2012.11.06

明日に向けて(575)汚点紫=しみむらさき(8日)、醍醐母親大会(11日)でお話します!

守田です。(20121106 22:00)

当面の講演の予定です。8日と11日のものの詳細をお伝えします。

まず明後日11月8日に、京都市の北大路堀川交差点北西のお店、汚点紫(しみむらさき)のライブの途中でお話することになりました。以下のように案内されています。

***

京都@汚点紫20:00〜入場無料・投げ銭制(要オーダー)[出演]pigs in a straw house/坂本純/守田敏也(トーク)/AUX/江沢野々海/銀ちゃん

***

実は僕自身、このお店のことがよく分かっていません。ネットで調べたら、次のような紹介記事がありました。町家を改装したカフェギャラリーだとのことです。
http://kyoto.hiho.jp/7kyoto-simi.html

pigs in a straw house&坂本純さんのことも知らないので調べてみたら、次のような紹介があり、僕のことも既に載せていただいていました。

PIGS IN A STRAW HOUSE
牧島竜也(ボーカル・ギター)、上田真寿夫(マンドリン)、山下道生(ギター)によるユニット。ブルース、カントリー等を基調としたプロテストソングを歌う。

坂本純
山口県岩国市在住のサーフ・シンガーソングライター。独特の渋い歌声でフォーク、ブルースを歌う。

・・・とのことです。
http://d.hatena.ne.jp/simimurasaki/20121029/p2

こんな映像もみつけました。

PIGS IN A STRAW HOUSE
http://www.youtube.com/watch?v=bALsTVGgMP4
http://www.facebook.com/pigs.strawhouse?v=info#!/photo.php?v=1934414045971&set=vb.144402265609229&type=3&theater

坂本純
http://www.youtube.com/watch?v=vYg7hZ_uyLg

・・・僕は聴いてみていいなあと思いました。
ともあれこのブルース調のミュージック?に合わせて、内部被曝のお話をします。お近くの方、お越しください。

*****

続いて11月11日に醍醐の母親大会に参加します。僕は、母親大会には、京都の各地でもう何度か参加させていただいています。
この「母親大会」は1954年3月1日にアメリカがビキニ環礁で水爆実験を行い、広範な領域に死の灰を降らせる中で、第5福竜丸をはじめ、多くのマグロ漁船などが被曝をしたことに対し、日本各地で母親たち、女性たちが立ち上がったことを出発点としています。

その後、運動は世界に波及。1956年にスイスで世界大会が開かれ、日本からも14人が参加したそうです。以来、「母親 それは母性をもつすべての女性を対象にした呼び名 生命(いのち)を生みだす母親は 生命を育て 生命を守ることをのぞみます」を合言葉に運動が重ねられてきました。
今日でも継続しているのは残念ながら日本だけだそうですが、この運動が、ビキニ環礁での水爆実験への怒り、放射能から生命を守ろうとした思いから出発してきたことを思うとき、今日、その意義はますます大きくなっていると思います。

とくに私たちは、もう一度今、ビキニ環礁水爆実験とはなんだったのか。そこで被曝した人々はその後どうなったのか、そのことに思いを寄せる必要があります。その点で、ぜひみなさんに見ていただきたいのはドキュメント映画『放射線を浴びたX年後』です。
これは地方放送である南海放送が8年の歳月をかけて作った、「ビキニ環礁X年後」の記録です。番組は数々のジャーナリズム賞を受けた後、2012年1月にNNNドキュメントで全国放送されて反響を浴びましたが、これに新たな映像を加えた劇場版の公開が、すでに全国で始まっています。

実は僕も録画してあったこの番組を最近になってみましたが、大変な衝撃を得ました。僕は「そこで被曝した人々はどうなったのか」と書きましたが、そこで被曝したのは実は日本人全体です!いや世界中の人々が激しく被曝してしまった。
そしてその中の最も激しい被曝を受けたのが、漁船に乗っていた人々、周辺の島々に住んでいる人々なのでした。その方たちはその後、ガンなどでどんどん若くして亡くなっていきました。映像はそれらを追いかけているのですが、それはこの核実験での被曝した人々のいわば代表です。

実際には、例えば僕の両親が被曝していたに違いありません。いやそれだけではありません。僕は1959年生まれなので、僕より少し、年上の方たちの多くが、幼少時に被曝しているのです。胎児のときに被曝している可能性もある。
いや被曝ということで言えば、核実験はその後も続けられたので、僕も被曝しているだろうし、中国の核実験を考えればもっと多数の世代に被曝は広がっているでしょう。

そして今、私たちの国はがん大国になっています。何か医療が発達して、他の疾病が抑えられるようになったからガンが増えているようないい方もされていますが、そんなもの、まったく勝手な推論でしかありません。程度の差こそあれ、被曝は確実にあった問題です。
実際、私たちの周りには本当にガンが多い。とくに僕よりも少し上の年代の人たちに聞くと、あちこちでガンの話を聞きます。確かに医療が素晴らしく進歩したおかげでその多くが死にいたる病ではなくなり、治癒か可能になりました。しかしこんなにガンが多いのが自然な姿なのでしょうか。

そうではない。放射能を浴びたX年後の影響が、まさに今、激しく出ているのではないか?今、私たちはその問を大きく掲げなければならないように思います。そのことを考えるときに、母親大会がはじまってから今日にいたる私たちの国、いや世界における被曝との格闘の軌跡を振り返る必要を感じます。
こう書くのは、同時に、この母親たちがはじめた反核兵器運動の大きなうねりを抑え込む位置から始められたのが、原子力発電の日本への導入だったという見解に最近、行き当たったからでもあります。

これが書いてあったのは『戦後史の正体』孫崎 享という本です。まだ全体を読んでないので、本書の評価はできませんが、そこに日本における核実験反対運動の高揚に困り果てた日米両政府が、「毒をもって毒を制す」作戦として、原発の日本導入を決めた経緯が書かれています。
実際にそうなのかもしれない。その意味で、原発は、ビキニ環礁水爆実験と第5福竜丸などの被曝の延長上で日本に次々と建てられた可能性があります。そうしたことも視野に入れて、この過程を振り返る必要があります。

今回の醍醐母親大会で、僕は少しくこの経緯に触れるところから話を始めさせていただこうと思っています。この間の講演でははじめて触れる内容になります。そこから現在の福島事故の問題に入っていきます。このように見ることで、原爆・原発・福島事故がひとつの線でつながってみえてくると思うのです。
そして後半で、この放射能との「共存」時代、誰もが被曝から自由ではありえないこの社会の中で、私たちがいかに生きていけばよいのか、いかにすれば活路が開けるのかのお話をしたいと思います。お近くの方、ぜひご参加ください。

***

いのちを生み出す母親はいのちを育ていのちを守ることをのぞみます
第25回醍醐母親大会

11月11日(日)13:30~16:00
醍醐交流会館(ダイゴロー)第2会議室

放射線被曝の真実
~こどもたちを放射能汚染から守るために内部被曝と食べ物の安全について学ぼう~

どなたでも気軽にご参加ください。

13:15 受付
13:30 おはなし
15:00 被災者の方から
15:20 質問など

原発事故による不安や疑問を出し合いましょう

参加協力券 200円(飲み物付き)

醍醐母親大会実行委員会

連絡先 久保
電話 075-571-4422 FAX 075-571-4450

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