明日に向けて(2291)長崎で被爆し諫早に送られて力つきた人々を思って・・・(続諫早の慰霊の碑を訪れて)

守田です(20230121 23:30)

● 諫早の「慰霊の碑」の訪問動画、編集版をお届けします

諫早の慰霊の碑を訪れた記事の続編です。
まず前回、FacebookLIVE配信のアーカイブをご紹介しましたが、説明していただいた高屋忠義さんの音声が小さくしか収録できていなかったため編集しました。
画像の質は落ちてしまっているのですが、こちらの方が説明がよく聞こえますので、こちらをご覧下さい。

● 長崎市のホテルに戻って

続いてホテルに戻ってからFacebookに投稿した記事をこちらにも再掲します。
以下、15日夜の投稿です。

***

みなさま。長崎のホテルからです。

長崎駅からわずか1キロ。でも標高330メートル(京都大文字山の大の字の真ん中あたり)に建っています。古いホテルで安いですよ〜。
大浴場はボイラーの音がゴーゴーなっていて、さらに今宵はボイラー故障で入れる時間が遅れたりしましたが。

さて今宵、僕の心は乱れています。

昨日、長崎被災協主催の高橋真司さん主催の講演会に参加してきました。昨秋に続く参加でこころが震えました。
その午前中は永井隆記念館を佐賀県から駆けつけてきてくれたよーちさんという、長崎市出身者と訪ね、充実した時間を過ごしました。

さらに今日は諫早市を訪ね、そこにある慰霊の碑を取材してきました。
長崎の被爆二世の会・諫早の方たちとも実に有意義な会話をし、とても充実を感じてホテルに戻りました。

それで、「明日に向けて」を書こうと思ったら、なぜか筆が進まない。
理由はわからないけれど心身の疲労を感じました。それでブログも書けなかった。

なんでだろう?こんなに良い取材ができたのに?と思いつつ、ブログ執筆を諦め、親しい仲間たちに少し諫早のことを書き送っていたのですが、それで次第に心の疲れーと感じたことの理由が分かってきました。
この疲れの実態はー悲しみです。そう。悲しみなのです。誰の?被爆者の方のです。
僕はそれに強く共振、共鳴してしまっている。

長崎市内のホテルからの夜景 守田撮影

● 諫早に送られた方たちを思って

今日、訪れた諫早の慰霊の碑は、長崎で、今こうして高いところから眺めているこの街で被爆し、諫早に送られた方たちの霊を慰めるものです。
そこを訪れた時、僕はある種の清々しさと温かさを感じました。

「ああ、ここで眠られている方達は、諫早の被爆者、そして被爆二世の会の方たちがこうして慰霊をしてくれたことで癒されたのだな。ここにもう彷徨ってはおられないな」
そんな感じがしたのです。
そのため、慰霊の碑の建立に関わられた方に深くありがたいと思いました。感謝感謝でした。

それで僕は長崎市に戻ってきて、割と早めにホテルでゆっくりして、明日に向けてを書こうと思ったのだけど、なぜか心が休まらない。なぜか書けないものを感じる。
それがいま分かった気がしてます。
そう。僕はいま、あの時、この長崎市から諫早に送られた方達のあの時、亡くなるまでの、あの濃密な時間を追体験しているのです。

おそらくもはや霊として彷徨って、僕にそれを見せている方がおられるわけではないと思う。でも僕の心が、その悲しみ、苦しみを感じずにはおれなくなっている。それで強く共振しているのです。
そう。僕は今日、長崎駅から諫早駅までのあのルートに体を揺さぶられました。
同じ鉄路の上をあの日、多くの方が通られた。意識のある方はどんな思いだったでしょう。

長崎市と諫早市の位置関係 聖フランシスコ病院の南西1.4キロが爆心地 Yahoo地図より

● 火脹れしたまま列車に揺られ・・・

熱線にやられ、放射線にやられ、火脹れした身体のままに、鉄道に乗せられ、運ばれた方たち。
痛かったでしょう。辛かったでしょう。ああ、その声が聞こえてくるようだ。その呻きが今そこにみえるようだ。
そうして傷口から湧いてくるウジムシまでもが目に見えるようだ。

辛いです。とても辛い。なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。なんで!何か悪いことをしたわけでもないのに、一生懸命に自分の役割を果たそうと頑張っていただけなのに。
酷く焼かれ、身体中、火傷だらけで、火脹れし、ただ運ばれていく。
そう。辛い。そして悲しい。

ああ、この先、あの人に会うことはできるのだろうか。ああ、もうあの愛しい人には会えないのだろうか。
そして自分は誰にも知らないままに、ここでこのまま朽ちていくのだろうか。
辛い。悲しい。そして悔しい。

せめて自分がここで死んでいったことを知って欲しい。
お母さん、お父さん、妻よ、夫よ、子どもたちよ
どれだけの人がそう思ったことでしょう。そう思いながら鉄道の揺れに身を任せるしかなかったことでしょう。
そしてその思いのまま、やがて意識は薄れ、視界はかすみ、消えていったのです。

百日紅公園の位置 Yahoo地図より

● 亡くなったの苦しみ悲しみを受け止めて平和に向かいたい

僕は今日、どちらかと言うと、そうした被爆者の無念の思いに応えようとし、一生懸命に慰霊をしようとした方達の方にフォーカスして取材していたのでした。
それは大切なことだったと思います。同時に大切なことをきちんと受け取ってこれたと言う自負もあります。
でも一方で無自覚なままに僕の心の中にあの日の悲しみが大きな流れとなって入ってきていたことをいま、強く自覚しました。

そうなんです。たとえ慰霊が進んだとしても、あの時の思いを私たちは受け継いでいかなくてはいけない。
それが心の中に飛び込んでくるのは、とても辛いことですが、その辛さをシェアしてこそ、大切な何かが見えてくる。
僕はそれは究極の優しさだと思います。

二度とそんな思いを誰にもさせないよ。もう二度と同じことを起こさないよ。だから、あなたをけして忘れないよ。
いつまでもあなたの痛みと共にあるよ!
と、そんなことを語り続ける力と言うか。

ああ、ようやく心の乱れがおさまってきました。
僕なりに大事な点に気づけたと思います。
うん。これでこそ、今回の旅の意義をきちんとまとめられるな。うん。明日、頑張って書こう。そう思います。

あー、レアなことを書いちゃいました。
うーむ、気恥ずかしくもありますが、このままに投稿します。
みなさま。犠牲になられた被爆者の方たちの思いを胸に、共に核と戦争のない未来へと共に歩みましょう!

「慰霊の碑」とご案内いただいた高屋忠義さん(長崎被災協・被爆二世の会・諫早会長)

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