壌汚染マップを東北・関東で作成すること、同時に人々の健康調査の中で被曝実態をつかみ、手当を進めていくことをこそさせなければなりません。
政府はなかなかにそれを認めようとしないでしょうが、繰り返しこの点を明らかにすることで、問題の本質を今になっても見抜けないマスメディアの論調を変え、また市民、自らも放射線測定や健康調査を進めて、被曝防護を複合的に進めていきましょう。以上が「被曝量の自己管理化」ということから導き出すべき結論です。

以下、朝日新聞デジタル版の記事を紹介しておきます。

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政府、被曝量の自己管理を提案 「除染完了」説明会で
朝日新聞 2013年6月29日7時1分
http://www.asahi.com/politics/update/0629/TKY201306280625.html?ref=com_rnavi_srank

【青木美希】政府が福島県田村市の除染作業完了後に開いた住民説明会で、空気中の放射線量を毎時0・23マイクロシーベルト(年1ミリシーベルト)以下にする目標を達成できなくても、一人ひとりが線量計を身につけ、実際に浴びる「個人線量」が年1ミリを超えないように自己管理しながら自宅で暮らす提案をしていたことが分かった。

「その気なら増産してもらう」
田村市都路(みやこじ)地区は避難指示解除準備区域に指定され、自宅に住めない。政府が計画した除染作業は一通り終わったが、住宅地は平均毎時0・32~0・54マイクロにとどまり、大半の地点で目標に届かなかった。政府は今月23日に住民説明会を一部非公開で開いた。
朝日新聞が入手した録音記録によると、住民から「目標値まで国が除染すると言っていた」として再除染の要望が相次いだが、政府側は現時点で再除染に応じず、目標値について「1日外に8時間いた場合に年1ミリを超えないという前提で算出され、個人差がある」と説明。「0・23マイクロと、実際に個人が生活して浴びる線量は結びつけるべきではない」としたうえで「新型の優れた線量計を希望者に渡すので自分で確認してほしい」と述べ、今夏のお盆前にも自宅で生活できるようにすると伝えた。
説明会を主催した復興庁の責任者の秀田智彦統括官付参事官は取材に「無尽蔵に予算があれば納得してもらうまで除染できるが、とてもやりきれない。希望者には線量計で一人ひとり判断してもらうという提案が(政府側から)あった」と述べた。除染で線量を下げて住民が帰る環境を整える従来の方針から、目標に届かなくても自宅へ帰り被曝(ひばく)線量を自己管理して暮らすことを促す方向へ、政策転換が進む可能性がある。
環境省は取材に対して説明会での同省の発言を否定した。録音記録があり、多くの住民も証言していると伝えたが、明確な回答はなかった。