2012.07.10

明日に向けて(507)日本の核武装?とんでもない!格搭載可能のF35戦闘機購入も反対!

守田です。(20120710 23:30)

大飯原発再稼動反対の声が大きく高まり、首相官邸をとりまく10万人、20万人のデモが繰り返し起こっています。関西でも大阪の関西電力本社前や、京都支店前での抗議行動が繰り返されています。多くの人々が福島原発から漏れ出した膨大な放射能から自らを、また人々を守るために奔走するとともに、原子力政策の抱えてきた根本的な問題に気づき、原子力から離れた世の中のあり方を模索し始めています。今、私たちの国には、悲劇を通して、新しい何かを創造しようとする機運が高まりつつあります。

ところが、こんなときに、私たちの政府は、なんと核武装や集団自衛権の行使など、核兵器を軸にした暴力的な国家作りのためのさまざまな施策を打ち出し始めました。一体、なぜこの時期にそんなことをするのでしょうか。その分析をふくめつつ、ここで、現在ひっそりと進められているこれらの政策への批判的検討を行っておきたいと思います。

①原子力基本法に「安全保障に資する」という文言が入れられた!

問題の第一は、私たちの国の原子力政策に関する「憲法」の位置を持った「原子力基本法」の改訂が6月20日に行われ、原子力政策の目的として「安全保障に資する」という文言が加えられたことです。東京新聞は6月21日朝刊で次のように伝えています。

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二十日に成立した原子力規制委員会設置法の付則で、「原子力の憲法」ともいわれる原子力基本法の基本方針が変更された。基本方針の変更は三十四年ぶり。法案は衆院を通過するまで国会のホームページに掲載されておらず、国民の目に触れない形で、ほとんど議論もなく重大な変更が行われていた。 

設置法案は、民主党と自民、公明両党の修正協議を経て今月十五日、衆院環境委員長名で提出された。

基本法の変更は、末尾にある付則の一二条に盛り込まれた。原子力の研究や利用を「平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に」とした基本法二条に一項を追加。原子力利用の「安全確保」は「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として」行うとした。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012062102000113.html

引用はここまで
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ここでいう「安全保障に資する」こととは何を意味するのか、明確な定義がないのですが、明らかにこの文言は、軍事使用に資することとも解釈できるものです。それが基本法に加えられたのですから、その意図はどうあれ、核武装の可能性を大きく開くものである点が批判される必要があります。

しかもその決め方にも、人々の目に触れることなく、付則の改定で、基本法を変えてしまうという大きな問題があります。どさくさにまぎれて、核武装の道を開こうとするものと言われて、反論のしようがない進め方です。

②宇宙航空研究開発機構の活動目的から「平和利用」の限定を削除

この6月20日には、もう一つ重要な法律の改訂が行われています。「宇宙航空研究開発機構」(JAXA)を「平和利用」に限定するとしていた文言を削除することで、軍事利用への見道を切り開いたことです。JAXAは「宇宙航空分野の基礎研究から開発・利用に至るまで一貫して行うことのできる機関」(同機構HPより)ですが、この改訂でこの機構は、軍事ミサイルや偵察衛星の開発・利用ができることになってしまいました。これを報じた西日本新聞は次の点を指摘しています。

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1969年の国会決議以来「非軍事」が原則だったが、2008年に成立した宇宙基本法が「安全保障に資するよう行わなければならない」と、防衛利用容認に転換していた。

文部科学省と総務省の所管省庁に、内閣府と経済産業省を追加し、防衛省が所管することもできるようにした。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/308710

引用はここまで

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③首相が議長を務める「国家戦略会議」が、集団的自衛権の行使を主張

さらに7月6日には、野田首相が議長を務める「国家戦略会議」の下にある「フロンティア分科会」が、集団的自衛権を「保有しているが行使できない」としている政府の憲法解釈を変えて、集団自衛権の行使を可能とすべきだという主張を行いました。集団的自衛権とは、同盟国が攻撃された場合、自らへの攻撃として反撃することを容認する考えで、具体的には世界のあちこちで戦争をしかけているアメリカへの攻撃がなされた場合、自衛隊が反撃に打って出ることを可能とするものです。これが認められると日本の戦争参加の可能性が一気に拡大します。これについては読売新聞が次のように要点をまとめています。

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政府の国家戦略会議(議長・野田佳彦首相)の下で安全保障や経済財政など中長期的な国家ビジョンを検討してきた「フロンティア分科会」(座長・大西隆東大教授)は6日、集団的自衛権について「保有しているが行使できない」としている政府の憲法解釈を見直すよう求める報告書を首相に提出した。

分科会は首相肝煎りで2月にスタート。今回の報告書は「2050年の日本のあるべき姿」を提示。そのうち2025年までに取り組む重点政策の一つとして、「集団的自衛権に関する解釈など旧来の制度慣行の見直しを通じ、安保協力手段の拡充を図るべきだ」と明記した。

さらに、「米国や価値観を共有する諸国と安保協力を深化し、ネットワーク化を目指す」と提言。沖縄・尖閣諸島周辺などへの中国の海洋進出を踏まえ、「離島や海洋資源をめぐる紛争や各種の侵犯活動に、自ら対処する能力を高めていく必要がある」と指摘した。

このほか、日本版国家安全保障会議(NSC)の設置も提言。国連平和維持活動(PKO)五原則にある自衛隊の武器使用基準についても見直しの必要性に言及した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120707-00000090-san-pol

引用はここまで

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④格兵器搭載可能なF35戦闘機を40機以上購入しようとしている

同時にこれと連動した位置にあるのが、アメリカからのF35戦闘機の40機以上の購入です。そもそも東日本で大変な放射能漏れが起こっており、被曝から国民・住民を守ることが最優先されるべきこの時期に、必要もない高性能ジェット戦闘機を買うこと自体が間違っていますが、これと原子力基本法改訂や、JAXAの軍事利用化、集団自衛権行使への踏み込みなどを並べてみたときに浮かび上がってくる重大な事実が、この戦闘機が核兵器搭載可能として開発されていることです。
 
F35が核兵器搭載のものとして開発されているのは、アメリカの政策にもとづくものです。というのはアメリカは核兵器の小型化を図っています。それで戦闘機にも搭載可能になることを目指しているのです。戦闘機は空母に載せてあらゆる地域に展開することが可能で、洋上に移動する核攻撃基地を登場させることができます。潜水艦からの核ミサイルの発射と違い、パイロットが攻撃目標の直近までいって核爆弾を投下するわけですから命中精度もはるかに高くなり、それだけ軍事的脅威が増します。

⑤暴力は暴力しか生まない

こうした暴力による国際政治の進展は何を生むでしょうか。必ず起こってくるのが対抗的な軍事開発です。ロシアや中国など、他の核保有国でも戦闘機に搭載可能な核兵器の開発をめざすでしょう。かって核ミサイル開発競争で行われたのと同じことが、今度は、格を搭載したジェット戦闘機の開発競争として繰り広げられるでしょう。そうなると実は軍事産業にとっては願ったりかなったりなのです。また対抗的な開発が可能になるからです。

しかし恐ろしいことに、そうして新しい兵器が増えると、各国の側に使いたい衝動が生まれると共に、実際にも兵器を使用することで、さらにスクラップアンドビルドを試みる必要性が生じてくることです。

1990年代初頭に、ソ連が崩壊したとき、アメリカ軍は、もっとも優秀で刺激を与えてくれる競争相手を失い、同時に自分たちの存在意義も失ってしまったと呆然となったといいます。そのためにイラクのフセインを挑発して湾岸戦争が仕掛けられました。そのときそれまで開発してきた巡航ミサイル・トマホークなどがふんだんに使われました。劣化ウラン弾も大量に使用され、湾岸諸国は爆弾投下による破壊と、と劣化ウラン弾によるめちゃくちゃな汚染を被りました。

さらに2001年に911事件が起こると、アメリカは何の証拠開示もなしにオサマビン・ラディンを犯人と名指し、彼の引渡しに応じないというだけの理由で、全面的にアフガニスタンに侵攻を始めました。アフガンの人々が、アメリカになんの攻撃をしかけたわけでもなかったのにもかかわらずです。そうして「兵器の見本市」と言われるような戦闘行為が行われました。今度も大量の劣化ウラン弾が使われると共に、バンカーバスターと呼ばれる硬い岩盤をも貫いていく爆弾や、デイジーカッターと言われる広範囲を一瞬のうちに火の海にしてしまう兵器が使われました。使っていない兵器は核兵器だけと言われるような戦闘でした。

さらにそれに続く2003年からのイラク戦争では、フセイン政権が「大量破壊兵器」など、まったく持っていなかったにもかかわらず、それを理由とした大規模戦闘が行われました。逮捕で言えばまったくの誤認逮捕ですが、アメリカはあとから戦争目的を独裁者フセイン打倒に修正、日本政府がこれを承認してしまいました。このときも大量の兵器が見本市のように使われました。それがこの20年間にアメリカ軍が繰り返してきたことでした。
 
これらの流れをみるとき、アメリカが核兵器の小型化をはじめ、戦闘機の軍事的脅威をはるかに高めようとしている体系の中に日本を組み込むことを目指しているのではないかということがみてとれます。また日本の側も、こうしたアメリカの意図に連動しつつ、独自に核武装の可能性を開きつつ、軍事ミサイルの開発や集団自衛権の行使に踏み込み、さらに核搭載可能な戦闘機の配備をも進めようとしているのではないか。そうした疑惑が沸いてきます。
 

⑥崩壊しつつある核戦略維持のための核軍拡?

ではなぜよりによってこの時期にアメリカは核兵器の小型化を目指し、戦闘機への配備による核軍事力のアップを目指そうとしているのか。またなぜ日本政府もまた、この時期に核武装の可能性を広げ、軍事ミサイルの開発すら視野に入れ、集団的自衛権行使や、格搭載可能な戦闘機の配備を実現しようとしているのか。

実はそこにこそ、アメリカと日本が直面している核戦略体系の危機があるのではないでしょうか。なぜか。福島第一原発事故がチェルノブイリに続いて、放射能の危険性を世界の人々に痛感させるものとなっているからです。とくに急速な覚醒を示しているのが日本に住まう市民です。今、日本の中では、放射能に対する学習熱が、おそらくは戦後最大と言える規模で高まっています。アメリカが何よりも恐れているのはこれが世界に波及し、さらにはアメリカに飛び火してくることです。

なぜか。福島原発事故ではアメリカ西海岸もまた大きく被曝してしまっているからです。汚染度は西日本の各地域を上回るほど深刻です。そしてそのことにアメリカの国民・住民が気がつきつつある。お隣の国、カナダでも同じです。そうなるとどうなるのか。アメリカの中で放射能に対する危機意識が高まると、これまで封印してきたいくつもの事実が浮上してきてしまう。例えば、アメリカで実はたびたび起こっていた核軍事工場の事故による放射能汚染などです。

このことは「核抑止力」という考え方を根底から崩すものです。「核兵器は使用するためにではなく、相手に使用させないために持っているのだ。だから核を持っている方が安全なのだ」というのが、核抑止力の考え方ですが、ここには核兵器製造過程で繰り返されてきた事故による深刻な放射能汚染の事実が封印されています。戦後に繰り返し行った核実験による汚染もきわめて過小評価されてきました。しかしアメリカは、まさに核武装することにより、たびたび放射能汚染に襲われてきたのです。

そうした歴史の総体に人々の目が向き始めると、広島・長崎原爆の投下以降、アメリカが必死で封印してきたあらゆることが明らかになりかねません。まさにこの福島原発事故を通じて、アメリカの被曝隠しの歴史的政策がひっくりかえってしまい、真実が暴露されかねない。何よりそのことで、世界の民衆が、そうしてアメリカの民衆が、暴力による世界支配の虚構性に覚醒し、核のない世の中を目指して立ち上るでしょう。だからこそ、放射線被曝の危険性の封印を徹底して継続することが、アメリカのもっとも重要な世界戦略になっているのです。

野田政権による昨年末の冷温停止宣言もこのようにして行われたと推察されます。事故はまったく終わってなどいないのに終わったことにする。そうして日本の市民からもアメリカの市民からも、事故を遠ざける。そのことで核戦略を生き延びさせようとしているのでしょう。今日のきわめて強引な原発の再稼動の動きも、こうしたアメリカ政府による核戦略の生き延びのための強い示唆を受けてのことだと思われます。その意味で日本政府のさまざまな核軍拡の動きは、脱原発の動きを押しとどめることとリンクしているのです。

私たちは今こそこの流れと立ち向かいましょう。世界を暴力で支配しようとして、核爆弾を投下し、その後も核兵器を作り続けてきたアメリカを中心とした暴力の世界に終わりを告げること、世界中の市民の力で、平和と相互理解を広げるべきこと、その展望が今、開かれています。そのためにも日本の中から、核軍拡反対、格搭載可能な戦闘機導入反対の声を上げましょう。暴力の世界をおわらせるために、一緒に歩みを強めましょう!

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