明日に向けて(1690)いまこそ被曝の危険性を捉え返そう!(6月1日に高槻市でお話します)

守田です(20190516 23:30)

6月1日(土)に高槻市でお話します。高槻市民放射能測定所6周年の集いにおいてです。午後2時から高槻市上牧の本澄寺本堂にてです。測定室を抱えてくれているお寺さんです! タイトルは「フクイチ8年の今、脱原発の課題」ですが「いま一番話したいことを話してください」と言ってくださったので福島原発事故から8年を踏まえ、かつ脱原発を進める上での最も重要な課題である被曝防護についてお話しようと思います。 今回はお話することの要点を述べたいと思います。

● 原発ゼロへの道をさらに進むために被曝と立ち向かおう!

福島の事故からの8年間でこの国の中では脱原発運動がとても大きく進みました。事故前に54基あった商業用原発は現在33基にまで激減。すでに21基を廃炉に追い込んでいます。(福島原発事故前から数えると24基) これとは別にもんじゅの廃炉も決まり「核燃料リサイクル」の道も完全に閉ざされました。原発産業の生き残りをかけてきた原発輸出政策も全部破産。私たちは確実に「原発ゼロ」への道を歩んでいます。 ただしまだ9基の原発が動いていて大事故の可能性があるし、他にも再稼働が狙われてもいるので楽観していいわけではありませんが、私たちは自分たちの力を信じつつ、さらに加速度をつけて歩んでいきましょう。

そのために必要なのは僕は放射線防護の観点をもう一度きちんと広げていくこと。放射線被曝をめぐる数々の嘘をきちんと解き明かし、反論し、打ち破っていくことだと思っています。 二つの理由があります。一つには原発だけでなく核兵器廃絶の道をもっと進む必要があること。他方で今後廃炉作業と向き合い、使用済み核燃料をはじめとした膨大な放射性廃棄物と向かい合っていかなければならないからです。 その点で被曝との対峙はまだまだ続きます。いま生きている私たちの世代が誰もいなくなってもずっと続きます。申し訳ないことながら人類は長きにわたって放射性廃棄物と向き合っていかなくてはならない。

その際、安全管理のために最も大事なのは、放射線被曝の危険性をきちんと把握することです。それは未来世代への責任をかけた行いでもあります。 しかしいま「被曝はどれぐらい危険なのか」という点について、社会的にはものすごく大きな開きがあり、脱原発を唱える民衆の間ですら違いがあります。 なぜそうなのかの考察を6月1日は話しの中心にすえたいと思います。被曝影響から目をそらさせるために作られた文科省発行の『放射線副読本』なども見すえてです。


「原子力発電所の現状」20190315 経産省資源エネルギー庁HPより これだと稼働なのうなのは36基になるが未完成ないし未稼働の大間・東通・島根3号が入っているため。

● 被曝影響を捉える上で一番大事なのは原爆被害から考えることだ!

ここでポイントとなることを書いておきます。被曝影響について社会的見解が大きく分かれているのはなぜか。答えは核エネルギーの使用が原爆から始まっていること、放射線と人体の影響の考察もそこから始まっていることの中にあります。 民間人の大量虐殺という明らかなる戦争犯罪の中で「放射線と人体」の影響の研究は進んできました。原爆を落とした加害者であるアメリカが被害者である被爆者を調べたことがデータの基礎になっています。 このことの中にたくさんの大事な点が含まれています。本来こんな調査はあってはならないものだったからです。加害者が戦争犯罪のもとの加害事実を誠実に記すことなどあり得えない。むしろ調査は加害行為の隠ぺいを目的にしていたのでした。

テクニックは割とシンプルです。爆心地にいた人々が大量の放射線で急性障害を起こして亡くなったことは否定できないので、この被曝は認め、それ以外の被曝被害をほとんど認めないことでした。 より詳しく言うと原爆が破裂した時に中性子線とガンマー線が激しく飛び出しましたが、これらが1分以内に地表に到達したものを「初期放射線」と呼び、これに多くの人々が「外部被曝」させられたことは認めたのです。 しかしアメリカはこの放射線の影響を「半径2キロ圏までだった」と言い張りました。2キロ以遠の人々を調査せず、被害事実を無視して記録しなかったことによってでした。

実はこれが「被曝量100ミリシーベルト以下では放射線障害は確認されない」という説の根拠にもなっています。初期放射線の量は爆心地からの距離に反比例して少なくなりますが2キロ弱、正確には1.9キロで100ミリシーベルトが記録されていたからです。 アメリカはこれ以外に「残留放射線」の影響も認めています。中性子があたった土などが放射性物質に変わり、放射線を出すようになったからです。これからも外部被曝がもたらされました。 これ以外に原爆によって生じた死の灰=放射性物質が降下した影響が甚大だったわけですが、アメリカはその影響をまったく認めませんでした。半径2キロ以内の外部被曝を認める代わりに内部被曝による被害を一切無視したのです。


「放射線の影響について」と題されて厚生省のHPに載せられている図。被曝を外部被曝に限定し距離で大きさを捉えている。ただし多くの問題をはらんでいたため一部の文言がその後に削除された。

なおこの図に関しては以上の記事により詳しく説明を書いています。ご参照ください。
明日に向けて(1322)内部被ばくを無視したICRPと政府は被ばく被害を過小評価している(東京シンポ発言より)下
https://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/65ec8887a9895adaed4ce7db060b4869

● 核戦略のために被害を隠したアメリカから真の意味での独立を勝ち取ろう!

アメリカはなぜ内部被曝を無視することで、被曝影響を小さく見積もったのでしょうか。先にも述べたように加害事実をできるだけ小さく見せるためでしたがより大きな目的がありました。 アメリカ国民を含む全世界の人々に被曝を強要し、核戦略を受け入れさせるためだったのです。核戦争を進めるためはたくさんの死の灰を降らせる核実験が必要だったからです。 さらにアメリカは核戦争にアメリカ国民を動員するためにも被曝被害を隠し、核攻撃を受けたら「ダック&カバー」=丸くなって頭を引っ込め手でカバーすることで防げると指導しました。被害を隠すことで核戦争への国民協力を作りだしていたのです。

私たちが捉えなければならないのは第二次世界大戦以降、アメリカが嘘を重ねて全世界の民衆を騙し続けてきたことです。もちろん旧ソ連も同じでした。核を使うことに対し実は東西対立はなかったのです。 私たちはこの大いなる騙しから脱却しなければなりません。そのために今一度、原爆被害に立ち戻り、内部被曝による何十年にもわたる命への圧迫、世代を越えた苦しみの強要のすべてを解き明かし、世界に告発しなければなりません。 これは戦後にアメリカに占領され、いまなお一部で占領を続けられている日本の民が、本当の意味での独立と自立をかけてすすめるべきことがらです。

核をめぐる問題の根っこにあるのはこのことです!私たちは核の戦後を捉え返さないといけない。 全土を爆撃され、沖縄に地上戦をしかけられ、二つの原爆を落とされたアメリカに、常に追随し続け、そうして朝鮮戦争でしこたま儲けて復興し、ベトナム戦争でしこたま儲けて高度経済成長を実現してきた情けない歴史を越えないといけない。 そのためにもアメリカが作りだし、日本政府が長年にわたって担ってきた放射能をめぐるウソをひっくり返す必要があります。6月1日にお話したいポイントはここにあります。


「カメのようにうずくまり頭を抱えれば核攻撃を凌げる」とアメリカ国民をも騙した・・・。Source: Federal Civil Defense Administration [1951] 2005.

続く