2015.01.05

明日に向けて(1005)世界を新自由主義が破壊している・・・年頭に世界を俯瞰する-1

守田です。(20150105 16:30)

みなさま。明けましておめでとうございます。
年頭にあたってこの年をいかなる年にしていきたいかを語らせていただきたいと思います。

昨年年頭、1月3日に僕は以下のようなアピールを発しました。
明日に向けて(777)Power to the People!!・・・新年にあたって(2014)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/41d43f5be94455de0b2f75e7c3ed3f34

民衆に力を!権力を! そのために昨年僕は積極的に海外に飛び出しました。2~3月、8月、10月でドイツ、ベラルーシ、トルコ、ポーランドを周り、たくさんの海外の方と交流し、たくさんの体験を積み、たくさんのことを学んできました。
これらの経験を通じて、民衆が力を得るためには国際的な連帯が重要なこと、とりわけ核の時代を終わらせるためには、世界中の被曝体験、被曝との闘いとの体験を交流し、分かち合うことが重要であることを痛感してきました。
今年もそのために国内・国外と問わずに駆け巡ろうと思いますが、そのためにも今ここで、僕なりに世界情勢を歴史を振り返りつつ、俯瞰しておきたいと思います。

世界は今、大きな激動の中にあります。
やはり噴出しているのは新自由主義的な現代資本主義の矛盾だと思います。端的に社会的格差が極端に開いている。経済もバブルが発生したり原油価格の暴落が起こったりと非常に不安定です。第二のリーマンショックが到来する可能性も高くあります。
こうしたあり方が世界各地でさまざまな紛争を生みだしています。ヘイトクライムやさまざまな差別も増えています。貧富の格差の極端な拡大こそがその背景にあります。まさに新自由主義こそが世界に大きな混乱をもたらしています。

そもそも新自由主義とは何でしょうか。1980年代から支配的になった資本主義社会の新たな動向のことで「市場原理主義」を軸にしています。
端的に言えば「すべてを市場の自由競争に任せよ」とするイデオロギーで、市場競争万能論とも言えるものです。ただしそれを唱えている側が本当に自由な競争を広げているかと言うと全く別で、すでに大独占が支配している中での恣意的な「自由化論」であることにも特徴があります。
どうしてそうなってしまったのかというと、その前にあったケインズ主義的な資本主義が行き詰った中で、原理的には後戻りする形で、つまり新しいものでもなんでもなく、古い思想を持ちだす形で登場してきたものだからです。

ではケインズ主義的資本主義とはどこから出てきたものなのか。これまた端的に言えば1929年に発生した世界大恐慌や、その後の各国経済の行き詰まりの中で発生した第二次世界大戦への反省からでした。同時にこの過程での各国での社会主義の台頭も大きな要因でした。
世界恐慌はなぜに起こったのか。自由競争を野放しにしたため経済が過熱して巨大なバブルが発生し、破裂したからでした。このため経済過程に国家が介入し、景気を過熱させもせず反対に落ち込ませすぎもさせない政策が考案されました。
代表的なのは公共投資などのスペンティングポリシー(有効需要喚起策)です。政府の財政出動によって景気をまわしていくのです。また公定歩合の設定、売り買いのオペレーションや銀行の貯蓄率の指示などにより、市場へのマネーの流通に介入することにより、景気そのものをコントロールすることがめざされました。

同時に社会主義への対抗としての貧困対策、社会の安定化政策もたくさん生み出されました。
一つに累進課税性により過度に富裕層に集中した富を社会的に再分配し、貧困層の増大による社会の不安定化を防ぐ。社会的医療や社会福祉政策、失業対策も充実させ、社会的セーフネットをはることで社会の不安定化を二重、三重に避けるなどです。
これらは貧富の格差の拡大のもとでの貧困層の社会的怒りの増大を背景とした社会主義革命の勃発を防ぐ側面も大きく持っていました。

第二次世界大戦も同様の観点から反省されました。とくに各国経済が野放しに伸長した結果、大恐慌以降、それぞれの国が自国の身を守ろうとしてブロック経済に走り、結果的に世界大戦にいたってしまったことを捉え返してIMF-GATT体制が生まれました。世界経済への国際的介入体制でした。
同時に第二次世界大戦の全体を通じ、各国の共産党や社会主義系の組織が増大したことに対し、資本主義防衛の観点から国家主導で経済を復興させ、富める資本主義、しかも誰もが豊かになれる資本主義の演出が目指されたのでした。
その意味でケインズ主義は、市場経済を中心とする資本主義を肯定しつつ、競争の行き過ぎを国家介入によって押しとどめ、社会の不安定化を避ける中で、儲けを拡大することを目指したものでした。そのためマルクス主義者の一部からは「社会主義革命を予防する政策」=「予防反革命」などとも呼称されていました。

こうした戦後の資本主義体制は、アメリカを主導にしか行いえませんでした。なぜならアメリカだけが主要国の中で第二次世界大戦において自国が戦場にならず、巨大な生産力を温存できたからでした。
したがってケインズ主義そのものはイギリスで生まれたものの、アメリカによって担われ、これに伴って世界の基軸通貨もポンドからドルへと移っていきました。ドルだけが金と交換できる兌換券となり、ドル本位制度が確立していったのです。ケインズ主義はアメリカの豊富なドルを背景に可能となったのでした。
同時に経済過程に国家が強く介入しする資本主義のあり方はこの時期のアメリカにも最もかなったものでした。なぜなら最も大きなスペンティングポリシーとして軍事・戦争政策が活用されたからでした。最大の「公共投資」として戦争や軍備増強にマネーがつぎ込まれたのでした。

アメリカは世界経済の中心になるだけでなく、社会主義勢力の伸長と最も鋭く対決する資本主義の防衛者としての位置にものぼりつめました。
このもとに旧ソ連と全面対決しつつも実際の核戦争を避ける「冷戦構造」が生まれ、このもとで熱戦=実際の戦争として朝鮮戦争、ベトナム戦争という二つの大きな戦争をはじめ、さまざまな戦争が繰り返されました。これらの戦争政策にはアメリカのケインズ経済学者がたくさん参加し、経済学を使っていかに「効率よく戦争するのか」が考察されたりしました。
その意味でケインズ主義のもとで目指された「社会の安定化」とは、資本主義主要国内部のものでしかありませんでした。いわば豊富なドルの力を背景に社会矛盾を国内的には軽減しつつ、アメリカの行っているたくさんの戦争という大問題から資本主義各国の人々の意識を経済にそらし、抱き込んでしまうような要素を持っていました。

このことが最もよく作用したのが日本であったということができます。日本は第二次世界大戦の廃墟の中から社会を再建していきましたが、この過程をアメリカによる経済援助に依拠しつつ、まさにケインズ主義のもとで達成していきました。
「護送船団方式」と言われたような政官財一体となった政治経済体制を作り、このもとで重化学工業を中心とした国家体制を作り出し、農村人口を大幅に都市に移動させ、四大工業地帯を創出させるなどして高度経済成長を実現しました。
忘れてはならないのはこの高度経済成長が、朝鮮戦争とベトナム戦争による「戦争特需」によってこそ可能となったことです。日本はアメリカの戦争政策によってこそ戦後の「復興」を促進させたのでした。この時期に私たちの社会が得た経済的豊かさはまさに血に塗られたものでした。

続く

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