守田です。(20130413 22:00)

福島原発汚染水漏れ事故の考察の3回目です。今回はトリチウム問題を取り上げたいと思いますが、まずは前回の記事に対して、みきさんという方からいただいたコメントをご紹介します。

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力強い記事の連投ありがとうございます。
汚染水漏れが事前に把握されていたのでは、というご指摘はその通りと思います。
最初に汚染水漏れが報じられた時、私にしては珍しく、東電の真夜中の「緊急会見」を見ていましたが、その時、東電側から用意周到に「報道向け資料」が配布されたからです。

http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/handouts/2013/images/handouts_130406_01-j.pdf「緊急会見を開く」と第一報が入ってわずか1時間でした。

今後、汚染水の海洋投棄容認の動きに誘導する意図があるのではないかというご指摘にもうなづけます。
読売新聞の社説も含め、許しがたいことばかりです。

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みきさんはここで東電の会見の不自然さを指摘しています。ぜひ東電が報道向けに配った資料をご覧下さい。汚染水問題が明らかになり、「緊急会見を開く」と第一報が入ってわずか1時間後に出されたものがこれです。
どうみてもたっぷりと時間をかけ、用意周到に作られています。汚染水漏れを発見した直後にこれだけの報告書が準備できたと考えるのはあまりに不自然です。
みきさんも「今後、汚染水の海洋投棄容認の動きに誘導する意図があるのではないかというご指摘にもうなづけます」と書いてくださっていますが、こうした可能性はやはり大きいと言えそうです。

こうした点を見ていると、もはや東電には、環境を放射能汚染してはいけないという、職業的倫理観がまったく残っていないのではと思わざるを得ません。それは東電があれほどの放射能をばら撒きながら、何ら、罰を受けていないことによっても加速化されているのでしょう。
そもそも東電は当初はベントをすることを大変、嫌がった。ベントをすれば傷害罪にあたると思っていたためです。ところがその後に何ら、罰せられずに来てしまった。ここにも構造的な矛盾があります。東電を厳しく罰しないと、環境汚染に関する企業的モラルが崩壊をつづけるだけです。

ではそうした東電がさらに目指している海洋投棄において問題になる点は何かというと、一つはすでに試運転が開始されている新たな放射能除去装置アルプスの性能です。62の放射性核種が除去可能とうたわれていますが、本当にそうなのか。その場合、それぞれの核種がどれだけの割合で除去できるのか、海洋投棄を前提することなく東電は明らかにすべきです。
無論、かりに除去がかなりの高い確率で可能であったとしても、海洋投棄は認められません。なぜなら東電自らが、放射性物質のトリチウム(三重水素)は除去できないとしているからです。海洋投棄されればトリチウムはそのまま海を汚染することになります。

そこでトリチウムについていろいろ調べたところ、この点でもすでに東電が資料を発表していたことが分かりました。明らかに、今後のトリチウムの海洋投棄を目指した発表です。日付は本年2月28日。その一ヶ月後にアルプスが稼働し、直後に汚染水漏れが発覚したというわけです。

福島第一原子力発電所でのトリチウムについて
平成25年2月28日 東京電力株式会社
http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/handouts/2013/images/handouts_130228_08-j.pdf

ではトリチウムとは何なのか。あるいは東電はどのように説明しているのか。この資料から見ていくことにしましょう。以下は上記資料2ページ目の記述です。

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トリチウムの特性は一般的に以下のとおり
○化学上の形態は、主に水として存在し、私たちの飲む水道水にも含まれています
○ろ過や脱塩、蒸留を行なっても普通の水素と分離することが難しい
○半減期は12.3年、食品用ラップでも防げる極めて弱いエネルギー(0.0186MeV)のベータ線しか出さない
○水として存在するので人体にも魚介類にも殆ど留まらず排出される
○セシウム-134、137に比べ、単位Bqあたりの被ばく線量(mSv)は約1,000分の1

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ここにもあるように、トリチウムとは水素の仲間、正確には水素の同位体です。水素は原子核の中に陽子が一つ、周りを一つの電子が回っている元素ですが、海水の中にはまれに原子核に中性子が一つ入り込んだ重水素と呼ばれるものがあります。ここにさらに中性子が取り込まれ、陽子一つと中性子二つになったものが三重水素、トリチウムです。化学式ではH3と書きます。
トリチウムは自然界にもありますが、なんといっても核実験や原発の運転で膨大に作られてきました。今回の福島原発事故でも大量のトリチウムが炉内から出てきてしまっています。

このトリチウムについて東電は「化学上の形態は、主に水として存在し、私たちの飲む水道水にも含まれています」と書いています。また「ろ過や脱塩、蒸留を行なっても普通の水素と分離することが難しい」とも。「水道水にも含まれている」とは、だから安全だと匂わせる記述ですが、ここに書かれていることは半分は事実であり、半分は虚偽です。
正確には、水素の仲間であるトリチウムは、化学的には原子核に陽子が一つだけの普通の水素とまったく同じように振る舞うのです。だからこそ厄介なのです。なぜかというと、一つには確かに水としても存在していますが、しかし多くの化合物を見てください。水素が入っているものが無数にあります。そのどこにでもトリチウムは入り込んでしまうのです。
私たちの人体を見てみても、構成要素の中にたくさんの水素を含んだ化合物があります。トリチウムはその全ての水素と取り替わる可能性があるのであって、非常に多様な形で存在しえます。けして水としてだけ存在するのではないのです。

こうしたことを無視して、東電は次のような虚偽の発表をしています。「水として存在するので人体にも魚介類にも殆ど留まらず排出される」という点です。正しくは「水として存在したものは・・・排出される」のです。その場合でも東電は、ただちに排出されるかのような書き方をしていますが、高度情報科学技術研究機構によれば生物学的半減期は10日とされています。けしてただちに排泄されるわけではない。
これに対して有機化合物の形をとったものはより長く残り続けます。この場合のトリチウムは、有機結合型トリチウムと呼ばれますが、同機構によれば半減するのに30日から45日かかるのです。詳しくは以下をご覧ください。

トリチウムの生物影響
原子力百科事典 ATOMICA 一般財団法人 高度情報科学技術研究機構 
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-02-02-20

さらに東電は、放射性物質としてのトリチウムが出すベータ線がエネルギーが大変低く、セシウムなどに比べて著しく危険性が低いとしています。ただこれ自身は東電の独自見解ではなく、一般的な見解であって、そのためトリチウムの危険性は非常に小さく見積もられています。法的規制もとても弱いのですが、実はここにこそ、原発が抱える構造的矛盾、あるいは構造的危険性の大きなポイントの一つがあるとも言えます。
なぜか。まず「実用発電用原子炉の設置・運転等に関する規則の規定に基づく線量限度を定める告示」による法規制の濃度制限を見ると、「周辺監視区域外の水中の濃度限度」はなんと1リットル6万ベクレルという高い値に設定されていることがわかります。セシウム137は同90ベクレル、134が同60ベクレルとなっていることと比較しても、いかに規制のための基準が弱いかが分かると思います。
これはトリチウムの危険性が、ベータ線のエネルギーからだけ判断されていることに元づいたものです。

しかし先にも述べたように、トリチウムの危険性は、この物質が水素とまったく同じように振る舞い、およそ水素の存在するところ、水素の存在形態であれば、どこでも置き換わってしまうことにあります。
中でも生物にとって深刻なのは、DNA(デオキシリボ核酸)に重要な影響を与えてしまうことです。DNAとは遺伝子のことです。二重の鎖になっており、その中に4つの塩基、アデニン(A) , チミン(T),グアニン(G) ,シトシン(C)があって、組みを作って遺伝子情報を編み上げています。
重要なのは、この塩基のうち、A-T、G-Cという塩基の対が、水素結合という結びつきをしていることです。水素は例えば水などの有機化合物を作るときには、酸素と軌道上の電子を共有しあう形で結合を遂げます。これを共有結合といいます。
ところがこうして共有結合した水素と、他の原子の間に、引力のような力が働く結合方式があります。これが水素結合なのですが、DNAの塩基の対同士は、この力によって結合しているのです。

問題はここに入り込んだ水素が、トリチウムに置き換わってしまった場合です。この場合、一つにDNAはごく直近から、ないしはその内側からベータ線を浴びることになります。同時に重要な点は、ベータ線を出したトリチウムが、違う物質に変わってしまうということです。放射線を出すこと、いわゆる壊変によりヘリウムに変わってしまうのです。
そうなるとどうなるか。水素のあったところに水素でないもの=ヘリウムが登場してしまうのです。当然、水素結合は働かなくなります。そうするとDNAの中の水素結合部分が切れてしまうことになります。また同様に、身体の中の水素を含んだ化合物が、それぞれに違う物質に変わってしまうことになるわけです。
その点で、身体のどこにでも容易に入り込むトリチウムは、放射性物質としての人体へのダメージ以外の危険な作用も持つわけです。そして実はこうしたトリチウムの持つ生態への危険性が全く過小にしか評価されていないところに大きな問題があります。

なぜそうなるのか。答えは単純で水素と同じように振舞うトリチウムは、扱いが非常に難しく、なかなかうまく管理できない物質なので、これまでの原発の通常運転でも、常に相当量が漏れ出してしまってきたからです。
何せ酸素と結合すると水そのものですから、除去がほとんどできない。通常の汚染水は、水の中に汚染物質がある状態であって、濾過であるとか、化学的手法での除去が目指されてきたわけですが、トリチウムが酸素と結合してできた水は、それそのものが放射性物質であって、濾過の対象にもならないのです。それが通常の水と混じってしまうともう手の施しようがありません。

また気体の形でも水素は非常に捕まえにくい物質で、現に福島原発事故の発生直後にも、真っ先に水素がたくさん発生してきて原子炉建屋内に溜まり、爆発を引き起こしました。今から考えると、あのとき爆発した水素の中にトリチウムが混ざっていたはずですが、ともあれとにかく閉じ込めにくい物質が水素なのです。
そのため水素の仲間であるトリチウムの法的規制を強化すると、技術的にクリアすることが難しくなり、たちまち原発の運転を止めなければならなくなるのが実情であり続けてきたのです。いやだからこそ、世界中の原発をすぐに止めるべきなのですが、そうした声の高まりを抑えるために、トリチウムの危険性は、非常に小さく見積もられていることを私たちは知っておく必要があります。
さらにトリチウムの危険性は、核融合を目指すためにも過小評価されてきたことを見ていく必要があります。目指すというより、すでに核融合技術は水爆として確立しており、何度も大気中核実験が行われたわけですが、そのときの核爆発の材料となったのもトリチウムでした。今も核融合発電の燃料とされようとしているわけですが、この面からも危険性が過小評価されてきています。

ではこのトリチウム、一体、どれぐらい環境中に飛び出してきたと見積もられているのでしょうか。
まず東京電力が2011年6月6日に発表した大気中に飛び出した核種についての発表を見ていくと、トリチウムが無視されていることが分かります。

以下は、東電の発表をわかりやすい形にまとめた「AERA」2011.6.27号(朝日新聞出版)18-19ページの表を載せた「子どもを守ろう SAVE♥CHILDのページですが、ここで東電が発表した31核種にトリチウムは含まれていません。
http://savechild.net/archives/3891.html

しかしこれは絶対におかしい。原子炉の運転の中でトリチウムは必ず生まれてきます。炉内ではそれが水として存在していたとしても、当初、水位が下がることにより、燃料棒が加熱してメルトダウンが起こりました。ということは壊変がどんどん進み、放射線がたくさん出たわけです。これが水に当たると分子切断が起こり、酸素と水素に分けられてしまう。イオン化して分かれるわけですがそのことでも水素が発生します。
その水素の一部がトリチウムであるわけですから、先にも述べたごとく、爆発を起こした水素の一部はトリチウムであったはずです。むろん水素は全てが爆発したわけではありません。どんどん周辺に漏れ出ていったわけであり、その一部はトリチウムだったのです。東電の発表はこれを無視しています。事実上のトリチウム放出隠しです。

ではそもそも炉内で作られていたトリチウムのうち、どれぐらいの量が出ていってしまったのでしょうか。これには試算があります。「福島第一原子力発電所の滞留水への放射性核種放出」という日本原子力学会に提出された論文です。

福島第一原子力発電所の滞留水への放射性核種放出
https://www.jstage.jst.go.jp/article/taesj/advpub/0/advpub_J11.040/_pdf

これには以下のような結論が書かれています。

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福島第一原子力発電所のタービン建屋ならびにその周辺において発生した多量の放射性核種を含む滞留水に対し,サンプリング調査の結果と,放射性核種の炉心インベントリ計算に基づいて,炉心から滞留水への放出率を評価した。その結果,以下のことが明らかになった。
 ヨウ素およびトリチウムの放出率はセシウムと同程度か,それよりも数倍大きい。
 バリウムおよびストロンチウムの放出率はセシウムよりも1号機では3~4桁小さく,2, 3号機では1~2 桁小さい。
 モリブデンの放出率はセシウムより2桁小さく,アンチモンは3桁小さい。
 トリチウム,ヨウ素,セシウムについて,1 号機では7%程度,2号機では35~60%程度,3号機では20~70%程度の放出率と見積もられる。
 2号機とTMI-2事故と比較して,トリチウム,ヨウ素,セシウム,ストロンチウムの放出率は類似である。

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炉内で作られていた放射性トリチウムのうち、相当量が環境中に出て行ってしまい、汚染水の中に混じっていることが分かります。その汚染水のかなりの部分がすでに海に入ってしまったわけですが、今、タンクや貯水槽に貯めている汚染水を海洋投棄すれば、さらに海洋汚染が重ねられることになります。
ではこれまで海の汚染としてはこれらは確認されたことがないのでしょうか。そう考えて調べてみるとすでに次のような報告がなされたことがあることがつかめました。

福島第一原子力発電所取水口付近で採取した海水中に含まれる放射性物質の核種分析の結果について(10月14日採取分)
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11101505-j.html

この中に以下のような資料も出てきます。
平成23 年9月12日に採取した海水に含まれるトリチウム、全アルファ、全ベータの分析
http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu11_j/images/111015j.pdf

これを見ると、「福島第一1~4号機取水口内北川海水」から1リットルあたり470ベクレルのトリチウムが検出されています。同じ場所で採取されたセシウム137が同100ベクレル、134が88ベクレルですので、セシウムよりもかなり多いことが分かります。
これだけでは、トリチウムの全貌をつかむことはできませんが、ベクトル換算でセシウムと比較しても、相当な量が出ていたことが分かります。ただ東電はここでも「濃度限度」を強調し、セシウムより危険性がかなり低いことを強調しています。
しかしそれならそれで、汚染水について発表するとき、ほとんどの場合、東電がそこにある核種の違いを発表せずに、ただ1リットルあたり、あるいは1CCあたりのベクレル数を繰り返し発表してきたことも実はデタラメだということも分かってしまいます。
何せ、核種のよっては規制値が1リットル90ベクレル(セシウム137)から1リットル6万ベクレル(トリチウム)まで、あまりに大きな差があるからです。僕はこの6万ベクレルという値は極端に甘すぎると思いますが、ともあれ、そこにある核種がなんであるかを明らかにせずに、ベクレル表示だけするのも、まったくの虚偽報告であるといわざるを得ません。

以上、東京電力が、汚染水漏れ事故などをも通じて目指そうとしている、汚染水の海洋投棄は、どれだけの核種がどれだけの量、捨てられるら明らかにされていない計画であると同時に、膨大なトリチウムを海に流し込んでしまうことに直結する行為で、到底、許されるものではないことを明らかにできたと思います。

このことを踏まえて、東電のウォッチを続けます。