2013.08.25

明日に向けて(731)小水力発電の可能性・・・水を使った地域の再生 その1

守田です。(20130825 07:30)

昨日より岐阜県郡上市の最奥の集落、石徹白(いとしろ)に来ています。小水力発電の視察の旅です。実に面白く充実した旅です。
みなさんは小水力発電と聞いて、何を想像されるでしょうか。まず浮かんでくるのは水車ではないでしょうか。
確かに典型的な水車タイプのものもたくさんありますが、他方で新しいタイプのものもいろいろと開発されてきています。要するに水の流れで、モーターを回して発電できればいいわけです。
このため、設置場所の条件に応じて、いろいろなタイプのものを使うことができます。反対に言えば、何をどう使うかの幅が大きい。創造性の発揮の余地がたくさんあるのです。

しかし小水力の魅力はもっと大きなところにあります。何よりも大事なのはそれが地域の再生につながっていくこと。地域の新たな拠り所になることです。
日本は世界の中でも稀有の降雨地帯です。石徹白などは雨だけでなく冬には豪雪が降ります。雪渓ができてそこからも水が供給され続けます。雪渓は天然のダムです。
しかも日本は国土の大半が急峻な山岳地帯です。石徹白も標高が700メートルもある地点にありますが、水は高いところからたくさんの滝を作りつつ、海まで流れてくる。
この高低差の生む位置エネルギーが「水力」になるわけですが、それを一番仕掛けやすいのは、山から水が里に降りてきたところ、つまり山里なのです。

ご存知のように、私たちの国の高度経済成長では、この山里が見捨てられ続けました。伝統産業である林業が、エネルギー革命や海外からの安い木材の輸入の中で見捨てられてきました。
加えて、日本に合わない大規模耕作を目指した農業政策の誤りが、農村でもある山里をさらに疲弊させてきました。また工業重視の政策により、山里から都会への人口の大移動が続きました。
しかし山里の存在は、高度経済成長にとって足手まといだったのでしょうか。断じて否!それどころか日本の高度経済成長もまた、山里から流れてくる豊富な水があってこそ実現されたものでした。
その際、重要なのは、戦後、山里の人々が、営々と植林を行ってくれたことです。そのおかげで高い保水力が維持されてきた。それでこそ都市部への安定的な水の供給ができてきたのです。

日本は世界の中でダントツに森林面積の高い国です。現在の森林率は約67%。太平洋戦争中はどうだったのかというと、戦争のために乱伐が行われて45%まで落ちていました。
日本中にはげ山が現出していた。そうなるとどうなるか。各地に降る豪雨が、そのまま山肌を駆け下りていって、恐ろしい勢いで都市部を襲うのです。洪水の発生です。
戦後史を振り返ると、空襲の荒廃から立ち上がろうとした都市が、伊勢湾台風での災害など、繰り返し大規模水害に襲われていることが分かります。
このとき山里の人々は営々と植林を始めました。自分たちの裏山の荒廃を止めるため、主に杉などの針葉樹林を植えました。5年、10年と経つうちに次第に山がにぎわいを取り戻し、洪水が減っていったのです。

洪水が減るということは、水の供給が安定化するということです。ぜひ晴れた日に川のほとりにたって流れを見てほしいのですが、雨も降ってないのに豊かな水が流れるのは山が保水をしてくれているからです。
保水の源は樹木です。その樹木を植えた人々がいたから、水がひとたび山に保たれ、急峻な山肌を流れずに、伏流水となって都市のもとにうるおいの水となって届くようになったのです。
その意味で山里の人々こそが、私たちの国の高度経済成長の下地を作ってくれたのでした。戦後の植林があったからこそ、私たちはその後の工業的発展を享受できた。
しかしその恩が山里に返されたのかというとまったくそんなことはありません。成果は大半が都市部の企業のものに、あるいは都市部の生活者のものになってしまいました。かくして日本の山村は過疎化していったのです。

僕が小水力発電の試みに深く共感するのは、この試みの一番の適地が山里であることです。豊かな水が里に流れ落ちてきたところ、里の中にも高低差がたくさんある地域にこそ、さまざまな水車をしかける余地にあふれている。
しかし日本の河川には複雑な水利権などがあり、何をするにも当事者が集まっての協議が必要になります。一見、大きな障害なのですが、実はここにも面白さがある。
というのは水力を使おうとすると、さまざまな人々の利害調整が必要になるため、人々が集って話し合いをする必要が生じるのです。そしてそれがまた地域の再生の可能性を大きく広げることになりうる。
水力をめぐって、だんだんに失われてきた地域の中の話し合いや、地域そのものの見直しの機運が生まれてくるからです。ここに大きな魅力があるのです。

実際、山奥にある豪雪地帯のここ石徹白の方たちが、小水力発電にかける思い、合言葉は「将来にわたっても石徹白小学校を残す」だそうです。
小学校が残るとは子育て世代がいつも居続けることと同義です。それでこそ地域は存続できる。そして地域が存続してこそ、山里が守られ、山が守られ、木々が守られていく。そして木々が守られてこそ、都会が守られ、工業も商業も守られていくのです。
小水力発電には、この国が戦後の「猛成長」の中で捨ててきてしまった大事なものを取り戻していくものがあるように僕には思えます。
それは「競争と成長」というキーワードの中で、私たちが見失ってきてしまった何かなのではないか。水資源にとどまらぬ、心の栄養の何かなのではないかと僕には思えるのです。

そんな観点から、この二日間の小旅行でみたものを、レポートしていこうと思います。

つづく

・・・しかしこうして取材をして連載をするたびに、次の取材や課題が出てきてしまい、(あるいは僕の問題意識が拡散してしまい)連載途中で止まってしまうことを繰り返してしまっています。
大変、申し訳ないです。なんとかしないといけないと思っています。その点でこのレポートは、石徹白編と、今日、これから向かう白川郷編のあと2回で終えようと思います。ともあれごめんなさいです・・・。

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