守田です。(20120812 07:00)

表題の論文が、ネイチャー誌に載りました。琉球大学の大瀧丈二准教授らがまとめたものです。福島県に生息しているヤマトシジミチョウに異変が起こっていることを明らかにしたものです。予想していたことですが、ショッキングです。生態系で進行している異変の一部が明らかにされたということだと思います。

時事通信で、次のように要点が紹介されています。

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研究チームは事故直後の昨年5月、福島県などの7市町でヤマトシジミの成虫121匹を採集。12%は、羽が小さかったり目が陥没していたりした。これらのチョウ同士を交配した2世代目の異常率は18%に上昇し、成虫になる前に死ぬ例も目立った。さらに異常があったチョウのみを選んで健康なチョウと交配し3世代目を誕生させたところ、34%に同様の異常がみられた。

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注目すべきことは、調査が昨年5月に行われていることです。ヤマトシジミは4月から11月にかけて、何回か羽化してくるチョウですが、この時期の成虫はヨウ素などを含むかなり濃度の高い放射能を浴びている可能性があり、それだけに変化が顕著に現れたのではないかと思われます。この時期のチョウを採取したことは重要な位置があったと思います。

さてここから推論すべきことは、こうしたヤマトシジミに及ぼされた変異が、生態系にどのように作用していったかです。被曝したのは当然にもヤマトシジミだけではなく、周辺にいる多くのムシたちであると想像されますが、ちょうどこの時期、春から夏にかけての時期は、さまざまなムシたちが爆発的に羽化してくる時期でもあります。

その根拠をなすのは、落葉広葉樹が一斉に春に新芽を出してくることです。4月に羽化するヤマトシジミはその前から幼虫になっていますが、このように木々が芽吹くことで、昆虫の活動も活発になる。ムシたちは伸び上がっていく葉を食べながら大きくなり、次々と羽化していくわけです。

これを絶好の餌にしている生き物がいる。鳥たちです。そのため私たちの国には春になると多くの渡り鳥もやってきます。なぜなのか。子育ての絶好の条件が形成されるからです。木々の芽吹きとともに一斉にあらわれてくる豊富なムシたちがいるからです。これがタンパク質を急速に供給しなければならないヒナたちの格好のえさとなる。だからこの時期、虫の爆発的登場とともに、鳥たちが繁殖を開始し、木々のあいだに、どこでも鳥たちのかしましい鳴き声がこだまするのです。

これに対して、春の原発事故は大きな脅威であったはずです。まず葉をついばむムシたちが被曝する。そうして体内に放射性物質を溜め込んだ幼虫を、今度は親鳥が捕まえてヒナに与えるわけです。生態濃縮された放射性物質が、ヒナの口から体内に入り、内部被曝を巻き起こす。そうなると細胞分裂の激しいヒナには重大な打撃になってしまいます。

実際に、チェルノブイリ事故のときにも、鳥たちによる繁殖の失敗が観測されています。それもアメリカでのことです。この事故で、ホットスポットになってしまったある地域で、夏に鳥たちの声が聞こえなくなってしまった。「沈黙の春」ならぬ「沈黙の夏」が訪れてしまったのです。このことを報告したのは、マーチン・ジェイ・グールドというアメリカの統計学者です。『死にいたる虚構』という書物の中に書かれていますが、僕はそのことに昨年の初夏に気づき、東北・関東の山の状態、生態系の状態に憂いを感じました。以下から当時書いた記事がご覧になれます。

明日に向けて(203)沈黙の夏・・・(『死にいたる虚構』ノート(2))
2011年7月25日
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/50b74c77c69c502bc395add1444accc8

そうして今回のこの記事。やはりムシたちに異変が起こっていたかと思うと同時に、それが生態系にもたらしている影響こそが気になって仕方がありません。日本野鳥の会の方たちに問い合せたいとも思いましたが、同時に、今、山に入ってバードウォッチングをすることの危険性も強く感じ、どのように要望を出せば良いのか考えをまとめられませんでした。

放射線防護の観点からこれは大事なことですが、しかし私たちに迫る危機の実相をつかみとるためにも、やはり私たちの生態系で起こっている異変を掴むことに大きな重要性があると思います。

その点でみなさんに提案したいのは、みなさんが日常的に感じる生態系の異常について、ぜひ何かに書き留め、記録し、可能であればこちらまで送っていただきたいということです。例えばこの夏、みなさんの周りでセミやカの状態はどうでしょうか。鳥が近くにいる方は、鳥たちの声が例年と変わらずに聞こえているでしょうか。そうした情報をできるだけ広範に集めることで、私たちの生活実感を通して、異変をつかみとっていくことが大切だと思います。

福島におけるヤマトシジミチョウの異変の報告は、私たちにそれを問うているし、また市民である私たちがそのように受け止め、独自に調査を始めてこそ、有効に活用されうるのではないかと思えます。

生き物たちの姿にも心を配りながら、進行する危機の実相を私たち自身の手でつかみ、放射線防護を進めていきましょう!

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チョウの羽や目に異常=被ばくで遺伝子に傷か―琉球大
時事通信 8月10日(金)21時29分配信
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2012081001219

東京電力福島第1原発事故の影響により、福島県などで最も一般的なチョウの一種「ヤマトシジミ」の羽や目に異常が生じているとの報告を、大瀧丈二琉球大准教授らの研究チームが10日までにまとめ、英科学誌に発表した。放射性物質の影響で遺伝子に傷ができたことが原因で、次世代にも引き継がれているとみられるという。

大瀧准教授は「影響の受けやすさは種により異なるため、他の動物も調べる必要がある。人間はチョウとは全く別で、ずっと強いはずだ」と話した。

研究チームは事故直後の昨年5月、福島県などの7市町でヤマトシジミの成虫121匹を採集。12%は、羽が小さかったり目が陥没していたりした。これらのチョウ同士を交配した2世代目の異常率は18%に上昇し、成虫になる前に死ぬ例も目立った。さらに異常があったチョウのみを選んで健康なチョウと交配し3世代目を誕生させたところ、34%に同様の異常がみられた。

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なお同論文は以下から見れます。

福島第一原発事故の生物学的影響がヤマトシジミ蝶に
8月9日付けネイチャー誌オンライン公表論文
http://besobernow-yuima.blogspot.jp/2012/08/89.html?spref=tw