明日に向けて(1651)書評『核なき未来へ 被爆二世からのメッセージ』森川聖詩著-1

守田です(20190201 23:30)

● 被爆二世の問題に切り込んで

昨年末に、画期的な書が上梓されました。表題に掲げた『核なき未来へ』です。神奈川県在住の森川聖詩さんが書かれました。
どこが画期的なのかというと、被爆二世である森川さんが、ご自身の経験を踏まえ、「被爆二世の問題」を主題として扱っていることです。

被爆二世の問題とは大きく言えば、被爆二世のそれぞれの実存のすべてに関わることでとても広い内容を含むと思います。あるいは何が「被爆二世の問題」なのかで一つの論議が起ちあがるかもしれません。
その点を踏まえた上でご紹介したいのは、この書で森川さんが問うているのは、放射線被曝による遺伝的影響を被爆者や二世、関係者がいかに捉えてきたのかという点です。それはまた差別といかに向き合うのかということにも深くつながる問題です。

森川さんはご自身の体験や近しい二世の友人などの経験から、はっきりと「遺伝的影響はある」という立場に身をおいています。
僕は京都「被爆2世3世の会」に参加していますが、私たちの会も、はっきりと「ある」という立場にあります。とくにこの間、独自に被爆二世の健康調査のためのアンケートを行ってきてその確信を深めてきました。

2015年被爆二世健康実態調査
http://aogiri2-3.jp/chousa/2015jittaichosachukanhoukoku.pdf

森川さんはこの問題について、1960年代末ごろに被爆二世の白血病死が相次いだことなどを契機に、被爆二世に対する医療保障や援護措置を求める社会的機運が高まったことがあったことも指摘されています。
しかし国は全面的に影響を否定し、1978年に突如として「来年度(1979年)から被爆二世健診を実施する」と発表し、目的を以下のように説明しました。
「放射線影響研究所のこれまでの調査研究で、被爆二世に放射線の遺伝的影響は認められていない。しかしながら、健康に不安を感じている被爆二世も存在することから、健診を行うことで遺伝的影響がないことを明らかにして不安を解消すること」と。

● 遺伝的影響に対する国の姿勢

この国の姿勢には以下のような判断があったと、森川さんは指摘します。
「1、被爆二世・三世等被爆者の子孫への影響を認めて、諸々の保障、援護措置をすることになると、多額の予算が必要となる。
2、核放射線の遺伝的影響を認めると、国民の反核意識を再び高揚させることに及ぶおそれがあり、核兵器・原発開発のためには不都合な状況につながりかねない。
3、国は一貫して「遺伝的影響は認められない」との主張を繰り返す。だが実際のところすでに何らかの有意差を示すデータについては把握していると推測される。(具体的な根拠となるデータは一切公表していない)」

国はこうして「遺伝的影響は認められない」と語り続けているのですが、問題はそれが被爆者運動の中にも入り込んでしまったことだと森川さんは指摘されています。
「(この主張を)国が長年押し通してきた歴史のなかで、被爆者の援護や核廃絶を求めて活動する人びとや当の被爆二世たちまでもが、この確固たる科学的な根拠に乏しい恣意的な主張をそのまま信じていないにしても、抗うことへの無言の圧力を感じてきた。そのうち金縛りにあったように、次第にそのことに正面から触れることを避けるようになっていった」。
「遺伝的影響の有無についてはいうに及ばず、1970年代のような被爆二世の健康状態や病状についての具体的なコメントも、今日においては、さらにいっそうタブー視されるようになってきた。それは被爆二世たちから発せられるものであっても、同様である。
大半の被爆二世が、そのことを予め察知し、また自らに降りかかるかもしれない偏見と差別を恐れて、口を閉ざしている。それが、現実なのである」。

● 壁を越えるために自らの経験を赤裸々に叙述

この大きな壁を越えるために森川さんはこの書で、自らの身体の上に起こってきたことを赤裸々に書かれています。
「私の半生から」との小見出しに続く、幾つかの例をご紹介します。

「母からは、私が生まれたときの体重は二七〇〇グラムで、幼少のころは、よく原因不明の発熱で何度も死線をさまよった、と聞いている」。
「(小学生のとき) 夏の思い出といえば、暑さでいつも体調をくずし、お腹をこわして下痢をし、ぐったりして、昼間は何もすることができず、ひたすら横になって休んでいたこと、ただそれだけである」
「その他の季節も、私は物心ついたころから、常に何らしらの体の不調を感じていた。日々感じるたとえようのない体のだるさ、脱力感と疲れやすさが我が身を襲っていた。そのことを、自分の精神力が弱く根気がないからだと自責して、自らを叱咤することも多かったが、自分ではどうにもならなかった。風邪をひくと必ずといってよいほどこじれて、急性気管支炎を併発し、高熱とひどい咳や痰をともなう症状にいつも悩まされた」。

「外で歩いたり、走ったりなどしていて、階段を踏み外したり、距離感の目測を誤り、つまずいて転んでケガをすることが多かった。後から振り返ると、その主な原因は、私が「交代制外斜視」だったことにあるようである」。
「ケガをすると、少々のかすり傷のようなものであっても、傷口がなかなか治らず化膿して、白い膿みがたまり、炎症を起こすことが多く、そのたびに病院にかよっていた」。

● 核と人類が共存できないことを訴えぬく

森川さんは、あくまでもこれらは己の身に起こったことで、どこまでが他の被爆二世に共通するかは分からないと書かれていますが、しかし私たちが行ったアンケートでもこれと似た体験がたくさん綴られています。
この本を読んだある会員の方は「森川さんの話の多くは自分の身にも起こってきたことだ。とくに私も傷口がなかなか治らず化膿してとても辛かったことが何度もあった。そのときのトラウマが蘇ってきて暫く本を読み進められなかった」とも語られました。
私たちは今後、さらに調査を継続し、再度のアンケートでこうした体験について多くの二世三世に問いかけ、世代を越えて起こってきたことをよりはっきりとさせていきたいと思いますが、おそらくたくさんのことが共有されるに違いないと思います。

もちろん森川さんがここで目指されていることは、遺伝的影響をはっきりさせることにとどまるものではありません。だからこそ核と人類が共存できないことをはっきりさせたいとこう述べています。
「私は、被爆二世のひとり、核被害の生き証人として、核の被害は、核兵器であろうと「核発電」(原子力発電)であろうと、世代を超えて苦しみを与え続ける恐ろしいものであり、この地球上から葬り去らなければ人類の生存はあり得ないことを、あらゆる場面、あらゆる分野、あらゆる方法を通じて、命ある限り訴え続けるつもりである」。

みなさま。どうか本書を手に取られてください!

『核なき未来へ――被爆二世からのメッセージ』
http://gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-5849-5.htm

京都「被爆2世3世の会」との交流会で本について話される森川聖詩さん

続く