明日に向けて(1679)大豆と油から資本主義的食料システムついて考える(平賀緑さんの新著を読んで)

守田です(20190414 23:00)

「大豆」という言葉を聞いてみなさんは何を思い浮かべますか? 納豆、醤油、味噌・・・など私たちが慣れ親しんでいる発酵食品を思い出す方が多いのではないでしょうか。 そしてこれこそ現代の「食の偏り」の中で心身を守り育む源だと思われる方も多いと思います。

しかしさにあらず!実は「大豆」を扱ってきた歴史の中にこそ、現代の「食の偏り」にすら通じる資本主義システムによる「食」の包摂の大きな階梯があったのです。 このことをものの見事に解き明かしてくれたのが、今回、とりあげた『植物油の政治経済学 大豆と油から考える資本主義的食料システム』(平賀緑さん著)です。

昭和堂から発行されています。
http://www.showado-kyoto.jp/book/b432689.html


写真1 昭和堂図書紹介より

● フードレジーム論と大豆と満州

平賀さんがこの中で資本主義システムの歴史分析を行う重要な方法論として挙げているものに「フードレジーム論」があります。「農業と食料を世界経済における資本蓄積体制の形成・発展・変容の核心部に位置付けた」ものです。 ポイントは、大豆は近代においては食べものとしてより肥料や油として重用されてきたことでした。

ウエイトは肥料の方にありました。油分を搾り取った「大豆粕」が画期的な肥料として注目されたのです。そのために植物の成長を阻害する2割ほどの油分を搾りとらないといけなかった。 このため大豆を生産し油の搾り取りを始めたのが地が満洲なのでした。もともとここは清朝を形成した満洲族の聖地だったため、開発が抑制され樹海が広がっていました。清朝末期に移民が広がり大豆生産や搾油がなされだしました。

この大豆の位置に着目したのが日本政府でした。日本は日清・日露戦争を経て、満洲支配を拡大しましたが、その大きな動機が大豆産業を手中に収めることでした。 平賀さんはこれまでの研究の成果をまとめつつ、満洲支配が日本政府と財閥が協力し総合商社のもとに行われていったこと。日本資本主義の総合的発展の一角に満洲における大豆権益があったことを指摘しています。


写真2 神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 朝鮮・台湾・満州(11-047) 大阪朝日新聞 1929.6.29 (昭和4)

● 大豆と油と戦争

平賀さんはこうした先行研究の成果を踏まえ、より深く大豆生産の政治経済的仕組みを分析していきます。一つのポイントは大豆粕生産を大規模に扱うことが工場の発達を促したことでした。大豆は簡単に搾油できないがゆえに工場が必要だったのです。 さらに大豆の輸送が鉄道や海運によって担われるようになり、物資の集約の容易な海沿いに大規模工場が建てられました。満洲ばかりでなく日本国内にも広がり、これらの総体を仕切る形で総合商社が発達しました。

搾油が進むと大豆粕にとどまらず、油もまた積極的に活用されるようになりました。石油精製品が十分に行きわたるまでは、機械の潤滑油などとしても需要が伸びましたが、主な取引先は欧州でした。 油はさらにうち続く戦争の中で重要な軍需製品の位置を占めていきました。油からグリセリンが得られたため爆薬製造の重要な一角を占めるようになったからです。航空機のプロペラの軸受けの潤滑油などにも使われ、やがて国家統制の対象ともなりました。

この体制は日本の敗戦によって大きく変容しました。日本が満洲を失い一切の資産を失ったためです。しかし国内の搾油工場群は、疎開させられたものもあって多くが生き残りました。 生産力は十分に残っているのに大豆原料の供給地の満洲を失ってしまった。代替地が求められた時に登場したのがアメリカでした。この頃までにアメリカが大豆の一大生産地となっていたからです。


写真3 鈴木商店大連工場の撒粕式大豆油抽出装置(蒸留缶・大正期) 鈴木商店記念館HPより

● アメリカの国策に沿いながら油の生産・消費を拡大

第二次大戦に参加した主要国の中で、唯一、戦火を免れたアメリカは、あらゆる面で大きく生産力をあげました。大豆、小麦の生産も発達し、国策として世界への売りつけが強化されだしましたが、これにタイアップしたのが日本の総合商社でした。 そのためには搾った油の売りつけ先を拡大しなければなりません。そこで油が食用に転換されていくことになったのです。

この過程を表した平賀さんの描写は見事です。油は戦前の日本の食卓ではそれほど使われておらず、戦後に急増したことがもっぱら「食の西洋化」によるものと語られてきました。 事実はそうではなかった。膨大な搾油工場を残しつつ大豆生産地を失った日本と、大豆の一大生産地にのし上がったアメリカの思惑が合致し、日本の食卓が油の消費の場に変えられていったのです。

このために起こされたのが「フライパン運動」でした。フライパンで油を使って炒め物をする、そのことが運動的に奨励され、進められたのです。 さらにインスタントラーメンの開発が油の使用を大きく進めました。大豆から搾られた油だけでなくアメリカの小麦を元とする「メリケン粉」が原料でした。こうしてできた日清の「チキンラーメン」は戦後の油の消費の拡大を象徴する「食品」です。

写真4 キッチンカーを使った「フライパン運動」ネットより

● 食を政治経済的に捉え返すことから未来の可能性を開こう!

以上の分析で平賀さんが明らかにしたことは、「食」の問題はけして「農業」分野にとどまるものではないこと。むしろ「食」がどのように産業的に包摂されていったのかに資本主義の発達史そのものがあることです。 その点で平賀さんのこの書は、大豆と油の分析にとどまらず、従来のあまたの政治経済学的分析、ないし社会学的な分析に大きく欠けていたものを突き出しています。いや新たな可能性を大きく切り開いたと言った方が正しいかもしれません。

さらにまた油や白砂糖の採りすぎや、危険なケミカルの問題など、健康面から食べ物を扱い、命を守ろうとしてきた方々にも平賀さんは新たな視点を提供しています。 安全な食べものを誰もが手にできるようにするためには、食べものの作られ方、とくにその歴史に注目し、政治経済的な変革を志すことが必要だからです。

その点でまずは多くのみなさんに、この書を手に取りじっくりと読み解かれることをお勧めします。その中から何かをつかみ取り、新たな変革の可能性をともに切り開きたいものです。 その手引きとなる画期的な書を私たちの前にもたらしてくれた平賀緑さんの積年の努力に感謝を捧げます。

写真5 著者、平賀緑さん Facebookタイムラインより

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なお同書はA4・258頁 4,800円+税です。ちょいと高め。 購入が難しい方はぜひ図書館に購入請求をされてください。販促にもなります