明日に向けて(1579)「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞」に思う

守田です(20181001 16:00)

超大型の台風24号が駆け抜けていきました。
被災されたみなさまにお見舞い申し上げます。本当にこれでもかと災害が続いていますが、この中でこそ私たちは命を守る知恵を高めていきたいものです。
同時に昨日は沖縄知事選で玉城デニーさんが素晴らしい勝利を遂げられました。本当に嬉しいです。沖縄のみなさん、全国からエールを送られたみなさんの大奮闘に拍手拍手です。

さて僕もこの間、かなり連続で講演を行って来ました。
「災害と原発からの命の守り方」をベースに、戦争や憲法9条の問題も取り上げてきました。南仏ナルボンヌ反核サマーキャンプ参加報告や、恩師、宇沢弘文さんが編み出された「社会的共通資本」の勉強会も行って来ました。
それぞれで新たにスライドを作りました。とくに災害対策については各地域で実際に起こった災害の分析を行いました。そのため大変な労力を費やし、あまり「明日に向けて」の執筆ができませんでした。
配信が滞ってしまい申し訳ありません。でもかなりの内容を積み上げたので、順次、原稿化して発信していきたいと思っています。

● むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞について

10月はそれでたくさんの原稿を書くつもりなのですが、そう思うのは、この月が「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞」の応募期間の最後の一月にあたるからでもあります。
この賞は1948年から秋田県横手市で『たいまつ新聞』を30年間にわたって発行されたむのさんの精神を受け継ぎ、広めようと設定されているものです。以下のように主旨が書かれています。

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2016年に101歳でさいたま市でなくなったむのたけじは、長きにわたりジャーナリズム活動をしてきました。
その活動に流れるものは、太平洋戦争の戦地で非人道的なものを従軍記者として見て、その後帰国して銃後と呼ばれた市民生活も戦争で悲惨なることを知り、このような戦争を地球上にふたたび起こさせてはならぬというものです。
そのために大事なことは一人ひとりが声を上げることだと考えていました。「戦争はやらせないぞ」「俺たち人間は、みんなかけがえのない存在だ。誰ひとり殺させてはならぬ」と。そうした思いを多くの人が心に抱けば強い力になることは間違いありません。

そのことは反戦ばかりではありません。自分たちの生活を向上させようとすることも、子どもたちが今よりよい生活になるように懸念あることを取り除こうとすることもそうです。
まずひとりが、そして少人数の人々が、住んでいる地域で声を上げる行動が現代社会を生きる我々とって重要なことで、そうした精神を広めることこそが大事だと考えます。
ジャーナリズムとは単に出来事を正確に伝えるだけと考えられがちですが、それだけでは十分ではありません。「たいまつ新聞」は地域に根ざし、その地域をよりよい方向に導こうとすることを目指したものだと考えます。
そこで、こうした考えで活動する個人・団体を発掘顕彰し、激励することにしました。
こうした活動は「むのたけじ精神」を広めるものと考えられるので、名を冠して『むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞』(略称「むのたけじ賞」)として創設することにしました。

https://www.facebook.com/%E3%82%80%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%81%91%E3%81%98%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E6%B0%91%E8%A1%86%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E8%B3%9E-2367388106821008/

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「ああいいな、ドキドキするな、これは応募したいな」と思いました。
自信があるわけではありませんし、僕の活動がどれだけ「地域に根ざし」ているかも良く分かりません。それでもこんなに素晴らしい活躍をされたむのさんの名を冠した賞に応募できるだけで嬉しいです。
応募作品は今月末まで対象になるのでため込んでいるものをここで一気に原稿化します。投稿が多くなりますがどうかご容赦ください。

● 声を上げ続けることの意味について

そうは言っても実は僕は自分の活動を「ジャーナリズム」とくくっているわけではありません。というか広河隆一さんや豊田直己さんのようにカメラと筆一本で、時には命をかけて現場を取材し、奮闘している方たちを僕は「ジャーナリスト」と呼んでいます。
そうした人々への敬意もあって自己紹介のときには僕は「フリーライター」と名乗ることが多いです。小さなこだわりです。
「ではおまえは何者なのだ」と問われれば「アクティヴィストです」と答える方がしっくりくるのですが、まあ、そんなことはどうでも良いことでもあります。

だから僕には「ジャーナリズム論」が特段にあるわけではありませんが、しかし一人一人が声を上げ続けることの意義だけはいつもとても強く感じ、実践しています。
そんな中で「むのたけじ」さんに強く共感するのは1945年まで朝日新聞などで働いたことに対し、「戦争報道」へのけじめから新聞社を退社し、一人で「たいまつ」を発信し続けたことです。
むのさんほどの大転換ではありませんが、僕も若い時から長い間社会運動に関わってきました。たくさんのことを学びましたが同時に手痛い失敗もたくさん経てきました。その中からつかんだものを軸に「ものの考え方」を紡ぎ出したいと思い続けています。

昨今の出版事情などを見たときに、センセーショナリズムというのは人々の耳目をひきつけやすいのだなあと感じます。
また強烈でアグレッシブな主張も人々をひきつけやすい面を持っている。賛否両論を巻き起こす様な強い意見はそれだけインパクトを持つ面もあります。
でも僕はみんなでじっくり考える糸口のようなものを紡ぎ続けたいと思うのです。それが民主主義を育てる一番の道ではないかと思うからです。

そんな点に留意しながら同賞に応募するためにも、この一か月、原稿化を頑張ります!
それらがみなさんがさまざまに考察を深めるときの糸口の一つになればと切望しつつ。