2012.12.08

明日に向けて(595)放射能時代の産婦人科医療(4)

守田です。(20121208 07:30)

12月6日に京都市伏見区の「あゆみ助産院」さんで放射能についてのお話をしました。そこで「放射能時代の産婦人科医療」の核心部分をお話し、同院をになってきた佐古かず子さんに「よくぞ言ってくださった」と評価していただけました。
現場をよく知る方にこのように言っていただけるのはありがたいことですが、内容が内容だけに、複雑な思いもあります。ともあれ産婦人科医療にもっと社会的な光があたり、底上げがなされることを願うばかりです。
そのためにも多くの方に、現場で起こってきたことを知っていただきたいと思います。そのような思いを込めつつ、今回も、マスメディアによるバッシングのもとでの現場への警察権力の介入の理不尽さについて、続けて述べていきたいと思います。

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2006年に続いた産婦人科医師・看護師の逮捕!-2

奈良県大淀病院事件

大淀病院事件とは、2006年8月、分娩のために同病院に入院した妊婦が、午前0時ごろに頭痛を訴えて意識不明になり、高次病院への搬送が必要とされたものの、照会した19の病院から受け入れ不能の回答を受け、6時間後に大阪吹田市の国立循環器病センターに収容された事件です。妊婦は帝王切開により出産したものの、意識が戻らず、9日後に亡くなりました。
奈良県警は、業務上過失致死事件の疑いがあるとして捜査を開始し、大淀病院に事情聴衆を行いましたが、その後、刑事責任は問えないとして立件を見送りました。しかし遺族は、医療過誤を主張し、2007年5月に損害賠償を求める民事訴訟に踏み切りました。裁判の結果、遺族の請求は2010年に棄却されました。

問題となったのは、担当の産婦人科医師が、妊婦が意識不明になった際に、分娩中にけいれんをおこす「子癇(しかん)発作」と判断したものの、実際には脳内出血がおこっていたことでした。事件の二ヶ月後に毎日新聞が大々的にスクープ。これに続いてマスメディアが医療ミスとして大きく報道したこと、また19件の病院に断られたことに対して「たらい回し」「受け入れ拒否」という報道を繰り返したため、医療サイドへのバッシングが強まりました。
大淀病院は、脳内出血を子癇発作と判断したあやまりを認めたものの、当夜は麻酔医がおらず、どちらであっても同病院では対処できなかったため、早急に搬送先を探す必要があったと述べました。また他の病院の医師たちからは、分娩中に脳内出血が起きる確率は1万人に1人といわれ、発見が困難だったとの指摘がなされています。
またこの担当の医師は60代で、1人の常勤医師でした。奈良医大から派遣された非常勤の医師の応援を得て、月に10数件の分娩を扱い、宿直勤務は週に3回以上でした。知人の医師らに「この年での宿直は相当にきつい」と漏らしている状態にありました。

大淀病院は、事件の余波の中で、結局、産婦人科を廃止し、分娩から撤退するにいたりました。また奈良県では、同年3月にも、大和高田市立病院で、出産直後の妊婦が大量出血で死亡し、産科医が業務上過失致死容疑で書類送検される事件が起こったことにより、同病院が分娩を制限、また同年4月以降、県中南部の県立五條病院や済生会御所病院が、相次いで産科医療を休止していました。奈良県は大淀病院の撤退により、南部の病院から産科医療が消滅することになってしまいました。
この事件はまた、奈良県の周産期救急体制の脆弱性を明らかにするものともなりました。厚労省は、困難な妊産婦と新生児を受け入れる「総合周産期母子医療センター」を2007年度中に整備するように、各県に指導していましたが、この時点で、奈良県を初めとする8県が整備を終えていませんでした。このため当日に断られた搬送紹介先も、奈良県内2病院に対し、大阪府17病院でした。

2006年10月25日の朝日新聞によれば、その後、周産期救急体制の不整備を各方面から指摘された奈良県は、同県立医大から、大阪や和歌山など県外の病院に派遣されている産婦人科医を、引き揚げる方向で検討を始めたといいます。「総合周産期母子医療センター」を早急に整備するためですが、しかし引き揚げは新たな「お産の空白地帯」を生んでしまいます。
事実、和歌山県新宮市の市立医療センターは、奈良医大から医師2名の派遣を受け、地域で分娩できる唯一の施設として年間約400件の分娩を扱っていましたが、これ以上の維持は不可能として、2007年10月に産科医療から撤退することを同年2月に発表しました。これによって地域が「お産の空白地帯」になる可能性が生じました。
その後。同年7月より新たに始められることになった国の緊急臨時的医師派遣システムの適用を受けることがきまり、医師1人の赴任が決定し、10月の休止は回避されました。しかしこのシステムも6ヶ月間の限定派遣のため、その後の存続が危ぶまれましたが、今度は2008年4月になって、大阪門真市の開業医を招くことが決まり、再び存続が決まったりました。開業医は、門真市の施設を閉鎖して新宮市に移りました。
このように他所からの医師の移動によって、綱渡りのように産科の存続をはかっている病院も数多く存在しています。

奈良県未受診妊婦死産事件

未受診妊婦死産事件は、奈良県で、大淀病院事件の一年後の2007年8月に、再び救急搬送された妊婦を11病院が受け入れることができず、搬送中に破水して死産した事件です。
この事件では、周産期医療をめぐる新たな問題が明らかになりましたった。問題は、この妊婦が、妊娠中の定期的健診である妊娠健診を一度も受けていない「未受診妊婦」であったことにあります。このような妊婦が病院に駆け込むことを、マスコミは「飛び込み出産」と呼んでいます。

この場合、医師は情報を得られないまま分娩を扱うことになるため、大きな危険が伴います。異常分娩、合併症、低出生体重児出産等々の可能性があるため、産婦人科医の他に小児科医、麻酔医の立ち会いも必要で、NICUがあることがのぞまれます。結局、三次病院や周産期センターでないと対応が難しいのが現実です。
こうした未受診妊婦の実態については、それまで調査がなされていませんでしたが、2008年1月になって、読売新聞が、初めて全国的な調査を行ない、3月14日の紙面で結果を発表しました。それによると、対象とした高度な産科医療機能を持つ全国の医療機関のうち、67病院から回答があり、これらの機関で、2007年に301人の未受診妊婦の「飛び込み出産」があったことが判明しました。

この調査を受けて、日本産科婦人科学会は、「全国的には1000人-2000人の未受診妊婦がいるのではないか。産科医療の現場が混乱する大きな要因で対策が必要」と表明しました。読売新聞はさらに、未受診の理由は「経済困窮」が最も多く、301人中146人が理由にあげたこと、出産費用の一部または全額を払っていない未受診妊婦も98人だったことを報じました。
妊娠健診は、妊娠初期から出産までにおよそ14回受けるのが理想とされていますが、1回当たり5千円から1万円の費用がかかります。保険医療の対象ではないため、全額自己負担です。そのため1996年度までは、都道府県が国から補助金を受けて助成していましたが、地域保健法が施行された1997年度以降は市町村からの援助に変わり、財政難から削減されている状態にあります。
厚労省の全国調査によれば、公費による負担は自治体によって1.3回から10回と格差があり、都道府県別の平均を見ると、最小レベルは兵庫県の1.4回、事件のあった奈良県はそれに継ぐ1.6回の援助しかなされていませんでした。

これらの事件を振り返って

大野病院事件では、産婦が分娩時に死亡したことに対して、医師が業務上過失致死罪と、医師法21条(異状死の届け出義務)違反によって、福島県警に逮捕され、起訴されました。(無罪判決)
堀病院事件では、長年にわたって行なわれてきた看護師による内診という医療行為(妊婦の参道に指を入れて、分娩の進行を調べること)が、医師と助産師に限られた助産行為にあたるとして、同病院の院長と看護師11人が書類送検されました。(起訴猶予)
大淀病院事件では、産婦が脳内出血で死亡したことに対して、医師が診断を誤ったとして、業務上過失致死容疑での捜査が行なわれました。

逮捕された大野病院の、当時39歳の男性医師は、担当医師1人で、地域の分娩を支えていました。また大淀病院の60歳以上の担当医師は、やはり常勤医師1人で、非常勤の医師1人の助けを得ながら、分娩を行なっていました。大淀病院の医師は立件されなかったものの、遺族が訴訟を起こしました。
大野病院事件と大淀病院事件に共通なことは、治療行為に刑事罰で対処することの矛盾です。医師をはじめ多くの人々が、双方の事件ともに医療過誤とはいえず、またかりに医療過誤の可能性があったにせよ、犯罪として裁くのは誤りであると主張しています。詳しくは小松秀樹(2007)『医療の限界』新潮新書などを参照して欲しいですが、生命を救おうとした懸命な治療の末に、犯罪者として罰せされる、あるいはその嫌疑をかけられるのはあまりに理不尽です。
事実、これらの事件は多くの産婦人科医師たちや看護師たちから、診療を続けるモチベーションを失わせてしまいました。逮捕されずとも、警察に犯罪の可能性ありとして取り調べられるだけで、大半な心理的ショックを受け、心が深く傷つけられてしまったといいます。
また堀病院事件では、看護師の内診が犯罪行為として送検されたため、医師とともに助産師も不足し、看護師が内診を行なっている多くの産科医療現場に、深い混乱をもたらし、医療施設の分娩からの撤退を促すことにつながってしまいました。

続く

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