2014.06.29

明日に向けて(877)東電にいじめられズタズタ・・・こんなこと、絶対に許していてはいけない!!

守田です。(20140629 09:30)

今日(6月29日)はこれから龍谷大学に向かい、飯舘村の人々を撮った映画『遺言 原発さえなければ』監督の豊田直巳さんとのジョイント講演・対談に赴きます。
その朝に、郵送で購読している東京新聞6月27日付けの「こちら特報部」の記事を読んで、なんとも胸が痛みました。
タイトルは「東電にいじめられズタズタ 福島の被災者は苦しんでいる」です。
「こちら特報部」は左右見開きページになっていますが、左面には「心のケアでは解決せず・・・法整備しかない お金いらない元にもどして」とのタイトルも。

記事は今月4日に、福島県浪江町から避難して、二本松市の仮設住宅で1人暮らしをしていた男性が亡くなっていたのが発見されたことから説き起こされています。
男性は74歳。死因は心筋梗塞だったそうです。ご冥福を祈るばかりです。
仮設住宅での孤独死は仮設住宅で暮らす浪江町民に限っても、この2か月で3件あったそうです。

記事はさらに、専門家の立場から、被災避難者の支援を続けている「震災支援ネットワーク埼玉(SSN)」が、早稲田大学と共同で行った、埼玉と東京に避難中の3599世帯を対象とした調査について触れています。
4月末までに回収したアンケート600件の分析で、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の可能性のある人が57.7%もいることが分かったそうです。
胸が詰まるのは自由記述欄に書かれた言葉です。紙面に掲載されたものを引用します。

「夫婦ともにうつ。家族全員が被ばくをしている。生きていてもしかたがない。一家心中を考えている」(双葉町から埼玉に避難・42歳女性)
「頭が円形はげになったり、歯が9本も折れたり抜けたり、薬が増えたり、身体も精神も東電にイジメられてズタズタです」(南相馬市から埼玉に避難・50代男性)
「避難してうつになり、家事もできなくなったり、心身共につらくて仕方ないです。自殺を考えたくなる」(浪江町から東京に避難・45歳女性)
「ハローワークにどれほど通ったか分かりません。(中略)損害賠償請求は一度もしていない。手持ちの現金を使い果たし焦ってきているが、気力が出ず、請求ができない」(大熊町から埼玉に避難・57歳女性)

この記述に対して、調査を主宰した早稲田大学辻内琢也准教授(医療人類学)は次のようにコメントしています。
「この精神的苦痛は、心のケアでは根本的に解決しない。被災者が分断され、PTSDの質が深刻化している。解決策は法整備しかない。子ども・被災者支援法を機能させ、自主避難を含めて社会がきちんと対等する制度が必要だ」。
・・・まったくもってその通りです。

記事の紹介はここまでにしますが、ともあれ私たちは「身体も精神も東電にイジメられてズタズタです」という本当に悲痛な声を、心の底で受け止めて、行動していく必要があります。
辻内准教授の言うように法的整備が必要です。それももう余裕などない。多くの方たちがぎりぎりの状態におかれています。
「いじめ」ているのは東電だけではありません。バックにいるのは日本政府であり、被災者無視の姿勢を支持している人々です。
まさに今、東電と政府による被災者虐待が横行している。明白な暴力がたくさんの人に振るわれています。

しかもそれが放射線被曝の中で起こっています。
「夫婦ともにうつ。家族全員が被ばくをしている。生きていてもしかたがない。一家心中を考えている」という訴えが、そのことを絞り出すように突いている。
あんなにひどい事故をおこした東電が誰一人も罰せられていないことそのものが人々を苦しめています。
しかも奥深い心的ストレスの上に、放射線被曝が襲ってきているのに、被曝の健康への影響もほとんど無視されたまま。その上、多くの被災者が金銭的困難にも襲われています。

にもかかわらずこの国は、事故の責任者をかばい続け、原発はコントロールされているとかの大嘘を通してしまい、被災地に背を向けて東京オリンピックに向かおうとしています。
そんなお金があるのなら、すべてを被災者対策と、福島原発事故の真の収束に投入すべきなのに、それをしないで東京オリンピックに向かおうとすること自身が、僕には巨大な暴力であるように思えます。

こんなひどいことを黙ってみているわけにはいかない。こんなにひどい虐待を見すごすことはできない。それは自分もまた暴力に加担することだからです。
心苦しいことですが、私たちは自らが懸命に動かなければ、いじめ、虐待の側に回らされてしまう構造の中にあります。だから私たちにはこのいじめを止めさせる義務があります。
そのためにどうしたらいいのか。端的に言って何でもいいからできることを探し、動き始めること。とにかく被災者を救うために思いつく限りのことをすることです。

今日の豊田さんとのジョイント講演と対談もそのための一つです。僕は映画『遺言 原発さえなければ』の製作自身が一つの義挙であると思っています。
この映画を通じて、飯舘村や福島、いやそれだけではない、被災したすべての人々の痛みをシェアできるからです。それは私たちの胸の内に新たな熱をもたらします。
だからまずはそこから始めて欲しい。映画は今後、自主上映も可能になるので、ぜひ各地で積極的にこの映画を呼び寄せて、上映会を行って欲しいです。

ただその際、僕がみなさんにおさえていただきたいのは、私たちはただ単に「東電にいじめられてズタズタ」な人々の思いだけをシェアするのではないということです。
その東電にいじめられた被災者の中から、たくさんの方が痛みをおして起ちあがり、原発事故の悲惨さをあっちこっちで訴え、世のため人のためにと行動しています。
ぜひそこもつかんで欲しい。いじめを許さずに起ちあがるのは社会的義務だと僕は語りましたが、他ならぬ被災者の中からたくさんの方がそうした起ちあがりを実現しています。

そしてその圧倒的な声、行動力、愛の力があるからこそ、今、私たちの国の原発は全部、止まっているのです。
あれほど横暴な安倍政権や自民党と、それをまったく止めることができない公明党や民主党の議員たちに私たちの国の国会の議席のほとんどが奪われる状態にありながら、なおかつ、原発はすべて止まっているのです。
福島の怒り、被災者の怒りが安倍政権すらも止めているのです。それが私たち全体の、命と暮らしの安全性を素晴らしく押し上げてくれています。
私たちはその恩義に応えなくてはいけない。愛を持って応え行動しなくてはいけない。

どうかみなさん。一緒に起ちあがりましょう。そして未来の人々に「あそこで歴史が変わったね」と言ってもらえるような何かを実現しましょう。
企画参加のため・・・熱き思いを抱えて・・・そろそろ家を出ます!

 

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