2014.07.03

明日に向けて(882)安倍首相の考え方の中にこそ戦争拡大の芽が孕まれている!(集団的自衛権・首相会見を批判する)

守田です。(20140703 08:00)

7月1日、安倍政権は公明党の一部幹部を抱き込んで「与党合意」を形成し、憲法の解釈を捻じ曲げる閣議決定を強行しました。
私たちの国は、このままではアメリカの理不尽な戦争に全面加担させられてしまいます。そんなこと、絶対に認められません。明確な憲法違反であるこの閣議決定を民衆の力で無効化しましょう。
そのためにも安倍首相が集団的自衛権に対してどう語ったのか、閣議決定後の記者会見内容を分析し、この方の再び三度の大嘘をきちんと批判しておきたいと思います。
会見内容の把握は、毎日新聞に掲載された会見要旨から行います。まず記事をご紹介します。

***

集団的自衛権:安倍首相の会見要旨
毎日新聞 2014年07月01日 21時06分(最終更新 07月02日 10時58分)
http://mainichi.jp/select/news/20140702k0000m010110000c.html

安倍晋三首相が1日、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定後、記者会見で発言した要旨は次の通り。

いかなる事態にあっても国民の命と平和な暮らしは守り抜く。内閣総理大臣である私にはその大きな責任がある。その覚悟のもと、新しい安全保障法制の整備のための基本方針を閣議決定した。自民党、公明党の連立与党が濃密な協議を積み重ねてきた結果だ。
抽象的、観念的な議論ではなく、現実に起こり得る事態で現行憲法のもとで何をなすべきかという議論だ。
例えば、海外で突然紛争が発生し、そこから逃げようとする日本人を、米国が救助、輸送している時、日本近海で攻撃を受けるかもしれない。わが国への攻撃ではないが、日本人の命を守るため、自衛隊が米国の船を守れるようにするのが今回の閣議決定だ。
日本国憲法が、こうしたときに国民の命を守る責任を放棄せよと言っているとは私には思えない。この思いを与党と共有し、決定した。

ただし、こうした行動を取る場合でも、他に手段がないときに限られ、必要最小限度でなければならない。憲法解釈の基本的考えは変わることはない。
海外派兵は一般に許されないという原則も全く変わらない。自衛隊が、かつての湾岸戦争やイラク戦争の戦闘に参加するようなことは決してない。
外国を守るために戦争に巻き込まれるという誤解があるが、あり得ない。憲法が許すのは、我が国の存立を全うし、国民を守る自衛の措置だけだ。外国の防衛を目的とする武力行使は行わない。
むしろ万全の備えが、日本に戦争を仕掛けようとするたくらみをくじく大きな力を持つ。それが抑止力だ。

今回の閣議決定で、日本が戦争に巻き込まれる恐れは一層なくなっていく。日本が再び戦争をする国になるというようなことは断じてあり得ない。
閣議決定を踏まえ、関連法案の作成チームを立ち上げ、国民の命と平和な暮らしを守るため直ちに作業を開始したい。国会に法案を提出し、審議いただきたい。私は今後とも丁寧に説明を行いながら、国民の理解を得る努力を続けていく。

***

分析に入ります。この会見は安倍首相の思考パターン、大嘘の連発にいたる政治家としての致命的な欠陥をよく表してもいる会見です。
まず彼は冒頭に「抽象的、観念的な議論ではなく。現実に起こりうる事態で現行憲法のもとで何をなすべきかという議論だ」と説き始めています。
これは集団的自衛権行使に関する安倍首相のこれまでの説明が、「抽象的、観念的ではないか」と言われていることに対する反批判・・・というより「逆ぎれ」です。この方は極めてよく「逆ぎれ」する。
こういうとき安倍首相は、自分が批判されていることには絶対に触れずに、ただ相手に言葉を投げ返すことだけを繰り返します。その結果、冷静に考えれば、かなり滑稽な回答が続くことになります。

安倍首相は語ります。「例えば、海外で突然紛争が発生し、そこから逃げようとする日本人を、米国が救助、輸送している時、日本近海で攻撃を受けるかもしれない。」
・・・その内容自身がこれまで抽象的で観念的ではないのか、あまりにありえない想定なのではないかと批判されているものそのものなのですが、安倍氏は同じことを何の修正も論理的整合性もなく繰り返すことを常としています。
しかもこうした安倍氏への批判には、そもそもアメリカ軍が、危機に際し他国民の救助など行わないと明言していることも含まれているのです。「抽象的、観念的」な話どころか、ありえないと米軍が明言しています。
しかし安倍首相は、自分の主張に都合の悪いものは一切、「ないものとして」しか考えることしかできない。そのため批判にまともに答えていないし答えられないのです。自分の都合に悪いことはまったく考えられないのでしょう。

ここに現れているのは、安倍首相が根本的に対話能力が欠落している人物だということです。相手が「それは抽象的、観念的なのではないか」と指摘しているのに「いやこれこれしかじかだから抽象的、観念的なのではない」と答えることができない。当たり前の対話的な発想が欠落している。
むしろ「そう質問することこそ、抽象的、観念的だ」と言い返すばかりなのです。まさに「逆ぎれ」です。
安倍首相の「逆ぎれ体質」を指摘するのは、この欠点は政治家として、とくに外交を司るものとして致命的だからです。この方を首相の座に付けていること自身が私たちの国の大きな危機です。
何せ安倍氏には相手の批判がまったく耳に入らない。当たり前ですがそんな態度でいれば相手が怒ります。事実、安倍氏が首相になって以降、中国、韓国との関係は悪化するばかり。紛争を収めるどころか拡大することしかこの方にはできないのです。

だから「外国を守るために戦争に巻き込まれるという誤解があるが、あり得ない。憲法が許すのは、我が国の存立を全うし、国民を守る自衛の措置だけだ」などとも言えてしまいます。
言葉を正確にとっていくのなら「戦争に巻き込まれる」というのは、こちらの側が戦争する意図を持っていないのに、相手の側が戦争行為に及ぶ場合のこと、つまり相手が戦争行使の意志をこちらの意図に反して持ってしまう場合のことです。
この時、大事な点は、相手の側がいかにして戦争の意志を持つにいたるかであって、その場合には往々にして双方の意図の誤解もあります。もともと猜疑心を持って、武装して睨み合っているからこそ、こうした衝突は起こりやすいのです。
ところが安倍氏は「憲法が許すのは、我が国の存立を全うし、国民を守る自衛の措置だけだ」などとこちら側の論理だけを言っている。そんなこと、相手がそう思わなければ何の意味もない。「米軍と一緒に攻めてくるのだ」と思われたら、相手の側の「自衛権」が発動される可能性だって十分にあるのです。

安倍氏はこうした「現実に起こりうる事態」の想定がまったくできないし、批判や指摘を受けても、耳を傾けることができない。だから一方的に自分を「善」の立場におき、相手の「悪」の立場においてしまいます。
それが良く表れているのが「むしろ万全の備えが、日本に戦争を仕掛けようとするたくらみをくじく大きな力を持つ。それが抑止力だ。」という言葉です。
安倍氏にとっては「日本に戦争を仕掛けようとする」のは悪辣な「たくらみ」なのです。しかもはじめから相手を憎悪し、自分が善だと決め込んでしまっている。ここにはこちらが意図がないのに攻めてくるものは悪だ、倒せという恐ろしい発想が現れている。
繰り返しますが「戦争に巻き込まれる」のは、日本によるアメリカなどへの「助太刀」の際に、相手が日本の意図を攻撃的で侵略的なものであると判断し、日本がそうは思ってなくても反撃が開始される場合です。それが「巻き込まれ」なのです。しかし安倍氏はそうした客観的なものの見方ができない。

その上で安倍氏は再び「今回の閣議決定で、日本が戦争に巻き込まれる恐れは一層なくなっていく。日本が再び戦争をする国になるというようなことは断じてあり得ない」と繰り返します。
ここでも安倍氏は、自らが信じている、ないし信じたいことを語っているだけで「戦争に巻き込まれる恐れは一層なくなっていく」根拠を何ら論理的に説明することもできない。
このような根本的に対話のできない体質、自分に都合の悪いことをまったく受け付けられない体質の中で、言われたことを相手に言い返すことしかできないので、結果として次々と大嘘をついてしまうことにもなる。
その典型が「原発は完全にコントロールされている」ではないかと思えます。彼には「原発がコントロールできていない」現実が受け入れられないのしょう。現実の危機に目を向けられない。自分の都合の良いように解釈を変えることでしか心の平静を保てない。

そのために、まともに考えればありえないような支離滅裂なことを語り、破たんした論理を平気で使い、事実を強烈に捻じ曲げても自分の言いたいことを押し通そうとする。その結果、倫理的呵責もなしに大嘘をつく。
このように分析してみると、意図的に嘘をついているというよりは、常に自分を絶対善におき、相手を悪辣な意図を「たくらむ」ものに貶め、「何があろうと自分は正しい」と自分に言い聞かせないと精神が持たない構造にこの方があることも見えてきます。
個人としては哀れでもありますが、このような方を首相の座になどつけていてはまったくいけない。にもかかわらず、これほど政治的資質に欠けた方を交替させられないところに自民党の、機能不全もよく表れています。
私たちの政府はまともな会話もできない組織になってしまっています。それこそが恐ろしい。世界に迷惑をかけ、さらには敵ばかりを増やしてしまいます。安倍首相自身「敵が増えている」妄想に取りつかれて怯えているからこそ、軍備増強に走っているのではないでしょうか。

国と国の争いに軍事を用いることを禁じた私たちの憲法は、このように戦争が猜疑心からも起こり得ることをきちんと踏まえ、だからこそ、諸国民の公正と正義に信頼して、武器を持つ権利=自衛権の放棄をうたったものです。
自衛権を放棄するのは、相手に対して疑いをもつことを止める宣言でもあります。「私たちはあなたたちを心のそこから信頼します」という人間的な豊かな心を持った宣誓です。
また武器に頼ることができないがゆえに、対話力=外交力を磨かねばならないことも、この憲法が私たちにもたらしてきた効果です。そうして日本は実際にこれまで70年近くも、その精神で歩んできたのです。
私たちの憲法は、あれほどの侵略戦争を行った私たちの国に、平和トレーニングをももたらしてくれたのでした。そのことがOECD各国の中で、一番、殺人事件が少ない、穏やかな国へと私たちを成熟させてもくれました。

この平和の奇跡を覆そうとする閣議決定後の記者会見を分析するならば、安倍首相の対話不能のあり方、自分に都合の悪いことには一切、耳を傾けることのできないあり方こそが、諸国とのいさかいを強め、戦争を拡大させる芽であることが分かります。
私たちはこの危険な芽を今のうちに摘み取ってしまわなければなりません。そして中国、韓国をはじめ、諸外国との対話的な関係を回復して信頼を取り戻し、互恵的な発展を目指すことに尽力する必要があります。
そのために今後、集団的自衛権行使を法制化する動きと対決していきましょう。対話不能な安倍氏に退陣を迫りつつ、同時に私たちの国の中でも海外との間でも対話的・互恵的な関係性を復活させ、温めていきましょう。
今日も各地でさまざまな行動が準備されています。連日ですが頑張りましょう!

 

 

 

 

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