2015.09.08

明日に向けて(1146)「とっとと逃げる」ことを軸とする対策を構築(原子力災害対策への取組を振り返って-2)

守田です。(20150908 06:30)

原子力災害対策への取組を振り返る記事の2回目です。

実は僕にも福島原発事故の直後、事故が進展して大変な破局が起こる可能性があると考えるのは受け入れがたい面もありました。
そんなときたまたま高木仁三郎さんの本を読み返し、目の前で起こっている事態が完全に指摘されていたことを再認識し、刹那に「高木さんごめんなさい」という思いが込み上げてきて、思わず嗚咽してしまいました。駅のプラットフォームでのことでした。
今、思い返せば、そのときに原発事故が起こった直後から、「壊滅的な破局だけは起きて欲しくない」と、何かにすがりついて拝みたくなるほどに思い詰めていた心的エネルギーが爆発し、涙とともに放出されたのだと思います。
そうして涙が止まるともに僕は「どんな破局が来たとしても受け入れよう。そこからできることを考えよう」と腹を決め、覚悟を固めました。それで書いたのが以下の記事でした。

地震続報(19)最悪な事態になってもまだできることはある!
2011年3月18日
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/63c3639bb90f919a3a5cdba868d30713

このとき僕は次のように書いています。

「みなさん。事態が最悪のシナリオをたどれば、炉心がメルトダウンして大気中に出てしまう可能性や、核爆発が起きる可能性があります。
今、私たちの前にあるのは、4基の原発が深刻な危機の中にあり、さらに2基の原発もコントロールできず、このほかに、これらの使用済み燃料プールの1.4倍のプールがあって、水位も温度も把握できてない状態です。これが現にある事実です。
ここから言えることは、最悪の場合は、チェルノブイリを上回る事態に発展するということです。それがどれほどのものになるかは全くわかりませんし、それはなったときに事実をとらえた方がよいことだと思います。

ただそれでも確実なのは、最悪の事態を迎えても、一瞬のうちに日本人が死に絶えてしまうわけでは全くないということです。近くでは強い放射線による急性症状が発生し、亡くなる方がたくさんでます。
これに対して、放射能を体内に取り込んでの内部被曝では、何年かかかって、ガンになる可能性があり、実際に発症が多数おこるでしょう。
でも、それもまた確率論的に起きることで、それぞれの人がどうなるかは分かりません。サバイブの可能性はたくさんあります。
だからその場合でもまだまだできることは山ほどあるのです。けしてこの世が終わるわけではありません。最悪の場合でも、わたしたちには必死でもがくことができるし、道はたくさんある。僕はこれこそが今、確実に言える希望だと思います。」

実際には事態は最悪までは進まず途中で止まりました。干上がりつつあった4号機プールの隣にたまたま水が張ってあり自重で仕切り版が壊れてプールに入ってくれた。行幸の産物で最悪の破局は回避されました。その後もプールはなんとか持ってくれました。
しかしこれは結果論です。あの事故直後の一週間の中では、最悪化するたくさんのシナリオが残されていました。だからこそそれに備える必要があったのでした。
にもかかわらず世の中には「正常性バイアス」が蔓延していました。それに政府が乗っかる形で安全論を流し続けていました。そのことでほとんどの人が破局に身構えることなく、無防備に過ごし続けていました。
いや破局に身構えなかっただけではありません。実際に原発から漏れ出した放射能に対してすら無防備な生活が続けられていました。そうしてものすごくたくさんの人々が避けられない被曝だけでなく避けられた被曝までしてしまいました。

これらのことから僕の中では、原子力災害対策の中での一番重要なものは「正常性バイアス」の心理的ロックに抗うこと、このバイアスを越えることだという強い信念が形作られました。
誰だって破局的事故なんか起こって欲しくないし、放射線被曝で重篤な病気になどなりたくない。
しかしだから原発を止めることや被曝を防ぐことに一生懸命になるよりも、「原発事故が起こっても深刻化しない、ましてや破局的事故なんて起こらない。放射能を浴びても大した被害はでない」と考えた方が楽なので、そちらに流れやすい面があるのです。
僕はそこから当時、「正常性バイアス」がこの先も働き続けるだろうと強く感じました。これに抗わなくてはいけない。これを崩さなければならない。そうでないと人は放射線防護に向かってくれないと思いました。

現在もそうです。実は「正常性バイアス」は今でも強く働いているのです。このため被曝基準が事故前よりも格段に緩和されてしまったにも関わらず、まだ多くの人がそれを受け入れてしまっています。
それは放射能の危険性を認知すると、防護を始めなければならず、場合によっては避難をしなければならなくなるので、心理的ハードルが高いからです。だからこそ正常性バイアスが働きやすいのです。
これに政府が全面的に乗っかり、たくさんの御用学者を動員して被曝影響は大したことがないと宣伝しています。その上で避難の権利をせばめ、避難指示地域を縮小し、嫌がる人々を強引に帰還させようとしています。
再稼働もそうです。過酷な原発事故が再び起こる可能性を考えて身構え続けることは心的エネルギーが必要なため、正常性バイアスがかかりやすい。そこに付け込む形で原発周辺へのとり込み工作などがなされて、再稼働が強行されています。

これらから僕は一番目に「放射線とは何か、いかに防護するのか」を持ってくるよりも、避難を妨げる心理として「正常性バイアス」があることを自覚し、いざとなったら「とっとと逃げる」心構えを作ることを第一とする原子力災害対策の雛形を作りました。
するとすぐにも見えてきたのは、もともとこの観点は自然災害への対策の中でつかまれてきたものですから、「とっとと逃げる」心構えを作ることがあらゆる災害への対策においてもとても有効なことでした。
「正常性バイアスにかからないようにすることを身につけると命を守る力が増す」のでした。このため冒頭に紹介した同志社大学の松蔭寮での講演でもこの点を強調しました。
当日は学生さんたちの多くが目を輝かして聞いてくれましたが、同時に当日招かれて防火指導をしてくださった京都市消防局のみなさんが非常に共感し、喜んで帰ってくださいました。それらの姿に「ああ、この内容はもっと広げられる」と確信を持ちました。

続く

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