2014.09.03

明日に向けて(927)ガザを想う―「停戦」という名の戦争の継続の中で

守田です。(20140903 16:30)

パレスチナ・ガザに関する記事の続きです。
8月27日に50日間にも及んだ空襲、軍事侵攻が中止され「停戦」が成立しました。
たった今、ガザで軍事攻撃によって殺されつつある人々がいないことは、とりあえず私たちの心をほっとさせます。

しかし繰り返し述べてきたように、明らかな戦争犯罪を犯したイスラエル、それを支持したアメリカなどが裁かれない限り、何も問題は解決しません。
相変わらずイスラエルの非合法な占領と封鎖が続けられています。戦争犯罪人が大手をふるって歩いています。
このような状態では、いつなんどきイスラエルの攻撃が再開されるか分かりません。

私たちはその意味で、今なお、ガザは攻撃を受けている最中であり、違法・不当な殺人が続けられていることをこそしっかりと見据えるべきです。
今回の攻撃で殺されたパレスチナの人々は約2140人。経済的な被害総額は3700億円と言われており、復興には20年かかるとも言われています。
なのにイスラエルは何も罰せられず、未だに武装してガザを包囲しているのです。こんなひどいことがあるでしょうか。

こんな状態からガザの人々を救いだすこと、こんなに酷い殺人を本当に止めさせるために努力を継続していくことは、この大量殺人に立ち会わされてしまった私たちの責務です。
そのためにはこの50日に及ぶイスラエルの戦争犯罪、いやもう何十年も続けられている占領、そしてこの間の封鎖への批判を私たちは繰り返し行っていく必要があります。
同時に、僕は世界の暴力の総体を小さくしていく中でこそ、ガザの人々の真の救出の道もより開けると思うのです。だから今こそ私たちは、決意を新たに平和への歩みを強める必要があります。

そんな思いを込めて、今回はガザ攻撃の最中に書いた詩をご紹介したいと思います。まだ攻撃が継続されていた8月22日に綴ったものです。
しかしこの猛攻撃が一度止み、「停戦」という期間にある今だからこそ、つまり本当は戦争はまだ継続中だということを示したいからこそ、今、この詩をご紹介したいと思います。
ともにガザを想い、ともに平和を願い、歩んでいきましょう!

*****

ガザを想う

イスラエルがガザに攻め込んでいる
7月8日に「本格化した」と語られるジェノサイドは
今日でもう50日近い日を数えた
この間に殺された人々は2050人余り
毎日40人以上が殺されている計算だ

世界は毎日
これだけの殺人の傍観者に
されてしまっている
いやそれは正確ではない
傍観者たることを拒否して
繰り返し声を上げている人々もいる
もちろんこの僕も
その一員たらんとしている一人には違いない

それでもジェノサイドが止まらない限りにおいて
僕らは傍観者の立場へと
押しやられようとしている
目の前で繰り広げられるこの殺人ショーを
一向に止めようとしないこの世界が僕たちに
おまえたちもまた傍観者なのだと
無力で無知な輩なのだと
強引に断定しようとしてきている

そんなとき必ずどこからか聞こえてくるのは
次のような言葉だ
「あんな殺人はいけないさ
でもほらハマースが抵抗を止めないから
戦闘が終わらないんだよ
平和を願っても当事者たちが止めないんだから
仕方がないってことだよ」

―もちろんそれは嘘だ!
ものすごい大嘘だ!
分かりやすくするために
今はとりあえずハマースを度外視してみよう
それだけでもうはっきりと分かる
ハマースが何をしているのであろうと
仮にハマースがどれほど悪かろうと
多数の子どもたちを
大量に殺害しているイスラエルの行為は
完全な戦争犯罪だということが

最も大事なことは
この戦争犯罪を目撃したものには
告発し止める義務が生じているということだ
犯罪とは本質的にそういうものだ
見過ごすことは
一つの明確な暴力への荷担なのだ

犯罪はそれゆえ
目撃したものの心を
ざわつかせる

さらに大事なことを言おう
犯罪を目撃してしまったとき
僕らが往々にしてまず考えるのは
我が身の安全と安寧なのだ

犯罪を目撃してしまったら
犯罪を犯罪と認知してしまったら
止めなくてはいけない
止めなくては寝ざめが悪すぎる
止めなくては例えば
夏祭りに行って楽しむことも気が引ける
恋しい人と親密な一時を過ごすことにすら
後ろめたさを感じてしまう

そのために人は実に
犯罪から目を背ける理由を探してしまいがちだ
その時の格好な材料にされてきたのが
ハマースの抵抗の呼びかけだったのだ

しかしそれは嘘なのだ
繰り返し言おう
ハマースをまずは棚上げしてみよう
ただそれだけで
どんな「理由」があろうとも
イスラエルの行っていることが
戦争犯罪であることが見えてくる
僕らに
止めるべき義務があることが
明白になる

さらに付け加えるべきことは
ハマースの主張のほとんどは
至極真っ当な生存権の主張であるということだ
実はそこには特別なイデオロギーも
いわんや宗教的思想の介在もあるわけではない
現代世界が普遍的に認める「人権」の保護を
ハマースは求めているに過ぎない
武装抵抗も
多くの日本人が肯定している
「自衛権」の行使であるに過ぎない
それはちょっと目を見開けば
容易に見えてくることがらだ

そのことが示すのは次のことだ
僕らは今
僕らの心の本当の安寧を守るために
何が必要かを考えなくてはいけない
そう
そのために
心をごまかす術を
まずしっかりと
見据えなくてはいけない
安易な幸せを
拒否する勇気を
持たなくてはいけない

僕らが聖人になるためではない
違うのだ!
真にまっとうな道を歩んでこそ
僕らは僕らの幸せを
きちんと守れる可能性が
開けるのだ

そうでなければ
いつしか僕らは傍観者ではなく
悲惨な被害当事者になってしまう
なぜって被害者を
助ける人が現れなければ
僕らが被害者になったとき
誰も助けてなどくれないのは
当たり前のことだからだ

目の前に起こった犯罪に対して
声をあげることは
未来の僕らを
守ることにつながるのだ

いやこれでもまだ言葉が足りない
はっきり言おう
すでに僕らは被害者なのだ
福島原発事故での
ものすごい放射能汚染の中に
僕らは権利も守られずに
放り出され続けている
そうしてこの国の多くの人々が
被曝にさらされている
膨大な子どもたちが
どう考えても避難すべきところに
住まわされている
それは緩慢な殺人だ
僕らは被害者のままさらに傍観者たることを
強いられようとしているのだ
目覚めよう
いい加減に目を覚まそう!
ガザを救うのは
まったくもって僕らのためだ
僕らは僕らのために
声をあげなくてはいけない
聖人になるためではない
僕らは僕らの
最低限の権利を守るためにこそ
声を上げる必要がある

イマジネーションのすべてを動員して
ガザに想いを馳せよう
あなたにとっての一番かわいい子
素敵な子どもたちを思い出し
その子の命が奪われようとしている刹那に
思いを走らせよう

その切実な思いをもって
ガザへの暴力に
いや世界のいかなるところで
行われようとしている暴力にも反対しよう
暴力をなくすために精一杯になる
日々の連なりの中でこそ
今一時の幸せを慈しみ
楽しみ
心を充填することを
己に肯定できる余裕も持つことができるのだと
僕には思える

人を愛したい!
そう
僕らは人を愛したいのだ
本当に愛したいのだ
どこまでも愛したいのだ

本当は傍観者なんで嫌なのだ
そのピュアな想いをこそ
集中させることが問われている!
僕らは本当に僕らが生きたいと思っている姿に
かえっていくことが問われている

真実の道は
実はいつの日も
最も容易な道だ
いっけん茨の道の中にこそ
王道があり
しかしてまた
誰もが心から納得して歩みとおせる道がある

勇気を持とう
勇気をもって支えあおう

ガザへの想いの中から
未来への可能性を僕は紡ぎ出したい

だから君よ
僕とともにスクラムを組んでくれたまえ!

2014年8月22日

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