守田です。(20130601 21:30)
日本時間の5月24日未明、国連人権理事会のアナンド・グローバー氏による、日本政府に放射線防護の厳格化を求める勧告が発せられました。
グローバ氏は、2012年11月15日から26日かけて日本を訪問、政府関係者をはじめ多岐にわたる人々に面談・聞き取りを行うとともに、福島県の各都市を訪問、この他、東京と仙台も訪れ、福島原発事故と、その後の政府の対応に関する入念な調査を行いました。
今回発せられたのは、その調査報告で、75の報告文と7つの勧告より成り立っていますが、全体として、非常によく問題の本質・・・日本政府の事故対応の問題点や限界をつかみとったものとなっています。
同時に、氏の報告は、確かな科学的見識とともにヒューマニズムに溢れており、通読していて何度も深く胸を打たれました。この文章が、ヒューマンライツナウのHPに掲載されています。ありがたいことに全文の仮訳もつけてくださっています。ぜひ以下からお読みください。
国連「健康に対する権利」特別報告者アナンド・グローバー氏・日本への調査 ( 2012年11月15日から26日) に関する調査報告書
http://hrn.or.jp/activity/srag.pdf
事故の全体を網羅したこの報告は、私たちにとって、この問題をトータルに振り返り、私たちが今後、何を目指していくことが必要になるのかの現時点での格好のまとめにもなりうると感じています。
その点から、数回に分けて、この報告内容を紹介しつつ、いかに捉えるのかを論じていきたいと思います。
初めとして今回は、グローバ氏が報告書の結論として導き出している「勧告」の内容を検討していきたいと思います。(ヒューマンライツナウによって訳された「勧告」全文(日本語のみ)を末尾に貼り付けておきます)
報告は先にも指摘したように、実に見事に書かれていて、どの部分も重要な内容を含むものとなっていますが、その中でも、最も重要なポイントを抜き出すとしたら、やはり78(a)の以下の内容だと思います。
「避難地域・公衆の被ばく限度に関する国としての計画を、科学的な証拠に基づき、リスク対経済効果の立場ではなく、人権に基礎をおいて策定し、公衆の被ばくを年間1mSv以下に低減するようにすること」というものです。
またこうした内容に列なうものとして、77(b)でも「1mSv以上の地域に居住する人々に対し、健康管理調査を実施すること」という勧告がなされています。
ここでのグローバ氏の指摘の的確さは、日本政府が依拠しているICRP(国際放射線防護委員会)の勧告=事故後の居住基準値が、「人権に基礎をおいて策定」したものではなく、「リスク対経済効果の立場」から策定したものであることをきちんと指摘している点に現れています。
というのはICRPは2007年勧告において、平常時は被曝線量を、年間1ミリシーベルト以下にしなければならないけれども、事故時には100ミリ~20ミリ、事故後の復旧時には20ミリ~1ミリと設定し、長期的には1ミリを目指すのでよいとしており、日本政府はこれに従って現在、20ミリシーベルト以下の地域は居住可能としています。
これは同じくICRP1990年勧告で「経済的・社会的要因を考慮して合理的に達成できる限り、放射能を防護する」と主張されたことに基づいた考えです。科学的安全基準によるのではなく「リスク対経済効果」の立場から、人間の安全値を決めているのです。
もちろん人間の放射能への忍耐力が、事故時に急に100~20倍になることなどないのであって、これは社会的・経済的理由により安全性を著しく切り縮めてよいとした、原子力を推進する側にまったく都合のよい考えでしかありません。
実は日本政府内部(民主党政権時)でも、こうした考え方に基づく論議を行っていたことが、5月25日の朝日新聞に発表されました。というのは現在も政府が採用している「年20ミリmSv以下」の帰還基準について、「年5mSv以下」に強化する案が検討されたものの、避難者が増えることを懸念して見送っていたというのです。
この点はまた詳しく論じたいと思いますが、要するに民主党政権は人体にとって安全かどうかではなく、避難者の数を問題にして、20mSv以下というラインが引いていたことが、会議の議事録から明らかになったというのです。
にもかかわらず安倍政権にいたっては、この20mSv以下にある「警戒区域」をすべて解除し、人々の帰還を促しています。「社会的・経済的」理由で設定された、科学的根拠に基づかない「安全基準」のもと、人々に高線量地域での居住を強制しようとしているのです。
クローバー氏の勧告は、こうした日本政府の非人道的な姿勢をまっこうから批判したものです。年間1mSv以下という被曝量とて、けして安全な値ではないですが、せめても「公衆の被ばくを1mSv以下」にせよという国連勧告を日本政府は受け入れるべきです。
同時に、同じ考えに基づき、クローバー氏は「1mSv以上の地域に居住する人々に対し、健康管理調査を実施すること」を勧告しました。この点も非常に重要です。すでにさまざまな健康被害が出ているからでもありますが、しかし政府はこの点も無視し続けています。
クローバー氏はさらに「子どもの健康調査は甲状腺検査に限らず実施し、血液・尿検査を含むすべての健康影響に関する調査に拡大すること」とも指摘しています。これも日本政府が、チェルノブイリ事故調査に関する非常に限定的で精度の低い調査に基づき、子どもの甲状腺がんの発生のみを、事故の被害として認定していることを批判したものです。
実際にはもっとたくさんの疾病の発生が記録されています。最も新しい報告書では、2004年までになんと100万に近い人々の事故の影響による死亡が報告されていますが、日本政府は、チェルノブイリ事故での死亡者はたったの60名であるという世界の中でも最も少ない推計を首相官邸ホームページに掲げ続けてすらいます。
これらから考えるときに、クローバー氏の報告は、非常に貴重なもの、私たちに日本に住む人々にとってとてもありがたいものであると言えます。政府はこのこのヒューマニティーに溢れた勧告をぜひとも受け入れるべきです。
同時に私たちは、現在、私たちの人権が政府によってさんざんに踏みにじられていることを自覚し、怒りをもって立ち上がらなければならない。このことを強く訴えたいと思います。
僕はこれまで折にふれて、旧日本軍性奴隷問題、そしてその背景をなした兵士たちへの虐待など、かつての私たちの国の中にあった人権蹂躙が正されてきていないことが、福島原発事故以降の政府の対応に根底でつながっていると指摘してきました。
クローバー氏の勧告はこのことを鮮明化させたものでもあると思います。だからそれは日本政府に突きつけられたものでありながら、同時に、私たち日本に住まう民衆の人権意識にも向けられているものであることを私たちは自覚しなくてはいけないと思います。
私たちの人権は、私たちの力で守り、育まなければなりません。その意味で私たちは、最低でも被曝の限界値、がまん値を、1mSv以下にすべきだとしてきた事故以前の「社会的合意」を政府に守らせる必要があります。
私たちは今、危険な原子力行政を強行してきた政府や原子力村、電力資本によって、虐待を受けているのです。私たちのうち、本当にたくさんの人々が、年間1mSv以上の被曝を強いられています。構造的暴力が民衆に対して振るわれているのです。
これを払いのけなくてはなりません。人権を守らなくてはいけない。それを少しでも美しい環境とともに、未来世代につないでいかなくてはいけません。ともに奮闘しましょう!
なお、たった今、「アナンド・グローバー氏の国連勧告を歓迎し、日本政府に勧告受け入れを求める署名」が始まったという報告が、知人から入りました!!
「避難の権利」ブログに掲載された署名フォームと「共同アピール文」が以下から見れます。ぜひご協力ください!
http://hinan-kenri.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-3d9f.html
外務省、関係各省及び国連特別報告者アナンド・グローバー氏に送付予定とのこと。1次締切:6/3 22:00、2次締切:6/10 22:00、3次締切:6/24 22:00だそうです!!
以下、勧告内容も貼り付けておきます。
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勧告
76.特別報告者は、日本政府に対し、原発事故の初期対応の策定と実施について以下の勧告を実施するよう求める。
(a)原発事故の初期対応計画を確立し不断に見直すこと。対応に関する指揮命令系統を明確化し、避難地域と避難場所を特定し、脆弱な立場にある人を助けるガイドラインを策定すること
(b)原発事故の影響を受ける危険性のある地域の住民と、事故対応やとるべき措置を含む災害対応について協議すること
(c)原子力災害後可及的速やかに、関連する情報を公開すること
(d)原発事故前、および事故後後可及的速やかに、ヨウ素剤を配布すること
(e)影響を受ける地域に関する情報を集め、広めるために、Speediのような技術を早期にかつ効果的に提供すること
77.原発事故の影響を受けた人々に対する健康調査について、特別報告者は日本政府に対し以下の勧告を実施するよう求める。
(a)全般的・包括的な検査方法を長期間実施するとともに、必要な場合は適切な処置・治療を行うことを通じて、放射能の健康影響を継続的にモニタリングすること
(b)1mSv以上の地域に居住する人々に対し、健康管理調査を実施すること
(c)すべての健康管理調査を多くの人が受け、調査の回答率を高めるようにすること
(d)「基本調査」には、個人の健康状態に関する情報と、被ばくの健康影響を悪化させる要素を含めて調査がされるようにすること
(e)子どもの健康調査は甲状腺検査に限らず実施し、血液・尿検査を含むすべての健康影響に関する調査に拡大すること
(f)甲状腺検査のフォローアップと二次検査を、親や子が希望するすべてのケースで実施すること
(g)個人情報を保護しつつも、検査結果に関わる情報への子どもと親のアクセスを容易なものにすること
(h)ホールボディカウンターによる内部被ばく検査対象を限定することなく、住民、避難者、福島県外の住民等影響を受けるすべての人口に対して実施すること
(i)避難している住民、特に高齢者、子ども、女性に対して、心理的ケアを受けることのできる施設、避難先でのサービスや必要品の提供を確保すること
(j)原発労働者に対し、健康影響調査を実施し、必要な治療を行うこと
78.特別報告者は、日本政府に対し、放射線量に関連する政策・情報提供に関し、以下の勧告を実施するよう求める。
(a)避難地域・公衆の被ばく限度に関する国としての計画を、科学的な証拠に基づき、リスク対経済効果の立場ではなく、人権に基礎をおいて策定し、公衆の被ばくを年間1mSv以下に低減するようにすること
(b)放射線の危険性と、子どもは被ばくに対して特に脆弱な立場にある事実について、学校教材等で正確な情報を提供すること
(c)放射線量のレベルについて、独立した有効性の高いデータを取り入れ、そのなかには住民による独自の測定結果も取り入れること
79.除染について特別報告者は、日本政府に対し、以下の勧告を採用するよう求める
(a)年間1mSv以下の放射線レベルに下げるよう、時間目標を明確に定めた計画を早急に策定すること
(b)汚染度等の貯蔵場所については、明確にマーキングをすること
(c)安全で適切な中間・最終処分施設の設置を住民参加の議論により決めること
80.特別報告者は規制の枠組みのなかでの透明性と説明責任の確保について、日本政府に対し、以下の勧告を実施するよう求める。
(a)原子力規制行政および原発の運営において、国際的に合意された基準やガイドラインに遵守するよう求めること
(b)原子力規制庁の委員と原子力産業の関連に関する情報を公開すること
(c)原子力規制庁が集めた、国内および国際的な安全基準・ガイドラインに基づく規制と原発運営側による遵守に関する、原子力規制庁が集めた情報について、独立したモニタリングが出来るように公開すること
(d)原発災害による損害について、東京電力等が責任をとることを確保し、かつその賠償・復興に関わる法的責任のつけを納税者が支払うことかないようにすること
81.補償や救済措置について、特別報告者は政府に対し以下の勧告を実施するよう求める
(a)「子ども被災者支援法」の基本計画を、影響を受けた住民の参加を確保して策定すること
(b)復興と人々の生活再建のためのコストを支援のパッケージに含めること
(c)原発事故と被ばくの影響により生じた可能性のある健康影響について、無料の健康診断と治療を提供すること
(d)さらなる遅延なく、東京電力に対する損害賠償請求が解決するようにすること
82.特別報告者は、原発の稼働、避難地域の指定、放射線量限界、健康調査、補償を含む原子力エネルギー政策と原子力規制の枠組みら関するすべての側面の意思決定プロセスに、住民参加、特に脆弱な立場のグループが参加するよう、日本政府に求める。