守田です。(20151110 17:00)

明日に向けて(1173)(1174)で、シリア難民問題を扱いました。それに続いてシリアの内戦、IS(イスラム国、以下はISのみの表記とします)との各国の戦争について論じようと思っていましたが、この間にも新たな事態が発生しました。
10月31日未明にエジプト東部シナイ半島最南端のシャルムエルシェイクを離陸し、ロシア西部サンクトペテルブルクへ向かっていたロシアの旅客機が、離陸から22分後に高度約9450メートルで交信が途絶え、同半島北部の山岳地帯に墜落しました。

乗客乗員は全員死亡。ほとんどがロシア人でした。すぐにISが「我々が墜落させた」と声明を出しましたが、当初、エジプトとロシア当局がこれを否定しました。

ところがその後の分析の中で、旅客機は内部からの爆発によって墜落したこと、しかも4回もの爆破があったことが判明し、何者かが持ち込んだ爆弾によって爆破され墜落した可能性が濃厚となりました。
こうなると当初から「われわれが墜落させた」と語っているISの攻撃である可能性が高いと言え、そうなると10月にロシアが開始したISへの攻撃、とくにカスピ海からの巡行ミサイルの撃ちこみなどの攻撃への報復であったと考えられます。
世界はますます暴力化している。多くの人々がどんどん戦火に巻き込まれ、命を落としているのです。これは本当に重大で深刻な事態です。

この間、起きていることを時系列に沿ってみて行きましょう。
シリアの内戦が激化し始めたのは2011年のこと。アサド政権は反体制派の展開地域に無差別爆撃を加えました。現在のシリア難民問題のもっとも大きな引き金は、自国民を無差別に殺害しているアサド政権に大きな責任があります。
一方でこうした事態の中で、イラクとシリアをまたがる地帯に新たな武装集団としてISが台頭。一気に展開力をアップしてきました。ISはネットなどを通じ、世界中の若者をリクルート、どんどん勢いを増してきました。
ISを登場させた責任はもっぱらアメリカ・イギリスによる何らの正義性のないイラク侵略戦争の遂行にあります。このことでイラク社会は根底から崩れてしまい戦乱の泥沼に落ち込んでしまいました。その中で登場したのがISでした。

そのISは、シリアではアサド政権と敵対関係にあるものの、主要目的をアサド政権打倒においているわけではなく、同政権とはそれほど交戦せずにイラク・シリアにまたがって支配地域を広めてきました。
ISの伸長に対してアメリカが2014年8月に全面介入を始め、ISを対象とした激しい空爆を開始しました。空爆はイラク、シリア両国にまたがって行われましたが、ISは拠点を変えながら展開を続け、空爆は住民の被害の方を拡大するばかりでした。
アメリカによる攻撃の全面化はISの暴力性を際立たせただけで何らの実効的な効力を持たないばかりでなく、ますます混乱が拡大されていきました。

これに対してアメリカは、シリアにおける反アサド勢力や、シリアからトルコ、イラク、イランにまたがって居住しているクルド人の武装勢力と軍事的連携を強めました。
アメリカはシリアにおいてアサド政権打倒の武装闘争を行っている人々は「イスラム過激派」ではなく「反体制派」と呼称して支援し、他方でISとぶつかっているクルド人の武装勢力も「過激派」とは呼ばずに支援を強めました。
アメリカによる空爆だけでなく、シリアの反アサド派、クルド人勢力へのテコ入れが周辺国を大きく刺激し、事態はさらに混乱の中への進みだしました。

今年の夏になって大きく態度を変えたのがシリアの隣国のトルコでした。トルコはそれまでシリアやイラクの事態への積極的な介入をためらってきました。トルコはもともとアサド政権に批判的でしたがISに対する軍事衝突は避けようとしてきました。
むしろISに参加しようと世界中から集まってきた人々は、トルコを通過してシリアからISの支配地域へ向かったとも言われ、「トルコ政府はISに甘い」などという批判も受けていました。
トルコ政府としてはよりアサド政権への批判的観点の方が強かったこと、またISと正面衝突した場合、シリアとの国境線が900キロもあり、ISメンバーの同国への越境を防ぎきれないために、爆弾攻撃を避けたい思惑もあったのでしょう。

ところが事態を大きく変えたのが、長年、トルコ政府と軍事衝突を繰り返してきたクルド人武装勢力にアメリカが大きく加担し、ISと戦うクルド人に脚光を浴びせ始めたことでした。
トルコ政府とクルド人武装勢力との関係は、長年の激しい戦闘を経ながらも、近年になって和平プロセスが強まっていました。トルコ国内ではクルド人よりの政党がようやく合法化され、積年の対立の平和的解消の展望も見えつつありました。
しかしこのバランスが大きく崩れてしまい、トルコ軍とクルド人武装勢力との衝突が再び始まってしまいました。こうした事態の中でトルコが対ISの参戦に踏み切りました。

こうしてトルコ空軍が、アメリカを中心とする「有志連合」に加わり、8月29日に初めて大規模な対IS空爆を行いました。
その後もトルコ軍は攻撃を繰り返してきましたが、実はこの作戦は対ISと対クルド人武装勢力の「二正面作戦」とうたわれつつ、よりクルド人勢力への攻撃性の強いものでした。
こうしたトルコの軍事介入を前にやはり大きく態度を変えたのがロシアでした。

なぜロシアが動き出したのか。トルコはもともとアサド政権に批判的です。またアメリカは反アサド政権派のシリアの武装闘争派への援助を強めてきました。
これに対してロシアは長年シリアと軍事協力関係を保ってきました。シリアにとっては中東最大の武装国家、イスラエルに対する防波堤としてロシアの軍事力を利用するためでした。
ロシアにとってはこの緊張関係の中でシリアの地中海側沿岸に海軍基地を保持してきたことに大きな位置がありました。ロシアにとっては唯一の南方の自由に大洋に出ていける海軍の軍事拠点だからです。アサド政権が倒れたらこれを失ってしまう。

ロシア軍は9月末からISに対する空爆を開始しましたが、その実、アメリカが支援する反アサド派に対する攻撃をより強め、アメリカなどの反発を呼び起こしました。
これに対して10月7日に、カスピ海に展開している4隻の最新鋭艦から巡航ミサイル26発を発射しました。それぞれ8発ずつの巡航ミサイルを搭載した艦船からの全面攻撃でしたが、同時にロシア海軍による巡航ミサイルの初の実戦使用でした。
ロシアはこのことで、アフガン戦争からの撤退以来、自国や旧ソ連圏内では相変わらず暴力を振るってきたものの、なんとかその内側にとどまっていた軍事力行使の殻を破り、再び世界に狂暴な勢力として踊り出してしまいました。

このようにIS攻撃はトルコやロシアの軍事介入の「大義名分」に使われた感がありますが、それでもISの側からすれば、アメリカ軍に加えて、トルコ軍機やロシア軍機、さらには巡航ミサイルの攻撃まで受けるにいたったことになります。
ISは世界の支持組織に「十字軍」や「無神論者」への反撃を呼びかけるようになりました。
その影響は東南アジアにも拡大し、10月3日にバングラディッシュで邦人がIS関連を名乗る組織によって殺害されてしまいました。

さらに10月10日にトルコでより深刻な事件が起こりました。トルコ軍とクルド人武装勢力の衝突の激化に対し、トルコ政府による攻撃を批判し両者の和解の促進を求めた首都アンカラでの平和集会が爆弾で襲われ、100名を越す死者が出たのでした。
不可解なことはこの事件に対してはどこからも声明が出ていないことです。誰があれだけの殺人をやってのけたのか判明していないのですが、事件直後からトルコ政府は「ISの犯行」と断定し、クルド人勢力の関与もにおわせました。
しかしISは多くの場合、攻撃を行なった直後に「戦果を誇る」ための声明を出しています。また集会には前回の選挙で大きく躍進したクルド人支持政党も参加しており、クルド人勢力がここを襲うことはまったく考えられません。

このためクルド人支持政党だけでなく、トルコの軍事行動を批判し、憂いている多くのトルコの人々が、この爆弾事件はトルコ政府が行ったのではないかと言う懸念の声、批判の声を上げています。
これを裏付ける証拠は・・・警備があまりに薄かったということ以外は・・・出ていませんが、反対に政府が一方的に発表しているIS説も明確な根拠があるとは言えません。
ただ誰が行ったにせよ言えることは、このトルコの歴史の中でも最悪の爆弾攻撃となった事態によってトルコ社会の中に疑心暗鬼がはびこり、社会の流動化が急速に進みだしていることです。

一方で冒頭にも述べたように10月31日にはロシアの旅客機が爆発によって墜落しました。先にも見たようにISがすぐに声明を出しています。
当初は爆弾事件であることを否定していたエジプト、ロシア当局も、だんだんに爆破によって墜落させられたことを認めざるを得なくなってきています。
ロシア政府は事件のあった空域のロシア旅客機の飛行禁止を声明。各国の航空会社もこの空域を避けることを表明しています。観光立国であるエジプトにとっても大打撃でしょう。

世界がますます暴力化している。しかもさらに深いドロ沼の中に入りつつある。
こんな状況になってくると、当事者間では誰が誰と闘い、誰がどの攻撃を仕掛けてきているのかが分からなくなってくる。そうなると兵士はすぐに銃の引き金を弾きます。誰もが敵に見えるからです。
どの国も事態を打開する決定打を持っていない。むしろ自国の権益を守るために首を突っ込み、かえって抜き差しならない事態に入りつつある。戦争という化け物が各国を飲み込みつつあるように見えます。

平和の声を高めなくてはいけない!もはや戦闘でこの事態を解決するのは無理です。
とくに空爆は、戦闘員と民間人を分けずに攻撃するものであり、明確な戦争犯罪です。1000キロ以上も離れたところから撃ちこまれる巡行ミサイルの使用など最も非人道的な攻撃です。
戦争犯罪を止めさせなくてはならない。戦乱に巻き込まれて毎日にように死んでいる人々をこそ救わなくてはいけない。

誰の子どもも殺させない!今こそ世界に向けてこの声を発していきましょう!

連載終わり