2012.08.02

明日に向けて(519)アメリカによる内部被曝隠しと放射線影響研究所 その2

守田です。(20120802 21:30)

放射線影響研究所に関する考察を続けたいと思います。

前回の記事で、放影研に関する特集番組を紹介した。非常に突っ込んだ内容の報道だったと思いますが、前提のない方にはわかりにくい面も多かったかと思います。そこで今回は、放影研を論じる際の基礎となるものをおさえておこうと思います。

放射線防護における放影研の位置性

放影研は私たちが今、福島原発事故と向き合うとき、とくに放射線被曝からの防護を推し進めるときに、非常に重要な位置を持った組織として存在しています。なぜなら、放射線防護の指針の大元になる、放射線と人間の関係の基礎的なデータを与えてきたのがこの組織だからです。

放射線と人間の関係を突き詰めていったとき、とくにどれぐらいの放射線が、どれだけのダメージを身体におよぼすかを考察する際、私たちは必然的に広島と長崎で投下された原爆の問題に行き着いてしまいます。なぜならこれほど大規模な放射線被曝を被った経験が人類には他にないからです。

いいかえれば、私たちが今、考察の元にしている放射線と人間の関係に関するデータは、広島・長崎の被爆者の調査から得られたものなのです。そしてそのための調査を勧めたのが、この放射線影響研究所の前進のABCC(Atomic Bomb Casualty Commission)というアメリカによって作られた組織でした。

設立は1947年。日本名を「原爆傷害調査委員会」といいました。全米科学アカデミー・学術会議の管轄とされましたが、実はアメリカ軍が大きく関与していました。というよりもアメリカ陸海軍が、学術会議の体裁を装いつつ、設立したのがこの組織でした。

放影研の前進のABCCが目指した内部被曝隠し

その目的な何か。一つには、原爆の兵器としての威力を知ることでした。とくに研究対象とされたのは、原爆が爆発された時に直接に発せられる放射線の威力でした。原爆が爆発すると、中心部から高線量の中性子線とガンマ線が飛び出してくるのですが、それが人体をいかに破壊するのかが重視されました。

つまり兵器としての直接的な殺傷能力の研究です。いかに「敵」を倒せるかの研究の他に、アメリカ軍が原爆攻撃を受けた場合に、どれだけの兵士が生き残り、反撃に転ずることができるのかを試算するためのものでもありました。そのために原爆炸裂と同時に人々が浴びる放射線のダメージが研究対象とされたのです。これは今もなお、放影研の研究の基軸にすえられています。

一方でABCCが大きな目的としたのは、この原爆が破裂した時に飛び出してくる放射線・・・初期放射線と呼ばれましたが・・・に対して、あとから死の灰として降ってくる放射性物質からの被曝の影響を、全くないものとしてしまうことでした。事実、ABCCはそうした報告を長年にわたって出し続けました。

実際には、原爆破裂後に発生したきのこ雲の中に、膨大な数の核分裂性放射性微粒子が生まれ、広範な地域に効果しました。これを浴びたり、吸い込んだり、あるいはこれによって汚染されたものを飲食することにより、広範な人々が内部被曝をしたわけですが、アメリカはそれをそっくり隠そうとしたのでした。

このため被爆者調査の「一元化」が行われ、他の機関がけしてデータの蓄積や原爆による人体への影響の研究をすることがないように、厳重な監視が行われました。その意味で、ABCCは内部被曝の被害を隠すことそのものを、アメリカ軍の核戦略の重要な一環として担ったのです。

なぜアメリカは被曝実態を隠そうとしたのか

それはなぜだったのか。実は1920年代にショウジョウバエにX線をあてる研究の中で、次世代に突然変異が起こることが確かめられていたことを経緯としつつ、原爆投下直後から、ヨーロッパの遺伝学者たちの中から、原爆の兵器としての非人道性の告発が始まったからでした。

同時に、日本の敗戦後に広島に乗り込んだジャーナリストが、その惨状を世界に向かって発信しはじめました。イギリスの『ロンドン・デイリー・エクスプレス』は「広島では・・・人々は『原爆病』としか言いようのない未知の理由によっていまだに不可解かつ悲惨にも亡くなり続けている」と報道しました。(1945・9・5)

またアメリカの『ニューヨーク・タイムズ』は「原子爆弾は、いまだに日に100人の割合で殺している」と書きました。(1945・9・5)アメリカ軍はこれらに対処する必要から、原爆製造計画=マンハッタン計画の副責任者のファーレル准将を翌日6日に東京に派遣して記者会見を行います。そして「死すべき人は死んでしまい、9月上旬において、原爆で苦しんでいる者は皆無だ」と声明させました。

さらに9月19日にはプレスコードによって、原爆に関する報道を全面的に禁止してしまいました。原爆被害の全資料は最高軍事機密とされ、米軍による一元的管理のもとに置かれたのです。こうしたことの継続として、1946年末にABCCの設立が計画され、1947年からその歩みをスタートさせたのでした。

内部被曝隠しと被爆者の切り捨て

では内部被曝はどのようにして隠されたのでしょうか。まず第一に、放射線の害を原爆破裂時に飛び出してきた中性子線とガンマ線、およびそれによって放射化されたものに限定することによってでした。アメリカはこの放射線の到達範囲を爆心地から半径2キロ以内とし、それ以外の人々はまったく放射線を浴びていないことにしてしまったのです。

このため原爆投下時に爆心地の近郊にはおらず、あとから救助に向かったり、家族を探すなどして市内に入り、対象の放射性物質を吸引して内部被曝した人々、長らく「入市被爆」と呼ばれてきた人々が、対象外に置かれてしまいました。きのこ雲の下にいて、大量の放射性物質の降下にさらされた人々も同じでした。

こうしたアメリカの目的を維持するために、ABCCは強引な調査を続けました。前回の「報道特集」の中でも触れられていたように、いやがる被爆者をジープを乗り付けて強引に連れて行き、裸にして検査を行い、極めつけとして何の医療行為もしませんでした。医療行為をすると被害の証拠が残るためだからでした。ABCCはこうした被爆者に起こった全てのことを一元管理したのでした。

しかも放射線の殺傷能力に関心を持つABCCは、被爆者の遺体を求め続け、さまざまな手で強引にわがものとして解剖を繰り返しました。被爆者の内蔵標本などを作り、原爆の威力の研究のために使ったのですが、こうした姿勢は、被爆者の批判、恨みを根深く受け続けることになりました。

これらのために被爆者は、二重・三重の苦しみを背負わされました。まずアメリカが報道管制を敷いて、原爆に関するあらゆることを秘密事項としてしまったために、被爆者の惨状は日本国内ですら社会的に伏せられてしまい、何らの救済も及ばない時期が長く続きました。被爆者に対する法的援護が始まったのは、被爆後10年以上も経ってからでした。

さらに内部被曝隠しのもとで、たくさんの実際に被爆した人が「被爆者」として認められなかったり、認められても、自分の病気を放射線のせいだとは認められないといったことがたくさんおこりました。とくに被爆者のうち、放射線を浴びて病にかかったと認定された人は「原爆症認定」を受けることになりましたが、その数は被爆者全体のごくわずかにとどまり続けました。

ABCCは内部被曝を隠し続けるために、こうした被爆者の苦しみを放置し、救済の道を遠ざけ続けたのであり、まったくもって非人道的で酷い役割を果たし続けてきたことが批判される必要があります。ABCCを引き継ぐ放影研は何よりもこのことを被爆者に対して謝罪すべきです。

非常に甘い放射線防護基準の創出を下支え

ABCCと放影研の果たしてきた役割はそれだけはありませんでした。このように内部被曝を伏せたままのデータを、放射線と人間の関係の基礎的データとして世界に公表することで、ICRP(国際放射線防護委員会)による放射線防護基準の策定をデータ面で支える役割を果たしました。

この場合のデータも、内部被曝を隠したことにとどまらず、さまざまな形で実際の被害を過少に見積もる操作が繰り返されたものでしたが、このことでABCCと放影研は、世界中の人々に、微量は放射線は危険ではないとして、事実上、被曝を強制する役割を担いました。

広島・長崎の被爆者から得た恣意的なデータを利用して、放射線被曝の影響を小さく見積もり、世界中の人々に、さらなる被曝を強いてきたわけですから、ABCCと放影研が行ってきたことの罪は極めて深いといわざるをえません。しかもそれは今日、世界の「放射線学」のベースをも形作っているのです。

福島原発事故による膨大な放射能漏れと、それにもかかわらずものすごい数の人々が、汚染地帯に今なお住んでいる現実を見るとき、私たちはこうしたABCCと放影研、そしてICRP(国際放射線防護委員会)が築き上げてきた内部被曝隠しものとでの虚構の「放射線学」を解体し、真の被曝の科学を打ち立てることこそが問われていることを痛感せざるをえません。

TBS特集番組の突き出したもの・・・求められるのはデータの全面公開!

こうした観点から見るときに、今回の報道特集において、内部被曝の研究をしてこなかった放影研が、膨大な放射能漏れを引き起こした福島事故と、その低線量被曝の影響においては、何ら参考にたる蓄積を持っていないことを引き出したことは、それ自身が画期的な位置を持っていることだと言えます。

なぜなら事故後に行なってきた政府による「放射能は怖くないキャンペーン」やこれを支えてきた「原子力村」に連なる人々の言動のほとんどが、ABCCと放影研が積み重ねてきたデータに基づく、ICRP=国際放射線防護委員会の言質の上にたっているものであり、この番組での放影研・大久保理事長の発言は、これらの論拠を根底から解体するに等しい重みを持っているからです。

その意味で私たちは、ここで述べられた放影研の見解を公式文書として引き出し、今後、内部被曝を含む低線量被曝の考察において、放影研のデータは利用するに値しないこと、また放影研のデータに基づくあらゆる言質は今後通用しないことをはっきりとさせていく必要があります。ここまで私たちが行うことで、この番組が突き出したものは非常に大きなものとなりうると思います。

その上で、私たちはこの番組の中で表明されている放影研の方向転換については真摯な反省を媒介としたものではないが故に、信用に値するものではないことも、確認しておかねばならないと思います。先にも述べたように放影研は長年にわたる被爆者への仕打ちをこそ誠意をもって謝罪すべきであり、それを方向転換の土台とすべきです。

さらに放影研が今すぐになすべきことは、被爆者から強引に収集した全てのデータを公開し、多くの人々の自由な研究の手に委ねることによって、国家機関の手から離れた真の内部被曝研究の道を切り開くこと、そのために貢献することであると言えます。私たちは今後、このことをこそ放影研に求めていくのでなければなりません。報道特集はこうした重大な問題を引き出すことに成功しました。これを受けた私たちの行動が今、問われています。

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