2014.01.09

明日に向けて(782)舟屋のある町、伊根から原発を考える・・・(1月18日伊根町)

守田です。(20140109 23:00)

今年の講演を1月13日、兵庫県三木市で始めますが、続いて17日に原発銀座直近の町、舞鶴市を訪れます。さらに翌日、京丹後半島の伊根町にうかがいます。
伊根町をご存知でしょうか。丹後半島ののどかな町ですが「伊根の舟屋」の名でも有名です。伊根湾に沿って立つ家々の1階がそのまま海に面していて、舟が入れるようになっています。それが周囲5キロぐらい続いている。
湾の構造が荒波を理想的に抑えてくれることで可能になったもので、全国的にも大変、珍しいものだそうです。観光案内などご紹介しますので、まずは風景をご覧下さい。

伊根の舟屋
http://www.inewan.com/

こののどかで美しい伊根の舟屋のあるこの町、福井原発銀座のすぐそばに位置しています。
町役場が高浜原発から27.14キロ。大飯原発からは37.64キロ、もんじゅからは65.04キロです。非常に近い。
このため新たに原子力災害住民避難計画も作られています。

伊根町原子力災害住民避難計画
http://www.town.ine.kyoto.jp/pub_rela/somu/bousai/bousaikeikaku/jyuminhinan.pdf

この伊根の町で、18日にお話しすることになっているのですが、実はこれで2回目の訪問になります。
初めてうかがったのは2012年11月25日のこと。この日は午前中に京都市でベジタリアンフェスティバルに参加し、午後に天橋立で有名な宮津市でお話しし、夜に伊根町についてお話ししました。
書け足のような講演の旅だったのですが、僕はこの日の伊根での集まりのことがとても深く心に残りました。というか、僕はこの間、繰り返し今の日本では民衆の覚醒が起こっている、新たな変革が始まっていると強調していますが、それを強く実感したのがこのときの集まりだったのです。

この時、伊根で語ったことなどを、訪問直後に記事にしているので、抜粋してみます。(一部、書き直しています)

*****

その後(宮津市での講演の後)、車で丹後半島の先の伊根町に移動。ここは「船宿」で有名な町です。家がそのまま海につながっていて、船がつけられるようになっているのです。若狭湾の奥まったところにあり、奇跡的なほどに波の影響が少ないので、こうしたことが可能になっています。
丹後半島では農の営みも盛んですが、企画には若い子育て世代の方たちと、古くからこの地域で農の営みを続けている方たちの双方が集まってくださいました。全体として生産者の方たちの多い集いでした。

まずみなさんが作ってきてくださった、玄米と味噌汁を中心としたシンプルだけれどもとてもおいしいご飯を出していただいて、みんなで食べながら、ピアノの演奏と歌を聞きました。
続いて、東北を訪問された生産者の方から、福島など、現地の生産者の方たちの様子が報告されました。なんとも言えない現地の苦悩が報告されました。それをいかに受け止めたらいいのか、報告者の方もとまどいながらの説明でした。

僕は放射能と食べ物の話、農の営みの話をしました。とくに要請をうけて僕が繰り返し訪れてきた宮城県南部の農村の方たちのお話をしました。角田市で、平飼いで健康的な鳥を育ててきたピースファームのしょんつぁんとひめちゃん、あるいは仙台の太白区の山を単身開墾した「石森少年」こと石森秀彦さんのそれぞれの農場の写真をおみせしました。
どちらも素晴らしい営農を実現していたのに、そこに放射能が降ってしまった。その中で営農の可能性を探り、それぞれに放射性測定室を立ち上げたけれど、しょんつぁんとひめちゃんは、汚染の激しさを前に営農を断念しました。
二つの農家に共通していることは、政府が決めた基準よりもずっと汚染が低かったけれども、早い時期から作物の出荷をストップしたことです。安全なものを作ってくれる生産者の方たちは、危険になったらリスクをかぶってくれる方たちなのだと僕に教えてくれた方たちですが、そういう人たちの営農が難しくなってしまったのです。

ただ、放射能の汚染はどれぐらいでどれぐらいの害が出てくるのかはっきりしていません。講演のときもお話したのですが、このピースファームでお話したときに、僕が忘れられないのは「守田さん。放射能と抗生物質とどっちがやばいだべか」という問いが投げかけられたことです。
こうした農家さんたちが作っているものは、抗生物質だとか、化学物質がほとんど入っていません。その代わりというか、天然の栄養素やミネラルがたくさん入っている。そこにわずかながら放射能がついたものと、薬品漬けのものとどっちが安全なのだろう。
「ウーン、濃度でしょうね」とお答えしたのですが、僕にはこれらの農家さんたちのものの方が、まだまだ安全なのではとも思えました。しかしそれはデータの裏付けのない推論でしかありません。それになんというか、あの丁寧に作られた食べものたちを見ていると、安全だと思いたくなるのが人情でもあります。
どう考えたらいいかを悩みながら、双方ともに出荷をやめました。石森くんの場合は即断でした。でもこの地域には反対にまだしもこの野菜の方が安全なはずと考えて、出荷された有機農家さんや自然農家さんもいます。今も放射線を測って安全を確認して出荷しています。そうした人々の迷い、苦悩そのものがなんとも胸が痛くなることです。

少なくともはっきりしているのは、出荷を止めることでのリスクや、この地での生産の様々なリスクを、こうした方たちに負わせ続けるのはあまりに理不尽だということです。生活の糧が奪われたり損なわれたりしてしまうのです。政府は非常に甘い基準を設けて「生産者のため」とうそぶいていますが、それもまた大きな嘘です。
生産者は甘い基準を作られると、それ以下で出荷を止めると、何の補償も受けられなくなってしまうからです。甘い基準は生産者のためなどではまったくない。賠償責任のなる東京電力と政府のためなのです。そのために生産者も消費者も犠牲にされている。この構造こそが覆されなくてはいけない。
企画に参加された伊根町の方たちは、その痛みを体中で聞いてくださったように思いました。その中で、生産者の方を前に、釈迦に説法だなあと思いつつですが、食べ物のお話もさせてもらいました。

質疑応答ではみなさんから活発な発言が続きました。養鶏家の方がおられて、僕がよく理解してなかった点を詳しく教えていただけました。その内容を今後反映させていただきたいと思いますが、流石にプロの方のお話は味わい深かったです。
それやこれや、放射能と食べ物の話を中心に意見交換が続き、会場を出たのは午後10時過ぎでした。

以上、「明日に向けて(587)ベジフェス、宮津市、伊根町でお話しました。次は大飯町でお話します!」より
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/e896e1da05baa74365c424e90d78f232

*****

このとき、僕は明確な答えが分からないままにお話ししました。今もそうです。ピースファームに集まった方とも、今も連絡を取り合い、いったいどこにどうやって歩んだらいいのか一緒に考え続けています。
この悩み、苦しいのだけれど、しかし未来に向けて、何かを切り開いていこうという懸命な思い、伊根で話した時、僕はそれがすうっと参加者たちの心の中に入っていくのを感じました。僕はそのとき、伊根の方たちの中に強い覚醒を感じました。

ここでこのまま農業を続けていけるのだろうか・・・。

それは、ただたんに仕事を続けられるのだろうかという思いではなく、命を作り出す行為と、命を危険に晒す原発のはざまでの悩みです。命を愛するが故の葛藤なのです。
僕は覚醒の地盤はここにこそあると思う。命を愛おしみ、慈しむ心こそが、命を軽視するこの世の在り方への目覚めを急速にうながしている。
心のどこかでは気づいていながら、きちんと向かい合ってきたとは言えない危険にまみれた今の世の仕組みに、福島原発事故が、多くの人の目を開かせているのです。愛を基軸に、私たちは、覚醒を強めている。

伊根の人たちに即して言えば、目を大きく開いてみると30キロ先には高浜原発があったのです。いやその向こうに大飯原発があり、美浜原発があり、もんじゅがあって、敦賀原発がある。危険が幾つも「荘厳に」並んでいます。

ここでこのまま農業を続けていけるのだろうか・・・。

玄米と味噌汁と歌で迎えてくれたこの温かい企画の中で僕を包んでくれたこの「覚醒」は、痛みと悲しみとそれへの共感を基礎としています。けして手放しで喜べるものではない。
でも何かが始まっている。何かの熱く尊い思いが湧きあがりつつある。ざわざわと、わさわさとです。それが僕の心を震わせ、僕の決意を数段強いものにしました。

今、この美しいながらも高浜原発から30キロを切る位置にある伊根町の近くには、さらに米軍のXバンドレーダー基地というとんでもないものまでがやってこようとしています。
そこまでの距離も極めてわずか。このままでは伊根町は、米軍基地と巨大原発群に挟まれることになってしまいます。

そんな伊根から、再度のお話のお誘いがあったことを僕はとても嬉しく思っています。一緒に、今の日本を一番深いところから、草の根から変えていく、もっとも大事な時間を共にできるように思うからです。
1月18日午後3時から「本庄公民館」でお話しします。お近くの方、ぜひご参加ください。また伊根町や近くの町に知り合いのおられる方、ぜひ情報をお伝えください。

以下、案内を貼り付けます。

*****

放射能から大切な子どもを守るために

福井の原発から30キロ圏内に入る伊根町、何か事故がおこったとき私たちはどう対応すればよいのか。
まず守らなければいけないのは子どもたち、将来の希望をもつ子どもたちを被曝から守りたい。
放射能によって見えない不安をもつお母さんたちはたくさんいます。老若男女問わず多くの人が放射能・被曝の知識をもつことが大切です。
被災地の現状、私たちの暮らしや健康を守るために何ができるのか守田敏也さんのお話を聞いて考えていきたいと思います。

とき   平成26年1月18日(土) 15:00~
ところ  本庄公民館 2階
託児あります(子ども連れでもお気軽にお越し下さい)
参加費無料 (運営カンパにご協力お願いします)

15:00~守田敏也さんのお話し
16:30~みんなで意見交換・座談会

◆◇守田敏也さんご紹介◇◆
1959年生まれ。京都市在住。
同志社大学社会的共通資本研究センター客員フェローなどを経て、現在フリーライターとして取材活動を続け、社会的共通資本に関する研究を進めている。
ナラ枯れ問題に深く関わり、京都の大文字などで害虫防除も実施。東日本大震災以後は、広くネットで情報を発信し、関西をはじめ被災地でも講演を続けている。
また、京都OHANAプロジェクトのメンバーとして、被災地支援活動をおこなっている。
原発関係の著作に、『内部被曝』(矢ケ崎克馬氏との共著、岩波ブックレット2012年)があり、雑誌『世界』などで、福島第一原発事故での市民の取り組みや内部被曝問題についての取材報告をして話題になっている。
3.11以降、インターネットではブログ「明日に向けて」で発信を続け、3年間で800を超えるレポートなどを発表している

お母ちゃんプロジェクト【藤原音夢 090-6735-0973】

Tags:

« | | | »

Trackback URL

Comment & Trackback

Comment feed

Comment

  • ?
  • ?
  • ?