守田です。(20131023 23:00)

大型の台風27号が近づいてきています。今週の後半、金曜日から土曜日にかけて西日本や東日本に接近してくる見込みですが、本州付近に停滞する前線に、南から湿った風が流れ込み、台風接近以前から雨が強まる可能性が指摘されています。すでに関西では雨が降っています。
さらに台風28号も接近してきており、27号の後を追うように日本列島に近づきつつあります。今のところ28号はそれほど接近しないで東の海上に抜けると予想されていますが、二つの台風が近接すると双方が影響しあい、「藤原効果」と呼ばれる現象が生まれ、台風の動きが複雑になる可能性もあるとのことです。
いずれにせよ厳重な警戒が必要です。今回は各地の行政の側も、早めに避難勧告や指示を出すのではと思えますが、これまでの台風で地盤が緩んでいることを考え、それぞれで「念のため」を重ねて、身を守ってください。

この間の台風や雨に特徴的なことは、気候変動の影響を強く受けて、記録に内容な大雨が降ることがあることです。台風26号によって、大災害がもたらされた伊豆大島の例では、なんと年間降水量約2800ミリの3割にもおよぶ800ミリの豪雨が降ってしまいました。
この雨によって、三原山の噴火によって生じた溶岩流の上の土壌が、一気に崩壊する現象が起こってしまいました。現在までに30人の方の死亡が確認され、まだ15人が行方不明ですが、次の台風のための対応も迫られており、島外への避難も開始されています。

この間の大きな被害の中で、避難勧告をいつ出すのかという問題に社会的な関心が集まっています。それはそれで重要なことですが、僕はそれよりも、私たち市民の側の危機意識をレベルアップしていくことを繰り返し訴えたいです。
今、各地で立て続けに起こっていることは、従来の河川管理や土砂災害対策が通用しない事態です。記録にない雨が降ることで、これまで100年に一度、ないし200年に一度の洪水を防ぐという発想のもとに行われてきた河川管理が通用しなくなってきているのです。
問題は、今の河川管理は、ダムと堤防によって洪水を抑え込むことを想定しているため、想定を超えた場合の備えがないといういことです。破堤すれば最悪の被害が生じてしまいかねません。

このため多くの河川、とりわけ大きな河川の周りで、危険性が増大しています。その一つを紹介すると利根川の決壊です。2008年3月25日、内閣府の中央防災会議は利根川が氾濫した場合の被害想定を公表しました。
幾つかの地点での堤防の決壊が想定されていますが、もっとも危険だとされたのは、茨城県古河市の堤防が決壊するパターンでした。このパターンで避難率が40%、浸水に対する排水施設が稼動しない想定では、死者数は約3800人に達すると試算されています。
ただこれまでも述べてきたように、これもあくまで人間の側が想定したパターンにすぎません。被害が予想された古河市ではさまざまな対策が練られてきていると思うのですが、この想定に入っていない地域を洪水が襲う場合ももちろんあるのです。

私たちは今、河川管理の、あるいは自然との向かい合いの大きな曲がり角に立っているように思えます。自然の猛威をすべて抑え込む、あるいは自然をいかようにもコントロールできるとおごり高ぶるのではなくるのではなく、人間の力の小ささを素直に認め、災害を受け流して減らしていく方向への転換、ないし舞い戻りです。
舞い戻りと言うのは、近代以前にはこのような手法が多くみられたことです。洪水管理においても、すべて抑え込めるとは考えておらず、むしろいかに洪水の力を弱めるかという発想の方に力点がおかれていました。
堤防は一気に破れた場合が一番恐ろしい。そのため流量が多い場合には、堤防が破れる前に、水を越流させ、溢れさせてしまうことなどが考えられていました。これを「野越(のごし)」と呼びます。あらかじめ堤防を低くするなどして、越流させるところを決めていたのです。

越流地点には水害防備林も植えられていました。洪水の脅威は何よりもその水流にあります。だからこそ一気に堤防が破堤してしまうことが一番、恐ろしいのですが、越流してくる水も勢いがあるため、まずは植えられた林にぶつけて、水流を弱めるのです。
防備林には他の役割もあります。洪水の恐ろしさは大量の土砂を運んでくること、これが生活圏内に入ってしまうと、排水路がすべて詰まってしまったり、床上浸水では家財が使い物にならなくなったりなど、さまざまな困難を引き起こすため、防備林の中に土砂を落とさせるのです。越流した水が防備林で濾され、土砂の少ない水になる。
さらに見事だったのは、越流地点を決めることによって生じる特定の地域への被害を、いかに他の地域がカバーするのかの話し合いが、主に、地域の名主や豪農などを中心に行われていたことです。幕府や藩が介入しないことが多く、地域の自治的な話し合いが機能していたのです。

このように川は、地域によって自治的に管理されていたのでした。防災対策も地域の自主的な関わりによって担われ、地域の人々は常に、危機と主体的に向かい合っていたと言えます。
これに対して、近代は、地域よりももっと大きな主体によって、災害管理が行われてきました。そのことで地域が災害の頻発や、災害対策の苦役から逃れることができた面も多々あり、人々が助けられた面もたくさんありました。
しかしその結果、現代の私たちは、災害管理を国や行政に一方的に委ねる主体になってしまっており、災害に向けて自らが主体的に関わること、地域での関わりに参加することが非常に少なくなってしまっているのです。

問われているのは、この民衆の側の、危機への対応力の弱体化の克服です。といってもすぐに野越の場所を決めたり、水害防備林を作ることはできないので、まずはそれぞれが自分の地域の危険個所を把握することが問われています。そして災害に対して、自らがどうするかを決めていくのです。
具体的には、ぜひ台風が来る前に、ご自分の地域の行政が出しているハザードマップに必ず目を通し、どのような水害が想定されているのか確かめてください。避難所の位置も把握しておいてください。
その上で、ハザードマップの想定にとらわれないことを心がけてください。マップで、自分の家が水害の及ばない地域とされていても、マップはあくまでも人間の行った「想定」を記したものでしかありません。この間の豪雨は「想定」を超えています。災害もより大きなものになることがありうる。そのことを頭に入れてマップを吟味してください。

続けて、災害がどのように起こるか、自分で想像してみてください。肝心なのはそのときに自分がどうするか、家族がどうするか、よく考え、話し合っておくことです。念のためを重視し、早めの避難を心がけるようにしてください。
最後に、河川工学の専門家であり、「社会的共通資本の川」という観点にも立って、河川研究、水害対策研究を行ってきた、新潟大学名誉教授の大熊孝さんが編み出した水防のためのスローガンをご紹介しておきます。ぜひ参考にしてください。

水防五訓
1、水防は、地域の守り、地元の仕事
1、水防は、日ごろの準備と河川巡視から
1、水防は、危険がつきもの、必ずつけよう命綱
1、水防は、我慢が肝心、一時の辛抱、大きな成果
1、水防は、減水時の破壊多発、油断大敵

個人水防心得五訓
1、調べておこう、自宅のまわりの氾濫実績
1、大雨きたら、まず灯りと水と食料の準備
1、ハイテクの自動車浸水に弱し、車での避難、要注意
1、濁水の下の凸凹みえず、片手にころばぬ先の杖
1、氾濫の引き際に、泥・ゴミ掃除忘れずに、後始末大変

参考 「技術にも自治がある―治水技術の伝統と現代」大熊孝著 『社会的共通資本としての川』東京大学出版会