2015.01.16

明日に向けて(1015)「ヒトラー・チルドレン」とイスラエル(ポーランド訪問で学んだこと-3)

守田です。(20150116 23:30)

2014年12月17日に「京都被爆2世3世の会」の拡大総会での話を、同会の平信行さんが起こしてくださったものに手を入れた報告記事の3回目をお送りします。
今回は「ヒトラー・チルドレン」=ナチス高官の子どもたち孫たちのナチスの犯罪の捉え返しとイスラエルの若者たちとの対話、そしてその先にあるものについて述べます。

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ポーランド訪問で学んだこと-3
-ユダヤ人をめぐる歴史の深層を踏まえつつ、チェルノブイリ原発事故による被ばくの現実を捉えなおす
2014年12月17日学習会 守田敏也

■ヒトラーチルドレンと現代の問題
前回の最後に、アウシュヴィッツ博物館に多くの若者たちが訪れている中で、イスラエルの若者たちが国旗を掲げて歩いている場面に出くわしたことを書きました。
その若者たちが例えばドイツの若者たちとすれ違ったりする。「こういうことがとても大事なのです」とガイドの中谷さんがおっしゃり、「なるほど」と行き違う両国の若者たちを感慨深く見ていたのですが、その後、何ともショッキングな場面に出くわすこととなりました。
というのは、僕はこの博物館を訪れる前に、日本でNHK・BS世界のドキュメンタリー「ヒトラー・チルドレン~ナチスの罪を背負って」という録画してあった番組を観てきていました。(2013年8月15日放映)

その番組はナチスの重要人物の息子や娘、親族などに当たる5人のドイツ人を取材したものでした。監督は親族をホロコーストで亡くしたユダヤ人。過去を背負いながら生きる人々の苦悩する姿を描いたイスラエルとドイツの共同制作番組でした。
この中のハイライトとして、アウシュヴィッツ収容所の初代所長ルドルフ・ヘスの孫ライネル・ヘスさんのシーンがありました。ドイツの子どもたちは小さい時に学校単位でアウシュヴィッツを訪れるそうですが、ライネル・ヘスさんは所長の孫ということで、長くアウシュヴィッツ側に訪問を拒まれていました。
このためこの番組の中で初めて訪問することになりました。ホロコースト生存者の孫で、ライネル・ヘスさんと同年代のユダヤ人ジャーナリストが同行しました。

アウシュヴィッツ所長のルドルフ・ヘスはこの敷地内に住んでいたのでした。家族と一緒でした。子育てもしていて、実際にライネル・ヘスさんのお父さんもそこで育ちました。その家の中に入って外を見ると、すぐ近くに見える壁がもう収容所の壁でした。
そしてその先にガス室と焼却場があったのでした。家からは巧妙に見えないようになっていましたが、ライネル・ヘスさんは父が祖母から庭にある作物や果物を採ったらきれいに洗いなさいと強く言われていたことを思いだしました。
「君のお父さんは死体を焼いた灰や匂いの中で育ったのだね」とユダヤ人ジャーナリストが語りかけました。ライネル・ヘスさんは「つらい」とだけつぶやきました。

このアウシュヴィッツにイスラエルの若者たちが訪問してきていました。手に手にイスラエル国旗を持ち、はためかせながら歩いていました。ライネル・ヘスさんはその若者たちと対面することになりました。
若者たちはライネルさんに問いました。「なぜここに来たのですか」。「祖父の作りだした恐怖を見るためです」。「責任を感じますか」。「罪の意識を感じています」。
さらに起ちあがった女の子が「あなたの祖父は人を拷問し、殺害し・・・」そこまで言って絶句してしまいました。何度も涙をぬぐいながら絞り出すような声で「私の家族を虐殺しました。私たちの前に立つのが怖くはないのですか」と問いました。

ライネルさんは答えました。「私は会えてうれしいです。そして申し訳なく思っています」。引率の男性が「あなたの祖父に会えたらどうしますか?」と問いかけました。「Oh、私がどうするか聞きたいですか?私はこの手で殺します」。ライネルさんはそう答えました。どよめきが起こりました。
このときホロコーストを生き延びた老人が、あなたと握手をしたいとライネルさんに呼び掛けてきました。「私はここにいたんだよ」と言いながら近寄る老人。二人は強く抱き合いました。拍手が起こりました。
老人はライネルさんに語りました。「ずっと以前から私はドイツの若者たちに話をしてきた。『君たちはそこにいなかった。君たちがやったわけではない』と」。ヘスさんは流れる涙を手でぬぐいました。

この時を振り返ってライネスさんは、「老人が一歩、一歩近づいてくるのが怖かった」と言いました。次に胸がいっぱいになった。そうして「究極の衝撃が私を打ちのめしました。アウシュヴィッツの生存者が私の前に立って、手をとってこう言ったのです。『君たちは罪悪感を持たなくていい』と」と語りました。
ライネスさんは続けます。「胸がいっぱいになりました。堪えきれなくなりました。もうダメでした。頭の中が真っ白になりました。そしてその時、恐怖や恥ずかしさとは違う感情が湧き上がってきました。幸福と心からの喜びを感じました。あれほど過酷な経験をしてきた人から『君ではない。君がやったのではない』と言ってもらえたのです。」
番組は現場に立ち返って対話の後の光景を流しました。絶句しながら「あなたの祖父が・・・私の家族を虐殺しました」と問いかけた女の子が「ありがとうございました」と言いながらライネルさんに近寄り、ハグをしてから去っていきました。

番組はなお先に進むのですが、僕はこのシーンを観て、ライネルさんとともに落涙してしまいました。日本軍の性奴隷制度の被害にあい、過酷な体験を経てきたおばあさんたちに何度も同じことを言われてことを思い出したからでした。
「日本軍の罪を申し訳ないと思っている」と語ると、おばあさんたちは異口同音に「なんであなたが謝るの。そんな必要はないよ。あなたたち日本人は私は大好きだ。悪いのは当時の軍人と政府だ」と語ってくれました。その僕にはライネルさんがこの時感じた、恐ろしさや恥ずかしさを越えたところにある喜びの意味が良く分かります。
同時に僕はこうして罪を問い続けようとするライネルさん、同時にそうした人々に「あなたたちに罪はない」と語りかけるサバイバーの方たちこそが、もっとも美しく、尊い生を貫いているのだと感じました。過去の罪を捉え返すのは過酷で苦しいことですが、しかしそこには究極の人間の強さ、美しさがあります。それはまたサバイバーの方たちの尊厳をかけた訴えとの出会いの中で初めて輝くのです。

このためこの番組は僕の頭の中に鮮烈な印象を残したのでしたが、アウシュヴィッツ博物館の建物を次から次への通り過ぎ、多くの若者たちが行き交う姿を目で追ったその先で、実は僕はこの番組の「先」を見てしまうこととなりました。
というのはたくさん居並んだ収容棟の一番奥まで行った時に、フェンスで覆われてその先が立ち入れない場に出くわしました。瞬時にテレビで観た光景がよみがえってきました。フェンスの向こうにルドルフ・ヘスの旧宅があるのです。
「ああここかあ」と感慨深く建物の方角に目を凝らし、振り返った僕の眼の中に入ってきたのは、ルドルフ・ヘス宅からは見えないようにされていたガス室と焼却炉でした。距離にして数十メートル離れていました。

その刹那に、この二つのモニュメントの間に、あのドキュメントでは写ってないものがあったことを知って、僕は大きなショックを受けました。なんとそれはルドルフ・ヘスが絞首刑に処せられた死刑台でした。まるで鉄棒のように、吊るされた枠組みがそこに残されていました。
しかもイスラエルの若者たちがこの刑場の前に集まってきて勢揃いし、国旗を何枚も広げて記念撮影をするのです。「ああ、何ということだ。あの番組の先にはこれがあったのだ。こうして若者たちは刑場の前で自らを国旗と共にフィルムに焼き付けて帰国するのだ」。僕にとってそれは番組の感動がひっくり返るような衝撃でした。
ライネル・ヘスさんもここを観たのでしょうか。いや必ず観たに違いありません。そのときも若者たちが国旗を掲げて写真を撮っていたでしょうか。

この時、僕は中谷さんに「イスラエルの子たちはいつもここであのようにして写真を撮るのですか?」と質問をしました。
中谷さんはその問いには直接には答えられず、同行していた10人余りの日本人全体にこう語られました。「みなさん。どう思われますか。僕にはここで写真を撮るあの若者たちの思いが分かる気がします。ユダヤ人はみなこの大虐殺の遺族なのです」
「もちろん僕はイスラエルのパレスチナへの野蛮な攻撃に絶対に反対です。でもそれを止めるためにも世の中がもっとユダヤ人が安心できるようにならなくてはいけないけないと僕は思います。それが必要です。そしてこの場に来るとイスラエルの若者は世界の多くの若者が痛みを分け持ってくれていることを知ることができるのです。そうした連なりの中で、世界中で多くのユダヤ人が、イスラエルの攻撃に反対するようにもなってきているではないですか・・・」

僕は、さまざまな思いを巡らしながら、この場で平和のために活動している中谷さんの言葉に深く感銘しました。感銘しながら、やはりイスラエルの若者たちを目で追わずにはおれませんでした。彼ら、彼女らはおそらくこれから国に帰って学校を卒業し兵役にとられていくのでしょう。この若者たちにガザへの侵攻の命令がくだるのかも知れない。そんなことはやめて欲しい。絶対に戦争に行かないで欲しい。
僕にはパレスチナへの侵攻を繰り返すイスラエルが、アウシュヴィッツを国家的に利用しているとしか思えませんでした。アウシュヴィッツを深く捉え返せば平和の思いがにじみ出てくるはずなのに。イスラエルは犠牲になった方たちを裏切っているように僕には思えました。
そんな思いに支配された僕のまなざしの先にいるイスラエルの若者たちは、一様に神妙な顔をしていました。でもその列の後ろの方で3人の男の子たちが、引率する大人たちの言葉をあまり熱心に聞かずにふざけあってもいました。どこにでも必ずいるやんちゃな子たちでした。そんな子たちをも含んだこの若者たちがたまらなく愛おしく感じられました・・・。

続く
なお同番組が5つに分かれてネットに載っていたのでアドレスを紹介しておきます。ライネル・ヘスさんとイスラエルの若者たちとの対話は4番目に出てきます。
「ヒトラー・チルドレン~ナチスの罪を背負って」NHK・BS世界のドキュメンタリー




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