守田です。(20141206 23:30)

11月28日に発生したウクライナ・ザポリージャ原発3号機の事故は、放射能漏れに発展することなく収束し、同原子炉は現地時間の5日午後10時に再稼働した模様です。
しかし今回の事故はあらためてウクライナの抱えている苦しみ=構造的危機を世界に示すものではなかったかと思います。
残念ながら日本の中でも世界の中でもこうした観点から事故とその背景を分析しているものはありませんでしたが、重要な点ですのでここでまとめておきたいと思います。

これまで僕はポーランドでの国際会議から戻り、現地でウクライナの方たちと出会ったことなどにも刺激されて、ポーランド、ウクライナ、ベラルーシの歴史を振り返る作業を重ねてきました。
その中で次第に見えてきたのが、現在のウクライナの政治的混乱の大きな規定要因となっているものが、チェルノブイリ原発事故だということでした。
被災地域の子どもの8割が病気を持っており、国家予算のかなりの額が疾病対策に使われているという現実、同時に事故処理にも毎年かなりの予算が必要であり、この国の体力を大きく奪ってきました。

政治的軍事的対立が激化する要因、それは世界のどこでも実はシンプルで、経済がうまく立ち行かず、生活が苦しくなり、人々の意識がザラザラして、やり場のない怒りを何かにぶつけたくなっていくことに大きく依存しています。
さらにウクライナの前に大きく立ちはだかってきたのが、チェルノブイリ事故の被曝影響をもみ消そうとする国際放射線防護委員会(ICRP)など、国際機関の存在でした。
ウクライナの医師たちの懸命の訴えに対し、常にこれらの機関が対立的に振る舞い、病に対する国際的援助の妨害をしてきたのでした。当然にもなされてしかるべき国連などを介した援助が阻害されてきたのです。

このためこの間、ウクライナの人々と連帯していくためにも、ICRPへの批判を強めなくてはならない、科学を装った放射線被曝過小評価のカラクリを暴かなくてはならないと、「ICRPの考察」の連載を行っているところですが、まさにその最中にこの事故が起こりました。
多くの人々がもっとも懸念する放射能の漏出については、英文情報などもかなり追いかけてみましたが、確かに今のところ危険な兆候は確認されていません。ヨーロッパのグリーンピースの独自測定でも問題は検出されていないので、その点ではひとまず安心をしていいのだと思います。
しかしほとんどこの点を論じている人士がいないのですが、例え今回の事故が無事に収束しようと、ウクライナの原発が極めて危険な状態におかれていることを今回の事態は私たちに伝えてもいます。

最も大きな危険性は同国が内戦的状況の中にあることです。このことには原発自身が軍事戦闘に巻き込まれるということももちろん大きくありますが、内戦そのものが電力供給状態を悪化させていること、そのことが原発の無理な稼働に結果しやすいということも大変な脅威です。
現在の戦闘は、ウクライナ政府軍と親ロシア派武装勢力の間で東部で行われていますが、親ロシア派が拠点とするドネツク州周辺には炭鉱が多く、これまで原子力とともにウクライナの電力事情を大きく支えてきた地域なのでした。
ところが戦闘の激化の中で150近くある生産拠点のうち稼働しているのは20ぐらいという厳しい状態になっており、そのためウクライナは全体として電力不足に陥っているのです。

このため今回のザポリージャ原発3号機の緊急停止でも、たちまち広範囲な地域に停電が発生し、ドネツク州に近い東部の大都市ハリコフでは一部の公共交通機関が止まる事態にまで発展しました。
すでにウクライナには極寒の冬が訪れていますが、石炭不足が当然にも暖房の熱源不足にも直結しており、こうした中での停電は生活にきわめて深刻なダメージを与えてしまいます。
今回、ザポリージャ原発3号機は28日のシャットダウンからわずか一週間で再稼働したわけですが、本当にきちんとした点検が行われたのか大きな疑問があります。

こうしたウクライナのエネルギー事情の悪化について朝日新聞が5日20時の記事で次のように報じています。
「ウクライナのデムチェシン・エネルギー相は4日、11月末から各地で計画外の停電が続くことから国民、産業界に大規模な節電を呼びかけた。
ピーク時の電力消費を15%削減することを目標に深夜の電気料金の値下げを表明、工場の夜間操業を促すという。」
http://digital.asahi.com/articles/ASGD55GXWGD5UHBI01D.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASGD55GXWGD5UHBI01D

原発事故によるハリコフでの一部公共交通機関のマヒもこの記事の中で伝えられたのですが、夜間電気料金の値下げの発表は実は原発への依存と大きくくっついています。
なぜかと言えば原発は一度稼働すると出力調整ができないので夜間の電力需要がない時でもどんどん発電してしまうやっかいなしろものだからです。電気は貯められないので、夜間の電力の使用先を求める宿命的構造を持っています。
今回の措置も、石炭の枯渇の中で、この夜間電力を活用するため工場の夜間操業を促しているのだと思われるのですが、それで工場が夜間に動けば動くだけ、ますますウクライナは原発を止めるわけにはいなかなくなります。

もちろん緊急停止などあってはならない。いやたとえトラブルがあってもできるだけ早く再稼働しなくてはならなくなってしまう。そうした状況自身がすでに原発の運転を危険な状態に落とし込めてしまうのです。
しかもウクライナの稼働中15基の原発のうち12基はすでに老朽化しており、運転期限終了を迎えようとしています。いやすでに幾つかが「運転延長オペレーション」のもとに運転期間の延長に入っています。
その際の審査も非常に杜撰になってしまう可能性が大いにあります。「背に腹は代えられない」とばかりに運転延長が強行されてしまいやすい構造にあるのです。

あるいはすべてが旧ソ連製の原子炉を使用しているウクライナの原発は、ロシアから核燃料を購入して成立していますが、この間、東芝傘下のアメリカ系企業ウェスチングハウス社の核燃料の使用を目指してきています。
実際に南ウクライナ原発3号機に2005年から2009年まで装填して稼働させるなどしてきましたが、その後に燃料棒の深刻な破損が見つかり、2012年に装着が禁止されました。もともとの企画が違うから無理があるのです。
ところがその後に起こった政変で成立した新政権が、新たにウェスティングハウス社との核燃料購入契約を結んでおり、これまた慎重な点検を無視したままの無理な核燃料の装填に向かっている可能性があります。

戦争はエネルギーを必要とする。同時に戦争は安全性や環境への配慮を後ろに押しのけてしまいます。「環境に優しく安全な戦闘機」など絶対に出てこないのもこのためです。
だから戦乱の中に置かれた原発そのもの、および原子力で発電することは極めて危険です。いやそもそも世界に400を超える原子炉があるこの状態で、私たち人類はもう戦争などしてはいけない状態に突入しているのです。
あらゆる意味で戦争に原発が巻き込まれたら、被害は地球規模におよんでしまいます。だからこそ私たちは歴史上、もっとも戦争を止めなければいけない時代、それでなければ大多数が共倒れし、傷ついてしまう時代に突入しているのです。

人類はこれまで核戦争に対してはこのことに気づき、なんとか第三次世界大戦を食い止めてきました。
その核戦争の危機とてまだ完全に去ったわけではありませんが、私たちは今、本当にスリーマイル、チェルノブイリ、福島につぐ大惨事を世界の連帯で食い止めなければならない時代に生きているし、そのことにもっと覚醒しなくてはいけないのです。
今回のウクライナ原発事故はそのことをこそ私たちに突きつけているように僕には思えてなりません。

そのためにはどうしたら良いのか。ものすごく遠回りに聞こえるかもしれませんが、歴史のねじを逆に巻いて、今の争いの火種を一つ一つ潰していくことが大切だと僕は思います。
ウクライナの戦乱の火種を消すのに必要なのはチェルノブイリ原発事故に戻ることです。そこで生じたものすごい健康被害がもみ消されてきた。ものすごい規模の人々が苦しみ悶えてきたのです。
今、そこに光を当てなければならない。そうしてウクライナの痛みを全世界でシェアしなくてはいけない。シェアして援助を届けなくてはいけない。そこに世界の資金を投入しなくてはいけない。

そうしてウクライナの痛みを癒すのです。癒すことで一つ一つ火種を消していく。そうすることで対立の収めどころをウクライナの人々が見つけられる条件を整えていく。その中でこそ、ウクライナおける第二のチェルノブイリ原発事故の発生が未然に防がれていくのです。
そのためにはICRPへの批判、あのひどい体系、酷い体系、人々に犠牲を強い続けてきた体系を解体しなくてはならないと思います。その作業は広島・長崎の被爆者の無念と結合することにもつながります。
なすべきことは放射線の危険性を世界の人々にもっと鮮烈に知らせることです。同時にその放射線を深刻に浴びてしまった人々こそ、私たちの時代がもっとも手厚くケアし、守り、癒さなくてはならないのだということを全世界に訴え抜かなくてはなりません。

「蟷螂之斧」であること、象に対決する一匹の蟻であることを重々自覚しつつ、僕は今、ウクライナの人々の痛みをシェアし、戦乱を鎮めるために、そうしてそのことから第二のチェルノブイリを避け、全世界の命を守るために、ICRP批判活動を続けようと思います。
どうかみなさん。一緒に起ちあがってください。一緒にウクライナに「平和であってください」と念を送り、ウクライナの人々に援助を送り、第二のチェルノブイリを止めるための何かをしてください。
またこうした活動をしている僕への援助もお願いします。ICRP批判のための諸研究にご支援ください。それやこれやの中で、ともに、世界を核事故の可能性から守っていきましょう。未来世代に少しでもきれいな地球を渡すためにともに奮闘しましょう。

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ウクライナの悲劇に関して書いた過去記事をご紹介しておきます。

明日に向けて(977)ウクライナの悲劇=被曝の現実を読み解く(ポーランドを訪れて-5)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/83669290d338e0f63d694c7e55bfbee2

明日に向けて(979)ウクライナの悲劇=被曝影響の隠蔽と第2世代の健康悪化・・(ポーランドを訪れて-6)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/4fe8468358e177a263eb02d2c943b422