2014.06.16

明日に向けて(872)軍隊の肯定は人殺しの肯定!戦争をしないことこそ真の正義!憲法9条を真に実現しよう!

守田です。(20140616 23:00)

集団的自衛権行使、そのための解釈改憲に向けて、安倍政権が遮二無二動いています。公明党がどんどん後退し、安倍首相の言う22日までの閣議決定がなされてしまう可能性があります。
この横暴に対して、6月22日に京都の三条大橋の上でピーススタンディングをすることを「ピースウォーク京都」の友人たちと計画しています。

憲法9条に込められた不戦の誓いは、日本が「正義」の名のもとに侵略戦争を行ってしまったことへの反省から出発したものです。
しかしそれだけではない。正義の名の下に軍事力を行使することそのものを否定したのが私たちの国の憲法です。この憲法はまだ100%の力を発揮してはいませんが、私たちの国の軍隊に海外で一人の人殺しもさせずにきました。戦死者も出していません。

これまで人類が行ってきた戦争の大半は「大義」を掲げて行われてきました。どこの国も他国を「侵略」するといって攻め込んだりしません。自衛とか防衛とか自国を守る権利だとかが必ず主張されました。
もちろん世界の国々に自衛や防衛や自国を守る権利はあるでしょう。しかし問題は何が防衛で何が攻撃なのか、常にあいまいになるのが軍事の世界だということです。何せ「攻撃は最大の防御なり」という言葉さえもあります。

このジレンマを解決するにはどうしたら良いのか。単純です。戦争を放棄することです!戦争以外の手段で自国の防衛を果たすこと。各国と信頼を育み、その力でこそ国を守ることです。
憲法9条の精神はそこから出発しています。もちろんそれは日本がかつて正義の名のもとに侵略を行ったことの反省に立つものです。しかしすべての国が正義の名のもとに不正義の戦争を行う可能性があるので、この精神は普遍的な意義を持っています。

例えば今のイラクを見てみましょう。アメリカはイラクが「大量破壊兵器」を持っているからと、核兵器以外のハイテク兵器をふんだんに投入して攻め込み、一般市民をもたくさん殺害したのちに、イラクを占領しました。
その後、アメリカの後ろ盾てで現在のイラク政権が打ち立てられましたが、アメリカの戦争遂行があまりに酷かったので、この一連の過程に対して、イラク国内からも周辺国からもいやアメリカ国内からさえも繰り返し批判が起こりました。

それらの結果、現政権を武装して倒そうとする勢力が台頭し、たった今は「イスラム国」を名乗る人々がイラク北部を軍事的に制圧しています。これに対して政府軍の反撃が始まりましたが、このままイラクが内戦に陥ることが懸念されます。
僕は「イスラム国」の人々がどういう人々なのか知りません。ただはっきりしていることは、この混乱、内戦的事態の責任はアメリカの理不尽なイラク進攻にあったのだということです。

このことを考えたときに言えることは、間違った戦争を防止するためにはアメリカも憲法9条を打ち立て、アメリカ軍を解体した方が良いのだということです。そうすれば誤まった戦争を防圧できます。
これに対してすぐに取りざたされるのは「ヒトラーのような輩がでてきたらどうするのか」ということですが、この問いの立て方には共通のあやまりがあります。

なぜならこの問いを発する人々は、自らがヒトラーになることはありえないという前提に立っているのです。しかしイラクの人々、アフガニスタンの人々の立場から考えてみましょう。
責められるべき何らの咎もないのに、現代の最新兵器をふんだんに使って侵攻したアメリカは、ヒトラーのドイツとどれだけ違うのでしょうか。しかもアメリカはこれらの地域で膨大な劣化ウラン弾を使い、未来永劫続く放射能汚染すらもたらしています。

あるいは現在の私たちの国を見てみましょう。安倍首相は自分の思いを通すためなら平気で嘘をつきとおす人物です。福島原発の深刻な現実を大嘘でごまかして東京オリンピックを招致してしまった。しかもそのことをただしオリンピック開催を白紙に戻せる野党もありません。
さらに麻生副総理にいたっては憲法9条の解体を「ナチスを見習っていつの間にか気がついたら変わっていたという具合にやったらどうか」などと発言しています。そうです。日本こそ、ヒトラーの大嘘政治や暴力礼賛と大して変わらない発想をもった人物が政治の中枢にいるのです。

しかし安倍首相は例えヒトラーの力にあこがれてもヒトラーにはなれない。なぜか。憲法9条があるからです。ヒトラーとてもともと「正義」の戦争が全面的に肯定されているヨーロッパで「強い正義」を語って登場してきたのであって、ドイツに憲法9条があれば登場などできなかったのです。
だから今、安倍首相は憲法9条を解体したがっています。それも麻生副総理が言うようにできるだけ論議にならない形でです。この点はとても重要なポイントです。

さらに憲法9条はもっと奥の深い思想と人類史的な可能性を秘めています。憲法9条は、「正義」の名のもとに、あまやった戦争が行使されるのを防止しているだけではありません。
例えそれが実際に正義であったとしても、軍事に頼ることはやめよう、紛争を戦争で解決するものは止めようと呼びかけているのが憲法9条の発想なのです。正義であろうとも戦争などしたくない。いや戦争などしない。それが憲法9条の精神です。

軍隊の肯定はどこまでいっても人殺しの肯定なのです。いま世界では、自分が殺されそうだったら、相手を殺すのはやむを得ないというのが常識です。正当防衛の権利と言われています。その権利の行使も止めよう。人殺しの権利を放棄しようというのが憲法9条です。
そこにあるのは不殺(ころさず)の心です。紛争が起こった時に軍事で自らを守り、相手を殺すのではなく、紛争が起こらないことをこそ第一義にめざす。そのために英知を尽くす。互恵的な発展の道を探る。それが戦争放棄の道です。

「そんなことは理想だ」と言う人に言いたい。戦後70年のこの国の人々の努力に目を見開いてくださいと。理想どころか、現に私たちの国はそう歩んできたのです。世界の誰とも戦争しないで来たのです。自衛隊はまだ他国の人を一人も殺してないのです。
そのために先人がどれだけ努力を払ってきたでしょうか。その恩恵を私たちは有形無形ですでに享受しているのです。その現実を見据える眼を持たずに、どうしてこれからの未来を展望できるのでしょうか。

私たちの国はさらに一歩進めて自衛隊を全面的に災害救助隊に変えていくとよい。なぜって実際の出動はその大半が災害救助なのですから。そのとき戦車などいるでしょうか。もっとたくさんの災害対策車を持てば良いに決まっている。
ただでさえ世界は気候変動による自然災害にあえいでいるのです。だとすれば自衛隊を救助隊に再編して積極的に世界の災害地に派遣すればどれほど喜ばれるでしょうか。そうすればいったいどこの国が私たちの国を侵略してくるのでしょうか。いったい誰がそれを許すでしょうか。

また私たちの国の内側をみても、それこそ東日本大震災をはじめ、自然災害の猛威に襲われ続けているのです。今後、南海トラフ地震や関東大震災もかなりの確率で起こることを政府自身が予想しています。これに国家の総力をあげて備えることこそが「国防」であるに決まっているではありませんか。
他国との争いは外交によって避けることが可能です。しかし地震の発生は人為的に避けることができないのです。だから徹底して備えることこそが私たちの未来をもっともよく守る道です。

しかもその備えをふんだんに行えば、常に他国の災害への対処もできるようになります。世界を見たわせば、自然災害はほとんどいつもどこかで起きているのです。そこに隊員を派遣しする。当該国に感謝されなおかつ技術的蓄積を積み、員の実地的訓練にもなる。いうことなしです。
まだまだ効能はあります。世界史にとって日本がまったくユニークな国になるということです。歴史上いまだかつて他国をどんどん助けた実績のある国など存在しません。だとしたら日本は新たな歴史を切り開くことにもなります。真に住民が誇れる国が生まれます。

憲法9条にはそうした大きな可能性が秘められている。なのにどうして今、せっかくのお宝を自ら捨て去り、遅れた国々・・・まだまだ人類史の野蛮な段階にどっぷりと使っているアメリカなどの後をついていかなければならないのでしょうか。
みなさん。今、私たちは平和を積極的に創造すべき歴史的地点に立っています。人類史が続くのなら、必ずどこかで経なければならない転換点は、戦争と暴力という野蛮な手法が支配した段階から、相互理解に包まれた人類愛の輝く段階への飛躍です。

未来を見据えて、憲法を守り、真に実現し、積極的に平和を想像し、新たな人類史を切り開くために立ちあがりましょう!
各地で大きな声を上げましょう!

最後に京都での行動をご紹介しておきます。
6月22日午後4時から三条大橋東詰に集まって、ピーススタンディングを行います!5月18日を引き継いだものです。
お近くの方、ぜひご参加下さい。

なお5月18日の様子の写真のページと、6月22日の案内を貼り付けておきます。

*****

5月18日のピーススタンディングの写真。
僕がFACEBOOKにアップした写真がピースウォーク京都のホームページから見れます。
http://blog.pwkyoto.com/?eid=21

*****

6月22日のピーススタンディングの呼びかけです!

戦争する国になりたくない!
解釈で憲法を変えるな!
スタンディングアピール

●6月22日(日)16~17時30分
★三条大橋東詰集合!
※小雨決行
※自分のメッセージをプラカードにして訴えましょう。

◆ピースウォーク京都
連絡先:09037043640

『政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすること』
これは、日本国憲法をどうして作るのかを説明する憲法前文にある言葉です。
かつて政府の行為によって戦争が起こったのです。
戦争は政府の行為によって起こるのです。
あれよあれよと、いつの間にか抵抗するすべもなく、
殺したり殺されたりしたのです。
だから、憲法で政府が勝手に戦争しないようにしているのです。

戦争って何だと思いますか?戦争ってどうやったらできますか?
戦争は国家間の(武力による)争いです。
国家間で宣戦布告したり、一方的に侵略したりします。
けれど、もっと戦争に必要なことがあります。
『戦争できるようにすること』です。
今、あろうことか、首相が言ってるアレのことです。
憲法の解釈を変えるというのです、武器がなければ戦争ができませんから…

少しずつ少しずつ、この国は武器を持てる国に近づいてきました。
自衛隊が組織され、PKOだ、有事法制だ、集団的自衛権だと言って。
わたしたちの礎であり砦にもなる日本国憲法が、内側から壊されてしまえば、
立派な核兵器をいくらでも作れるような軍隊を持つ国になれるのでしょう。
きっと周りの国から見れば、恐ろしい国になるでしょう。

武器、いや、兵器や軍隊がどれほどのお金を食い尽くすものか知っていますか。
けれど、その武器で守れるものはありません。壊すこと、殺すことはできでも。

そもそもこの国には戦争するほどの余裕はない。
自給率もない、お金もない、兵士もいない。
これからは、より福祉国家にならなければいけないのに、
武器で何を守るというのか?
世界の公正と信義に信頼してしか、今ある原発を守ることなんかできない。
戦争になったら瀕死の福島原発なんてとても守れない。

憲法あってのこの国です。
憲法が守っているのは、この国に住む人と、世界に住む人の幸福です。
首相あってのこの国、ではないのです(それではアベコベです (*`∧´)。
憲法に従わないなら、首相に守れるものはありません。
何故なら、彼は今、この国の「理」自体を破ろうとしているから。

今も世界中で争いが起こって血が流れている。
正視に堪えない出来事が起こっている。
一体、血を流して倒れているのは誰なのか?
友達、こども、おじいちゃん、おばあちゃん、母親かそれとも父親か、
一体、次は誰の?
まだ、止めないのか?まだ必要なのか?

わたしたちに必要なのは、安全な食べもの、安心な街、話し合いや国際協力、
あらゆる災害に対する対応力のはずです。
わたしたちに必要なのは、
福島原発事故を真に収束させるための努力であるはずです。

わたしたちは、この国を
こどもたちが住むにふさわしい場所にしていかなければいけない。
わたしたちは、互いに大事にしあわないといけない。

今こそ必要なのは、かつては言えなかった「戦争はしたくない」という声だ。
わたしたちの暮らしているこの国は、
大災害と原発事故で多くの命が失われました。
人間の命だけではありません。
生き物たちすべての命、今生まれようとする命、
これから生まれる未来の子どもたち。
わたしたちを包んでいる空気、土、山や海。
たいせつな、かけがえのないものたちすべてが、悲鳴を上げています。

原発も、米軍基地も、もうやめよう。お金は命のために使うのです。
傷ついたものとともに、もういちどやりなおしましょう。
生きていくための歩みを、私のことば、私の足で始めましょう。
戦争する国は、奪います。わたしたち、すべての生き物の命を。
未来をもう一度とりもどすために、ひとりの歩みから。
黙ってはいない、手をつなぎましょう。
●日本国憲法 前文
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、
われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、
わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、
政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、
ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、
その権威は国民に由来し、
その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。
これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、
人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、
圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる
国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、
平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、
自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、
政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、
自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、
全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

●第9条
1.    日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。

◆★◆
憲法の前文と9条が戦争の放棄、軍隊の放棄を決意しているのは、消極的な決意ではありません。
紛争になったり、問題が起きたりしても、話し合いで解決をするという積極的な決意です。

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