2014.12.10

明日に向けて(993)すべての票は命のこもった声だ!「死に票」という言葉に惑わされず心を込めて投じに行こう!

守田です。(20141210 22:00)

総選挙が終盤を迎えており「自民党圧勝か?」という報道が繰り返し流されています。
大手マスコミの論じていることを見ていると、あたかももはや勝敗の大勢が決したかのようです。
公正を欠いた報道だと僕は思いますが、みなさん、そんなことに惑わされずに投票に行きましょう。投票を通じて自分の意志を国と社会に表明しましょう。「投票に行こう」と最後まで訴え抜きましょう。

けして惑わされてはいけないのは、自分が投票した候補が勝利しなければその投票は無駄になるという言説です。「死に票」という言葉ですが、これにひっかかってはいけない!!
この言葉自身が実は小選挙区制のもとでは与党に有利に働く面もあるのです。例えば今のような情勢になると「もう反対候補に入れてもダメだ。どうせ死に票になるんだから投票にいかなくても」と思う人も出てきてしまいます。
それだけでも与党に有利になります。まだ残されている形勢逆転の可能性が消えて行くからでもありますが、同時に反対の民意がその分選挙に反映しなくなるからでもあります。

選挙はふたをあけてみてみなければ分からない。大新聞の与党圧勝の大合唱に乗って諦めてしまってはいけない。
同時にかりに私たちの応援する候補が結果的に負けたとしたって、そこに投じられた票は「死に票」になどなりはしないのです。まったく逆です。破れた候補者の票が多いほど当選した候補者は反対意見に規制されるのです。
だから負けたら民意が届かないと思わされてここで萎えてしまってはいけない。そもそも民主主義は多数決で負けた側を切り捨てる制度ではありません。いわんや勝った側が何でもしていいなどと考えるのは大間違い。勝った側には負けた側の意をいかに受け止めるのかが問われるのです。

このためそもそも選挙システムには少数派の意見が尊重される仕組みがなくてはならないのです。だからこそかつては選挙区がもっと大きく作られていて、少数派でも議会に進出できる仕組みが保障されていたのです。
ところが今、私たちはとんでもなく歪められた選挙制度のもとにいます。あまりに間違った制度です。何せ前回、与党連合は、実質選挙民の2割台の支持で7割もの議席を獲ってしまったのです。
明らかに選挙制度に公正と正義が欠けすぎている。だから極端なほど民意が議席に反映しない。そのことが選挙へのしらけ、投票放棄にもつながってますます選挙制度を劣化させてきました。

実は少数選挙区制度の成立のために奔走したご本人が、この制度をスタートさせてしまったことを心から悔いています。自民党の河野洋平さんです。
日本憲政史上、初めて女性の政党党首となられ、小選挙区制にも反対していた旧社民党党首土井たか子さんが9月にお亡くなりになり、11月に追悼会が開かれましたが、ここに出席した河野洋平さんは次のように語られました。
「あなたに大変申しわけないことをした。おわびしなくてはならない。謝らなければならない大きな間違いをした」
「私は~中略~小選挙区制を選択してしまった。今日の日本の政治、劣化が指摘される、あるいは信用ができるかできないかという議論まである。そうした一つの原因が小選挙区制にあるかもしれない」

全文を読みたい方に産経デジタルのページをご紹介しておきます。またYouTubeで直接発言を聴くこともできます。

【土井たか子さんお別れの会・詳報】(3)河野洋平・元衆院議長「あなたに謝らなければならない大きな間違いをした」
http://sonae.sankei.co.jp/ending/article/141125/e_sogi0007-n1.html

土井たか子・元衆院議長をおくる会 河野さんの発言は33分20秒から
https://www.youtube.com/watch?v=9WNEDipntCE&feature=youtu.be

なぜ小選挙区制で政治が、政治家が劣化してきたのか。与党にくみせば中選挙区制のときよりも安易に勝ててしまうので政治家が有権者を大切にしなくなってきたからです。
むしろ政党の公認候補を得られるかどうかの方が重要になるため、政治家が与党幹部の顔色ばかりを窺うようになってしまった。さらに自民党内の総裁の権限も強くしたため、首相のイエスマン議員ばかりが増えてしまいました。
実はそのために与党内部でも困り果てている方たちがいるのです。それが河野洋平さんの言葉にも強く表れていました。もちろん河野洋平さんにはそう述べられた限り、選挙制度をせめてもとにもどすために私たちと一緒に頑張っていただきたいですが。

ともあれ今、私たちは本当に悪い選挙制度の中にいます。その中で若い人たちが投票にいかないことが度々問題視されていますが、僕は「そりゃそうだろう」とも思うです。なぜって若い人たちの多くがこのひどい小選挙区制しか知らないからです。
かつては選挙はもう少しは面白かった。中選挙区では自民党議員同士が競り合うことも珍しくなかった。少数派でも丁寧に票を集めていけば当選することができた。だから選挙には今よりも多様な可能性があった。
しかし小選挙区制でさまざまな可能性が手酷く潰されてしまいました。だから選挙が盛り上がらない。当選した議員も平気で公約を破る。そんな中で、こんなにひどい選挙制度しか知らない若い人々が社会と自分が遠く感じてしまうのも分かります。

でも騙されないで下さい。民主主義とは議会制度だけで成り立っているのではないのです。けして議席の数だけですべてが決するわけではない。私たちの意志の表し方は他にも多様にあります。
例えば原発問題を見て下さい。あれだけの圧倒的多数の議席を手にした安倍政権は、まだ一基の原発も再稼働させることができていません。これはとても大きなことで、世界に影響を与えてもいます。
そもそも世界で最大の原発は日本の柏崎刈羽原発です。それをも私たちは止めている。他にもものすごい数の原発を止めている。このため今、世界のウラン価格が暴落し、アメリカの大手核燃料会社が倒産するに至っています。私たちの行動で世界の原子力推進派が困り果てているのです。

だから安倍首相は、ウランの新たな需要を作り出すために世界に原発を輸出しようとしています。そのために安全性をアピールしなければならず川内原発などを再稼働させようとしています。
しかし民衆の声が怖いので、今回の選挙でこの論議をできるだけ避けよう、避けようとしてきました。(川内原発の再稼働への動きも、官邸は来年4月以降にして欲しいと現地にくぎを刺していたそうです)
それを象徴するかのように、選挙終盤になって自民党は『景気回復、この道しかない』と題した12ページカラー刷りのパンフレットを各戸配布しましたが、その中でなんと原発再稼働については一言も触れていないのです。

原発の話が選挙にとってはまったく不利だと思っているからです。前回の総選挙であれだけたくさんの議席を獲っていても、そこにすべての民意が反映されたわけではないことを自民党自身が知っているのです。議席には結びつかずともたくさんの批判票があったことを実は自民党も脅威を感じつつ見ていたのです。
もちろんそればかりではなく、直接行動でも原発反対の意志が示されました。首相官邸前で毎週の再稼働反対のデモが行われ、全国各地の電力会社前でも行われてきました。それらは100回を越えつつあります。これほど同じ課題で各地で持続的なデモが行われているのは政治史上、おそらく初めてのことです。
民主主義は、議会という間接民主主義と、デモンストレーションをはじめとした直接行動、直接民主主義によってこそ担われているのです。だからデモが非常に大きな力を持っている今、議席には結びつかない反対票も民意の突きつけとしての意義を失ってはいないのです。

選挙はこの民衆の動き、力とこそ連動しています。だからある投票が議席を獲得するに至らないのだとしても、自民党政治に批判的な意志を票で示すことは大事であり尊いのです。
何に対して意志を示すのか。一つは政府与党に対して。もう一つはマスメディアに対して。そして私たち民衆自身に対して。だから「死に票」という言葉や「与党圧勝」という報道に惑わされずに、総じて与党への批判票を伸ばすために努力しましょう。
投票もまたデモンストレーションの一部です。実際に政治主張を大声に出すことが憚れる人のために無記名投票が制度化しているのでもあります。だからこそ国と社会に対するデモの気持ちで、平和と公正と正義のため、貴重な一票を投じに周りの人を誘って行きましょう!

もちろんこんなに歪んだ選挙制度ですから、誰に投票したらいいかは大いに悩むところです。選挙制度が悪すぎるからなかなか良い答えは見つけにくい。「これが正解」といえる明快なものはないと僕は思います。
ある人々は「ここは与党を凹ますために、選挙区では自分がそれほど納得できなくても、与党に勝てるかもしれない候補に票を投じよう」と呼びかけています。「鼻をつまんで」与党よりましな人々に投票しようと言うのです。それもありです。
でも一方である人々は「野党といいつつ隠れ与党でしかない候補では信用がおけないしもはやそうした候補に与党への批判票が集まるとも思えない。やはり信頼のおける候補に投票した方がよい」と言います。それもありだと思います。

どちらにも一理ある。ただどう考えるにせよ、勝つことも負けることもある選挙の中で、ただ議席を獲るかどうかだけで選挙を考えず、自分の意志を表明しにも行こうとではないかと僕は強調したいのです。結果的に応援した候補が負けたとしてもその票はけして無駄ではない。すべての投票はライブなのです。
もちろん比例区への投票はもっと自分の信条にあう政党の議席に結びつきやすい。私たちは二つの票を持っていて、この票はより迷うことなく投じられる票です。このことも考えて、多くの人に投票を呼びかけましょう。
とくにこの小選挙区の仕組みの中で、政治を縁遠いと感じている人々が周りにいるならば「あなたがあなたの意志を表すことはけして小さいことではない。自分の声など届かないと思ってはいけない。与党はそう思わせようとしているけれど、そんなことに騙されずあなたの意志を表しに言こう」と語りかけてあげてください。

繰り返します。私たちは与党大勝報道に失望することなく自らの意志を示しに行きましょう。選挙の仕方はもともと各人の自由に属すること。自分にとって一番納得のいく最善の投票を行いましょう。
同時に選挙制度はこのようにひどすぎますが、それでも私たちの国の民主主義はまだまだ死んでなどいないこともしっかりとおさえておきましょう。民主主義が死ぬのは誰も反対意見を言わなくなるとき、言えなくなるときです。
だから私たちは少々の困難があろうとも、これまで以上にまっとうな意見を言い続ける決意をここで固める必要があります。腹をくくればまだまだ私たちにできることはたくさんあります。先にも述べたように、疲弊を強める国際原子力村の意向を受けた日本政府による原発再稼働の動きも、まだ私たちは止め続けているのですから。

そもそも政府が一番恐れているのは、民衆が自らの力に目覚めることです。政府はあの手、この手で、民衆には力などなく、無能であり、管理を必要としており、だから自分たちに任せておけばよいのだと思わせようとします。
実はそれこそが支配の要なのです。でもよく見てみましょう。無能性を極めているのは与党の議員たちの方です。どんどん劣化しています。安易に勝てる選挙制度が政党としての彼ら彼女らをも弱めているのです。「政治と議員の劣化」とマスコミでも指摘される所以です。
だからこそ政府は直接行動を恐れて特定秘密保護法を施行するなど狂暴化を深めています。実はどんどん批判勢力が増えていることを知り、恐れているから狂暴化しているのです。そのことで民主主義がこれからますます厳しい局面を迎えつつあるのも厳然たる事実です。

しかしこの中でこそ、私たちは私たちの民主主義を磨いていけばいいと僕は思うのです。試練の中でこそ、官僚や政治家にあやつられたニセものではない、草の根からの本当の民主主義を育てあげることができます。二度と「上から与えられた」などとは言われることない素晴らしい民主主義がです。
同時に僕は「驕る平家は久しからず」とも思います。「なめるなよ!」とも・・・。民主主義は私たち民衆の中に宿るもの。けして議席数だけで決まるものではない。この選挙が民意を表してないことはもうはっきりしているのですから、投票とともに、デモをはじめもっと多様な表現で政府批判を貫ぬこうではありませんか。
そのこともしっかり見据えて、今は与党を少しでも凹まし、同時に自分たちを励ますためにも選挙に向かいましょう。それぞれにとっての最善の道を歩み、選挙区で、比例区で、少しでも真っ当な議員を増やしましょう。そして新たな民衆派の議員たちと一緒に新たな民衆運動を起こしましょう。

選挙の日はそのスタートの日です。
冬来たりなば春遠からじ!
Power to the People!

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