守田です。(20121028 23:30)

原発災害に対する心得(下)、連載の最終回をお届けします。すでに(上)(中)でレジュメを掲載しましたので、今回はレジュメ全体は割愛し、取り上げる部分だけ紹介します。「3、避難の準備から実行へ」です。まずは以下に目を通してください。続けて講演の文字起こしにうつります。

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避難の準備から実行へ
○災害を起した原発と自分の位置関係を把握。基本的には西に逃げる。
○マスク、傘、雨合羽必携。幾つか代えを持つ。
○お金で買えない一番大事なものを持ち出す。その場に戻ってこられないと想定することが大事。どうでもいいものは持っていかない。
○可能な限り、遠くに逃げる。逃げた先の行政を頼る。
○雨にあたることを極力避ける。降り始めの雨が一番危ない。
○二次災害を避けるべく、落ち着いて行動する。

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同志社大学学生寮講演「原発災害に対する心得」(下)

まず「災害を起した原発と自分の位置関係を把握。基本的には西に逃げる」というところを見てください。ただ事故のときの雲の流れは、必ずしも西から東へではありません。
福島原発事故のときは、セシウムを中心にしてみるならば、最も濃い放射能を含んだ雲は原発から北西の飯舘村方面に流れていき、原発から60キロ離れた福島市まで到達してから大きく南南西に向きを変えて、グッと南下していきました。

都市でいうと、二本松市、郡山市、那須塩原市と通って、やや南西から西南西へと向きを変え、日光を経て前橋方面へと流れていっています。火山学を専攻していて火山灰の飛散などに詳しい群馬大学の早川由紀夫さんが書かれたマップがネットで紹介されています。
繰り返しバージョンアップもされているので、それなどを見て参考にして欲しいのですが、僕も今回の事故があるまで、雲がこのような動きをすることがあるとは知りませんでした。

日本の上空には西から東に強い気流が流れています。だから高い山の上、3000m級の山などで空を見ていると、西側の様子からその後の天候を推察することができます。西の空に雨雲がかかっていると、次第に東に流れてくるので、おおよそいつ頃雨が降るかの予想がつくのです。福島原発事故で、東日本に比べるならば西日本が被曝の影響が少なかったのも、この気流による面が大きいと思います。

ところが福島原発事故にはチェルノブイリ原発事故と比べたときに、雲の流れの面で大きな特徴がありました。というのはチェルノブイリ事故のときは、原子炉の大爆発と同時に、中に入っていた黒炭に火がついて大火災が起きたのです。
そのため放射能が空高くまい上げられました。それが上空を流れる気流にのり、ヨーロッパ中に濃い放射能が流れ、世界中にも放射能が拡散してしまいました。

これに対して福島原発事故では爆発があったり、ベントがなされたり、燃料プールの水が減って、そこから放射能が出たりしたわけですが、火災などはなかったので、放射能は地を這うように流れていきました。どこを通ったのかというと、地表を流れる風の道、つまり谷筋などに沿って流れていったのです。そこは同時に人の道でもあります。

とくに福島市に向かった流れは、国道114号線や399号線があって、浜通りの人々が福島市に出る道でした。南側には阿武隈山地がある。その北側に飯舘村などの高地があり、その低いところに街道があるわけですが、そうしたところに沿うように雲が流れています。

さらに福島市で大きく南に方向を変えるのですが、ここから暫くは恐ろしい程に新幹線の軌道に沿って雲が流れました。福島駅、郡山駅、那須塩原駅の上を通過しています。新幹線は阿武隈山地と吾妻連峰に挟まれた谷の底の、地盤の安定したところを走っていますが、その上に雲が流れていったのです。

それから考えると、地表の普段の風の流れを把握してマップにしておいて、季節ごとの変化などをおさえておくと、いざというときに役立つので、僕もどこからか予算を引き出して、それを作ることを検討したいと思っています。
例えば京都を中心に関西の風の流れマップを作っておけば、どちらに逃げるのがより有利なのかを判断できます。もちろん完全に予測するのは不可能で、賭けのようになる面もあります。その際、上空には西から東へと向かう風が流れていることは大きなポイントです。

この風の流れ、雲の流れを知っていないと、とんでもない悲劇に遭遇することにもなりかねません。今、見てきたように、原発から北西に向かう道、福島市への続く道は、もともと福島県の浜通りの人たちが福島市に出るときの通り道でした。
それで原発の事故のときもこの地域の人々はこの道を通って逃げました。沿岸部は津波の被害も甚大でしたからそのための避難でもありました。

その逃げ道にあたる街道に、3月15日に非常に濃い放射能が降りました。雨や雪になって落ちたのですが、政府も福島県もそのことを人々に一切教えなかった。そのため放射能が降った後にも人々がこの道に殺到し、交通渋滞が起きてしまいました。
たくさんの放射能が降ったその場に、わざわざ車で入っていって、そこに居並んでしまう事態になったのです。原発災害からの避難勧告が五月雨式に出たため、後から逃げた人が多かったことも要因でした。

このとき飯舘村の人々は、自分たちの村が放射能で汚染されていることなど知らずに、浜通りから逃げてくる人を助けました。農家が多かったので、備蓄していたコメを出して、炊き出しをしたそうです。それも家の中でやっていたら間に合わないので、庭先に出て、どんどんご飯を炊き、オニギリを作って、後から後から逃げてくる人々に差し出した。

ところがそのときにものすごい量の放射能が降っていたのです。そのため、あるおばあさんは、後になって「私が放射能を握って食べさせてしまった」と涙を流したそうです。
人々を助けようとした飯舘村の人々にそんな思いをさせただけでも、この情報隠しは本当に罪作りでした。これらは避けることのできた被曝だったのです。「ここに放射能が流れている」と一言伝えれば避けられたのです。こうしたことがあったことを知っておいてください。

次に「マスク、傘、雨合羽必携。幾つか代えを持つ」というところにいきます。放射能はマスクで防げるのかというと、全部は防げませんが、防げるものも多くあります。なのでマスクはしたほうが絶対に有利です。

放射線を発する放射性物質の一つ一つは、原子としてあり、いくつか集まって塊を作ったり、化合物になっていたり、イオン化していたりと複雑ですが、いずれにせよ、その物質だけで存在せずに空気中にあるチリやホコリに付着して、巨大な塊になって存在していることが多いです。それが大きくなればなるだけ危険性が増すわけで、そのためマスクはどんなものでもしないよりはしたほうがいわけです。

もちろん、よりキメの細かなマスクをした方が、より有利さが増しますが、ともあれしないよりはしたほうが断然いいと考えて、とにかく手に入るマスクを必ずするようにしてください。普段から常備しておくといいですね。

この際、有利なのは花粉症を持っていて、対策に苦労を重ねてきた方です。花粉症対策がそのまま放射能対策に適用できるからです。あらゆる微粒子が粘膜に入らないようにする。そのためにゴーグルなどを使っている方もいますが、あの対策をすれば、チリやホコリについてくる放射能をカットしやすいです。

同じように、インフルエンザ対策も放射能対策に適用できます。外出から帰ったあとの、うがい、手洗い、着替えなど、ぜひ花粉症やインフルエンザ対策をよく調べて、それを頭の中においておいてください。実際に花粉が飛んでいるときは、その花粉に放射性物質が付着して飛んでくるので、まさに花粉のカットが放射能のカットに直結します。

あとマスクはすぐに取り替える習慣をつけてください。マスクの仕方は結構、難しいのです。国連では伝染病などがある地域に派遣する職員には必ずマスクの仕方の指導をするそうです。
例えばマスクをはずすときは、両手で耳のゴムをはずし、そのままゴミ箱に捨てなくてはいけない。そうでないと、表面についている汚染物がどこかについてしまいかねないからです。それに触ったら、そこから汚染を受けてしまいます。

ところが実際に、マスクをして長時間経つと、途中で何かを食べたり、飲んだりしたくなります。そのときに外してしておいたりしがちですが、そのときに表面が触ったところを汚染してしまうわけです。ときにはマスクの表と裏がわからなくなって逆さまにつけてしまったりする。こうなったら元の木阿弥です。

ですからマスクは長い時間、同じものを使わないで、どんどん付け替えたほうが良い。インフルエンザ対策などでしっかりしたマスクが大量に安く売っていますから、それらを重ねて使うなど工夫をこらして、頻繁に変えていくとよいです。

次に、傘や雨合羽を使用して、できるだけ雨に当たらないようにしてください。とくに注意すべきは降り始めの雨です。雨は空気中のチリなどに付着して漂っている放射性物質を捕まえて地上に降ろしてきます。なので降り始めが一番、たくさんの放射性物質をつかまえて落ちてくるのです。

ただし経験的に分かることですが、雨は降り始めが一番避けにくいのですね。なので雨が降りそうだったら、あらかじめ合羽を着てしまうとか、傘をすぐにも出せるようにしておくと良いです。また降り始めから雨に当たらないように普段からシミュレーションしておくといいです。自分が用意した合羽で実験しておくのもよいですね。

最後に「二次災害を避けるべく、落ち着いて行動する」ことが大事です。もちろんこれは正常性バイアスにはまり込むことなく、実際の避難行動に移ってからのことです。この場合は危機をしっかり認識しているので、やはり焦りなども生じます。
そのため、いったん逃げようと決意できたら、そこからは心を落ち着け、交通事故などにも気をつけて行動してください。以上が避難の準備から実行に必要なことです。

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講演内容は以上です。当日はこれに続いて、放射線被曝のメカニズムと、その防ぎ方をお話しましたが、ここでは割愛します。

ともあれ、これまで述べてきた「原発災害に対する心得」をぜひ、多くの方と共有し、話し合い、深めて欲しいと思います。ここにはアウトラインしか書いてないので、どんどん自分たちで工夫を加え、深めていって欲しいです。その際、より良い知恵が浮かんだらぜひ教えてください。

またこうした観点に基づいて、地図を広げて、シミュレーションを行ってください。また例えば旅行に出ているときに原発事故に遭遇したらどうするかとか、シミュレーションを広げていくことも可能です。それらを重ねていればいるだけ、実際の事故のときに役に立つし、他の災害にも応用が効くものが多いと思います。

みなさんの命を守るため、愛する人々の命を守るために、このささやかな「心得」がお役に立つことを祈りつつ、この連載を閉じます。

終わり