明日に向けて(1480)京都・東京地裁が国と東電の賠償責任を相次いで認定!―原発賠償訴訟判決に思う(1)

守田です(20180316 23:00)

昨日15日、本日16日、京都地裁と東京地裁であいついで、福島第一原発事故に伴って避難を決行した人々が国と東電を訴えた裁判において、それぞれの責任を認め、賠償を命じる判決が下されました。
この判決は東日本の広範な地域からの避難の権利を、避難者自らの力でその正当性を立証することで勝ち取った極めて意義の高いものです。
家族の命と私たちの未来を守るために避難を決行し、その後の不自由で困難な生活に耐え、しかもその中で国と東電という巨大な権力者を相手取って裁判を闘い抜いてこられたすべての避難者のみなさんの奮闘に心から拍手を送りたいと思います。

国と東電はこの思い判決を受け止め、ただちに避難者への謝罪と賠償を行うべきです。
福島原発事故からこの判決にいたるまですでに7年以上もの歳月が流れています。これ以上、原告たち、避難者に労苦を強いずに誠意をみせるべきです。

同時に私たちが踏まえておかなければならないのは、裁判所は一部の人々の訴えを退けており、避難の権利を十全に認めたわけではないことです。
このことが「国と東電の責任を認めて欲しい、避難の正当性を認めて欲しい」と訴えてきた避難者全体の心に素直に喜べない影を落としてしまっています。
私たちは今後の奮闘でこの限界を越えていく必要性があります。

さらにもう一点、ぜひとも付け加えておきたいのは、裁判所は「避難の相当性を認める」だけでは足りなかったということです。
そのようにどこか上から目線で「認可」を与えるのではなく、むしろ困難な避難を決行し、その後も被曝の危険性を訴えて裁判を担ってきた原告たちの奮闘をもっと高く評価し、多くの人々がリスペクトすべきものであることを高らかに打ち出すべきでした。

なぜなら福島原発事故で危険な地域から飛び出したこれらの人々こそ「率先避難者」にあたるからです。
災害時に私たちの避難行動を阻むものに「正常性バイアス」というものがあります。現代人は日常生活で命の危機に直面することがほとんどないので、その時の心構えがなく、いざとなると事態を直視できなくなってしまうことを指した言葉です。
このため危機が迫ってきていることを認めず、有効な避難に移れないことが多いのですが、このとき人々を助けるのが「率先避難者」なのです。誰かが率先して避難行動に移ることで他の人々の心理的ロックがはずれ、避難が促進されるからです。

放射線被曝の影響は五感では感受しにくい。敏感な人にはさまざまな形で察知されてもいますが、それこそ津波のように視認できるわけではないので、より「正常性バイアス」がかかりやすい。
そして政府や電力会社、権力者サイドから流される「安全論」がこれに拍車をかけ続けているため、福島原発事故以前には明確に「危険」とされていた地域から、人々が逃げ出さない、逃げだせないことがいまでも横行しています。
これに対して避難者のみなさんがとった行動は、人々に被曝への注意喚起を訴え、あるいは避難すべきことを問うものでもあったのであって、多くの人々の命を守ることに直結する英雄的な行為だったのです。

だから裁判所は、いや裁判所だけでなく私たちの社会は、この行為に対してもっと尊敬を込めた拍手を送り、感謝を表明し、サポートを行うべきなのであって、本来ならば判決にもこの点が書きこまれるべきであったと僕は思います。
またこうした観点を裁判所がきちんと持っていれば、一部の人々の避難の権利を棄却してしまうこともなかったのではないかと悔やまれます。
これらから僕は、自らの行動の正当性を自らの力で証明した避難者のみなさんの大奮闘に拍手を送るとともに、率先避難を敢行し、いまなお避難の正当性を訴え続けることで、被曝への警戒心を喚起し続けている行為により大きな拍手を送りたいと思います。

そもそも避難者が守らんとしたのは直接的にはご本人とご家族の命でしょうが、それはまた私たちの未来そのものでもあります。
考えもみて下さい。私たちの周りに被曝で苦しむ人々が、子どもたちがどんどん増えたら私たちの未来はどんなに暗くなってしまうことでしょう。いや、いま実際にそうしたことが東日本を中心に拡大中なのです!

僕自身、つい最近も群馬県の高崎市を訪れ、三田茂医師の言われる「能力減退症」に苦しむ多くの人々、子どもたちと出会って来ました。それどころかたくさんの方が心筋梗塞や大動脈解離などによって突然死してしまったことも聴いてきました。
こうした事実と向かい合い続けてきている僕であっても、人々が被曝で苦しんでいるさまはとても心にこたえます。悲しいです。もうこんな悲劇を見聞きしなくないです。
だから僕は被曝の危険性をもっと訴え、人々に命を守りぬくことを呼びかけ続けたいと思うのです。

原発賠償訴訟の意義は原告のみなさんの当然の権利の保全とともに、もっと拡張されたものでもあると僕は思います。
この裁判そのものが「率先避難」の延長線上にあるのです。まさにこれは原告だけでなく、多くの人々の命、私たちの未来そのものを守る裁判なのです。

こうした観点を踏まえて、今後、これらの判決の分析を連載したいと思います。
今回は裁判の内容を報じた毎日新聞の記事を貼り付けておきます。
(なお資料価値が高く、さきざき読みかえすことにもあると思うので、有料記事で大変ごめんなさいですが全文を引用させていただきます。どうかご寛恕ください。)

*****

国と東電の賠償責任認める 京都地裁
毎日新聞2018年3月15日 10時26分(最終更新 3月15日 23時49分)
https://mainichi.jp/articles/20180315/k00/00e/040/219000c

国の責任認定は前橋地裁、福島地裁判決に続いて3件目

東京電力福島第1原発事故に伴い、福島、茨城、千葉各県などから京都府に自主避難するなどした57世帯174人が国と東電に計約8億5000万円の損害賠償を求めた訴訟で、京都地裁(浅見宣義裁判長)は15日、国と東電に対し、賠償するよう命じた。

原発避難者の集団訴訟で国の責任を認めたのは、昨年3月の前橋地裁、同10月の福島地裁判決に続いて3件目。
原発避難者の集団訴訟は、全国で約1万2000人が約30件起こしている。判決は前橋地裁を皮切りに、千葉、福島、東京各地裁に続いて5件目(東京地裁は被告が東電のみ)。千葉地裁は国の責任を認めていなかった。

京都訴訟原告の事故当時の居住地は、福島市やいわき市など東電が賠償対象とする福島県内の「自主的避難区域」が143人で、同区域外の福島県や茨城、千葉など他県が29人。他の2人は国の避難指示などが出た福島県内の区域に住んでいた。
いずれも平穏な日常生活を奪われ、二重生活に伴う負担増を強いられたなどと訴え、原則1人550万円の賠償を求めていた。

政府の地震調査研究推進本部は2002年、福島沖で巨大津波地震が起き得るとした「長期評価」を公表している。原告側は国の責任について「津波の危険性を予見できたのに有効な安全対策を怠った」と主張。
一方、国は「長期評価からは地震を予見できず、規制権限の行使義務もなかった」と反論していた。

16日に東京地裁、22日には福島地裁いわき支部でも集団訴訟の判決が予定されている。【飼手勇介】

国の責任、司法判断として定着しつつある 淡路剛久・立教大名誉教授(民法・環境法)の話
判決は、自主避難をせざるをえなかった原告の個別事情を踏まえ、避難の相当性を認めた。被害実態に必ずしも即していない中間指針に基づく賠償を司法的に是正する内容で、重要な判断だ。
一方、東電からの賠償額で十分として請求を棄却された人がかなりおり、裁判所の損害認定額が低かったと感じる。国の責任は前橋、福島両地裁に続き、京都地裁でも認められ、司法判断として定着しつつある。
国は賠償の基準や期間、さらには地域復興についても、政策のあり方を見直す必要があるのではないか。

避難の判断基準、司法がより具体的に示す 除本理史(よけもとまさふみ)・大阪市立大大学院教授(環境政策論)の話
避難が合理的かどうかの判断基準を、司法がより具体的に示した。中間指針で賠償対象となった区域の外でも、司法が独自に賠償を認定する流れが定着してきた点も注目すべきだ。
ただ、放射性物質の汚染による不安が長く続いていることを考えると、避難の時期を12年4月1日までで区切ったのは短すぎる。

***

福島第1原発事故 原発避難者訴訟 自主避難、賠償拡大 家族離別「時戻らず」 京都地裁判決
毎日新聞2018年3月16日 大阪朝刊
https://mainichi.jp/articles/20180316/ddn/041/040/009000c

東京電力福島第1原発事故の避難者集団訴訟で、京都地裁は15日、国と東電の責任を認めて賠償を命じた。原告の事故当時の居住地は、福島県内の「自主的避難区域」(福島市など)が141人、茨城や千葉など同区域外が31人と自主避難者がほとんど。
判決は子供の有無など独自基準を示し、原告の8割超の149人の避難を相当として賠償金の大幅上積み(最大457万円)を認めた。同種訴訟に影響を与えそうだ。

「離ればなれになった時間は取り戻せない」。福島市の吉野裕之さん(52)は判決後の記者会見で言った。事故後、妻(51)と一人娘の長女(10)を京都市山科区に避難させた。別居生活は7年に及ぶ。
福島第1原発までは自宅から約65キロ。事故当時、娘は3歳だった。低線量被ばくが心配で妻子を避難させることを決めたが、自身は仕事のため福島市に残った。現在は福島市内のNPO法人に勤め、放射線測定をしている。娘と会えるのは月1回程度。
「もう一度赤ちゃんに戻ってくれない?」。つい、そんな言葉が口をつく。
一家は賠償を認められたが、40歳を過ぎて授かった愛娘と別れた月日を考えると少なすぎると感じる。「東電や国の責任をもっと明確にすべきだ。ここからが踏ん張りどころ」と先を見据えた。

今回の判決は、国の「中間指針」で賠償の対象外だった福島県外の避難者にも扉を開いた。原発から約70キロ離れた茨城県北茨城市から京都市伏見区に母子避難した川崎安弥子さん(50)も、賠償が認められた一人だ。
健康被害への不安から2012年1月、夫を残して子供3人と京都に移った。ただ、明るかった長男はふさぎ込み、その後1人で茨城に戻った。自分の決断が正しかったのかずっと揺れていたという。
「避難を認める判決を書いてもらえたよと、あの時の自分に言ってあげたい」と声を詰まらせた。【野口由紀、宮川佐知子】