2012.12.13

明日に向けて(598)放射能時代の産婦人科医療(5)・・・完結

守田です。(20121213 23:30)

連載中の「放射能時代の産婦人科医療」の続きをUPします。2000年代に後半から続いている産科医療からの徹底の現実について触れた上で、放射線被曝が胎児に与える影響について触れました。
またそれが必然的にもたらしていると思われる産婦人科医医療の今への洞察を行なっています。これらの結論として、「社会的共通資本としての医療」の充実を、多くのみなさんが自らの課題としていただければとおもいます。
以下、記事をお読み下さい。

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産科からの撤退の現状

ハイリスク分娩の増加の中での労働の過酷化、それに追い討ちをかける相次ぐ警察権力の介入を受けて、産科からの撤退はどう進んだのでしょうか。少し古い統計になりますが、2008年3月25日の厚労省の実態調査結果の発表によると、同年1月以降に、全国で77施設が分娩を休止したり、制限を設けたりしたことが報告されています。
分娩の休止は45施設(病院28、診療所17)、「里帰り出産」を断るなど、制限を設けたのは32施設(病院19、診療所13)で、地域別では、神奈川12、秋田9、愛知8、静岡7、長野、岐阜5となっていました。理由は医師の高齢化や退職でした。
厚労省は、このうち70施設は、近隣の施設で受け入れ可能と判断し、残る7施設への医師の緊急派遣を検討しました。これは2007年7月20日に発表された緊急臨時的医師派遣システムに基づくもので、退職した産婦人科医を募集し、6ヶ月限定で派遣して急場を凌ぐものでした。現役に近い医師の力を活用するのが厚労省の方針でした。

一方で日本産科婦人科学会は、同年3月14日に、「緊急的産婦人科医確保が必要な医療機関の調査」報告書を発表しました。調査は1月30日付で、全国の地方部会長宛に調査の依頼を行なって実現された。報告書の中で同学会は、この調査が医師不足の調査ではなく、緊急に、どうしても医師が必要な機関の調査であり、それが問題の抜本的解決の方策ではないことを強調しています。
同学会によれば、国の行なう緊急臨時的医師派遣は、応募対象が定年直後の医師であり、それでは必要とされる場の過酷な状況に適応できない可能性があるといいます。また問題は、医師の絶対的不足と、労働環境の悪さ、待遇の悪さにあり、派遣によってではなく、医師の絶対数の拡大と、地域医療現場の改善を通じてしか真の解決にはなりえない。
そのため「緊急臨時的医師派遣は、勤務状況が劣悪であるために医師が撤退している病院の現場の改善を遅らせることにつながる可能性があり、無条件にその推進に賛成するわけにはいかない」のが、産婦人科医の立場であると述べています。しかしそれでもなお、根本的な対応策がなされるまでに、どうしても派遣が必要な施設に対するものとして、本調査を行なったというのです。

こうした問いに、北海道と32の県が110の施設の名をあげました。多数の対象をあげた県とその数をみると、宮城8、山梨5、長野7、大阪9、和歌山5、島根6、岡山5、高知5、熊本8、鹿児島6の10府県64病院でした。対象となる病院はないと回答したのは、秋田、東京、神奈川、新潟、石川、愛知、滋賀、奈良、鳥取、山口、香川、福岡、長崎、沖縄の14都県。このうち神奈川、秋田、愛知は、多数の施設がすでに1月より分娩を休止ないしは制限しています。
また医師1人当たりの分娩数が全国で最も多かった埼玉県は、回答不能とし、次のような意見を述べました。「医師の絶対数が埼玉では圧倒的に不足しているので、具体的な病院名や人数などを列挙できるような状態ではない」。
また同じく回答不能とした三重県は、「分娩を中止した病院ばかりを取り上げるマスコミ受けするような偏った視点ではなく、より根本的な問題点(分娩施設数が、勤務医の最低限の労働条件を確保するには多すぎること、産婦人科医・助産師の絶対数が足りないこと)についてご理解いただきたい」との意見を記載しています。

9施設の名をあげた大阪府も、次のように付帯意見を述べました。「現在挙げている9病院以外にも多くの病院が困っています。ドミノ倒しの様相です。1~2カ所に絞り込むことは不可能です。これはどこの都市部でも同じではないでしょうか?緊急的に全体のセーフティーネットを拡大することが必要と考えます。そもそも全国から1カ所ずつ要求が挙がったとして、全国で47名もの産婦人科医師をどこから調達するのでしょうか」。
これらから同学会は、「なし」という回答も、「緊急派遣」では有効性がないという意味で理解する必要があると述べています。

先にも述べたように、この調査は2008年3月25日発表のもので、それからすでに4年半が経過しています。この記事では、その後の経過を十分におさえておらず、現時点での状況をつかめてはいません。幾つかの変化をあげると医師不足への対応として、産婦人科医になることを条件とした奨学金制度が設けられたことが挙げられます。そのことが医師数の減少の歯止めにはなっているようですが、増えているのは新人の医師たちです。
また医療事故に対する医師たちの負担を減らす制度も導入されました。2009年から分娩中に、不可避または原因不明の医療事故で新生児が脳性まひになった場合、政府が20年間にわたり3000万円を家族に補償するものです。肝心なのは医師には法的・経済的責任が問われないとされたことです。 しかしその後、2011年3月11日に大震災が起こり、医療界全体が厳しい状況に立たされたことを考えるとき、けして十分なフォローがなされたとは言えないことは容易に推測されます。

これまで見てきたように、産婦人科労働は、あまりに過酷な状態にあります。にもかかわらずこの困難さへの理解が不十分な上に、警察の理不尽な介入と、マスメディアによる過剰な医療バッシングが繰り返されたために、一時期、現場はずたずたになってしまいました。
その後に、この崩壊状態を改善とする兆しが見られ始めましたが、それが十分に効力を上げる前に、私たちの国は東日本大震災に直面してしまいました。地震と津波被害だけでも、相当な医療の力がそこに割かれてきているわけですが、その上に、悪夢のように重なるものとして放射能被曝が私たちの国を、そうしてまた産婦人科医療を襲っています。その中でどのようなことが起こっていると考えられるのか、次に見ていきたいと思います。

放射線被曝と胎児

放射線が人体に与える影響はさまざまな面がありますが、その中でも重要なのは、私たちの「命の鎖」であるDNAが、放射線が当たることによって切断されてしまうことです。直接的に切断されることもあれば間接的に切断されることもあります。もっともDNAは非常に重要な情報のつらなりであるため、らせん状の二重のラインで情報を守っています。このため多くの場合、切断されても自己修復する機能があります。P53という、修復を司る遺伝子があることもわかっています。
ところがこの二重のラインがほどけて1本になるときがあります。細胞分裂の時です。2本が1本ずつに分かれ、それぞれが自己複製して2本になる。こうして細胞分裂が完結するわけですが、この1本の状態になったときに放射線に襲われると、DNAは自己回復が難しくなります。そのため細胞分裂が激しく起こっている細胞ほど放射線に弱いことが分かります。どんな細胞かといえば、粘膜などがそうです。放射線被曝で、鼻血が出たり、口内炎ができたち、下痢が起こりやすいのはそのためです。

脳の中にも細胞分裂が激しいところがあります。記憶をつかさどる「海馬」と呼ばれる部分です。次々と入ってくる新しい知識のために、活発に細胞分裂して対応しているわけですが、この海馬がダメージを受けてしまうのが、アルツハイマー型認知症で起こっていることです。そうなると新しい知識が蓄えられなくなります。放射線被曝でも同じことが起こりうると考えられます。そうすると新しい「知識」だけでなく新しい「発想」もできなくなる。意識が硬直化してしまうのです。
このため、細胞分裂が激しい人ほど、放射線に弱いことが分かります。誰かと言えば子どもであり胎児です。年齢・月齢が小さいほど、よりダメージを受けやすい。

より深刻なのは、細胞分裂中の細胞ではなく、細胞分化前の細胞がダメージを受けてしまうことです。細胞分化とは同じものが複製されて増えていく細胞分裂とは違い、細胞が幾つかの機能に分かれていくことをさします。母親の胎内で生まれた受精卵がやがていろいろな機能に分かれていってはじめて私たちは卵の形から、手や足が生まれ、内蔵などが作られていくわけです。
細胞分化は胎児のときに最も激しく行われますが、誕生してからのちも行われ続けるものがあります。何を作る細胞においてかというと血を作る細胞においてです。細胞分化をする前の細胞を「幹(みき)」の細胞と書いて、幹細胞(かんさいぼう)と呼びます。血を造るのは造血幹細胞で、ここから赤血球や白血球、血小板が分化してきます。

このためこの造血幹細胞が放射線で被曝すると、血を造ることがうまくできなくなってしまう。その結果生じるのが血の病気=白血病などです。このためがん治療で、放射線を使う際に、あらかじめ自分の造血幹細胞を抜いておいて保存し、あとで自己移植するという治療が行われることがあります。がんをたたく強い放射線で、造血幹細胞も破壊されてしまうので、がんをたたいた後、とっておいた造血幹細胞を体に戻して、壊れてしまったものを補うのです。
ちなみに福島原発事故後に、東京の虎ノ門病院が、福島原発で働く人々のために、造血幹細胞の採取に乗り出しました。さらに国がこれを大規模に進めることを主張しましたが、被曝の影響を小さくみせたい政府は無視してしまいました。あのとき虎ノ門病院の提案が大きく取り上げられればと思うと無念でなりません・・・。
http://expres-info.net/acv/2011/03/autopbsch.html

さて、このように見てきたように、胎児の場合は、細胞分裂も細胞分化も激しく行われているため、放射線に極めて弱いことがわかるとおもいます。にもかかわらず深刻に被曝をしてしまうとどうなるか、細胞分化がうまくできなくなってしまい、発育ができなくなる可能性も出てくる。そうなると流産・死産に直結してしまいます。
またチェルノブイリ事故の経験などから明らかなことは、早産が多くなり「低出生体重児」が多くなることでした。低出生体重児とは体重2500キログラム以下で生まれてくる子どものことです。早産の場合と、予定日間近の場合に別れますが、前者の場合、身長が出生人平均身長よりも低い、皮膚が薄くて赤みを帯びている、産毛が生えて柔らかく傷つきやすい肌状態、泣き声も小さく、目が開いていないことも、手足を動かしたり、首を動かすことが少ない、男の子は睾丸が陰のうに下がっていない状態などの特徴があります。
この他、生まれてきた子どもが何らかの先天的な傷がいや病を抱えているケースも、チェルノブイリの経験では増えました。

そもそも「低出生体重児」は、福島原発事故以前から増加傾向にあり、それそのものがハイリスク分娩の原因のひとつとなってきたわけですが、そのさらなる増加はさまざまな意味でお産の現場の困難を増幅させます。第一にただでさえ大きなものとなりつつある妊娠期間や出産時のリスクがより大きくなってします。
第二にそれが妊婦と医療者に大きくのしかかり、両者ともに抱える精神的負担も大きくなります。医療サイドはしばしば、妊婦の抱えるストレスを分かち持たねばなりませんし、死産・流産の場合に、母体を肉体的にも精神的にも守らねばならず、ストレスは増すばかりです。

現におこっているお産の現場の苦労に関しては、またあらためて取材し、レポートしていきたいと思いますが、ともあれ放射線被曝は、どう考えてもお産の現場をより困難にしてしまうに違いありません。にもかかわらず、このことに社会的な光があたっていないために、現場に苦労だけが押し付けられていることが推測されます。困難に対する社会的バックアップがなされていないからです。
実はこうしたことはすでに激烈に起こっているのではないかと思われます。なぜなら放射性物質は、事故直後に最も大量に放出され、半減期の短く、単位時間あたりではより大量の放射線が出るものも飛びだしていたからであり、しかも当時は、今の市民全体のレベルからいっても、被曝防護の知識は乏しく、多くの人々が無防備だったからです。

そのため多くの妊婦と胎児が被曝してしまい、その後の経過をたどったはずです。その子達はすべて「誕生日」を越しており、その経過でいろいろなことがあったことが考えられますが、それが津波被害も受け、多くの人々が避難している状態に重なっていったわけですから、現地の医療現場は本当に大変だったのではと思われます。
無論、こうした分析にはデータ的な裏付けがありません。論理的になしうる推論と、幾つか聞こえてくる東北・関東の医療現場の悲痛な声をもとに考察を進めており、僕なりに間違ってはいないという確信はあるものの、有意なデータとして示すことは今は困難です。
しかしこのことに注意を喚起し、放射能時代の産婦人科医療の困難性を、多くの人々とシェアしあい、社会的に支える仕組みの強化を図らないと、私たちの生活の底が抜けていくような事態が起こりかねないと思うのです。

社会的共通資本としての医療の充実を!

これまで僕は、放射線被曝の影響が最も出やすい医療現場として、産婦人科医療を取り上げてきました。この医療現場はもともと非常に苦しくなっており、その上に被曝が重なっているため、どの領域よりも先に手厚い手当をしなければならないと感じるからです。
しかしこれは医療の他の領域でも言えることです。被曝はすべての生物の命の力を弱くします。免疫力が低下し、あらゆる病気が発生しやすくなります。だからこそ医療に大きな力を注ぐことが、放射線対策として非常に重要になります。ヨウ素被曝で懸念される甲状腺の検査体制、治療体制の強化が急務であることはもちろんですが、しかしここだけに目を奪われていてはいけない。あらゆる領域の強化が必要です。

その際、訴えておきたいのは、医療は「社会的共通資本」であることです。社会的共通資本とは、私たちの生活の基盤をなす多くのもので、市場原理に任せたり、官僚の恣意的な支配に任せてはいけないものです。
とくにお金儲けの手段にしてはいけない。医療が社会的共通資本であることはわかりやすいと思いますが、社会的制度としては、他に教育・金融などが最も重要な社会的共通資本です。

この観点にたって、産婦人科医療と小児科医療を中心に、医療全体の強化を図っていくことが問われています。またこの際の医療に、東洋医療を大きく組み入れ、鍼灸や漢方など、免疫を上げてあらゆる病に対抗していく古の知恵をもっと大胆に社会的に活用していくことも大事です。
放射線被曝と立ち向かい、私たちの幸せを守るために、医療の充実が非常に重要だということを、とくに産婦人科医療をすべての人の力で支える重要性を心のそこから訴えて、この連載を閉じたいと思います。

終わり

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