守田です(20170922 15:00)
前回の記事で日本を軍事力で守ることは到底できないことを述べました。とくに防空体制に必須な旧陸軍の分類による「消極的防衛」・・・都市構造を空襲から強くすることなど現代ではとてもできないからです。
そもそも第二次世界大戦時に比しても、日本は空襲に対して格段に脆弱さを増しています。原発や石油コンビナートをはじめ攻撃されたらひとたまりもない構造物が海岸線に林立しているからです。
これらを空襲を避けるために疎開させるなどまったく現実味がありません。外交で、絶対に空襲など受けないようにすること以外に、この国をリアルに守る道はないのです。
そればかりではありません。実は現代の日本は自然災害に対しても極めて脆弱な都市構造を持ってしまっています。これらの弱さをたたかれたらやはりひとたまりもありません。
このことはスイスの保険会社スイスリーが、世界の616の都市を主に水害の観点から比較する中で明らかにされたことです。
それによるとなんと世界で最も危険度の高い都市圏は東京・横浜だとされたのです。ワースト4が大阪・神戸、ワースト6が名古屋と、日本の五大都市がランクインしてしまっています。
以下にランキングとニュースソースを示しておきます。(東京・横浜、大阪・神戸は一つの都市圏として捉えらえている)
1位 東京・横浜(日本)
2位 マニラ(フィリピン)
3位 珠江デルタ(中国)
4位 大阪・神戸(日本)
5位 ジャカルタ(インドネシア)
6位 名古屋(日本)
7位 コルカタ(インド)
8位 上海・黄浦江(中国)
9位 ロサンゼルス(アメリカ)
10位 テヘラン(イラン)
http://news.livedoor.com/article/detail/8709053/
http://media.swissre.com/documents/Swiss_Re_Mind_the_risk.pdf
日本の諸都市の水害へのこの圧倒的な脆弱性を踏まえて、このことを特集した東京新聞紙上で、元東京都職員の土木専門家、土屋信行さんが次のように述べられました。
「日本を攻撃するのに、軍隊も核兵器も必要ない。無人機が一機、大潮の満潮時にゼロメートル地帯の堤防を一カ所破壊すれば、日本は機能を失う」
東京新聞の2014年の紙面でのことです。詳しくは以下の記事をご覧ください。
「明日に向けて(933)東京は世界一危ない都市・・・警鐘「首都沈没」(東京新聞より)
2014年9月11日
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/974f310ea1faae553cb23b4ad71496a8
どうしてこんなに水害に弱いのか。
二つ理由があります。一つに明治以来の河川管理の誤りです。
河川管理の誤りは次の点です。
日本は世界の中でも有数の豪雨、豪雪地帯で、しかも列島の中央にいくつもの山脈が走っているため、山にたくさん降った雨が常に一気にくだってくる構造を持っています。
むろん、雨が多いことは一方で命の水が豊富である長所とセットのことです。この国の歴史はどう水の害を抑え(治水)、上手に活用していくのか(利水)の知恵を、さまざまに重ねることで彩られてきたと言えます。
ところが明治以降、日本とはまったく条件の違うヨーロッパの治水思想が持ち込まれてしまいました。
ヨーロッパは平原の多いところで、川も多くがゆったりと流れています。この自然条件を背景に強固な堤防で洪水をおさえこむ技術が発達してきました。
これに対し江戸時代までの日本は、洪水時にあらかじめ堤防の一部を水が乗り越していくようにするなどして、洪水の被害を散らす技術を発達させてきました。
維新後に成立した明治政府は、この日本古来の知恵を捨て、西洋の「おさえこみ」技術の導入にあけくれました。
そのため堤防を高く頑丈にしていきましたが、日本の川の流量は膨大で抑えきれず、やがて堤防の大破堤が起こってしまいました。
ところが「西洋かぶれ」してしまったこの国の歴代の政権は、堤防が壊れるとより大きな堤防を築いて、二度と破堤が起こさないことを志向しました。
すると川の流量が増してしまいました。水の力がより大きくなってしまったのです。このため前の災害を上回る大破堤が起こりました。
するとどうしたのか。またまた堤防をかさ上げしてしまったのです!
これらの結果、関東を流れる利根川、中部を流れる長良川、揖斐川、木曽川、そして関西を流れる淀川が、史上最大の流量をたたえてしまい、大きな危機を背負ってしまっています。これが三大都市圏がワースト10に入った理由の一つです。
同じことが日本中のすべての河川について言えます。洪水に弱い河川管理の欠陥が正されずに来ているため、その限界がこの間、豪雨のたびに日本のどこかで姿を現すにいたっているのです。
その点で、この間の河川の決壊、洪水による被害は、けして「自然災害」とだけ捉えられるべきものではなく、都市構築のあやまりによる人災でもあることをおさえておく必要があります。
その上に世界的な規模での気候変動がこの国を襲い続けています。
「記録的短時間大雨情報」という言葉が頻繁に登場していますが、この言葉は「大雨警報発表中に、現在の降雨がその地域にとって土砂災害や浸水害、中小河川の洪水害の発生につながるような、稀にしか観測しない雨量であることをお知らせするために発表するもの」と発表主体の気象庁に定義されたものです。
その「稀にしか観測しない雨量」が各地で頻繁に降ってしまっています。
たとえば7月の九州北部豪雨の際に、福岡県朝倉市では12時間で1000ミリというとんでもない量の雨が降りました。
朝倉市のこれまでの年間平均雨量は約1600ミリですからその6割が半日で降ってしまったのです。こんなことになったらどの都市、どの町でも排水が追いつきません。さまざまな水害が起こって当然なのです。
しかも朝倉市は山が放置されてきたことを背景に発生した大量の流木の直撃をも受けて甚大な害を被ってしまいました。
ところがこの間、これほどの猛威が繰り返されてきたのに、この国は災害対策をなおざりにし続けています。
その結果、起こった悲劇の一つが東日本大震災による被災でもあったことを私たちは胸にとめおく必要があります。
例えば津波研究の第一人者の河田惠昭氏は2010年12月発行の岩波新書『津波被害』のまえがきで、本書の執筆の動機が、同年2月27日に発生したチリ沖地震津波の際に出された避難指示・勧告に従った人が対象地域の3.8%にしかみたなかったことにあると述べています。
「『こんなことではとんでもないことになる』というのが長年、津波防災、減災を研究してきた私の正直な感想であり、一気に危機感を募らせてしまった。
沿岸の住民がすぐに避難しなければ、近い将来確実に起こると予想されている、東海、東南海、南海地震津波や三陸津波の来襲に際して、万を超える犠牲者が発生しかねない、という心配である」
そしてこの本のわずか3か月後に、河田氏の心配は現実化してしまいました。あまりに痛苦です。津波被害への対策、とりわけ住民への啓蒙と災害対応力を育ててこなかったこの国の政治こそが被害をあたら拡大してしまったのです。
にもかかわらず、あれから6年半も経つのに、こうした災害対策の脆弱性が何ら反省されていません。
そもそも3大都市圏が世界のワーストテンに入るほど水害に脆弱だということすら住民に知らされていません。現にある危機がきちんと知らされないで、つまりなんの備えもしないで、どうして有事に人々が命を守るために有効に動けるでしょうか。
だからこそまたこの国を攻撃するのはあまりに容易なのです。とてもとても守り切れるはずがない。
僕自身は戦争のためではなく、平和のため、人々の命を守るために、原子力災害対策を軸としつつ災害対策全般を強化すべきことを訴えていますが、本来、これは政府が主導になって行うべきことです。
この国の脆さ、弱さ、危険さをこそ明らかにし、国をあげて対策を重ねていななくていけない。しかしそうした現実にほとんど目が向けられていません。
まとめます。
日本には戦争など行う余裕などありません。確実にやってくる東海、東南海、南海地震に備えなくてはいけないし、各地で「想定外」のことが起こり続けている現実を踏まえて、災害対策に大幅に予算を振り向け、人員を拡大すべきです。
政府のみならず、すべての政党、団体、そして諸個人にこのことを訴え続けていく必要があります。
続く
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