守田です。(20140529 12:00)

『美味しんぼ』応援記事第7弾です。

今回は岩波新書の一冊として昨年2013年9月に出版された『福島原発事故 県民健康管理調査の闇』を取り上げます。

福島県は『美味しんぼ』を激しく罵倒しました。しかし福島県は事故当初、除染などに見向きもせず、子どもたちが高線量のままの学校に通っている事態に対してすら何もしないでただ安全宣言を繰り返していたのでした。
「そんな福島県に『美味しんぼ』や荒木田さんたちを批判する資格などない!」と僕は主張してきましたが、しかしこれだけではまだまだ福島県への批判が足りない。
なぜなら福島県こそは、当初よりあるべき県民の健康調査の方向を著しく歪め、根拠のない「安心・安全キャンペーン」をはることで、むしろ多くの県民を不安の中に陥れてきた張本人だからです。

毎日新聞の若きエース、日野行介記者によって書かれた本書は、このことを綿密な取材によって的確に暴き出した良書です。この書に記された内容を紹介しながら、福島県の行ったあまりにひどい対処、県民を被曝するままに任せてきた実態を明らかにしたいと思います。
福島県は初めから「県民を逃がさない」ことに徹してきた。県民に迫る放射能の脅威と立ち向かうのではなく、危険性が明らかになることで避難が進むことをおしとどめることばかりを行ってきたのです。
だから「鼻血」をはじめとした健康被害の実態を無視し、有効な被害調査をほとんど行わなかった。今もさまざまな健康被害の兆候が無視され続けています。
しかし危険性を無視するばかりか、危機に対する県民の警戒心を解体しようとしてきた福島県の行為こそ、県民に対して加害的であり犯罪的ではないのか。ぜひ、本書からこの点をつかみとって欲しいと思い、内容のエッセンスを紹介したいと思います。

日野さんはまず県民健康管理調査とは何かを説明しているところから本書を書き起こしています。

「福島第一原発事故による健康影響を調べるための唯一の網羅的な健康調査が、福島県が2011年6月から実施している『県民健康管理調査』だ」(同書pⅳ)
「検討委員会は約1年半もの長期間にわたって、一切その存在を知られることなく『秘密会』を繰り返し開催してきた。
報道機関や一般に公開する検討委員会の会合を開く直前に、福島県と県立医大は『準備会』『打ち合わせ』の名目で秘密裡に検討委員たちを集め、『どこまで検査データを公表するか』『どのように説明すれば騒ぎにならないか』『見つかった甲状腺がんと被曝との因果関係はない』などと、事前に調査結果の公表方法や評価について決めていたのである。」(同書pⅴ)

「検討委員会を経て決定された調査目的は、『原発事故に係る県民の不安の解消、長期にわたる県民の健康管理による安全・安心の確保』としており、『不安の解消』を真っ先に挙げている」(同書p18)
「秘密会では住民に放射線の危険性を感じさせず、安心させるために、本会合でどのようなやりとりが必要か、議論していた。検討委員会の関係者に送られたメールなどを見ると、県側の担当者は県民を安心させる説明を『リスクコミュニケーション』と呼んでいた。」(同書p36)

いきなり唖然とする話です。福島県は、原発事故による網羅的な健康調査を始めたものの、公開の検討委員会の前に常に秘密会を行い、「どのように説明すれば騒ぎにならないか」などを決めていたというのです。
しかも目的として「不安の解消」が真っ先に掲げられた。本来、健康被害があるのかどうかを調べるべきものが、人々に安全だと思わせるためのものに変えられていたのです。
これでは鼻血をはじめ、事故直後からさまざまに報告されていた健康被害と思われる事例に対する調査がまったく行われなかった理由も自ずと見えてきます。
「不安の解消」が目的となっているため、何らかの被害実態があると思われるものには一切、手を付けなかったのです。あまりにてひどい県民への裏切りだったのではないでしょうか。

しかもこの健康調査が始まるいきさつとして日野さんが指摘している点をみていくと、福島県が県民の健康調査を行う権限を、かなり強引に、国や関係機関から奪い取っていったことも見えてきます。
典型例は、放射線医学総合研究所(放医研)がつくった被曝線量のインターネット上での調査システムが、福島県の強い圧力のもとに非公開とされてしまったことです。2011年5月のことです。理由は「県民の不安をあおるから」だったといいます。
福島県は同じように、弘前大学の床次眞司教授が、事故直後に浪江町などで独自に甲状腺検査をしようとしたときにも「不安をあおるのでやめて欲しい」と圧力をかけたといいいます。
これらを通じて福島県は、県民の「健康調査」を県のもとに一元管理する体制を作り上げ、危険な実態をきちんと調べようとする他のモメントを抑圧し、「安全宣言」をするための名目的な調査を進めていったのです。

調査は山下俊一氏を座長に行われてきました。ご存知のように事故直後から福島県に入って安全宣言を繰り返し、2011年7月に福島県立大学副学長となった方です。この山下氏の下で、200万人の県民に事故後4か月の行動記録を問診票に書いてもらうことを中心とする「基礎調査」と、より詳しい内容を調べる「詳細調査」が始められましたした。
詳細調査の中で最も社会的関心を集めてきたのは、事故当時18歳以下だった福島の子ども36万人を対象とした超音波による甲状腺検査です。(2011年10月より)。
この他、避難地域の人々と基本調査から必要とされた人を対象とする問診に血液検査などを上乗せする「健康調査」、こころの状態を尋ねる「こころの健康度、生活習慣に関する検査」(12年1月より)、妊婦にこころの状態を尋ねる「妊婦に関する調査」(12年1月より)が行われてきました。
ただし内部被曝に関しては、チェルノブイリ事故後に多発が確認された甲状腺がんの影響のみを調査対象とし、外部被曝の影響を調査するとした健康検査についても、どのぐらいの線量で何を調べるのかの対象基準についてすら十分な議論が行われないままに進行したのでした。

この調査の闇がもっともよく表れたのは、子どもの甲状腺がんへの対応でした。福島の子どもから初めて甲状腺がんが見つかったと発表されたのは2012年9月11日の第8回検討委員会の席上。このときにも事前に秘密会がもたれました。日野さんはこの様子を克明に書き表しています。

「午後1時前、福島県立医大の山下俊一副学長や甲状腺検査の責任者である鈴木眞一教授らが、次々と県庁の保健福祉部長室(注、秘密会の場)に入った。」
「午後2時からの『本番』でも配布される検査データが配られると、鈴木教授が、二次検査で一人の甲状腺がん患者が見つかったことを報告した。『顔合わせ』の名目の会合だが、実際は、甲状腺がん患者が初めて見つかったことをどう評価するか、検討委のメンバーで意見を擦り合わせておくのが大事な目的であった。」(同書p45)

「山下副学長や鈴木教授はこれまで、「チェルノブイリでは事故から4~5年後に患者の増加が見られた」として、事故後から7か月後に始まった一回り目の検査について「被曝の影響はありえないが、保護者の不安を払拭する目的の検査だ」と説明してきた。
鈴木教授は2012年4月26日の第6回検討委員会の本会合で・・・『一般的に小児甲状腺がん患者は100万人に1人程度発生する珍しい病気だ』と繰り返してきた。
しかし今回判明したがん患者は、11年度に1次検査を受けている。さらに別の患者が見つかる可能性があり、これまでの説明との整合性を問われる可能性があった。
秘密会で話し合われたのは、2時から開かれる検討委員会やその後の会見で『どこまで説明すべきなのか』、そして『何と説明するのがよいのか』だった。」(同書p47)

「『甲状腺の異常が見つかっても、福島第一原発事故による被曝の影響ではない」という結論が、検査の前提であるということだ。そして、個別の事例については『個人情報』を盾に説明せず、一般論を述べるという趣旨になる。」(同書p48)

日野さんの描写は「お見事!」の一言につきますが、しかし本当に唖然とする重大事態の連続です。この暴露を読んでいて何よりも腹立たしいのは、山下氏や鈴木氏をはじめとする委員たちには、福島の子どもたちに甲状腺がんが見つかったことへの憂いなどまったくなく、ただそれをいかに原発事故の影響でないと説明するかにばかり腐心していることです。あまりにひどい!
こんな人々によって「健康調査」の名のもとに、新たな「安全神話」づくりが行われていることこそが福島県民の危機に他なりません。
その検討委員会が、新たな甲状腺がん検査の結果を発表したのは本年5月19日。第15回検討委員会の場でした。かつて鈴木教授が「100万人に1人発生する程度」と強調した甲状腺がん患者はとうとう28万7千人中、確定が50人。濃厚な疑いが39人にまで増えてしまいました。
この深刻な発表がなされたのは、福島県による『美味しんぼ』へのまさに強烈なバッシングの最中のこと。この2つのトピックスの重なりははたして単なる偶然だったのでしょうか?

続く