2015.05.06

明日に向けて(1082)原爆から生まれた原子力政策の本質を捉え返そう(中間貯蔵施設問題によせてー2)

守田です。(20150506 23:30)(0507 17:30訂正)

5月9日に京都府宮津市でお話しますが、大きな課題として宮津に使用済み核燃料中間貯蔵施設建設が持ちあがっています。
中間貯蔵施設建設は、原発の再稼働のための必須の施設です。もともと各地の原発の燃料プールが使用済み核燃料で一杯になっている状態を前に製造が考えられたもので、これがないと例え再稼働してもすぐに燃料交換ができない状態に陥ってしまいます。
反対に言えば中間貯蔵施設を作らせなければ原発は稼働できなくなります。その意味で宮津に中間貯蔵施設を作らせないことは、全国各地の原発を動かさずにこのまま廃炉を実現するための大きな一歩になります。

ただしこの問題はもう一つ、重大な事実を抱えています。使用済み燃料プールが一杯であることそのものです。それ自身が大変、危険なことです。
福島原発事故での4号機の危機で明らかになったように、燃料プールはきわめて脆弱な構造nのもとにあります。万が一、冷却水が抜けてしまえばただちに高温を発して溶け出し、ジルコニウムの被覆管に覆われた膨大な放射能が出てきてしまいます。
このため燃料棒そのものは可能な限り早く燃料プールから降ろし、水を使用しない乾式キャスクと呼ばれる入れ物に移すべきです。その方がまだしも危険性が小さくなるからです。

これらの問題をいかに解決するのかをも視野にいれつつ、中間貯蔵施設問題をここでまとめておきたいと思いますが、そのためにはそもそも核エネルギーとは何かに立ち戻って考察を進める必要があります。

核エネルギーの使用は原爆開発から始まり今も核兵器に寄り添っている

「中間貯蔵施設」はその名前そのものが原子力政策の行き詰まりを表すものです。ここで少し原子力政策とは何だったのかを振り返っておきたいと思います。
もともと原子力政策は核兵器開発の副産物として生まれました。核兵器とは物質の核分裂の際に飛び出してくる膨大なエネルギーを爆弾に使用したもので、天然界のウランの中にごく微量に存在する核分裂するウラン235を軸にアメリカによって作られました。
ウラン235に中性子を当てると核分裂が起こり、エネルギーと放射性物質(死の灰)が作られると同時に、2~3個の中性子が飛び出してきて次のウラン235にあたり、核分裂連鎖反応が起きます。持続的に続くことを臨界といいます。
一瞬のうちに核分裂連鎖反応が起こると一気に強いエネルギーが発生し、核爆発が起こるわけですが、そのためにはウラン235を次々と核分裂するように並べておく必要があります。

ところが自然界にあるウランのうちのウラン235の含有率は0.7%しかないのでこれでは核爆弾は作れません。中性子が次のウラン235になかなか当たらないからです。
そのため生まれたのが「濃縮」という技術です。自然界のウランの中から0.7%のウラン235だけをかき集めるのです。こうして濃度を100%近くにまで高めることで原爆が製造が可能になります。
同時に核分裂連鎖反応についての知識を高める必要から、実験的に、核爆発よりも遅いスピードで核分裂を起こさせる装置として「原子炉」が開発されました。1942年11月のことでした。

核爆発より遅いスピードで核分裂を連鎖させるにはどうしたら良いのか。一つに中性子のスピードを落としてやることです。このため水(重水、軽水)や炭素などが使われました。中性子がこれらに当たってスピードが落ち、連鎖反応がゆっくりになります。
さらに中性子を吸収して次のウランに当てなくする物質(カドミウムなど)も使われました。これらによって中性子のスピードも数も調整できるようになり、臨界状態に達した核分裂をそれ以上拡大しないで維持することもできるようになりました。
この原子炉の登場のもとで、さまざまに臨界実験が重ねられるようになり、原爆製造は一気に現実味を帯びてきました。

こうなると重要なのは核爆弾として破裂するだけのウラン235を蓄積することでした。臨界実験から一定の量がなければ爆弾として使用できないことが分かり、さまざまウランの濃縮方法が重ねられ、100%に近いウラン235の塊の獲得が目指されました。
しかし濃縮は非常に難しい技術でした。先にも述べたように天然界のウランの99.3%はウラン238という核分裂しないウランです。このためウラン235と238を分離しなければならないのですが、化学的性質が同じなので両者の重さの違いしか利用できません。
このため遠心分離などを活用するのですが、重さの違いといってもわずかに235対238しかないため、濃縮は難しく莫大なコストがかりました。

これに対して注目されたのが、原子炉の中で起こっている新たな反応でした。
原子炉は核爆弾と違い、中性子の速度を遅くしているために濃度が数パーセントの濃縮ウランで運転が可能でした。ウラン235が数パーセントになったウランを原子炉に入れるということは、反対に核分裂しないウラン238が90%以上装填されることになります。
ここにも中性子があたるわけですが、すると幾つかの過程を経てプルトニウム239という新しい核分裂性の物質が生まれることが分かりました。プルトニウムは自然界にはほとんど存在しない、人類が新しく生み出した物質でした。
これを事後的に収集すれは、ウランの高いレベルでの濃縮が必要ありません。またプルトニウム239は、ウラン235よりも核分裂性が高く、しかも分裂のときに飛び出す中性子の数もウラン235よりも多く、核分裂連鎖反応も拡大させやすいことが分かりました。

このようにアメリカは第二次世界大戦当時、ウラン濃縮による原爆と、プルトニウムによる原爆という二つのタイプの原爆を並行的に作っていました。まだどちらが効率がよいか分からなかったので、二つの計画を同時に走らせたのでした。
この結果アメリカは、人類史上初の原爆投下において、二つ以上の原爆を投下することを必要とするようになりました。二つのタイプの原爆で人体実験をしたかったからです。
かくして1945年8月、広島にウラン型原爆が、長崎にプルトニウム型原爆が投下されました。まったく許しがたい暴挙でした。

プルトニウムを効率よく作る=高速増殖炉の登場

原爆投下の実績から、アメリカは原子爆弾を作るのにより効率的でコストパフォーマンスもいいのはプルトニウム型原爆だという結論を得ました。以降、アメリカはウラン型原爆の製造を中止し、もっぱらプルトニウム型原爆を製造するようになりました。
そうなるといかに効率よくプルトニウムを手にするのかが問題になり、原子炉の改良が問題とされました。
原子炉内ではウラン235の核分裂が起こりながら、ウラン238が中性子を吸収し、プルトニウム239が作られていましたが、そこに中性子があたりプルトニウム239の核分裂も起こっていました。プルトニウムは生まれるや否や核分裂してもいたのでした。

これに対して減速材で落した中性子のスピードをもう一度、速めてやるとプルトニウム239が核分裂するよりも、ウラン238が中性子を吸収し、プルトニウム239が生成される方が上回ることが分かってきました。
このようにスピードを落とさない中性子は「高速中性子」と呼ばれます。このもとでウラン235を核分裂させながらプルトニウム239を効率よく「増殖」させる炉が作られました。これが「高速増殖炉」です。

つまり「高速増殖炉」もまたもともとは核兵器の材料としてのプルトニウムを効率よく製造するために開発された原子炉なのでした。
ここでは中性子のスピードを水などを使用した時のように落とさないために、ナトリウムなど液体金属が冷却材として使用されました。
「明日に向けて(1078)」の記述の中で、「人類はいまだ高速増殖炉に成功していない」と書きましたが、正確には成功してないのは商業的発電炉としての高速増殖炉のことです。
原爆の材料を作るための高速増殖炉はすでに1950年代に完成して、たくさんのプルトニウムを作り出しました。

原子力の平和利用とは何か

今見てきたように、核エネルギー体系はもっぱら原子爆弾製造のために開発されてきたものでした。
原子炉はもともと核爆弾製造のための知識を得るための実験器具として作られたのであり、その後にプルトニウムを作り出す装置へと位置が変わりました。
高速増殖炉もプルトニウムをより効率的に生産する炉として開発されたのでした。そうであるがゆえに「平和利用」を口にしようとも、原発を導入すれば核兵器製造技術の大きな部分が手に入ることになることを私たちは知っておかなくてはなりません。

いや原子力の平和利用も、もともと1950年代に相次いた米ソの核実験競争に対して全世界的に反核の機運が広がったことに対し、核戦略を生き延びさせるために提唱されたものなのでした。
原子炉の中には減速材が入れられていましたが、同時にそれは核分裂によって生じる膨大なエネルギーを除去するための「冷却材」の位置も持っていました。
水の場合で言えば、高温になったそれを熱交換機を通じて海に捨てることで処理していましたが、その過程にタービンを組み込み、排熱を利用して発電につなげたのが原子力発電なのでした。

これには二つの意図がありました。一つに原子力が軍事利用ばかりでなく民生利用できること=平和利用できることをアピールすることにより、高まる核兵器反対運動をかわして核体系を生き延びさせることでした。
その際、核エネルギーは単に発電を行うだけでなく、高速増殖炉によって発電を行いながら同時にプルトニウムを製造することで、発電しながら新たな燃料を作り出せる夢の体系として喧伝されました。
そのことで数パーセントにするためだけでも非常に高いコストがつくウラン濃縮工程を生き延びさせることが可能になりました。濃縮ウランの需要を、プルトニウム製造のためだけではなく、民生用の発電に拡大することで濃縮工場を延命させたのでした。

続く

*****

中間貯蔵施設問題については5月9日の宮津の企画でまとめてお話します。以下、企画案内を記しておきます。

原発ゼロをめざす宮津・与謝ネットワーク結成のつどい
~わたしたちは原発再稼働に反対です。京都・宮津に使用済み核燃料の中間貯蔵施設をつくるのはごめんです~

宮津市 歴史の館にて 午後1時より
1、オープニングの歌
2、原発ゼロをめざす宮津・与謝ネットワーク結成宣言
3、あいさつ(津島英一)
4、福島支援宮津プロジェクトからの報告
5、講演「生き続けられるふるさとを~高浜原発再稼働問題から~」(守田敏也)
6、今後の取組と行動提起(濱中博)
*つどいの終了後、ミップル前宣伝。

主催 原発ゼロをめざす宮津・与謝ネットワーク
連絡先 与謝地方教職員組合内 0772-22-0321

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