守田です。(20121204 19:00)

12月1日と2日に大飯町と高浜町を訪ねてきました。とくに高浜町では高浜原発をはじめ、震災遺物(ガレキ)の試験焼却が行われた焼却場、焼却灰の投棄先になっている最終処分場なども取材するとともに、町の方たちの声も聞くことができました。
非常に意義深い訪問となりましたので、後日、レポートを出したいと思いますが、今日は、6日に「あゆみ助産院」での講演が控えていることもあり、「放射能時代の産婦人科医医療」の続きを書きたいと思います。

日本の医師数と産婦人科医の現状

さて、産婦人科医のことを見る前に、日本には医師はどれぐらいるのかということから確認していきましょう。医師免許を持ち、実際に医療施設で働いている医師の数を「医療施設従事医師数」といいますが、これは1998年に236933人でした。2010年には280431人になっています。12年間でから43498人増加しています。増加率は11.8%です。
この医師数を国際的水準と比較したらどうなるのか。OECDインジケーター2009年版を見ると、人口1000人当たりの臨床医数(2007年)は、OECD平均3.1人に対し2.1人という低さです。最下位のトルコ1.5人をはじめ、韓国1.7人、メキシコ2.0人に次いでいます。ちなみにトップはギリシャで5.4人という高さです。

この国際的に低い水準の日本の医師数の中でも、さらに産婦人科医は、ほぼ毎年減り続け、ここ数年にわずかに上昇した状態にあります。全体では同じ12年間で10916人から10227人へ6.4%の減少です。分娩を扱う産婦人科と産科の医師数の合計をみても、11264人から10652人へと5.5%の減少です。
反対に分娩を扱わない婦人科は、1188人から1717人へと増えています。妊娠・分娩と女性の病を担当するこの診療科は、それぞれが扱う領域にあわせて、「産婦人科」「産科」「婦人科」と分かれていますが、分娩を扱う前者2つの科の合計医師数が減少し、婦人科が増加傾向にあるというわけです。
こうした傾向は、医療の公定価格である診療報酬の初めてのマイナス改定がなされた2002年以降、とくに顕著になりました。産婦人科では、2002年から2006年までにいったん1026人が減り、その後、2010年までに635人を戻していますが、このことはベテラン医師が減って、新人が増えたことを意味しています。
つまりあまりにも急激に産科医が減ったために、新人の産科への誘導が強められたわけですが、医師数には反映されない医師の平均的熟練度の回復にはまだまだ時間がかかる状態にあるということです。もちろん国際水準からいって、絶対数もまだまだ足りていません。

あまりにも過酷な産婦人科労働

こうした医師数の減少はどうして起こったのでしょうか。幾つかの理由が挙げられますが、一つには全ての診療科の中で、産婦人科がもっとも拘束性が高く、勤務時間が長いことがあります。
ある研究(平原史樹ら2007)によれば、2002年から2004年にかけて実施された厚生労働科学研究「小児科参加若手医師の確保・育成に関する研究」において、横浜市立大学附属病院ならびに教育指導病院のおける卒後3年から15年目の医師について調べたところ、宿直を含む労働時間は、1週あたり平均73.3(±17.3)時間でした。月の時間外労働時間は140時間を越えています。
また1週の宿直勤務は、平均27.7(±11.5)時間ですが、その時間内に実際に診察行為に費やしたのは86%におよぶ23.7(±10.9)時間でした。また当直翌日の平均離院時間は19時32分。連続労働が平均で34時間32分も続いていたことになります。
さらにこの調査は、地方の常勤医師3人で支えている中核的病院では、宿直を含んだ月の労働時間が、471.6時間になっているところがあることも報告しています。これは1週あたり108.7時間の労働に相当します。かりに5日勤務だとなんと21時間を超えてしまうのです!(「産科医師の勤務状況」『臨床婦人科産科』61巻2007年3月号215-217頁より)
日本産科婦人科学会による2006年の全国調査では、産婦人科医の宿直は月平均6.3回と報告されました。前回調査(2000年)の平均4.7回から、6年で約30%増加しています。

こうしたあまりにも厳しい現実は、医師数の減少だけでなく、分娩を行う施設数の減少にも反映しています。厚労省の医療施設動態・静態調査および、日本産科婦人科学会の調査によれば、1993年に分娩を実施している施設は、診療所2490、病院1796、合計4286施設でした。ところが2005年には診療所1783、病院1273、合計3056施設に減っています。減少率は28.7%です。
同じ年の出生数は、1993年に約118.8万人、2005年に約106.3万人であり、減少率は10.5%です。少子化よりも分娩施設の減少がはるかに早く進んでいたことが分かります。
またこの2005年の調査では、産婦人科ないし産科を標榜している施設の半数近くが、実際には分娩を行なっていないことも明らかになりました。厚労省の2004年の調査では、産婦人科と産科を標榜している病院と診療所の合計が5997施設と報告されていましたが、実際に分娩を実施しているのは、先にもみたように3056施設、およそ半分に過ぎませんでした。

産科医療の特徴

こうした産科医療の衰退は、もともと分娩への関わりが、医師への高い時間的拘束性を持っていること、また近年ではより多くの人手を必要とするハイリスク分娩が増えており、医師不足の影響をより受けやすいためであることを次にみていきたいと思います。
出産の前触れである陣痛は、365日24時間始まる可能性があります。法定内労働時間は1週間のうちの約4分の1ですから、陣痛から出産は、4分の3は深夜や早朝を含む時間外に起こることになります。まずこうしたことが医師の拘束性を高いものにしています。
しかも陣痛が10分間隔になった段階で、施設に入院することが多いのですが、この段階から分娩まで、初産でおおむね12時間から15時間かかります。しかもこれはあくまでも目安で、早い場合は1時間のこともあれば、遅い場合は数日かかることもあり、医師はこの間、内診をはじめ、助産行為を繰り返していきます。
このことに近年では、妊婦の高齢化、合併症を持つ女性の妊娠、不妊症治療による多胎などによるハイリスク分娩の増加も重なり、このため帝王切開などの手術も増加しています。仮死状態で生まれた新生児へ蘇生を施したり、集中治療を行ったりと、緊急かつ高度な対応が問われることも多くなっています。

厚労省の調査、医療施設静態・動態調査2005年から、「帝王切開娩出術の割合の年次推移」をみると、1984年9月中の分娩は一般病院で68452件行われあmしたが、うち帝王切開は5633件あり、8.2%の割合でした。同じく一般診療所では分娩47671件、帝王切開2895件で6.1%でした。
これに対して2005年9月では、一般病院の分娩件数44865件に対し、帝王切開は9623件で21.4%。一般診療所では分娩40247件、帝王切開5156件で12.8%となっています。月間件数は1984年の8528件から2005年14779件と、6251件、73.3%も増えています。
また厚労省調査班の調査では、分娩時の大出血など、死亡につながり得る重篤な事態の発生は、実際の妊産婦死亡の70倍以上(250分娩に1)であると報告されています。
一方で、医療の進歩によって、今日では体重1000グラム未満の「超低出生体重児」も救出できるようになりました。ただしその場合は、産婦人科医の他に、小児科医や麻酔医などの関わりや、新生児用のNICU(新生児集中治療室)なども必要なことから、高度な治療体制のもとに、妊婦と新生児を受け入れる施設が必要になります。
このため「総合周産期母子医療センター」の整備が全国的に進められていますが、こうした施設は、より多数の医師の集中を必要とします。
反対に重篤な事態に対する備えのない病院や診療所は、必要な場合は、より高度な施設を供えた二次病院や、重篤な状態に対応できる三次病院、あるいは上述の周産期医療センターに妊婦を搬送することになり、そのための救急手配も医師が行なわなければなりません。しかしどこも病床が埋まっていることが多く、搬送先探しは、救急搬送の中で最も困難だといわれています。

このように、ひとことで言って、日本の産科医療は深刻な人手不足のもとにあります。そのため医師たちの労働時間があまりにも長い。しかも生死を分けるような治療の場に立つことも多く、緊張感もなみ大抵のものではありません。それを支えているのは、医師たちの超人的な努力という以外ない状態であり、ただちに改善される必要があります。
ここ数年、医師数が減少から増加に転じているように、一定の対処がなされているとは言えますが、それでも現場の困難性はまだまだ非常に深いものがあります。何よりもこうした産婦人科医療の人手不足の現状と、そもそものこの医療領域の抱えている困難性が社会的に共有され、全市民の努力で支えられていく必要があります。
子どもは私たち社会全体の宝です。子どもたちの笑い声こそが、私たちの何よりの活力であり、心の和みの源でもあります。その子どもたちを迎える産婦人科医療の社会的に貧困な状態を、私たちは我が事として正していく必要があります。

続く