2014.08.12

明日に向けて(914)シノップのゲルゼで原発建設反対を訴える

守田です。(20140812 18:00)

トルコから帰ってすぐの8月9日に二つの講演を行いました。
一つは立命館平和ミュージアムで行われている「平和のための京都の戦争展」関連企画。主催は「放射能からこどもを守ろう親の会」の方たち。
「なぜ、日本は原発をやめられないのか?」という演題を頂いて、1955年の日米原子力研究協定にまでさかのぼり、原爆と原発の歴史から今を紐解きました。
当日は台風の影響で朝から強い雨が降っていたのですが、それでも会場は朝10時の企画にも関わらず満員御礼!熱心に聞き入ってくださいました。
「日米原子力協定」についてはこれまでこのブルグでもそれほど取り上げてこれなかったので、今後、講演内容の紹介を行っていきたいと思っています。

午後からは「京都被爆2世3世の会」の学習会で、ヨーロッパやトルコへの訪問の報告をさせていただきました。
トルコ訪問の報告では今回のゲルゼ、シノップの訪問にも触れました。
そのため前夜に原子力協定と、今回のシノップ訪問に関するパワーポイント作成のために徹夜をしてしまいました!!
学習会には14人の方が参加してくださり、質疑応答も1時間とっていただけたので、詳しい説明をすることができたと思っています。

さらに8月10日には、琵琶湖の白雲山荘で行われている東北の子どもたちの保養キャンプに参加して、子どもたち相手の講演を行いました。
食と放射能に関することで、何をどう食べて身体を守るかのお話です。
今回も参加した子どもたち、とくに小学校低学年の男の子たちのレスポンスが素晴らしく、楽しい掛け合いのうちにあっという間に時間が過ぎました。
この内容についても先々、この場で紹介したいと思います。

さてこのように体はすでにトルコを離れ、日本に戻ってきていますが、トルコの旅の報告を続けたいと思います。ゲルゼ町訪問の続きです。

ゲルゼについたのは8月2日、ぢょうと夏祭り開催の日で、1日目は町の真ん中で行われたパレードや若者たちの踊りを見学させてもらいましたが、8月3日は夕方から反原発企画があり、講演者、パネリストとして参加しました。
その前の午後にホテルにドイツ、日本、トルコの各地から集まってきた数人でミーティングを開始。
というのは今回は、東京から参加したFoE JAPANの吉田さんが日本の「脱原発をめざす首長会議」からのシノップのメイヤーたちへのレターを持ってきてくれていたのですが、その存在を知ったトルコ人医師のアルパー・オクテムさんがトルコでも同じものを作りたいと切望。これとドイツ、日本でリンクしようと言い出したのです。
それでその場に居合わせたドイツ人2人、トルコ人3人、日本人2人で話し合いました。日本人は吉田さんと僕です。

どう作ろう、どんな名前にしようと話が盛り上がるのですが、吉田さんが「その前にまずトルコで首長会議を作らないと仕方がないのでは」と提案。
「そりゃそうだ」となり、「誰が中心になれそう?あそこの誰々は?その場合、予算はどこからとってくる?それで国際的な名前はどうする?」と話がどんどん進んでいきます。
再び話が全体の名称のことになったころに、吉田さんが「やはりその前にまずトルコで首長会議ができないと仕方がないのでは」と提案。
「確かにそれはそうだ」となり、「やはりあそこの彼を中心に?」となるのですが、やがて「あなたのところは予算とれない?それで日本の首長会議やドイツの方の支援はとれそう?」と話はループしていきました。

そんな感じで話がやや宙に浮いていた面もありましたが、ドイツ・トルコ・日本の民衆の連携で、核の時代に一石を投じて行こうとする語り合いへの参加は、それ自身がとても楽しいものでした。
ただ僕にとって残念だったのは僕の英語力が低くて、会話についていくのが精一杯でほとんど発言できなかったことです。
トルコ人とドイツ人と日本人の会話で、英語ネイティブの人はおらず、早いスピードではなかったのですが、なんとか聞くことはできても、意見を言おうと思っているともう話題が次に行ってしまう。あるいは細部が聞き取れなくて意見が出しにくかったりする。
せっかくトルコ、ドイツ、日本の仲間が集まって新しいことを一緒に作り出そうとディスカッションしているのに、自分の意見をうまく出せないのはもどかしい経験でもありました。「帰国してからこれまでの英語学習を抜本的に上回る猛特訓をするぞ」と決意した一場面でもありました。
さて夕刻になってこの日のメイン企画である反原発集会の場に移動しました。前日に若者たちの踊りを見学した海岸べりの場で、半野外ステージにもうたくさんの人が集まりだしていました。
中心にはゲルゼの町長さんも座ってくれています。役所の方たちが多数参加してくださっていたようでした。地元紙の記者さんたちも集まってきました。
夕方でも日差しはまだ熱いのですが、海風がとても気持ちいい。湿度が高くないので、日陰に入るととても気持ちが良いのです。そんな場での講演会でした。
午後6時半過ぎに企画がスタートしました。司会と町長の挨拶に続いて、トップバッターは僕!いつものようにプナールさんが通訳で横についていてくれて話が始まりました。

僕が訴えたのは、まずは安倍首相のオリンピック誘致の大嘘の話。この誘致、東京とイスタンブールが争ったのでしたが、そのときに安倍首相は原発はコントロールされているなどの本当にひどい嘘をついわたわけです。
「私たちの国の首相は大嘘つきです。みなさん、ぜひ騙されないでください」と語ると大きな拍手が起こりました。
その上で安倍首相の嘘を暴く形で話を進めました。一つに福島原発は今も深刻な状態を脱していないこと。1号機から3号機はメルトダウンしていて近づくことすらできなこと。4号機には危険な燃料棒がプールの中にあり、懸命におろしている最中であること、ただし燃料棒自身は1~3号機にもあるので危険性はまだまだ続くこと。
この他、汚染水は垂れ流され続けていること、凍土壁によって止めようとしてるがやってみたらうまく凍らずにこの面でも作業が行き詰っていること、また健康被害も拡大していて、福島の子どもたちの甲状腺がんがついに89人にもなってしまったこと。この他にもさまざまな健康被害が見えてきていることなどです。

さらにこうした状況の中での福島の人々の生活について触れました。2011年10月に福島市の御山小学校前で撮影した写真をもとに、福島の人々の放射線被曝に対する対応に開きがあり、バラバラになっていること、それが人々の対立にもつながり、とてもしんどい生活が強いられていることを紹介しました。
またたくさんの放射線測定室が立ち上がり、食材の放射能汚染を測って生活していること、そうでなければ安心が確保できない状態にあることも紹介しました。
こうした報告の時に、トルコの方たちは一様に顔をしかめ、胸を痛めながら聞き入ってくださいました。みなさんが福島の今、日本の今の痛みを分け合うように聞いて下さっていることが分かりました。
同時にシノップに原発ができてしまい、事故が起こったらどうなるのかもイメージしてもらえたように思えました。ともあれ会場のレスポンスが良いのですいすいと話すことができました。

このように原発事故が収束してないのに、安倍首相とエルドアン首相のトップセールスで原発の売買を決めるのはおかしい。「そもそもこの二人は僕には兄弟に見える」と語ったら、会場から爆笑とやんやの拍手!
そうなのです。エルドアン首相も、反対派のデモ隊に対して何度も戦闘警察をけしかけ、ガス銃の乱射で多数の人々を死にすら至らしめている暴力的な政治家です。
それだけではなくて、とにかく嘘つきなのです。これは僕の後でパネラーとして登場した方が繰り返し述べていたことでもありますが、事故の可能性や原発の必要性などについてもエルドアン首相は嘘ばかりつく。
前回の講演のときも、僕が「安倍首相は嘘つきだ」と繰り返したら、あとでトルコ人男性が寄ってきて「いやいや、うちの首相も大嘘つきだから」と語ってくれたのですが、真っ赤な嘘をついて政策をごり押しする姿は確かによく似ています。

だとするならばトルコの民衆と日本の民衆の力強い連携で、この悪い政治家たちを止めるのみ。そう決意を語ったところ、再び拍手喝さいが返ってきました。
最後に、前回シノップを訪れたときに写した写真をみなさんにお見せし、「この美しいシノップを何としても守りましょう。前回、僕は日本人としての責任を感じてここに来ましたが、その時にシノップの美しさに魅せられました。今回も責任もあってきましたがそれ以上に美しいシノップを守りたいです。頑張りましょう」と締めくくりました。
非常に大きな拍手が返ってきました。これだけの内容を通訳を含めて40分でお話しましたが、僕自身、みなさんに思いを伝えることができた、大切な思いを分かち合えた!という実感を持つことができました。
もちろんこれはプナールさんの見事な通訳によっても可能になったことです。僕の思いを的確に伝えて下さるプナールさんに感謝です。

その後に、吉田さんが発言されました。吉田さんは福島の人々の現状をもう少し詳しく説明。避難地域が非常に狭く限られていることを地図で示し、福島市や郡山市など、線量が高いのに自主避難区域とされて人々が苦しんでいることなどを説明しました。
また原発がすべて止まっているのに日本では電力が足りている現状についても説明。豊富なデータを使って説明してくださるので、僕が大雑把に話したことをさらに深めて下さるような形になりました。
この後に、トルコ人核物理学者で、アメリカ在住のハイレッチン・クリッチ教授が話され、続いてUCTEA CHAMBER OF MECHANICAL ENGINEERSに属するオーズさん(Oguz.turkyilmaz 英文表記)が話されました。
前述のようにオーズさんは、いかにトルコ政府が嘘ばかりついて原発計画を進めようとしているかを力説。こうした嘘に騙されてはならないと繰り返し強調されました。

すべてのパネラーの発言を終えてからディスカッション。会場からも次々と発言が続きます。前に来た時にも感じましたが、こうした時にトルコの方たちは質問よりも意見をたくさん述べる。
次々とマイクをとって熱い語りが続きます。プナールさんが懸命に訳してくれますが、なかなか追いつかないほどに熱した発言が続いていく。でもポイントを教えてもらえればだいたい雰囲気で言いたいことは伝わってくる。そんな感じで次々と発言が続いてきました。
やがてようやくあたりが暗くなりました。9時を過ぎていたでしょうか。集会が終盤を迎えました。
再び町長さんが出てきて、ゲゼルの名前の入った銀の皿を大きな赤い化粧箱をあけて貝のようにして挟んだものを発言者の一人一人にプレゼントしてくださいました。なんだかすごいものをもらってしまった。ありがたいです。

こうしてゲルゼでのメイン集会が終わりました!大役を果たせてほっとしました・・・。

なおゲルゼの夏祭りと集会の写真をFACEBOOKにアップしました。以下から写真が見れます。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10203354999774048&set=pcb.10203355021654595&type=1&theater

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