守田です。(20170122 22:00)

3、ジェントルマンが投機屋に変わり社会がめちゃめちゃに!

トランプ大統領就任式が予定通り行われましたが、この日、全米でたくさんの人々が立ち上がり、トランプ新大統領の差別主義、排外主義と真っ向から闘う姿勢を示しました。
翌日の今日には反トランプデモが世界中に拡大!世界のあちこちで差別主義と排外主義への批判が響き渡りました。素晴らしいことです。
差別主義、排外主義にノーの声をあげているすべての人々への連帯を表明します。

その上で、ここではなぜオバマ政治の継続を訴え、ほとんどのマスコミも味方につけていたはずのヒラリー・クリントンが敗れ、トランプの「勝利」が実現してしまったのかの解き明かしを続けたいと思います。
そのために前回、宇沢先生のことをご紹介しましたが、今回は宇沢先生が新自由主義=市場原理主義の始祖、ミルトン・フリードマンについて繰り返し語った逸話をご紹介したいと思います。新自由主義の核心がよく分かるからです。
宇沢先生の『ヴィブレン』という本から直接引用します。

「1965年6月頃のことだったと記憶しているが、ある日、ミルトン・フリードマン教授がおくれて昼の食事の席にやってきた(その頃、経済学部の教授はファカルティ・クラブの決まったテーブルで一緒に食事をする慣わしだった)。
フリードマン教授は興奮して真赤になって、席に着くなり、話しはじめた。
その日の朝、フリードマン教授はシカゴのコンチネンタル・イリノイ銀行に行って、国際担当のデスクに会って、英ポンドを1万ポンド空売りしたいと申し込んだというのである。

当時IMFが機能していて、固定為替相場がとられていた。1ドル360円、1英ポンド2ドル80セントの時代である。それは、英ポンドの平価切り下げが間もなくおこなわれようとしているときだった。
IMF理事会の決議事項は必ず一週間か二週間前にはリークされてしまうのが慣例で、そのときも英ポンドの平価切り下げはすでに時間の問題となっていた。
ただ、その切り下げ率のみが不確定であって、経済学部の同僚たちは切り下げ率について、賭をしていたほどであった。実際にこのエピソードの一週間後に英ポンドが2ドル80セントから2ドル40セントに切り下げられることになった。

それはさておき、「英ポンドを一万ポンド空売りしたい」というフリードマン教授の申し出を受けて、コンチネンタル・イリノイ銀行のデスクはこういったというのである。
No, we don’t do that, because we are gentlemen.
「外貨の空売りというような投機的行動は紳士のすることではない」、と。

そこで、フリードマン教授は激怒していった。
「資本主義の世界では、もうけを得る機会のあるときにもうけるのが紳士だ。もうける機会があるのにもうけようとしないのは紳士とはいえない」
(『ヴェブレン』岩波書店 p180、181)

この話を僕はビールをしこたま飲みながら何度も何度も直接先生からうかがいました!
コンチネンタル・イリノイの銀行マンの真似をするときの先生の嬉しそうな顔がいまも目に浮かびます!

空売りとはどういうことなのかというと、いま、1ポンド2ドル80セントであるとします。その時にまずは1万ポンド貸せというのです。そしてすぐに売る。そうすると手元に2万8千ドルが入ります。
それでポンドが切り下がったら手元に入ったドルで1万ポンドを買い戻してポンドを銀行に返すのです。そうすると2万4千ドルで買えるわけですから差し引き4000ドル儲かるわけです。もともともっていなかったお金を「売る」ので「空売り」というわけです。
それをコンチネンタル・イリノイに申し込んだら、彼らは「われわれはジェントルマンだからそういうあこぎなことには手を貸さない」と断ったわけです。非常に象徴的な話です。

重要なポイントは、にもかかわらずアメリカはその後に、どんどんとこうした投機的取引の合法化に傾いていき、社会が悪くなり続けてきたという事です。
どんな状態になっているのかというと、アメリカではいま資産20億円以上の上位0.1%が国の富の20%を所有しています。全体の8割を占める中流以下は17%の富しか持っていません。貧富の格差が極端に開いているのです。
なぜでしょうか。富は人が汗水流して作りだすものです。投機はそうして作られた富を労働もせずにかすめとっていく行為なのです。合法化された泥棒です。だから投機が横行すると、必ず正当な配分を奪われて転落していく人々が広範に出てくるのです。

このためアメリカの多くの人々が没落し、現状では7秒に1軒の家が差し押さえられているそうです。破産して家のローンや家賃を払えなくなっているからです。
さらに労働人口の3人に1人が職につけず、6人に1人が貧困ライン以下。年間150万人が自己破産しています。破産理由のトップは医療費問題です。
社会保険制度がきちんとしてないので、いったん病気になると貧困層に転落していくという恐ろしい社会にアメリカはなってしまっているのです。

これらは抜本的には、投機的経済が横行した結果です。これに累進課税性が弱められるなど、金持ちや企業ばかりに有利に税制や諸制度が変えられてきたことなども作用しました。
このため社会的富が増えても社会全体はちっとも豊かにならない。それどころか生活困難者が増え続けて、本当にもう大変なことになっているのです。

ちなみに、コンチネンタル・イリノイ銀行のその後がアメリカの酷いありさまを象徴しています。ジェントルマンが運営していたコンチネンタル・イリノイは、なんとその後、アメリカで一番の投機屋になってしまったのです。
とくにニクソンショックでドル本位制度が壊れ、変動相場制に移行したときが最悪でした。これは戦後史を画する大事件で、「1ドル=360円」などの固定相場制が壊れていく過程で、「円」が急速に高くなっていきました。
コンチネンタル・イリノイは、この時、フリードマンがやろうとした手法を使ってものすごいぼろ儲けをしたのでした。東京外為市場で投機的ドル売りを大量に行って巨額の利益を手にしたのです。

大儲けしたコンチネンタル・イリノイはその後にすっかり節度を失ってしまいました。ジェントルマンと名乗った彼らは、高貴なプライドを失ってあこぎな投機的取引に傾斜し続けました。
博打的経営を繰り返すようになった彼らは、一時はさらに大幅に資産を増やしたものの、やがてより巨額の投機事業に失敗し、1985年5月に事実上の倒産を迎えてしまったのでした。戦後アメリカ最大の銀行倒産だったそうです。

注目すべきことは、それこそ堤さんが「絶対に許してはならない」と繰り返し指摘している象徴的な言葉がこのときに登場したことです。「大きすぎて潰せない(too big to fail)」です。発したのはレーガン大統領でした。
投機的商売を繰り返した挙句に大倒産したコンチネンタル・イリノイを、「すべてを市場に任せよ。政府は介入するな」という市場原理主義を推し進めてきたはずの大統領が救済したのです。
この言葉は例えば福島原発事故後の東京電力などにも適用されていることを私たちはおさえておく必要があります。

「自己責任を問うことが大事だ」とかなんとか言いながら、大資本の場合は税金で救済していく。こんなのは自由主義経済の建前からいってもおかしいわけです。
「自由市場では、まともでない人が市場に入って来たら、その人の商品は売れなくなり、破産して市場から脱落するのだ。だから市場には消費者にとって良いものを作る会社だけが残るのだ」というのが市場原理主義の理屈だからです。
実際には投機的な商売を容認して、どんどん規制を緩和しておきながら、大資本が倒産しかかると救済することが、1970年代末から40年近くずっと続いてきたのです。アメリカを中心に世界中でです。
アメリカの大統領を民主党がとろうが共和党がとろうがこの流れは変わらなかった。だから今回、既存の政治家たちや、それを支えてきたマスメディアが大きく疑われたことをみておく必要があります。

「どっちのやつが大統領になっても、後ろにウォール街がついている限りだめだぞ」と、アメリカの多くの人がようやく考えるようになってきた面があるのです。
だからどんなにマスコミがヒラリーの味方をしてもトランプを負かすことはできなかった。そもそも民主党の大統領候補レースの時でも、ウォール街からまったく献金を受けていないサンダースにヒラリーはかなり追い詰められたのでした。

法の問題をおさえておきましょう。
アメリカにはもとももと「グラス・スティーガル法」という非常に重要な法律があったのでした。
グラスとスティーガルという議員が1933年に作ったもので、ウォール街の大恐慌を反省して、投機を規制した法律です。
以下はウィキペディアの記述ですが、アメリカ国会図書館議会調査局の説明の要約だとされているものです。

「19世紀と20世紀の初期には、銀行家とブローカーは、時々見分けがつかなかった。それから、1929年以後の大恐慌において、議会は1920年代に起こった「商業」と「投資」銀行業の兼業を調べた。
審理によって、一部の銀行業務機関の証券活動における利害対立と詐欺が明らかになった。これらの活動を混合することに対する恐るべき障害は、それからグラス・スティーガル法によって対処された。」

ここでは投機という言葉は使われてなくて「商業」と「投資」になっていますが、僕の言葉で言えば、銀行が投機的儲けに手を出すことを抑圧したのがこの法律だったのです。
宇沢先生は、「グラスとスティーガルは『いまやアメリカ国家は悪徳な儲けと戦争しているのだ』と語ってこの法律を作ったんだね」と繰り返し強調されていました。

ところがこの法律が1999年に解除されてしまったのです。誰が解除したのか。ヒラリーの夫のビル・クリントン大統領でした。
1929年恐慌の原因となった投機的な活動をさせないための法律が解除されてしまったのだから、当然、アメリカは大恐慌以前の時代に戻ってしまったのです。
それで実際に2000年代に入ってリーマンショックが起こりました。返す当てなどない人々にお金を貸し付けて住宅を買わせるなどしたのちに起こったもので、当然と言えば当然にも起こった恐慌でした。
しかも恐慌で社会が混乱した隙に、強欲でそもそも恐慌の責任者だったウォール街のブローカーたちがさらに焼け太っていきました。

オバマ前大統領はもともとこうした社会状況を「チェンジ」しようといって登場してきたのでした。
しかしその彼の選挙資金を大量に出したのも、ウォール街のブローカーでした。だからアメリカは投機など、あこぎな商売がますます横行してどんどんひどい状態を深め続けました。
リベラルな顔をしたオバマ大統領のもとで貧富の格差は拡大の一途を辿ったのでした。

これがトランプの「勝利」というよりも、オバマを継承したヒラリー・クリントンが敗北した大きな背景です。この点をしっかりとおさえておきましょう。

続く