守田です(20250711 23:30)

もうすぐ被爆80年の夏、広島、長崎の日を迎えます。多くの方が広島、長崎でいろいろな企画に取り組まれると思います。
僕の京都「被爆二世・三世の会」の仲間たちと6日、9日キャンドルビジルを行いますが、その前に7月16日に大事な日を迎えることを知って下さい。この日は二つの核の大事件があった日なのです。今回はこのうち1945年のことについて述べます。

● 1945年、人類初の核実験が行われ初めての核爆弾によるヒバクシャが生まれた

1945年のこの日、アメリカのニューメキシコ州アラゴモード周辺のトリニティサイトで人類初の核実験が行われました。
使われたのはプルトニウムで作られた原爆で、長崎での大量虐殺に使われたものと同じタイプです。長崎原爆のためのテストでした。その様子は映画『オッペンハイマー』などでも描かれました。

実験は極秘裏に行われたため、周辺住民はおろかアメリカの大半の人々も何も知りませんでした。このため核爆発が生み出した膨大な放射能を避けることができず、たくさんの人々が被曝しました。
人類初のヒバクシャ、核爆発の犠牲者はアメリカで生まれたのです。膨大な数のアメリカ人、ないしアメリカにいた人々が被曝させられたのです。広島、長崎、私たち二世の親たちが初めてではなかったのです。

その点で日本は「唯一の被爆国」ではけしてないし「唯一の戦争被爆国」でもない。戦争の中で、アメリカ軍はまずアメリカ人を大量被曝させました。その実験の上に立って長崎での大虐殺を行ったのです。
本年の7月16日水曜日の午後6時から7時半まで、僕は京都「被爆二世・三世の会」の仲間たちと、三条河原町の街頭でこのことを訴える行動に立ちます。近くの方、ご参加下さい。遠くの方、Facebookでlive配信するのでご覧下さい。

https://fb.me/e/3kVzdi3YL

この日に配るチラシも公開します。日本語版と英語版を作りました。
https://toshikyoto.com/press/9478.html
https://toshikyoto.com/press/9486.html

● 放射能は米本土全体に飛び散っていた!

トリニティサイトでの核実験で生み出された放射能はどのように飛散したのか。地元のニューメキシコ州の方たちは早くから実験場の風下でたくさんの被害が出ていることを訴えてきました。
しかし当時の気象データが不十分だったため、長らく詳細は不明のままでした。ところが2023年に欧州連合(EU)のコペルニクス気候変動サービスが、1940年以降の大気条件についての膨大な観測記録を再解析したデータを発表したことから、解析が可能になりました。

それで米プリンストン大などの研究チームが爆発から10日間の放射性物質の推定蓄積量をシミュレーションしたところ、アラスカ州とハワイ州を除く米本土全体が被曝し、プルトニウムがカナダのトロント郊外のクロフォード湖にまで到達していたことが判明。
被害がこれまでの予想を、はるかに超えていたことが明らかになりました。核実験の放射能はそれほどにアメリカ本土を汚染していたのです。アメリカ人の大半が被曝被害を受けていたのです。

このことは直ちに次の問いを引き起こします。それでは長崎原爆はどうだったのか、広島原爆はどうだったのかという問いです。とくにトリニティの核実験で使われた原爆は長崎のものと同じタイプで爆発力もほぼ同じでしたから、相当広範囲に放射能が飛んだはずです。
アメリカ本土を覆ってしまったこと、日本の上空に偏西風が吹いていることを考えれば、日本列島も軽く飲み込まれていたのではないでしょうか。あらためて「許せない!」という思いが沸いてきます。

これについて報じている毎日新聞の記事とプリンストン大学SGSのサイトをご紹介しておきます。

1945年、世界初の核実験 「死の灰」降下、46州に カナダ・メキシコにも 米大学解析
https://mainichi.jp/articles/20230731/ddm/001/030/128000c

SGSは1945年7月のトリニティ実験から始まる米国の核兵器実験からの放射性降下物をマッピングします
https://sgs.princeton.edu/news-announcements/news-2023-07-21

● 現地での追悼行動と連帯して

ニューメキシコ州の現場に話を戻しましょう。この地では長らく、核実験で被害を受け、家族をがんなどで失った方たちが、7月16日に追悼のビジルを行ってきました。僕も2019年に初めてこの地を訪れた時に参加してきました。
その時にアメリカのシアトルから発信した記事と、現場で撮影したビジル動画をご紹介します。2分です。まずは日本の鐘がゴーンと鳴らされ、犠牲者の名前が読み上げられ、インディアンドラムがドンドンと鳴らされます。
なおご自分の亡くなられた親族の写真を貼りだしている女性がいたので、それも撮影させて頂きました。ぜひご覧ください。

明日に向けて(1721)トリニティサイトの周りの被爆者と交流して (ニューメキシコの旅9)
https://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/176b131d199559b77feef5153cbb4775

今年も現地で追悼行動が行われますが、2019年に僕をニューメキシコに連れて行って下さった玉山ともよさん(丹波篠山市原子力災害対策検討委員)が、今回、参加するためにすでにアメリカに渡っています。
彼女から幾つかの現地行動の案内を頂いたので、貼り付けておきます。(英文です。訳をつけられずにごめんなさい) 
僕はこのうちニューメキシコ州アルバカーキで現地時間13日午後2時半から行われる企画をwebで拝聴します。

玉山さんには私たちの716チラシの英語版と、「被爆二世三世健康調査アンケート報告書」英語版を託させて頂きました。ニューメキシコのヒバクシャ、ゆかりのある方に渡して頂きます。
この点も含めて、今回はできるだけ現地サイドと連絡をとりながら行動するつもりです。
7月16日、三条河原町で、あるいはwebからの視聴で、ご参加下さい!

なお次回はもう一つの716、1979年のナバホネーションにおけるウラン精錬所鉱滓ダム決壊事故について書きます。

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