2014.08.29

明日に向けて(923)ヨーロッパ・トルコ訪問報告会から(京都「被爆2世3世の会」会報No22より)(上)

守田です。(20140829 21:30)

8月も押し迫ってきました。9月1日は全国的に防災への取り組みがなされますが、こうした一環として篠山市では消防団による研修会が明日8月30日に行われることになり、僕を講師として呼んでいただけました。
朝9時半より篠山市四季の森生涯学習センターでお話します。消防団と黒田地区自主防災会の方たちで500人が集まってくださるそうです。僕の講演会では過去最大の人数でありがたい限りです。
今回は土砂災害と原子力災害についてお話します。広島で非常に厳しい被害を出した土砂災害のことを調べましたので、触れるつもりです。このためここ数日、広島の災害報道のウォッチ、分析にかかりっきりでした・・・。

土砂災害は篠山市の周辺でも激しく起こっています。とくにお隣にあって消防団が連携している丹波市では死亡事故も起こってしまいました。また篠山市が防災協定を結んでいるお隣の京都府福知山市も昨年に続いて冠水被害が起こっています。
このため消防団も、防災を担当している篠山市市民生活部市民安全課の方たちも、連日のように各地に応援に走り回っています。この日も研修会が終わるや否や、団長さんが多数の隊員を引き連れて、丹波市へと応援に駆け付けるのだそうです。
僕自身は午後はもうひとつの講演会に向かいます。「子どもみらい研究会」と題されたもので、子どもと大人と一緒に原発のこと、食べ物のことを考えようという企画です。14時から篠山市並木道中央公園 茅葺古民家にてです。

されこれらの講演会に台湾からやってきている撮影クルーが参加することになりました。原発災害避難をあつかった『演習』という映画を製作している方たちで、わざわざ僕をインタビューしに日本に来てくれることになりました。
ところが篠山市消防団への講演のことを聞きつけて、ぜひ撮影したいというので消防団の方たちに了解をいただき、明日、一緒に篠山市に行くことになりました。
そのために今日、京都駅で打ち合わせをしてきましたが、監督さんは原発の避難計画をめぐるさまざまな矛盾を適格に捉えつつ、しかしそれでも災害対策は必要なのではないかと考えていて非常に意見が合いました。ぜひ積極的に映画製作に協力したいと思っています。

それやこれやで、今、頭の中は土砂災害のことと、原発災害対策のことでいっぱいなのですが、そのことのアウトプットは明日の消防団研修会の後とすることにして、今日はこの間の講演会でお話した内容についてお伝えしたいと思います。
トルコから8月7日に帰国して、すぐの9日に、京都市内で「京都被爆2世3世の会」の学習講演会で「ベラルーシ・ドイツ・トルコを訪れて」というタイトルでお話させていただいた内容です。
これを同会の座長の平信行さんが「要約報告」という形で、会報にまとめて下さったのです。非常に精度が高い的確なまとめで、とてもありがたく感じ、転載させていただくことにしました。平さんと会のみなさまに深く感謝いたします。

なお会報には写真も載せています。PDFでもお配りできます。メルマガ配信をしている方にはメール添付でPDFファイルもお届けします。
ブログをご覧の方でご入用の方はご連絡ください。
以下、会報掲載内容をご紹介します。長くなるので2回に分けます!

*****

京都「被爆2世・3世の会」会報№22 別冊 2014 年8月29日

京都「被爆2世・3世の会」
2014年8月9日(土)学習講演会 要約報告(上)

チェルノブイリと福島後の世界で問われていること ベラルーシ・ドイツ・トルコを訪れて
講師:守田敏也さん

今回の視察訪問の目的と日程
■2月25日~3月21日
① 国際医師協議会への参加
・日本、ドイツ、ベラルーシの医師たちを中心とした放射能被害への対応を話し合う会議。
・ジャーナリストとして会議参加を招待され、医師たちに同行してチェルノブイリ原発事故への対応の現状を視察。
② 「ヨーロッパ・アクション・ウィーク アフターフクシマ&チェルノブイリ」への参加
・「チェルノブイリとフクシマの後の未来を考えよう」という行事への参加
・福島の現状報告のためにトルコに派遣され、トルコの人たちとの交流、原発建設予定地等を視察。

■7月30日~8月3日 トルコを再訪
・シノップ県ゲルゼ町長の招きで、反原発集会において日本の現状を講演
・原発建設予定地の視察と地元の人々との交流

■ベラルーシとトルコの位置
ベラルーシ
ベラルーシ、ウクライナは元々旧ソ連の一つ
・チェルノブイリはベラルーシ・ウクライナ国境から10kmほどのウクライナ側にある。
・チェルノブイリ原発事故による放射能は北方向へ流れたため汚染はベラルーシの方がより深刻。もちろんウクライナの汚染も重大だが。
・ ウクライナは今、ご存知のように国内紛争状態で悲劇的な状況にある。

トルコ
・トルコはウクライナから黒海を挟んで南側に位置する。
・チェルノブイリ原発事故によるヨーロッパ汚染地図では、「トルコはアジア」という認識と、トルコ政府が何も公表しないため、トルコにはまったく影響がなかったかのように描かれている。
しかし、実はトルコの黒海沿岸側もかなり汚染されていることが今回分った。
・この地域に住む人々は、明らかにがんの発症が多いという認識をもっている。

国際医師協議会に参加した医師たち
① ドイツの医師団
・IPPNW(核戦争防止国際医師会議)ドイツ支部の人たちが中心
② 日本の医師たち
・関西医療問題研究会から数名の医師 その他、個人で参加した医師や研究者も多数。
・日本の医師たちの中で、福島県の甲状腺がん多発は明らかに放射線被ばくのアウトブレイクだと一番はっきりと主張されている人たち。
③ ベラルーシの医師たち
・小児がん対策などしっかりとした医療実践をしていながら、その原因を原発事故による放射能被害と認め難い環境にある。
・チェルノブイリ事故による汚染を低く見せようとするベラルーシ政府の姿勢が反映。充実した医療対策を行いながら、しかし原因を原発事故による放射能汚染とは言わない国 ベラルーシ

最初の訪問地ミンスク(ベラルーシの首都)
① ミンスク市内にあるべラルド研究所を視察
・べラルーシは政府による統制が強く、医師たちが自由に発言できる環境にない。明らかに小児白血病などが多く発生し、それへの医療的対応も行なわれているのに、医師たちは原発事故が原因とはなかなか語らない。
・それに対するドイツ医師団の批判もある。
・私(守田)も意見交換の場で、福島の汚染状況について発言。日本からのこういう情報が世界の人たちからは強く求められており、真剣に聞いてもらえることを実感。
② 小児白血病対応病院(国立)の訪問
・施設は徹底した子ども目線で作られており、充実した医療環境にある。
・病院の周りには家族の住める住宅まで設置
・検査結果が出るまでの長期滞在の保障
・往復の交通費と滞在費が無料
・1戸の住宅に2家族が居住
③ ミンスクの街とベラルーシという国
・ソ連邦崩壊後も比較的ソ連時代のあり方(「社会主義」)を保とうとしている国
・ミンスクはとても「美しい」都市だが、まったく生活臭のしない不思議な街。「美しさ」の裏側ではドラッグ、麻薬が充満しており、社会的矛盾が強制力によって徹底して隠蔽されている感じ。
・孤児院も完備されているが、子どもたちは孤児院を出ると必ず刑務所に行くことになるとのこと。アルコール中毒、ドラッグの蔓延。収容されている子どもたち自身DVなど家族崩壊によって入所した子が多い。
・放射線被ばくに対応した医療は明らかに日本より充実しており、日本にはないプログラムもある。しかし社会体制はソ連崩壊後もずーっと矛盾と混乱が続いている国ではないか。
・ものすごく深刻な放射能汚染があってそれへの対応はなされているけど、それ以外の社会的矛盾が深刻に存在する国。

ゴメリの国立放射線医学人間生体研究センター
① ウクライナとの国境、チェルノブイリ原発に近い都市ゴメリを訪問
② 国立放射線医学人間生体研究センターを視察
・リクビダートル(チェルノブイリ原発事故の処理作業に従事した人々)は全員ここで無料の医療を受けることができ、リクビダートルの放射能汚染は社会的に対応されている。
・しかしベラルーシ政府の公式声明は「リクビダートルの長年に渡る追跡調査の結果、一般人とほとんど健康状態に変わりはない」というもの。
・実際は放射能汚染による病気対応をしていながら、公式声明では「事故対応はもう終わった」とされている。
・何故か?放射能汚染を過去のこととし、新たな投資を呼び込むため
・過去には深刻な汚染があって、しっかりとした対応もしてきた結果、今ではそれほどの放射能影響はもはや存在しない、とする態度。
③ ベラルーシの医師たちも基本的には政府と同じスタンス
・がんの発症と治療についての話はいくらでもするが、それが原発事故の影響だとは絶対に言わない。

第二次大戦からの歴史と経緯を背景にしたドイツの人たちの原発事故対策支援
ドイツ人医師たちの思いと行動
① デルテ・ジ―デントプフ医師(IPPNWドイツ支部の理事)の場合
・20年間ベラルーシに通いつめ支援してきた医師。そのことによる信頼関係があって今回の視察訪問も実現している。
・ベラルーシとベラルーシの医師たちを変えるために、ドイツの風、日本の風を入れたいと思っている。そのための交流。
② 過去のナチスドイツによる侵攻に対する贖罪
・ベラルーシとウクライナは、ナチスドイツがソ連侵攻で攻め入った地。(バルバロッサ作戦)
・一番激しく戦闘され、国土と人々は蹂躙され、ドイツ軍撤退の際は焦土にされた。徹底した破壊により灰燼に帰したところ。
・戦後40年、つつましくも豊かな生活がやっと取り戻された矢先、1986年チェルノブイリ原発事故が発生。こんなに悲劇が重なっていいのか!
・原発事故後、事故対策のために行なわれた道路工事で地中から大量の遺骨、ドイツ軍のヘルメットなどが出てきた。
③ こうした歴史的背景と経緯もあって、ヨーロッパにおけるチェルノブイリ対策支援の拠点としてのドイツの位置は非常に大きい。
④ 私(守田)の思い
・ドイツの人たちの話を聞いて、日本軍の中国やアジアの国々の侵攻を思い起こす。その後日本もドイツと同様メチャクチャに空襲被害を受けた。
「正義の戦争なんてない」ことをドイツ人と日本人が一番よく知っているのかもしれない。
・そのことを語って、ドイツの人たちと気持ちの交換をすることができた。
⑤ ベラルーシの病院などが無料治療できるのも、ベラルーシ政府だけの負担ではなく、ドイツ、オーストリア、ポーランドなどからも相当の財政負担があって行われていることが分った。
・歴史的背景と経緯の上にチェルノブイリ支援は行われている。

フランクフルトに帰って国際医師協議会に出席
① ドイツ、日本、ベラルーシを中心に、イギリス、アメリカ等々様々な国から医師が参加
② 多数のセッションのある中で私(守田)も発言? 京都三条河原であった「原発いらない子どもデモ」のことを紹介
・日本の市民行動は海外にはほとんど伝わっていないため、ものすごく関心を持たれる。
・日本の市民行動が海外ではほとんど報道されていないことと、世界にとって日本語の壁が高過ぎて、あまりにも何も知られていない。
・どんなつたないものでは英語で情報発信することの重要性を痛感!!
・フクシマ原発事故に対して日本の民衆がどのように関わっているのかは、すごく関心を持たれている。
・私のプレゼンする写真を見て、私の話を聞いて、「とても心強く思い、心が熱くなった」との感想がたくさん寄せられた。
・ドイツでも、チェルノブイリの時、一番最初に起ち上がったのは幼い子を持つ母親たちだった。彼女たちに背中を押されて私たちも起ち上がった。(ある男性医師)
③ ドイツの医師たちの日本への思い
・ドイツの医師たちは、日本の医師たちを招き、ベラルーシにも一緒に行き、チェルノブイリの経験を知ってもらいたいと願っている。
チェルノブイリでどんなひどいことがあったのか、日本に持ち帰れば日本の民衆にも伝えられて、福島の被害を少しでも減らすことができる。それが彼らの願いであり、目的。
・チェルノブイリの本当のひどい実態を見てきた人たちが、福島の現状を見て心を痛め、「このままではひどいことになる、ベラルーシ政府の方がまだましだ。事態をなんとか変えたい」と思ってヨーロッパの会議にも招いてくれている。

続く

 

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