2014.11.26

明日に向けて(979)ウクライナの悲劇=被曝影響の隠蔽と第2世代の健康悪化・・(ポーランドを訪れて-6)

守田です。(20141126 23:00)

今宵は『低線量汚染地域からの報告-チェルノブイリ26年後の健康被害』(馬場朝子・山内太郎著、NHK出版)から学んだことについての続きを書きます。
この本はNHK・ETV特集 シリーズ チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告「第1回 ベラルーシの苦悩」と「第2回ウクライナは訴える」(放送は同年9月16日と23日)のうち、第2回をまとめたものです。
本のこと、また番組のことが以下のブログからも見れますのでご参考ください。

after311.info
http://after311.info/radioactivity/post-1696/

前回も述べたように、ウクライナでは甲状腺がんや白血病だけでなく、心臓疾患をはじめさまざまな疾病が今なお増加し続けています。
ウクライナの医師たちは、これらがチェルノブイリ原発事故由来であると告発し続けてきましたが、いつも国際機関が医師たちの前に立ちはだかり、病と放射線被曝の関連性の指摘を跳ね除けてきました。
とくに重要なのはIAEA(国際原子力機関)、WHO(世界保健機関)、UNSCER(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)、ICRP(国際放射線防護委員会)ですがここではIAEAのことについて述べられています。

今でこそ、原発事故で甲状腺がんが起こることは国際的に認知されていますが、IAEAがこれをやっと認めたのは1996年のこと。実に事故から10年も経ってからでした。
IAEAはこれを遡る1991年に国際調査団を現地に派遣し「放射線が健康に及ぼしたという証拠は一切ない」(『同書』p130)と報告したのでした。
本書にはふれられていませんが、この時の調査団である国際諮問委員会(IAC)の委員長に就任したのは日本の放射線影響研究所理事長を務めていた重松逸造氏でした。このもとにチェルノブイリ原発事故では一切、病は起こっていないという宣言がなされたのでした。

ウクライナ、ベラルーシの医師たちはこの頃にはもう小児甲状腺がんの多発に見舞われていることをつかんでおり反発しました。その一人、ウクライナ内分泌代謝研究センターの医師ワレリー・テレシェンコさんはこう述べています。
「私たちはずっと報告をし続けました。チェルニゴフでの会議に始まり、国際連合の総会でも発表し、学術雑誌に論文を掲載したりしました。ウクライナでは毎年、チェルノブイリ事故が起きた4月26日に、ウクライナ保健省やチェルノブイリ省が国際会議を開催してきました。
私たちはこういった会議でも報告をしてきました。そしてIAEAはついに認めざるを得なくなりました。学者は全員一致で、この事実を認めたのです。」(『同書』p131)

『ウクライナ政府報告書』の医学関係の記述全体の責任者であるウクライナ国立放射線医学研究センターのアナトリー・チュマク医師は、国際機関に論文を認めさせるには英語力が必要であるとともに莫大な資金がかかることに触れた上でこう述べています。
「放射線の影響と考えられる疾患がひとつ見つかったとしたら、それが国際的に認められるためには、5年から10年の時間がかかるものなのです。具体的な例をあげますと、1991年に子どもの甲状腺がんが注目されました。
しかし国際的に間違いなく甲状腺がんが放射線の影響だと承認されたのは1996年、5年後でした。そして除染作業者の白血病が初めて指摘されたのは1997年でしたが、これを国際社会が認めたのは2008年になってからです」(『同書』p134)

チュマク医師はこれに続いて「他の疾病についても、国際機関はいずれそれを承認する」(『同書』p134)とも述べています。いつか必ず認めさせてみせるというウクライナの医師たちの強い決意がこもった言葉です。
また「国際的な合意があってもなくても、それは私たちに何の影響もありません。私たちはここで頑張っています。自分で作り上げた治療方法を持っています」(『同書』p135)とも。
その言葉には国際機関が病の発生の事実を無視黙殺しようとすることに抗い、ウクライナの人々を守らんとしてきた医師たちの熱き思いが溢れています。

しかしそれでもやはり深刻なのは甲状腺がんについては事故から10年後、白血病にいたっては事故から22年後にやっと認められたという事実です。心臓疾患など、多くの疾病が未だに認められていません。
医師たちはその中で懸命な治療活動を続けてきているわけですが、しかし放射線の病への影響が隠されず明らかになれば当然にも受けてしかるべき国際的な援助、とくに国連やWHOの支援を受けることができずにきたことは大変な苦しみだったのではないかと思います。
そうしたこともあって、ウクライナ社会は現在の混乱の中にいたってしまったのだ僕には思えます。いやそうに違いない。チェルノブイリ原発事故の影響と、それに対する医療的対処を妨害してきた国際機関こそが、ウクライナを混乱の中においやったのです。

とくに重要なのは汚染地帯で生まれた第2世代の健康悪化です。『ウクライナ政府報告書』には31万9322人の健康調査に基づき、こう書かれていたそうです。
「『慢性疾患』を持つ第2世代は、1992年の21.1%から、2008年の78.2%に増加している。例えば、内分泌系疾患11.61倍、筋骨系疾患5.34倍、消化器系5.00倍、精神及び行動の異常3.83倍、循環器系疾患3.75倍、泌尿器系3.60倍である」(『同書』p210)

およそ8割の子どもが病を持っているわけですが、実際、撮影クルーが訪れた学校では「子どもたちが疲れやすいということで、1987年から45分の授業時間を低学年は10分、高学年は5分間短縮している」(『同書』p210)のだそうです。次のような報告もあります。
「ウクライナでは、チェルノブイリ被災地の学校に特別の規律を作っている。事故の前には5年生から11年生まで各学年で試験があったが、チェルノブイリ事故の後は、9年生と最終学年11年生以外は試験が廃止されたのだ。
低学年には宿題も出さないという。試験勉強をすると、生徒が無理をして倒れることがあるからだ」(『同書』p215~216)

撮影された学校では保健師のパガリチュック・スベトローナさんが次のように述べています。
「入学の前に子どもは検診を受けなければなりません。3週間前の検診では、485人の生徒のうち48.2%に甲状腺などの内分泌疾患が見つかりました。背骨が曲がっているとか、背中に異常がある肉体発育障害が22.1%。
目の障害は19.2%。呼吸器官に障害のある子どもたちは6.7%。消化器疾患、神経疾患は5%というものです」(『同書』p213)

こうした病や障害はいかなるメカニズムで発生しているのでしょうか。『ウクライナ政府報告書』で子どもの健康に関する項目を執筆したウクライナ国立放射線医学研究センターのエフゲーニャ・ステパーノバさんは放射線で子どもたちの細胞内のミトコンドリアが破壊されていることを発見してこう述べています。
「低線量によって細胞の膜と組織がダメージを受けています。同時にミトコンドリアにも影響を及ぼしています。ミトコンドリアはエネルギーのもとです。
ミトコンドリアが傷つくと、エネルギーに頼っている器官が損傷します。例えば中枢神経系、心筋、骨格筋、免疫系などに影響が出るのです」(『同書』p219)

本書ではこれ以上に、第2世代の子どもたちの病がどのように発生しているのかには触れていません。特に遺伝的な要因はあるのかどうかという重大な問題に関しては記述がありません。
この点で押さえておくべきことは、汚染地帯に住み続けると、継続的な低線量被曝を受け続けることになるということです。胎児のとき、乳児のとき、そして大きくなる過程でも子どもたちは被曝を続けています。
少なくともそれだけでも大変なダメージが子どもたちに与え続けられていることは間違いのないことです。

この点を考えたときに、私たちの国の中で、高汚染地帯に住み続けることの恐ろしさをもっとクローズアップすべきことを感じざるを得ません。それを一刻も早いウクライナにあるような避難の権利の確立につなげるべきなのです。
また同時に進めなければならないのは、ウクライナやベラルーシで頻繁に行われている国家主導の保養の実現です。両国ともこれまで汚染地のこどもを1年間に3週間から1月は汚染のない地域に送りだして保養させています。
本書にはこのことも触れられていませんが、移住のできない人に対し、そのような手厚いプログラムを施して、それでやっとこの数字に被害がとどめらているのです。それすらも行おうとしない日本の今は本当に深刻です。

医学界の態度にも決定的な違いがあります。ウクライナやベラルーシでは医師たちは、被曝した民衆の側に立ち、国際機関の妨害に抗いながら治療を進めつつ、データ蓄積を進めてきました。
ところが日本ではこの重要な点を国の側に立つ医師たちが押さえようと暗躍を続けています。その筆頭に立ってきたのが重松逸造氏の系譜に連なる山下俊一氏でした。これにいかに抗していくのかが私たちにとって本当に重要な課題です。
関西医療問題研究会に集う医師たちなど、本当に数少ない医師たちが、福島の子どもたちの中でも始まっている甲状腺がんの多発を、明らかなる原発事故によるアウトブレークと指摘して警鐘を鳴らしていますが、こうした声を強める必要があります。

これらを考えるときに、25年前に深刻な事故に見舞われたウクライナと私たちは同じ苦しみの中にいることが見えてきます。核兵器製造に携わってきた国際的な原子力村が放射線被曝を非常に過小評価してきたがゆえに、被曝影響がなかなか認められない仕組みがある。
それがさまざまな形で現場の医療の充実を阻んでいます。いや被曝防護の充実をも決定的に阻んでいる。危険が危険として認知されないからです。
繰り返し述べてきたように、その積み重ねの中で今、ウクライナは社会的混沌の中をもがきながら歩んでいるわけですが、私たちはその苦しみをわがこととしてシェアし、ともに未来への扉をあけるための努力を積んでいかなくてはなりません。

そのために求められるのは、国際機関の行ってきた被曝隠しの歴史をもう一度、広島・長崎原爆にまで遡って明らかにしていくことです。
私たちの国は「唯一の被爆国」と言われてきました。「被曝者」ということで言えばもともと唯一ではないのですが、それでも世界の多くの人々が原爆の被害に心を痛めてきてくれました。
同時にその私たちの国は、だからまた被ばく治療のノウハウをたくさん持っているのだろうと世界に多大な誤解を与えてきてしまいました。

事実はまったく逆なのです。私たちの国こそ、まさにアメリカを中心とした国際機関によってがんじがらめにされ、被爆者が徹底して痛めつけられてきた国なのです。
しかもそのことを十分に国民・住民が知らずにきてしまいました。とくに低線量被曝隠しについては、いわゆる革新陣営の側からも十分な反論を行っては来れませんでした。
被爆医師肥田舜太郎さんが、単身、放射線学で言われていることと被爆した患者の現実は違うとの告発を続け、臨床医でありながら自ら内部被曝に関する文献を翻訳し続けたことのみが、輝かしい成果だったのではないでしょうか。

アメリカは日本政府の全面協力のもとに被爆者への調査を独占し、データを隠蔽し、実態を隠したまま被害を非常に小さく見積もった「放射線と人間」に関する偽りのデータを作り出したのでした。
私たちは長年、それに騙され、たぶらかされ、その中で原発も押し付けられてきたわけですが、ウクライナに対して振りかざされてきたのもまた、こうして積み上げらえたニセのデータです。
この事実を踏まえるならば、ウクライナの人々と私たちが団結できないはずがない。まったく同じ抑圧の下に私たちはいるからです。そのことを自覚し、わがこととしてウクライナと私たちの未来を考えていこうではありませんか。

さらにウクライナ、ベラルーシ、ポーランドの考察を続けます・・・。

続く

Tags:

« | | | »

Trackback URL

Comment & Trackback

Comment feed

Comment

  • ?
  • ?
  • ?