2013.10.16

明日に向けて(754)行政主導の災害対策からの転換が問われている!

守田です。(20131016 23:00)

昨日10月15日から本日にかけて、「10年に1度の規模」と言われた台風26号が日本列島の太平洋側を駆け抜け、伊豆大島を中心に甚大な被害が出ました。
16日午後10時現在の情報では、死者・不明者が64人となっています。なかでも大島では大規模な土砂崩れが発生。現在までに17人の死亡が確認され、なお43人の安否が不明と発表されています。
何よりも亡くなられた方のご冥福をお祈りします。また安否の分からない方のご無事を祈るばかりです。

さて、今回の伊豆大島での土砂崩れに対して、大島町が避難勧告を見送ったことが話題にとなっています。町長は避難勧告を出さなかった理由を「深夜の1時や2時の時間帯に勧告を出した場合、さらに被害者を増やす恐れがあると考えた」と説明しています。
この判断が妥当だったのかどうか、まだ全体像がつかめていない段階ですので、僕にはよく分かりません。
この日、伊豆大島では16日午前3時50分すぎまで、1時間に122.5ミリの記録的な雨を観測したそうです。朝8時20分までの24時間雨量は824.0ミリで、いずれも観測開始以来、最大の雨量だそうです。

これだけの猛烈な雨の中、しかも夜中に避難勧告を出すことの危険性は分かります。しかし避難勧告以外に、何らかの形で危機を伝えることは必要ではなかったのかとも思えます。
少なくとも無防備で寝ている状態より、起きて災害の発生に身構えていた方が良かったのではないか。1 階よりは2 階以上に移動していた方が良かったのではないでしょうか。
テレビ映像などで現場を見ると、多数の家が土石流に飲み込まれていて、2階にいれば助かったというものでもないと思いますが、それでもその方が少しでも被害を減らせたのではないか。その点で、避難するか否か以外に打つ手はあったように思えるのです。

ただだからと言って僕は、今の段階で、大島町役場のことを批判したいのではありません。むしろこの間の「記録的な豪雨」などの異常気象のもとにあっては、行政が的確な避難勧告や指示を出すのは非常に難しくなっていることを見てとらねばならないのではないのでしょうか。
何せ、1時間に122.5ミリという猛烈な降りです。1日で824.0ミリ降っている。ウキペディアによれば伊豆大島の1981年から2010年の年間降水量は平均で2827.1ミリです。だから今回はなんと年間降水量の約30%が1日に降ってしまったことになる。本当にもの凄い量です。
このため山がかなり大規模に崩れ、倒れた木々と土砂が一緒になって家屋を襲いました。これに対しては、「明るいうちの早目の避難」がなされていれば良かったわけですが、なかなか判断が難しいです。

こうした事態を前に、各地の行政が、今後いかに市民を守っていくのか、頭を悩ませていると思いますが、私たち市民の側が、考えなければならないのは、行政の努力を期待するとしても、私たちが行政判断に命を委ねていてはいけないということです。
起こっていることは、これまでの経験にない豪雨です。年間降水量の3割が1日で降ってしまうほどです。いや年間降水量の4%が1時間で降ってしまったのです。その中で行政に的確な判断を迫るにも無理があります。
いやそれ以上に大事なのは、私たちが私たちの命を守るための能動性を発揮しなくてはならないということです。日ごろから大災害を想定し、命を守るための訓練を主体的に行っていくことが問われているのです。その意味で行政主導の災害対策からの転換が問われていることを訴えたいです。

かかる観点は、すでに津波対策などでも叫ばれてきています。顕著な例は、三陸海岸の釜石市で、多くの子どもたちが自ら命を救った事例です。群馬大学広域首都圏防災研究センター長の、片田敏孝教授によって領導されてきたものです。
片田教授はこう語っています。「どういうときに住民は避難するのかというと、避難勧告が出たら避難する、これが日本のシステムです。防災の基本です。災害対策基本法にあるように、避難勧告が出たら、それに従って住民は逃げます。
逆に、避難勧告が出なければ逃げなくてもいい。このように、行政からの情報に依拠して日本の防災は進んでいます。」(『人が死なない防災』集英社新書P204)

片田教授は行政主導で行われたきた日本の災害対策を全否定しているわけではありません。むしろさまざまな災害対策を重ねることによって、戦後直後に多発した水害などが抑え込まれてきたこと、人々の安全性が高まったことには高い評価を与えています。
しかしそのことで、人々が安心しきってしまい、行政に自らの命の行方を預けてしまい、災害があった後では、避難勧告が出たか否かに話が集中しがちな今の私たちの在り方を転換する必要があるのではないか。もっとそれぞれが危機に主体的に向き合うべきだと提起しているのです。
これは非常に重要な点だと僕は思います。行政は行政で各地で懸命に活動していると思います。しかしそこには限界もあります。とくにこれほどの豪雨が続けば、対策が間に合わないことも多く出てくる。だからこそ、市民の側が能動性を発揮すべきなのです。

片田教授の指導のユニークな点は、とくにハザードマップを過信しないことを強調してきたことです。釜石の例を見ると、歴史的に大津波に見舞われてきたこの地方では、各町ごとにハザードマップが作られています。津波がどのように来るかの想定です。明治、昭和の大津波が参考とされています。
子どもたちの指導にあって、片田教授はまずこのハザードマップを配る。そうすると必ず起こるのは、子どもたちが自分の家を探すことなのだそうです。そして「私の家は大丈夫」「僕の家はだめだ」「君のところはもっと危ないよ」と話に花が咲きます。
その上で片田教授は「このマップは明治、昭和のときの経験からここまでだろうというものに過ぎないよ。それを超えることもあるんだよ」と提起します。大胆にも「ハザードマップを信じるな」と教育するのです。

片田教授はこれを「想定にとらわれてはならない」という避難原則の標語としてまとめています。さらに教授が提起する避難原則は、「いかなる状況においても最善を尽くす」こと、さらに「率先的避難者たれ」ということです。
「いかなる状況においても最善を尽くす」とは、おかれた状況で一番いいと思うことをあきらめずにやれということです。ただしその結果、必ず助かるとは限らない。それでもできることは最善を尽くすことなのだと強調しています。災害のリアリティに立った提言だと思います。
さらには「率先的避難者たれ」ということ。いの一番に誰かが逃げ出すと、避難が進むことが多い。だから一番最初に逃げ出すことが、より人を救うことになると教えているのです。

実際にこの避難原則は、大津波に際して大変な効力を発揮しました。釜石市の各地から子どもたちが率先して逃げ出したために、大人たちが引きずられるように逃げたところが多かったのです。
しかも小学校上級生や中学生には、他の人を助けるために最善を尽くすことも教えられていた。このため中学生が小学低学年の子の手を引いたり、幼稚園の子どもたちを抱きかかえたり、リアカーにお年寄りを乗せたりでの避難が行われたのでした。
一方、悲しいことに釜石市では約1000人以上の方が亡くなってしまったのですが、その死亡地点のほとんどが、まさにハザードマップに書かれた津波の到達地点の外でした。ハザードパップを過信して逃げなかった人の中から実際に、犠牲者がたくさん出てしまったのです。

片田教授はこの結果に対して、防災担当者としての自らの敗北であると語られ、犠牲者を出したことを痛く悔いておられるのですが、片田教授の「避難原則」の徹底化がなければ、被害がもっと大きかったことは明らかです。
私たちはこうした釜石での教訓にも学びつつ、行政の行う「想定」で安心してしまい、なおかつ危機がくれば行政が知らせてくれると、命を守ることに受動的になっているあり方を捉え返し、危機対処に能動的になっていく必要があります。
その点から「行政主導の災害対策」から転換し、むしろ未曾有の豪雨を前に苦労している行政を市民が下から支え、災害に強い町づくり、人づくりを積極的に担っていくべきです。

そしてこのことをもっとも強く適用すべき場が、原子力災害対策であると僕は思います。まさにこの領域こそ、政府の出した事故「想定」にとらわれていてはけしていけないし、事故が起こった時に、政府や電力会社が的確に知らせてくれると思っていてはなりません。
釜石市の教訓とは逆に、「想定」もまったく間違っていれば、事故を的確に伝えてくれず、放射能が流れていることすら教えてくれなかったのが、福島第一原発事故の教訓なのでした。このことを肝に銘じ、行政まかせではない原発災害対策を立てて行く必要があります。
そのためには、起こりうる事故を想定し、そのとき自分が、家族がどうするかを決めておく必要があります。さらに地域はどうするかを考え、積極的に行政に提案し、動かしていかなくてはいけません。

その際、考えるべきことは、あの福島第一原発の事故のときも、「率先的避難者」たる人々がたくさんいて、それらにつられて避難ができて被曝を免れたり、軽減できた人々がたくさんいたということです。僕はあのとき「率先的避難者」となったみなさんに心から感謝をささげたいと思います。
これら「率先的避難者」の方たちは、さらに全国津々浦々の避難先、移住先で原発災害の悲惨さを訴えてくれました。その声がさざ波のように広がり、日本中を脱原発のムーブメントが埋めていき、私たちの国には、少なくとも今、原発が一つも動いていない状態が生み出されています。
私たちは釜石の教訓だけでなく、原発事故からの避難の中に、このような素晴らしい教訓があったことを見て取り、だからこそ今、福島原発を筆頭にすべての原発事故への備えを厚くすること、避難訓練を行っていくことを訴えていきましょう。

とくに今後、福島4号機からの燃料棒の取り出しと言う、大変危険で困難なミッションが開始されます。そのときに私たちはけしてこれを政府や東電まかせにせず、原発の危機への意識を全国で喚起し、だからこそ能動的な災害対策や訓練を、現場と連帯しつつ行う必要があります。
重要なのは、このように全国の市民が原発災害に対する能動的な取り組みを開始した時、非常に危険で過酷な中で働いている福島第一原発の労働者たちの士気もまたあがっていくということです。今向き合っている危機感を共有しあっているという実感が持てるからです。
これに対してもっともいけないのは、「状況は完全にコントロールされている」などという嘘を繰り返すことです。コントロールなどされておらず、紙一重の危機の中にいるから現場は悶絶の苦労をしているのです。それを嘘でごまかせば、現場の痛みが伝わらなくなってしまう。それでは士気が下がって当然です。

その意味で、原発災害に対して能動的に取り組むことは、福島第一原発の現場を支えることにつながります。私たちに福島のサイトを襲うかもしれない大地震を止めることはできませんが、しかし私たちに現場の方たちの心を支えることはできます。
私たちのため、世界のために、被曝をしながら働いている人々に、私たちは深くお詫びしつつ、感謝をささげ、かつ可能な限りにサポートをしていく必要があります。その中でともにこの未曾有の危機を乗り越えていく必要があります。その決意を伝えるためにも、全市民が本気になって災害対策を進めることが問われています。
あらゆる災害に能動的に立ち向かっていきましょう。全国で原発災害に対する学習を行い、避難訓練を広げていきましょう!

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