2014.07.24

明日に向けて(897)ガザ侵攻の背後にあるイスラエルの構造的暴力支配をこそやめさせなければ

守田です。(20140724 23:00)

ここ数日、岡山県を周り、岡山市のあゆみ保育園と、瀬戸内市前島で行われている「せとうち交流プロジェクト」による福島の子どもたちの保養キャンプで講演してきました。
途中で10年来の友人宅にも泊めていただき、濃密で素晴らしい時間を過ごしてきました。
とくに前島ではたくさんの子どもたちと接することができました。講演会のあとには前島から瀬戸内を周遊するクルージングにも子どもたちや地域の方たちと一緒にいきました。
また夜には福島県の幾つかの地域から来ているお母さんたちと語りあうこともできて、感慨深い時間を過ごしてきました。

これらの報告はまた後日したいと思いますが、一方でパレスチナの地では、その間にもイスラエル軍によるガザ侵攻が続き、犠牲者が増えるばかりで心がざわつきっぱなしでもありました。
岡山でパソコンがうまくネットにつながらなかったため、iPhoneで情報収集はできるものの「明日に向けて」の発信ができず、伝えるべきことを伝えていないのではとやきもきもする思いも募りました。
そんな状態でしたから、クルージングの時も、目の前にいる福島の子どもたちを守りたい、子どもたちの心にこの夕日や島々の美しさが残って、何かの支えになってくれれば良いと思いつつ、
しかし「ああ、パレスチナで死んだ子はもう夕陽の美しさを見ることもできないのだ。ああ、パレスチナの子どもたちをあの戦場からこのクルージングに連れ出してあげられたら」と思えてきて心が乱れて困りました。

イスラエルは私たちの心の中にまで侵攻してきて、爆撃をしてきます。これに対抗し、心を守りつつ、戦場から遠く離れた私たちの場でこそできることを重ねていかなくてはなりません。
そのために今は、情報の把握、整理、発信や、この問題をいかにとらえるべきかの観点の整理を行いたいと思います。

まず私たちが行ってきたことについて記録を残しておきます。
遅い報告になってしまってすみませんが、先週の土曜日、19日、イスラエルの蛮行をなんとか止めたいと、ピースウオーク京都とつばめクラブの友人たちと京都市三条大橋の上でのピーススタンディングビジルを呼びかけたところ、わずか2日間の告知だったにもかかわらず、およそ120名もの人が集まってくださいました。
途中からの参加や途中までの参加もあり、また通りがかりの人がしばらく参加してくれる場合もありました。集団で歩いていた青年たちがプラカードをもって一緒に立ってくれることも。海外の方の飛び込みもありました。
正確な人数は把握しきれていません。ともあれ多くの胸を痛める人との共同行動ができました。ご参加いただいた方、ありがとうございました。

19日の行動が京都新聞に掲載されたのでご紹介します。

イスラエル軍のガザ攻撃に抗議 京都で犠牲者追悼
京都新聞 2014年7月20日
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20140719000103

僕が現場からFacebookにあげたものも紹介しておきます。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10203205981688689&set=pcb.10203205989288879&type=1&theater
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10203207199399131&set=pcb.10203207207839342&type=1&theater

イタリアでも紹介されました。
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=10152630812710452&id=290463280451
7月24日22時34分現在で「いいね」1062人、「シェア」444件となっています。京都の声が各地に伝わったのだと思います。

またこのビジルを受けて、福島から京都に避難移住された宇野朗子さんが、イスラエル政府への手紙を起草し、1230名の連名で出してくださいました。僕も参加させていただきました。
この素晴らしい企画を「明日に向けて」でお知らせしたかったのですができませんでした。すみません。
https://www.facebook.com/events/674561272638171/?ref_notif_type=plan_mall_activity&source=29

世界の多くの国でこうした私たちの努力を何倍もするような素晴らしいデモも起こっています。

にもかかわらず先ほども述べたようにイスラエルの軍事侵攻は続いており、犠牲者は地上戦闘の始まったこの19日前ぐらいからむしろ急激に拡大しだしました。
侵攻を開始した17日には240人ぐらいだった死者がその後の7日間で3倍近くになり、本日24日14時58分投稿のAFP通信Nの報道では718人にもなってしまったと伝えられています。
急速な拡大です。その大半は市民です。子どももかなりの数が含まれています。

イスラエル首相のナタニヤフは20日夜のテレビ演説で「イスラエルがこの戦争を選んだのではない。ハマースに責任がある。長期戦になる可能性がある」と述べたそうですが、まったくの嘘です。
にもかかわらず、この点できちんとイスラエルを批判した報道があまりに少ない。そのことがあれほどのひどい行為を行っているイスラエルを有利にしています。この報道のもとでは、イスラエルがどんなにひどい殺戮を行おうと、その責任の一端が、ハマースの側にあるかのように見えてしまうからです。

19日の京都での行動では、事前に出町柳の「かぜのね」で岡真理さんの緊急講演会が行われ、岡さん作成のチラシを持ち込んで行ったのですが、この点も重要なことだったと思えます。
僕もこの講演に参加し、少し早めに会場を抜け出して三条大橋に向かいビジルの準備をしましたが、その分、より内容的に意味の深い行動ができたように思います。
岡さんのこの日の講演、とてもわかりやすかったのです。というより、これまで聞いてきたどの講演よりもストンと胸に落ちてきた。今更ながら「分かった」などということは申し訳ないのですが、何が問題の核心でかつ何が報道されていないのかがよく見えました。
重要な内容だったのでまとめたいと思うのですが、今日のところはポイントをまとめておきます。

私たちがふまえなければいけなのは、今、パレスチナで起こっていることは、1948年にヨーロッパのユダヤ人問題の解決のためにパレスチナの地にイスラエルの強制入植が始まって以来の構造的暴力の上にあるのだということです。
特にここ何年もガザの違法な封鎖が行われており、監獄化が強制される中で起こっていることです。パレスチナ全体がまったく違法、不当に占領され占拠され続けてきたのです。
人々の暮らしは目に見えない暴力によって圧迫され、危機にさらされ、抑圧され続けてきたのです。その中でハマースなどのやむにやまれぬ反撃も起こっているのであって、先に構造的に暴力を振るい続けているのはイスラエルなのです。
しかしこれまで世界の多くの国々がこの日常化された暴力を傍観してきました。イスラエルは国連の決議も繰り返し無視し、パレスチナへの軍事的支配を続けてきたのに、それをみすごすことでイスラエルの暴力に消極的にせよ加担してきたのです。
このことを見据えずに、ハマースのロケット弾攻撃をイスラエル軍の攻撃と対等な暴力であるかのようにとりあげるのはまったく正しくありません。それは戦争犯罪を繰り返すイスラエルを助けることにしかなりません。

にもかかわらず、この根本問題があまりに焦点化されず、報道もされていない。前提としてあるイスラエルによる構造的な暴力支配が、いわゆる「国際社会」から批判されないままに、パレスチナの人々が痛められ続けてきている。
パレスチナの人々からすれば継続的に暴力を受けているのに誰も助けてくれない理不尽さが長く続いているわけです。
岡さんは、だからパレスチナのことは、今回のようにイスラエル軍が大量殺戮をしたときだけ取り上げられるのではいけないのだと強調しました。今までも聞いてきた言葉ですが、今回はよりはっとくるものがありました。
そうです。私たちは今、イスラエル軍の侵攻と殺戮行為をやめさせるために努力していますが、それが止まれば終わりではないのです。
パレスチナの人々が構造的な暴力にさらされているありかたそのものに、終止符をうつべく努力しなければならない。そこまで私たちは歩まなくてはなりません。

今回このことが深く胸に落ちてきたのは、僕が福島原発事故以降、まさに日本政府による私たちへの構造的暴力と対決してきたからです。
今、私たちの国の中では、福島の人々、いや東日本の広範な人々が被曝生活を強制されています。レントゲン室の基準である放射線管理区域に相当し、どう考えたってそこで生活して安全などとは言えない多くの地域、地点に今なお人々が住まわされている。
そうして人々は、自国政府によって、ゆっくりと、時間をかけて殺されつつすらあるのです。しかしほとんどのメディアが、あるいは政党が、このことをきちんと取り上げてくれない。
こうした構造的暴力がまかり通っていることへの憤り、嘆き、呻きに囚われるとき、人は孤独を感じるのだと思います。このはっきりと可視化されてはいないけれど、しかし筋道を立てて考えれば分かることがどうして大勢に理解されないのかと身悶えしてしまいます。

パレスチナは、ようするにそういう状態におかれ続けてきたのです。そのことに触れないで、事態をイスラエル軍とハマースによる戦闘とだけ描くことは、イスラエルの不法占領に手を貸すことにしかならない。
繰り返しますが、非合法な状態を長らく続け、非人道的な行為を繰り返してきたのがイスラエルであり、その上に今回のような空襲や地上侵攻など、直接的な暴力が重ねられているのです。
こういう暴力が目の前にある限り、私たちは幸せになれません。こういう構造的暴力の存在を許していれば、いつしか私たちも同じ暴力を受けます。
いやすでに私たちはそれを受けています。パレスチナの人々があんなにひどい暴力をうけながら、助けることができない状態にこうして立ち会わさせられていること事態、私たちへの暴力でもあります。しかも黙っていたら共犯者にすらされてしまう。

その意味でイスラエルの暴力は私たち全体に向いています。パレスチナの問題を捉えるにはこの視点がとても重要です。
この世界は一握りの支配者による構造的暴力をもっての支配があちこちで行われています。そのもとで呻く全ての人々が手をつなぎあい、痛みをシェアしあい、そうして共に立ち上がり、支配者に立ち向かってこそ、暴力の連鎖を断ち切って、未来を切り開く可能性が生まれます。
だから今、私たちはイスラエルによる構造的暴力と同時に、大国やマスメディアによるその容認ともたたかなわなくてはならないし、何よりもそれが私たち自身に向けられている暴力でもあることを自覚して抵抗していかなくてはいけません。

パレスチナに真の解放を。正義と公正を。そして愛を。
それは私たちを解放し、正義と公正を各地に押し広げ、この世を愛でみたしていく道です。
私たちは私たちに振り向けられた暴力を跳ね除けるためにパレスチナを救わないといけない。
・・・思いつくことをなんでも重ねていきましょう。

 

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