2012.08.21

明日に向けて(531)尾道、福山、三原の訪問を終えて(大盛況でした!)

守田です。(20120821 21:00)

すでにお伝えしたように、8月18日、19日の日程で、広島県東部の三つの市で講演をさせていただきましたが、どの場も想像を上回る方たちの参加で大盛況でした。具体的には尾道180人、福山70人、三原120人だったと聞いています。三原の実行委の方は、「三原では40人くれば、まあ今日はきたよね、となり、70人にだったらやったあとなる。120人はとにかく驚き。どこからあれだけの人が来たのだろう」とおっしゃっておられました。

しかもこの19日には、なんとこの三つの市で大型バスを仕立てて、30人が伊方原発再稼働反対行動のため愛媛県松山市まで駆けつけているのです。一方で三市連続講演会を行いながら、松山市にまで人を出してしまう。尾道・福山・三原の方たちのパワーに脱帽です。ちなみにこの松山行動も、全体で500人の参加。政党や組合に依拠しない市民主体の行動では過去最大の盛り上がりだったとか。しかも大雨をついてデモを行ったそうです。いやいや、瀬戸内をはさんで広島と愛媛で熱い運動が広がっていることを実感しました。

こうしたパワーはどこから来るのでしょうか。僕なりに推察するに、一つには今回の三市の取り組みの中心になった尾道の方たちのおおらかさとあたたかさからではないかと思えました。僕は尾道でお話させていただくのは都合3回目になりますが、その度に「フクシマから考える一歩の会」の中心メンバーの方たちに食事会に招いていただいています。

この会合が面白い。いつも喧々諤々の論議がされるのです。それぞれが自論を持たれていて、中には、必ず「それを考えるにはカントの道徳哲学に戻る必要がある」とみんなを18世紀のドイツに連れて行ってしまおうとする方がいます。ところがそれがしばらく続くとまたほかの人の主張が始まって、違う世界にビューっと話が飛んでいく。とにかく話はあっちこっちに飛ぶのですが、そこに流れているのは、何を話しても許されるおおらかな雰囲気です。

「またー。くだらないことを言って」などと言いつつ、誰の発言も存在が許される。だから誰もが、歯に衣を着せずにいいたいことを言っていることがわかる。その中でおおらかに団結が保たれていることが伝わってきてとても心地よいのです。僕は福山と三原のことはよくわかりませんが、こうした雰囲気の上におおらかなつながりができているのではないかなと思えました。

また「一歩の会」の方たちは、訪問者をとても大事にしてくださいます。実は始めに訪れた時のこと、尾道で一泊して、翌朝、新尾道の駅から帰ろうとしたら、そこに何人かの方たちが集まってこられてびっくりしました。それでみんなで駅のプラットフォームまであがってこられるのですね。そうして新幹線が発車する刹那にお見送りされてしまいました。何とも気恥ずかしいし、他の場でそうしていただきたいと言っているわけではけしてないのですが、尾道流の歓待のあり方に心が温かくなりました。

あとで聞いたら、肥田さんを講演でお招きした時もみんなで駅まで見送りにいかれて、肥田さんがとても喜ばれたのだそうです。「ああ、この方たちは人を喜ばすことを楽しんでいるのだな」と思いました。実は僕が参加している京都の運動でもこうしたことにはかなり気を使っています。講演などで京都にお招きした方は可能な限り、観光地にお連れしたり、お寺でお抹茶を飲んでいただくことなどを組み込むようにしています。それでお相手が喜んでいるのをみると「してやったり!」とみんなで喜ぶのです。

そうした茶目っ気のある暖かさが尾道には流れています。そうした上に放射線の問題で努力を重ねてこられたことが、今回の三市ともに予想を大幅に上回る人との集まりを作り出すことに成功したのではないかと思えます。ちなみに僕が尾道から愛媛県今治市まで続く「しまなみ街道」がいいなあと漏らしていたのを聞きつけて、今回は18日の午前中に、観光も組み込んでくださったのでした。みなさんが準備している間に二人の方が付き合ってくださり、しまなみ街道をドライブして、由緒ある神社にまで連れていってくださいました。その後のお昼などもすごく考えをめぐらしてくださり、とてもありがたかったです。けしてほかでもそうして欲しいと言いたいのではなく、そんな尾道の方たちの温かさ、おおらかさ、面白さをみなさんに紹介しておきたいと思うのです。

もう一つ。どこでもあらゆる世代にまたがる参加がありましたが、高齢者の参加が多いように見受けられたこと、被爆者であったり、原水爆禁止運動に参加してこられた方の参加が多いように感じたこと、それが参加者の数をおしあげていたのではないかと僕には思えました。実際、三原では85歳の被爆者の方が参加され、「広島であろうと、長崎であろうと、福島であろうと放射能に違いはない。自分は85歳の被爆者として、自然エネルギーの採用を求めます」と発言してくださり、嬉しく思いました。

これはこの間、放影研についてNHKやTBSなどがかなり突っ込んだ報道をしてくださったこと、いやそれそのものが、放射線防護への市民的関心が高まる中で放影研が内部被曝を無視してはおれなくなったこと、そのためにどこまで真意であるかは別にせよ、「路線変更」を表明することで、マスコミの注目を集めるにいたり、嫌が上にも放影研のこれまでの調査活動に焦点があたらざるをえなくなったことなどを背景としているように思えます。

そうした流れの一つを、私たち、「市民と科学者の内部被曝問題研究会」による、ECRR会長と、ドイツ放射線防護協会会長との放影研訪問、会談の実現なども作り出したのではないかと思いますし、それを繰り返しお伝えしてきた僕自身のブログの効果も少しはあったのではないかと考え、ニヤリとする思いもありました。

ちなみに僕のブログ内容は多くの方がツイッターで拡散してくださっています。そうした中で、今回の講演会の内容が、実行委のみなさんがあちこちにチラシをまいてくださったことに加えて、多くの方に伝わったのではないかと思います。福島原発事故と、広島・長崎原爆のつながりに、ほかならぬ広島で、注目が集まりつつあるとの確かな手応えを感じました。

さらにもう一点、三原でとても印象的だったのは、「中国電力スラップ訴訟」で中電から訴えを受けている4人の一人、岡田和樹さんが実行委の中心を担ってくださっていたことでした。この訴訟は上関原発反対運動の逞しい前進に対して、中部電力が嫌がらせに仕掛けてきたもの。中電は、2009年10月に強引に埋め立て工事に着工したのですが、これに対して地元の方たちを中心に、非暴力に徹しながらも身体を張った抵抗が行われました。

これに対し2009年12月に突然中電は、祝島島民2人とシーカヤックで抗議していた2人の市民に対して、工事妨害を名目に4800万円もの損害賠償請求裁判をおこしてきたのです。これが「中国電力スラップ訴訟」なのですが、このシーカヤックで抗議してきた一人が三原でチェルノブイリ原発事故の年、1986年に生まれた岡田和樹さんなのです。

恥ずかしながら僕はこの訴訟のことをよく知らなかったのですが、岡田さんの姿を見ていて、中電の嫌がらせにはもちろん腹がたったものの、ああこういう若者が海で頑張ってくれていたのかと知って、なにかとても嬉しくなってしまいました。岡田さんはさらに1年前から有機農業にチャレンジしています。海と農地で浴びたのであろう太陽によって腕は真っ黒。何ともすがすがしくてかっこいい。そんな姿に、尾道、福山、三原に、上関の息吹が流れ込んできていることを強く感じました。なおこの裁判のことは、またあらためて紹介したいと思います。

また福山では中心を担っている坂田さん方が、最近、誕生した緑の党の育成のために奮闘していることも知ることができました。今度、京都から人を呼ぶそうですがなんと僕の友人の加藤良太さんでした。また福岡から長い間、緑の党の立ち上げに尽力してきた足立力也さんとも、いろいろな行動をともにしてきたとのこと。加藤さんもそうなのですが、とくに足立さんとは、今年4月14日に亡くなった安藤栄里子さんという共通の親友を持つ間柄で、昨年3月11日以降、何かにつけ連携してきた仲間なのですが、そうした私の友人たちも参加している緑のムーブメントとつながりながら、福山で頑張っておられることを知ることができました。加藤さんが福山を訪ねる企画については以下をご覧ください。
http://blog.livedoor.jp/sakatakouei/archives/51440615.html

また今、調べてみたら、福山での僕の講演の様子をもうネットにアップしてくださっていました。早い!このアドレスも紹介しておきます。ちなみに文章もお上手です。短くコンパクトに説明できるこの能力が僕も欲しい!
http://blog.livedoor.jp/sakatakouei/archives/51447020.html

ブログの最新ページには、松山行動のことも載っていますのでぜひそれもご覧ください。これらのページを読んでいると、福山の盛り上がりの理由もビジュアル的に見えてくるのではと思います。ともあれ今回は尾道を中心に、こうしたそれぞれの積み重ねが一緒になってより大きなハーモニーとなったことが分かりました。それで「どこから来たのか分からない」参加があったのでしょう。みなさんの活動の開花の場に立ち会えて嬉しい限りでした。

尾道、福山、三原にはこれからもお邪魔しようと思います。また広島市からも幾人かの方たちが参加されていたので、ぜひ広島県西部にもお邪魔したいです。そうして広島県民の方たちと共に、放射線防護を進めながら、放影研に繰り返しアプローチを行い、情報の開示を勝ち取り、原爆投下以降、隠されてきた内部被曝の真実をさらに明らかにしていきたいと思います。そのためにも今後も広島に通いたいと思います。

尾道、福山、三原での素晴らしい企画の開催のためにご尽力いただいたすべてのみなさんに感謝して、報告を閉じます!

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