守田です(20210602 23:30)

● 「核との共存」を許さないネットワークを作り上げよう

徳島神山市→徳島市→松山市→高松市訪問の旅を終え、岡山を経て、京都に帰ってきました。昨夜は三田茂医師を訪問し、被曝問題などでたいへん貴重なお話を聞けました。
3つの学習・講演会を含むたいへん実り多い旅でしたが、その一つ一つが被曝から人々を、環境を守り、真に豊かな未来を作っていくことに繋がっています。
ぜひこの繋がりを「核との共存」を許さず、もっと素敵な未来を目指していくネットワークに育てていきたいです。

その点を踏まえつつ、今回はこの間、連載している「原発被災地・フクシマに漂う「核との共存」ー被爆地・ナガサキも同じ過ちを経験した」の3回目を掲載します。
3回目で山口さんは、福島に「核との共存」の流れが押し寄せつつあることを危機感を持って告発されています。ナガサキの過ちを繰り返してはならないとの声には福島への熱いまなざしがこもっています。
その福島で展開されているのは「エートスプロジェクト」であり、そのための重要な柱の一つとして「放射線災害復興学」が打ち立てられています。担っているのは永井隆氏の信奉者の山下俊一氏の右腕の高村昇氏です。

高村氏は他の役割も果たしています。一つに文部科学省が出版した「放射線副読本」執筆に深く関わっていること、また福島の双葉町に作られた「福島原発事故伝承館」の館長に就任していることです。
ご存知のようにこの間、僕は「にょきにょきプロジェクト」の仲間たちと「放射線副読本」を「すっきり読み解く」活動を続けてきました。今回も徳島市で読み会をしてきました。また5月初旬の福島訪問では伝承館を取材してきました。
それらがそのまま、福島エートスプロジェクトの中軸の活動への抗いとなっていることをこの間、強く自覚しています。そう。この「騙し」をひっくり返すことが大事なポイントなのです。

以下、山口さんの文章をお読みください


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「原発被災地・フクシマに漂う「核との共存」ー被爆地・ナガサキも同じ過ちを経験した」その3
山口研一郎氏著

5 「核との共存(放射線災害への対応と復興)」の学問体系化

私の手もとに、2017年3月発行の長崎大学広報誌「Choho」があります。誌面には、2016年度から開始された長崎大学・福島県立医科大学共同大学院「災害・被ばく医療科学共同専攻」が特集され、主だった専門家のインタビュー記事が紹介されています 。
冒頭、国際放射線防護委員会(ICRP)副委員長であり、長崎大学原爆後障害医療研究所(原医研)教授のジャック・ロシャール氏より、「共同大学院で、放射線防護学、リスクコミュニケーション学、リスクマネージメント学を指導していきます」との一文が掲載されています 。氏は、「着実に良い方向に」「少しずつ収束」「(住民、行政、専門機関が)情報を共有し、同じ方向に進み始め」といった、フクシマについて極めて楽観的意見を述べています。そして、「子どもも大人も高齢者も、そこに住み続けたいと思える環境作り」を呼びかけています。
次に、同じ長崎大原医研教授の高村昇氏が、共同大学院の目的と構想、しくみについて解説しています 。「放射線災害復興学」という新語が提起され、放射線災害を生じた場合の対応、災害後の長期的復興について、「学問体系」化し人材を育てるのが設置の目的とされます。ここでは、原発の存在が大前提であり、その結果「次の複合災害」が生じることを仮定して対策が立てられています。

その他誌面には、随所に「リスクコミュニケーションを通して、住民が明るく楽しく毎日を送れる」「新たな村作り」「放射線への不安を持っている人たちの科学的な理解を深め、その不安を緩和するためのコミュニケーションができる人材」「放射線はわれわれの生活になくてはならないもの」といった文面が並び、共同大学院の理念といったものが見えてきます。

最後に共同大学院のバックアップ体制について紹介されています。そこには、世界保健機関(WHO)、国際原子力機関(IAEA)、国連放射線科学委員会(UNSCEAR)、ICRPなどから教員を招聘(へい)するとされています。以上のような機関がどういった性格を持つのか、2013年7月の「現代医療を考える会」において、講演された松井英介さん(医師、岐阜環境医学研究所所長)の講演録が参考になります。

「ヨーロッパからとんでもない人たちが来てまして、『エートスプロジェクト』を展開しています。これに金を出してるのがフランス最大の原子力産業、アレバです。それに金をもらい、ICRPの肩書きをつけたジャック・ロシャールという人が福島に入ってきて、『大丈夫、放射線を怖がらなければ大丈夫』とやっているわけですね。彼らは、『放射能恐怖症』という言葉も使い、ベラルーシで5年以上やってきた筋金入りなんです。」
「注目すべきはIAEAというアメリカ主導でつくられている原発推進の国連機関です。今一番先頭に立って活躍しています。WHOは、いのちと健康を守るための国連機関のはずですが、問題はIAEAが主導してWHOの手足を縛って、IAEAに相談なしには一切何もやらせないということになっているわけです。1959年IAEAはWHOと覚書を交わしたのです。国連安全保障理事会の下にあるIAEAは強権を発動でき、その力でWHOを縛っているわけです。」
「IAEA、WHO、UNSCEAR、あるいはICRPのかなりの人がだぶっていて、同じ人間が別の組織の肩書きを付けて活躍している。」(以上、『国策と犠牲』増補改訂版、96~98頁)

以下、共同大学院の設置に関連して、2つのことを報告します。
1つは、共同大学院の設置について功績のあった山下俊一原医研教授の去執についてです。私と同じ1978年に長崎大学を卒業した山下氏は、2018年3月、同大学を退職しました。彼は、「定年退職のこ挨拶」(長崎大学医学部同門会誌‘‘ポンペ’’)の中で、「永井隆博士を敬愛」したこと、最終講義のタイトルを、前述の「原子爆弾救護報告」中の永井氏の「転禍為福」としたことが語られています。山下氏の中には脈々と永井精神が受け継がれ、それが2012年11月の福島における委員会での、「放射線の影響は、ニコニコ笑っている人には来ません」といった発言につながったのでしょう。

もう1つは、被爆中心地に近い長崎大学医学部構内に、エボラ出血熱やラッサウィルスなどを扱うBSL-4施設を建設しようとしています 。人口密集地域である周辺へのウィルスの感染など、地域住民は心配と抗議の声を上げています(事実、武蔵村山市にある国立感染研究所のBSL-4施設には、エボラウィルスが輸入されることが決定)。それに対し、大学側は、「浦上地区の人たちは 原爆を乗り越えたのだから、エボラも乗り越えられる」(住民説明会での片峰茂前学長の発言。ちなみに、片峰氏も私のかつての同級生です)という認識です。ここでも永井精神が垣間見えます。

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