明日に向けて(1680)人を信じる。だから目の前の石をどけない!(にしむらしずえさんインタビュー-1)

守田です(20190416 08:00)

統一地方選後半戦が始まりました。僕は関西無所属ネットワークに参加する方たちを応援しています。今回はその一人、近江八幡市議選に立候補している、にしむらしずえさんをインタビューしました。 選対の中心で頑張っている畑佐よしみさん(記事では畑佐と略)、デザイン担当の畑佐実さん、カンパのためのポットラックを担っている小野ゆみこさんにも同席していただきました。


にしむらさんのポスター

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● 子どもや人の持っている力を信じる

守田
まずはなぜ起ちあがったのですか?

にしむら
私の中では今までやってきたことの延長線上で特別なことではないのです。それまでは市民、お母さんの立場で、社会や政治を変えようと頑張ってきました。

守田
どんなことを?

にしむら
教育や原発、基地、戦争、子育て、そして選挙のこと、つまり自分が「暮らす」なかで何か問題に感じたら変えることを始めたのです。それを「ジブンゴトを客体化して社会化する」と言っています。

守田
それ以前から「ひとつぶてんとう園(ひとてん)」を運営されてきたのですよね?どうつながっているのでしょう?

にしむら
「ひとてん」は6年前に始めました。息子の深刻な食物アレルギーがきっかけです。2歳の時でした。それまで子どもに特別に強い思い入れがあったわけではなかったのですが、3歳になると幼稚園に行かせることになります。 息子はそれまでグルテンによるアナフィラキシーショックで3度も死にかけたんですよ。そんな中で幼稚園に行くと「あの子が自分の知らないところで死んで帰って来ることがあるのでは」と思えて、言葉にならない恐怖にさいなまれたのです。
この恐怖を除くために同じ気持ちのお母さんと二人で始めたのが「ひとつぶてんとう園」でした。よく分からないまま「マイノリティ」を対象とするカタチで始めました。色々たくさんありましたがその中のひとつに山登りがありました。
ところが山に登ると子どもたちは感覚的に何が危なくて何が大丈夫かけっこう分かって動いている。それなのに大人はすぐに「ああ、危ない」とか、自分の物差しで決めつけて口を出してしまうのですね。 私も勝手に決めつけてしまっていました。それで「息子が死んでしまうかもしれない」と決めつけないで息子の生き抜く力と感覚を信じることが大事だと気づいたのです。

守田
「いま、大丈夫だ」と思うのではなくて「力をつけていける」ことを信頼するということですね?

にしむら
そうです。「幼稚園に入れると危ない」ではなく「ちゃんと判断できる力を一緒につけて幼稚園に送りだす」と考えたのです。 幼稚園の先生ともコミュニケーションをとり、「私がなんとかしなくちゃ」ではなくて、一緒にやっていける力をつけようと。これって山に行って分かったことなんです。

守田
政治的自覚もそうですね。人々が「政治家に任せていないで自分で政治をやっていける」と思うことが大切なのですよね。

畑佐
そうやね。子どもを預けてしまうとそこでの成長と自分の成長と切り離されてしまうけれど、一緒になって成長していく、その場が「ひとてん」なんやね。

守田
そこをもっと聞きたいのですが、「ひとてん」は子どもをどう育てるかだけではなく親の側が変わることを目指しているのだそうですね。どう変わっていくのかな。

にしむら
まず私自身が山で子どもに何かを与えるのが大人の役割ではないことに気づけたんです。成長させるために「これを教えなきゃ」ではなくて、もともと子どもの中に伸びあがっていく力があることが確認できました。そこで親にも来てもらうことにしました。

守田
素晴らしい!僕の恩師の宇沢弘文先生も「子どもには自ら成長する力があってそれを助けるのが教育だ」と強調されていました。でもそれで親に一緒に来てもらうのはなかなか大変でしょう?

にしむら
神経をつかうひとつは親とのコミュニケ―ションなんです。「自然の中で遊べば良い子になる」と単純に考えていたりして「自分たちの物差しをとることが大事だ」と分かる人はほとんどいない。そんな中で、例えるなら大人は子どもの前に大きな石があると「危ないよ。石があるよ」と先に言ったりどけてしまったりするわけです。私は「子どもは石なんて蹴とばしますよ。自分で乗り越えて行きますよ」というのだけれどたいがいは意味が分からない。そのため山に行く意味を体感してもらうまで時間がかかる。

守田
逆にそこで変わっていく方もいるわけですね。

にしむら
玉ねぎの皮が一枚ずつめくれていくように変わっていくお母さんたちがいて・・・。例えば今から出かけるというときに限って子どもが絵を描き始めたりする。「時間がない」「早くして」というのが普通だけれどそこをグッとこらえて待つのです。

守田
確かに日本は世界の中でも飛びぬけて時間感覚がリジットな国ですよね。世界のどこに行っても初めは「なんでこんなに時間にルーズなんだ」と思わされる。でも途中で「あれ?こっちの方がおかしいのかな」と思えてくる。

にしむら
そうなんですよ。時間を守るかどうかよりも、そのときやっている内容の方が大切なのに、なんか時間に縛られ過ぎている。そんな自分を違うところから見はじめたとき皮がめくれていくんです。


ひとつぶてんとう園のみなさん(ひとてんFacebookアイコンより)

● 「お母さん」が「お母ちゃん」になる?

守田
皮がめくれてどうなるんですか?

にしむら
あるところでひとてんの活動について語って欲しいと頼まれたのですが、「お母さんがお母ちゃんになっていくのがひとてんの活動だ」と話しました。玉ねぎの皮がめくれて最後の一枚がめくれると「お母ちゃん」になるんです。

守田
うーむ。このインタビュー、ずいぶん大切な所に来ました。にしむらさんは言葉遣いがとても面白いのですよ。独創的です。でもこれじゃあ伝わらないかもしれない(笑)

畑佐
そうそう。通訳がいる(笑)

にしむら
そうなんですよ。私、思いを共通言語にして語ることがうまくないんです。

守田
この「お母さん」が「お母ちゃん」になるということ。ここににしむらさんは特別な意味を込めいるわけですよね。「お母さん」と「お母ちゃん」はどう違うんでしょう?

にしむら
うーん。なんて説明しよう。うーん。

守田
たぶんね、お母さんというのは「役割」なのですよね。

にしむら・畑佐
あ、そうそうそう。

守田
みんな最初に悩むのは「お母さんにならねばならない」「お母さんはこうあるべき」ということだと思うのです。そうではなくて「この子がいて私なんだ」となる。

にしむら
「その子」が見えるようになる。

守田
ということですよね。(拍手と笑い)

にしむら
ああ、すっきりした(笑)

守田
アメリカ社会学の中の役割理論というものがあるのですが人はその「役割」に縛られもします。「良いお母さんでなければならない」とか。あるべき「お母さん」像ができて誰がリアルにやりきれているわけでもないのにそこからのマイナスで自分を見てしまう。そうではなくお母さんというのはその時々のリアルな目の前の子どもとの具体的な関係なのですよね。「お母さん像」になんて縛られなくていい。

畑佐
でもみんなそこに自分をあてはめますよね。

守田
そうなんです・・・。でもまあとりあえずこれでいいですよね?

にしむら
はい。それです!ああよかった(笑)

守田
あ、まだインタビュー、終わってないですよ(笑)


出発式でのにしむらさん バックミラーに写ったものは守田撮影

● ひとてんから政治につながっていく

守田
その「ひとてん」からどう政治につながっていったのかを教えてください。

にしむら
もともとひとてんは子どもたちの食の問題から出発点しました。その上で「子育と暮らしはつながっている」と考えると農薬のことが気になりだすし放射能汚染も心配になる。 そうすると原発につながり、さらに自分の周りのことがぜんぶ政治につながっていることが体感できたのです。

守田
それが前回の滋賀県知事選のころだったのですか?

にしむら
そうですね。知事選の間にいろいろ考えたのです。それで候補にメールで質問したら丁寧な答えが返ってきました。それも踏まえて投票したらその候補が当選しました。なんか大きな成功体験でした。
知事や政治との距離が近くなり、それまでは自分と切り離してきたことがつながった。「あ、お母さんでも反応してもらえるんだ」と思った。「お母さん」の立場で世の中を変え子どもたちを守っていけると思いました。

守田
うーむ。あのね、この場合読者はこの「お母さん」は「お母ちゃん」じゃない「お母さん」なの?どっち?と悩むと思うんですよ。

にしむら
わははははは。 その場合は種類が違います。

畑佐
あかん、通訳せんと(笑)

守田
脈絡的に言うとこの場合は「お母ちゃん」なんじゃないの?

にしむら
私的には違うんです。ひとてんで言えば「お母ちゃん」になって集っているのではなくて「お母さん」も「お母ちゃん」もいる。みんなが「お母ちゃん」ではないんです。
それがひとてんでその人たちが関わっていける。ひとてんにはお父さんも来ているし、子どもがいない人もいるし。

守田
それなら「私たち」でも良いのかも・・・。とりあえず前に進めましょう(笑) その「私たち」でも関わっていけるんだと。それが分かってどんな関わりを強めたのですか?

にしむら
選挙の手伝いをしてチラシをまくとかプラカードを持つとか。

畑佐
どこかの候補の応援の前に「選挙に行こう」という運動をみんなでしました。

にしむら
どういう風にしたら人によりよく伝わるかとかみんなで頭をひねりました。そのうちに議員の応援にも行くようになって。

守田
つまり初めはすでにいる議員に期待したわけですね。

にしむら
そうです。期待したのです。遠かった「議員さん」が近くなったし。

守田
それでどうでしたか?

にしむら
議員さんと「くらしとせいじカフェ」をしたりしました。勉強会に来てもらったり、選挙の応援をしたり。そのころは戦争法を食い止めようと野党共闘が進んでいたので滋賀でもやりました。
でも国政選挙で野党統一候補を推すということで、私たちが心の中では納得してない人のために動かなくてはならなくなったのです。

畑佐
しかも結局、このとき候補だった方は私たちにちゃんと顔を向けてくれなかったんですよ。選挙後挨拶にすらこなかった。選挙の前はあれだけちやほやもされていた私たちは何もなかったかのように捨てられてしまった。

にしむら そこに市民がかけた時間や努力がどれだけ大きくて、そんなのとてもひどいことだということが、その方には見えてないことが分かって「これは自分たちで決めて行った投票ではなかった」と感じました。
それでキャラバンを始めたのです。民主党(旧)と共産党の国政候補予定者をあちこち連れていきました。新たに野党共闘を進めるための前段階として一年かけて。小さな「くらしとせいじカフェ」を幾つも作りました。

仲間たちに囲まれながらの街宣の途中に

続く