2016.02.15

明日に向けて(1213)ファシズムに抗するために・・・改憲阻止が必要だが改憲されたら終わりなのではない!

守田です。(20160215 22:00)

安倍政権の暴走が続いています。
戦争法強行可決、原発再稼働強行に続いて、いよいよ憲法改悪が焦点に上がってきています。
これに対して、この流れを食い止めようとする多くの方たちが野党共闘の実現などで、阻止陣形を広げようと訴えています。僕も全面的に賛成です。
しかしあえて今回、強調しておきたいのは、かりに選挙でうまく勝つことができず、憲法改悪の流れが深まったとしても、それで終わりなのではけしてないということです。

もちろん僕は何が何でも改憲を食い止めたいと思っているし、そのために尽力する決意もしています。しかしそれでも「改憲になったら終わりだ」と考えると私たちの運動や発想から余裕が失われてしまうように思え、それを回避したいと思うのです。
また「こうなったら終わりだ」と考えると、必要以上に国家権力を巨大に描いてしまうことにもつながり、私たちの民衆の力を過小評価してしまうことにもなります。悲壮感に陥ったらそれだけで人は豊かさを失ってしまいがちです。
今の世の流れには確かに戦前に向かうようなモメントがありますが、しかし大きな違いがたくさんある。戦前は「お国のために戦う」ことが当然とされる世の中だったのです。男の子の多くが小さい時から軍人になることを夢見ていたのです。
軍国主義は国民・住民全体の好戦的なモメントによっても支えられていたわけですが、しかし今は違う。戦後70年間、自国軍隊に戦争をさせなかった「平和力」が私たちにはある。このことを何度も確認しておくことが必要です。

この点を踏まえて押さえておきたいのは、安倍首相が憲法改悪で狙っているのが9条解体であることは間違いありませんが、多くの識者が、そこだけに惑わされず、憲法の人権条項全体が骨抜きにされようとしている点に注意をと語っていることです。
とくに危険性が指摘されているのが「非常事態条項」です。戦争や大災害の勃発時に政府に非常大権を与えんとするもので、まさに民主主義の否定そのものです。
実際にはそんなものはなくても現行法でもかなりの大権があるのですが、安倍首相は己への批判を極度に嫌い、激しく逆切れしてしまう御仁なので、「非常時」に政府を批判する一切の権利を認めたくないのでしょう。
その意味で私たちは、憲法9条を守ることだけに意識を奪われず、この非常事態条項の恐ろしさと危険性、またその非民主主義性、人権思想にツバするとても認めがたいファッショ性をおさえておく必要があります。

その上で「非常事態条項」を作ろうとする安倍政権の意図はなんなのか。どのような事態を想定しているのかを私たちは押さえておく必要があります。
一つは先にも述べたような第二の福島原発事故が起こった時に、非常大権を得ることです。もっとも実はマスコミがすっかり忘却してしまっていますが、この国には今とて「原子力緊急事態宣言」が発せられたままであり、内閣は非常大権を持っています。
このもとで「応急措置」として、年間被曝量が1ミリシーベルトを上回る地域に人々が住まわされていたり、本来、飲食や寝ることが禁止されている「放射線管理区域」にまで人が住んでいる現実があります。事故以前の多くの法律が守られていないのです。
しかし安倍政権は事故時のより強い大権を欲しているのだと思います。非常時に危険情報を出したり中東の現実を伝えることなどまで抑圧する準備をしておかないと、不安で仕方がないのでしょう。

ではなぜこうしたことが想定されるのか。原子力規制庁の新規制基準が「重大事故の発生」を前提としたものになっているからです。
チェルノブイリ原発事故が起こったときに、政府と電力会社は、「あのような事故は日本では絶対に起きない。だから原発を動かさせてくれ」と私たち国民・住民と約束したのです。
福島原発事故でその約束が破れたのだから原発を廃止すべきなのですが、原子力規制庁はなんと「重大事故が起きないと言ってきたのが間違っていた。これからはそのような事故が起きることを前提としそれへの対策を求める」と開き直ったのです。
だから規制庁は「新規制基準に通っても安全だとは言わない」と明言しています。安倍政権はこれを無視しているものの実は熟知しており、だから災害時の非常大権を用意しているのです。事故に備えるのではなく事故時の政府批判に備えているのです。

もう一つ、想定されているのは戦争にまつわることです。最もリアリティがあるのは海外で自衛隊が武装勢力などと交戦状態に入り、双方に死者が出る事態です。またこれに伴って日本が報復の対象となってしまうことです。
この時、安倍政権はイスラム武装勢力の脅威を煽るだけ煽り、なおかつ「同朋の殺人を許すな」という社会的攻勢をネトウヨ総動員でかけてくるでことでしょう。あるいは「テロリストの侵入」の脅威をうたい、基本的人権の停止をすら唱えるでしょう。
この点でも実は現行法でもかなりの人権停止が行われてきたし、さらに法の精神を逸脱した警察力の行使すら度々行われてきていることをおさえておきたいですが、こうしたときに、それこそもっと強い大権を持っておきたい。
とくに国内でパリのような襲撃事件などが起こり、多数の死者が出たときに、「テロを許すな。屈するな」というトーンを一気にあげ、一方で「死者が出たのは安倍政権のせいだ」という声を取り締まり、封じ込めたいのでしょう。

このように安倍政権はもはや、原発事故や戦争での大規模被害が起こりうることも想定に入れつつ、それを防ぐための努力をするのではなく、その時に沸き起こる政府批判に対してこそ、構えようとしているのです。
いやすでに起こってしまった福島原発事故による被曝被害の現実がだんだんに目に見えるようになりつつある中で、それらより強権をもってもみ消すことも画策しているのだと思えます。
だから「非常事態条項」を私たちはけして許してはなりません。これが狙っているのは基本的人権そのものの停止だからです。いやこれらはテレビ局に圧力をかけることで、政権に批判的なキャスターが相次いで降板させられていることでも先取りされていま

す。

さて、肝心なのはこれに対してどうしたら良いのかです。まず第一に、先にも述べたように国会での憲法改悪を阻止することが大切です。そのために野党共闘などで改憲勢力が3分の2になることを止めるのです。
しかし今回強調しておきたいのは、例え憲法が改悪され、非常事態条項が通っても、それに屈せずに安倍政権と立ち向かい続けていくことのできる強い決意と態勢、しなやかな力を、私たちの間で逞しく醸成しておこうということです。

そのためにはどうしたら良いのか。原発事故に対しては下からの災害対策を進めることです。この過程で広範に原発の危険性への認識を広めることができ、いざというときに政府の騙しを見抜ける力が増します。そうすれば簡単に弾圧などできません。
またそもそも今、あらゆる災害対策に求められているのは民衆の能動性です。水害などでも中央の一元的管理で危機を脱することなどできていない。いざとなったらどんどん自主的に動けるようになることこそ大切で、それ自身が非常大権を骨抜きにします。
さらに福島原発事故の被害をきちんと表に出し、同時に被災者、避難者の権利を守る声を高めていくことです。こうしたことが多くの人の常識となってこそ、次なる非常大権にも抗することができるからです。

二つに戦争の進展に対しては、何よりも中東情勢や東アジア情勢への正しい認識を強めることで、諸悪の根源がアメリカの暴力にこそあることを広め、「テロに屈するな」などという攻勢に屈しない見識を広めておくことです。
とくに大事なのは、自衛官の死亡時、あるいは国内で政府が「テロ」と呼ぶ、襲撃事件などが起こった時に、間髪入れずに「被害の責任はアベ政治にある」と訴えて起ちあがる、民衆の側のネットワークを形成しておくことです。
その準備をしておくことで、ナショナリズムの高揚にけして巻き込まれず、正面から対決して、アベ政治を力強く批判していくことができます。そのためには僕は「テロ」という言葉の使い方にも熟慮すべきだと思いますが、これは稿をあらためて提案します

いずれによせ、どちらに対しても、起こりうる非常時に対し、能動的な民衆の備えを逞しくするのです。このことが自ら的確な判断を下して行動できる力を増します。そうなれば政府の情報コントロールに騙され、操作されることなどありません。
さらにまたこのように起こりうる危機を想定して民衆の側が能動的に行動することこそが、こうした未曾有の危機そのものの発生を防いでいく可能性を最も広げていこともここで強調したいと思います。
原発は動いてなくてもある限り危険なのです。この認識を災害対策の中で多くの人と共有化してこそ、一刻も早く危険性を除去しようと言う声も高めることができます。ぜひとも能動的な行為としてこれらに取り組みましょう。

私たちが見ておくべきことは、戦前の軍国主義がそうであったように、政府批判を抑圧した政体は実は最も弱体であることです。
そもそもそのような政体では内部からも真っ当な意見が出てこなくなります。権力者が誤った、愚かな方向に走っても止められない、そうした状態に陥っているのが独裁政権であり、安倍政権が近づいているものです。
戦後の民主主義は、実は合理性も知性も欠いて国家ぐるみの玉砕へと走った軍国主義日本に対する、為政者の側の捉え返しの中からも出てきたものであり、だからこの間、引退した自民党の重鎮の多くが安倍政権批判の声をあげてもいるのです。
現状では現役は何も言えない。実は最も先んじてファッショ化しているのが自民党内部だからです。しかしだからこそとても弱い。私たち民衆が結束して立ち向かえば、内部からの離反や崩壊が起こることも含めて、必ずこうした政体は倒すことができます。

そのためにこそ、私たちには戦前の人たち、いや戦後に奮闘した人たちを含めて、先人が流した血と汗によって築かれた人権が私たちの前にあることを自覚しましょう。
戦前は女性は参政権すらありませんでした。結社の自由もありませんでした。一方で特高警察があり拷問が当たり前でした。しかし今、万が一改憲されても一気にそこまで行ってしまうわけではないし、そんなにやすやすと人権を手放す必要などありません。
抵抗すれば良いのです。圧倒的多数の力でです。人権は紙に書かれたものではなく、私たちの心の中にこそ宿るもの。それを行使すれば良い。安倍政権の行う改憲など憲法違反そのものなのですから、そんなものには従わずに歩めば良いのです。
そのためには今の運動の課題を選挙だけに切縮めてはいけません。原子力災害対策を広げていくことや、戦争反対の声を世界情勢の認識と共に広め、命を守る輪を逞しく広げましょう。その意味で憲法を暮らしの中にしっかりと埋め込みましょう!

最後に憲法第12条の前半のくだりをご紹介しておきます。
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」
この努力はこれまで、国民条項から排除されてきたたくさんの外国籍の方たちとともになされてきたものであること、その中で人権が成長してきたことも書き添えておきたいと思います。
この遺産を継承し、さらに多くの人の心を寄り合わせ、前に進みましょう!

続く

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