2013.01.06

明日に向けて(606)哀しい!派遣職員が自死。復興進まぬ大槌を、三陸を、支えよう!

守田です。(20130106 23:30)

哀しいニュースが飛び込んできました。復興進まぬ岩手県大槌町で、兵庫県宝塚市から派遣され、区画整理事業を担当していた男性職員が自ら生命を絶ってしまいました。
亡くなられた方のご冥福を心から祈ります。同時にできるだけたくさんのみなさんにこうした事態が起こる背景について知っていただきたくて記事を書いています。端的に言えば、国が復興にまともに取り組んでいるとは到底言えないことが背景にあるということです。
まずは事態を把握するためにMBSの動画ニュースをご覧ください。続いて河北新報と朝日新聞の記事も貼り付けておくので、ご覧ください。

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宝塚市職員が自殺 岩手・大槌町で復興支援
MBSNWES 2013年01月06日
http://www.mbs.jp/news/kansaiflash_GE130105173900645459.shtml

大槌町に派遣の男性自殺 兵庫・宝塚市職員 年末まで業務
河北新報 2013年01月06日
http://www.kahoku.co.jp/news/2013/01/20130106t33014.htm

東日本大震災の被災自治体支援で岩手県大槌町に派遣されていた兵庫県宝塚市の男性職員(45)が、宿泊していた宮古市の仮設住宅で首をつった状態で死亡していたことが5日分かった。カレンダーの裏に遺書のようなメモがあり、自殺とみられる。
大槌町などによると、遺体が見つかったのは3日。2日から連絡が取れなくなったことを心配した男性の妻が、宮城県南三陸町に派遣されている宝塚市の同僚職員に確認を依頼。様子を見に行った同僚が発見した。
カレンダーの裏には、周囲への感謝と「大槌は素晴らしい町です。大槌頑張れ」と記されていたという。
大槌町によると、男性は昨年10月1日に派遣され、任期は今年3月31日までだった。都市整備課で土地区画整理事業の用地交渉などを担当していた。仕事納め後の昨年12月29、30両日も復興計画に関する住民の聞き取り調査のため出勤していたという。
碇川豊大槌町長は「ご家族や派遣元自治体の関係者には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。職員の心のケアをさらに強化しないといけない」と話した。

被災地派遣の職員死亡「やりきれない」 宝塚市長
朝日新聞 2013年1月6日
http://www.asahi.com/national/update/0106/OSK201301060004.html

兵庫県宝塚市から東日本大震災の被災地の岩手県大槌町に派遣されていた男性職員(45)が死亡したことについて、中川智子市長は5日、市役所で会見を開いた。中川市長は「まじめで誠実でひたむきな人だった。一生懸命被災者に寄り添って頑張ってくれていた。やりきれない思いです」と涙ながらに話した。
宝塚市によると、この職員は3日夜、岩手県宮古市の仮設住宅の自室で首をつった状態で見つかった。室内には手紙があり、「皆様ありがとうございました 大槌はすばらしい町です 大槌がんばれ!!」と書かれていた。職員は年末年始も大槌町に残っていたが、町長が年末に派遣職員を招待した慰労会には出席していなかったという。
職員は昨年10月から町役場の都市整備課で、区画整理や住宅移転の意向調査に当たっていた。中川市長が昨年末に電話をした際、職員は「被災地は大変です。一生懸命やっているが、自分のやっていることがどれだけみんなの役に立っているかわからない」と語っていたという。
宝塚市はこの職員を含め、宮城県と岩手県に5人の職員を派遣していたが、大槌町への派遣はしばらく見合わせるとしている。ほかの4人のもとには職員を向かわせ、現状や思いを聞き取り今後の対応を検討するという。

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記事にあるように、この職員の方は「土地区画整理事業の用地交渉を担当」していました。現在の大槌町の復興事業で、最も困難な仕事の一つです。
僕がこのことを理解できるのは、昨年末に、大槌町を訪問し、「NPO法人まちづくり ぐるっとおおつち」の方に色々とお話をうかがってきたばかりだからです。反対に言うと、この点が分からないと事態の背景が分からない。それで事情を知る者としてぜひ説明をしなければという気になっています。

この哀しい事態の背後にあるものは何か。端的に言って、三陸海岸の復興の遅れです。とくに大槌は遅れている。なぜでしょうか。僕は何よりも政府や政治家たちが、真剣になって復興に取り組んでいるとはとても言えないことにあると思います。
実はその具体的あらわれが、土地区画整理事業の困難さに集中しているとも言えるのでした。というのは大槌は町の大きな部分が津波で流されてしまい、壊滅的とも言えるような打撃を受けた町です。しかも津波が押し寄せたとき、多くの町の職員が人々を逃がすことに必死で自らが逃げ遅れ、犠牲になってしまいました。
そのため、復興事業にあたる職員の絶対数そのものが足りていません。宝塚市は、自ら阪神・淡路大震災で苦しんだものとして、その大槌を含む岩手県・宮城県に職員を派遣しているのですが、それでもまだ大槌では人手が足りていない。ここにはフォローすべき国の側の怠慢があります。

しかし問題は、人員が足りないことだけにあるのではありません。津波被害など想定のうちには入っていない現行法が障壁になっているのです。というのは多くの建物が流され、土地区分すらはっきりしなくなっている大槌では、土地の権利者からも多くの犠牲者が出ています。しかもその親族にも犠牲者が出ているなどの場合があり、土地の権利関係が曖昧になっていたりするのです。
相続先がわからなかったりする例や、相続者との連絡がなかなか取れないなどの例もあるといいます。しかも役場が壊滅的な打撃を受けたため、資料も失っています。そのため地権者に連絡をつけて合意をとることが非常に難しくなっているのです。

あるいは建物を立てる場合の補助金なども、津波の被害で家並みがなくなってしまうことなど想定せずに作られたもので、壊滅的になった町の再建を進める上ではあまりに不合理といわざるをえないものも多い。つまり津波以前に通用していた法律をそのまま適用するにはあまりに無理があるのです。
その点で国がなすべきことは、津波被害という特殊事情にあわせて、法の柔軟な運用を指示し、復興が速やかに行われるような法整備をすることです。にもかかわらずこれが遅々として進まない。そのために土地区画整理が暗礁に乗り上げているのです。

亡くなった職員の方は、10月に派遣されて12月末までこの事業に奔走されましたが、「被災地は大変です。一生懸命やっているが、自分のやっていることがどれだけみんなの役に立っているかわからない」と語られていたそうです。そこには法の壁の前でもがく大槌の人々、そして職員の方たちの苦悩がにじみ出ているように思えます。
同時に、僕自身、大槌町を訪問して思うことですが、この本当にたくさんの方が亡くなられた地に支援に訪れたものは、やはり被害の大きさにたじろぐ面もあります。それ自身が大きく心にのしかかってきます。なんというか、「役に立たなくてはいけない。でもうまくいかない」というその職員の方が負ったジレンマが、僕には皮膚感覚のようにわかる気がします。
それだけに、こうした職員の方たちを無理な状態で働かせて、現場の職員の方たちにはどうしようもない法の問題を放置している政府のあり方に対して憤りを感じないではおれないのです。

しかも国は、復興がなかなか進まないことを、震災遺物(がれき)の処理が進まないことのせいにしている。法整備の問題は、震災遺物(がれき)処理とはまったく別問題なのに、これを責任逃れのお題目にしているのです。この点もとても許しがたい。
いやさらに許しがたいことは、大槌の震災遺物(がれき)は、まったく安全なのに搬送先で拒否されているという嘘もつき続けていることです。そのことで大槌町の人々の中に、いよいよ孤立感が強まってしまってもいます。
実際には、日本中の人々が、被災地を助けようという気持ちを今でも強く持っているのに、それが伝わらず、なにか大槌が国民・住民から見捨てられているせいで、復興が進まないかのような仮象が作り出されてもいる。二重三重に許しがたいです。
はっきりさせなければいけないのは、根本的な問題は、法整備や人員の派遣など、本来やるべき復興支援を、国が真剣になって行っているとは到底言えない現実があることです。それが現場にさまざまにしわ寄せされている。そうして矛盾の一番大きなところにいる町の人々、町の職員にそのストレスがかかっているのです。

その点で記事を読んでいて、気になるのは、大槌町長が「ご家族や派遣元自治体の関係者には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。職員の心のケアをさらに強化しないといけない」と語っていることです。
三陸海岸の人々はとても心が優しい。だからこの哀しい死の責任が自分たちにあると思ってしまうのではないか。そんなことは断じてない。そんな風に思って、大槌の方たちに自分を傷つけて欲しくありません。
そもそも、岩手医大の昨年5月の調査で、「大槌町の町民のうち、33・9%がうつ病を発症するリスクが高いこと」が明らかになってもいます。(1月2日読売新聞)津波でものすごい打撃を受けたのです。しかし復興のための手厚い策が施されてきたとはとても言えない。それが心をとても暗くしているのです。
「ぐるっとおおつち」の方によれば、こうした「うつ」的傾向は、震災から1年を経た昨年3月ごろから増え始めたのだといいます。津波を必死に生き延びて1年は頑張った。でもあまりに復興が進まない。そのうちにだんだん疲れ始め、希望を失っていく。心が暗くなり、仮設住宅から出てこなくなる。そうした人が増えていると言うのです。

あるいは僕自身が仮設住宅を訪れて胸が痛くなったのは、避難生活の中で、太ってしまっている方が多いことでした。ストレスが原因ですが、同時に食べ物の事情もとても悪くなってしまっている。仮設ぐらしでは自由に調理ができません。お店の多くも流されてしまいました。買い物もとても不自由です。だからどうして加工食品を採る割合が高くなる。
加工食品のほとんどは糖分や脂分が高く、カロリーの高いものが多く、その面からも太りやすい。太ることはさまざまな病気の因子を増やすことで、体調不良につながってしまいます。もちろんそのことと心の状態は連動しがちです。
その上に、悲しいことに大槌にもやはり放射能が降っています。昨年7月の計測で結構、線量の高いところもありました。(0.5μSv/hなど)。今回、同じところを測ったら下がっていたのですが、理由を探ると夏に大雨が降ったためでした。ということはそれは海に入ったことになる。その海の魚を食べている方たちもいます。過酷な状態にある大槌の人々に放射能の害も押し寄せているのです。
僕自身、こうした状態に対して、何かの形で健康サポートを進めなければと心に決して帰ってきましたが、本来は国がこうした点にも取り組むべきなのです。にもかかわらず何の手当もされていない。それがまたさまざまな悪循環を作り出しています。

この状態をなんとかしなくてはいけない。
とくに西日本で、震災遺物(がれき)広域処理のために精力的に動いているみなさん。この問題は、広域処理問題に直結してもいます。それだけにこの問題に取り組む私たちは、同時に、三陸海岸の復興のために、国がもっとまともな取り組みをせよという声を上げようではありませんか。
さしあたり必要なのは、健康サポート(うつ対策、「生活習慣病」対策)、法整備(土地区画整理の容易化)、人員の拡大(国の責任による派遣)、そして徹底した放射線防護対策の実施です。これを国にさせなくてはいけない。
また三陸海岸を支えようという意思、気持ちを、さまざまなルートから伝えましょう。大槌町の人々に届けたいものがあれば、僕が媒介します。ぜひご連絡をいただきたいと思います。政府は三陸海岸を見捨てても、私たちは絶対に見捨てなどしないという意志を伝えたいです。

みなさん。大槌を、三陸海岸を、みんなで支えましょう。復興が本当に遅々としか進んでいない現実を知ってください。知っている方はどんどん広めてください。そうしてもう一度、津波被害直後のように、全国の意志を集め、その声で政府を動かして、三陸の人々に手厚い手当がなされるようにしていきましょう。
そのために僕もさらに発信を続けます。どうかご協力をお願いします。

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